17 『瀬能先輩の怖いもの』
平日の早朝だったからか展望デッキには俺達以外誰も人がおらず、ふたりで朝日を浴びながらぼんやりと景色を眺めたり、飛び立つ飛行機を見送ったりとまったりしていた。
瀬能先輩は飛行機よりも景色の方が好みなようで、スマホを構えてパシャパシャと色んな構図で写真を撮っていた。
「先輩も入れて俺が写真を撮りましょうか?」
あまりにも熱心に撮っているので、何となく口にしてしまった。
……べ、別に瀬能先輩の写真が欲しかったとか、断じてそういった浅はかな考えではないからな!?
すると瀬能先輩が俺の方に小走りで駆け寄ってきて、興奮気味に一言。
「ひとりじゃ寂しいから弓削くんもご一緒にいかが? 先に言っておくと、お断りは――お断り!」
「は、はい」
お、おぅ……。
瀬能先輩が何だかハイテンションだ。
インカメラに切り替えてから相好を崩した瀬能先輩は「あの角が一番景色良いの」と、俺の手を握ってお目当ての場所に連れて行く。
そこは展望デッキの最奥で、朝日に照らされたスカイツリーが綺麗に見える場所だった。顔を動かせば別の方角にはゲートブリッジや東京湾も望めるので、夜に来たら夜景も綺麗に見れそうな感じだ。
「弓削くん、そこに立って?」
「ここですか?」
「えぇ……動かないでね?」
指示された場所に立っていると瀬能先輩が横にやってきて、腕と腕がぴったりと密着する零距離で隣に立った。
いきなりの接近。
想定外の距離感。
飛び跳ねる心臓。
自分の太ももを思い切りつねりながらなんとか平静を取り繕う。
「――撮るわね?」
「い、イエッサー!」
……なんだよ「イエッサー」って。
動揺しないよう痛みで乗り切ろうとしたのに、これじゃあ緊張しているのがバレバレだ。
瀬能先輩が密着していない方の腕を目一杯前に伸ばしてスマホを構える。
画面に映っているのは朝日を浴びて煌めくスカイツリーと滑走路、それに瀬能先輩とガチガチになっている俺の姿だった。
「どうしたの弓削くん? 顔が少し硬いみたいだけれど?」
「まだ時間が早いので表情筋がストレッチ出来ていないんです」
自分で言いながら、どんな言い訳だよ、とツッコミみたくなった。
苦し紛れでもさすがに平時ならばもっとまともな返しが出来たと思うが、今は瀬能先輩が隣にぴったりと立っているので頭が回らなかったのだ。
画面越しの瀬能先輩はクスクスと淑やかに笑ってから……、
「――私も緊張しているのよ? 弓削くんも私と一緒みたいでなんだか少し安心したわ。私――」
こてんと俺の肩に頭を預けてきたのだ。
ベストポジションを探すように何度か頭をぐりぐりと動かしてから、画面に映る瀬能先輩は穏やかな笑みを浮かべていた。
わ、訳が分からない!!
瀬能先輩も緊張している!?
何に対してだ!?
ま、まさか瀬能先輩も俺のことを意識してくれて――、
「――飛行機がダメなの」
――る訳じゃなかった!!
ひとりで勝手に盛り上がって自爆する……惨めすぎるぞ俺。
「そういうことですか……飛行機が苦手ってことですか?」
「苦手……ではないわね」
やけにキリリとした表情で俺の肩に頭を乗せている瀬能先輩。
なんだか妙に面白い。
極限の状態だからこそ気を抜けば噴き出してしまいそうだ。
「どういうことですか?」
「正確には苦手ではなくて……その……怖いのよ。飛行機に乗ることが……」
瀬能先輩は一転して怯えたような表情で矢継ぎ早に言葉を続けた。
「どうしてあんなにも巨大な鉄の塊が大勢の人や荷物を載せて飛べるのかは、頭ではきっちりと理解しているのよ? ジェットエンジンから生み出される推進力、それと前縁が丸く上部が少し盛り上がっていて後縁が尖った翼型をしているのは、揚力を最大限に生かすためだということも、それを証明するベルヌーイの定理が十二分に検証されていることも分かってはいるの。……でもやっぱり怖いのよ。頭では十二分に理解していても身体が強張ってダメなの。だからひとりだとここまで来るのが怖かったから、ワガママを言って駅集合にしたの。……先輩なのにワガママを言って、ごめんなさい」
あ~そういうことだったのか。
それで飛行機が怖いから機体の写真も撮らなかったという訳か。
多分無意識だと思うのだが、飛行機の怖さについて熱心に語る瀬能先輩が俺の手をギュッと握ってきた。おまけに顔も俺の方に向けて……だ。
スマホの画面には俺の耳元に向かって真剣な表情で訴えかける瀬能先輩が映し出されている。
「謝る必要はありませんよ? 俺も現地集合は心細かったですし、気にしないでください。それと以前テレビ番組で見たのですが、統計学上でも飛行機は新幹線に次いで2番目に安全な乗り物らしいですよ。だからという訳ではないですが、そんなに怖がらなくても大丈夫だと思いますよ?」
「弓削くん……ありがとう。……それは私も飛行機についてたくさん調べたから知っているわ。……でも、だからといって私達が乗る飛行機が絶対安心なんて保証はないでしょう?」
……というかこんなにも飛行機が怖いのならば、今までの出張はどうしていたのだろうか?
ふと疑問に感じたので尋ねてみた。
「確かにそうかもしれませんが……でも先輩は今までも飛行機に乗っているんですよね?」
「……えぇ。いつも怖くて背もたれに背を預けることも出来なくて、シートベルトもずーっと付けたままで、窓の外も一切見ることができないけれど……何とか搭乗しているわ」
ひとりで密かに恐怖と戦っている瀬能先輩。
可愛いとかカッコイイとかではなく、明確に守ってあげたい、支えてあげたい、とまたしても俺の心が暴走気味になった。
「――先輩。俺に何かできることはありますか?」
普段お世話になりっぱなしの瀬能先輩に恩を返す数少ないチャンスだ。
俺にできることならばなんだってやろう。
「……うん。いっぱいある。――頼っても、いい?」
「はい」
思わず横を向いたら瀬能先輩が安心したように胸をなでおろしていた。
それから瀬能先輩は相変わらず手を繋いだまま……どころか指を絡めた恋人繋ぎにごく自然にシフトしてから、やはり頭を俺の肩にちょこんと預けたまま写真を撮り始めた。
俺は瀬能先輩がこの後に待っている恐怖の飛行機タイムに向けて現実逃避のためにやっているんだと己に言い聞かせて、あえてされるがままでいた。
何枚撮ったのか分からないくらい時間をかけた後、瀬能先輩が心底嬉しそうに「SDとクラウドにバックアップしておかなきゃ」と、スマホの画面を見返しながら呟いた。……言うまでも無く瀬能先輩は俺に密着したままだったが。
「――弓削くん。そろそろ保安検査場に行きましょうか」
スマホから顔を上げた瀬能先輩に促されて時刻を確認すると、いつの間にか出発時刻の30分前になっていた。
意外ともう余裕がなかった。時間的にも俺の理性的にも……。
「はい。何かあったら遠慮しないで俺に言ってくださいね?」
「えぇ。……これから飛行機も出張もよろしくね? 弓削くんのこと頼りにしているから」
「任せてください!」
こうして飛行機恐怖症の瀬能先輩をサポートする特別任務が俺に与えられたのだった。
~レビューのお礼~
saikoro999様!
13件目のレビューありがとうございます!
>あーーーーーーー
>うーーーーーーー
>がーーーーーーー
⇒これでいきなり笑いました(笑)
saikoro999様にいったいなにが!?
かゆい……うま、的なやつかな?(バイオ)
かゆみを発症するのか……!
「 」(o゜□゜o)こんな顔をした瀬能先輩
「な、何してるんですか?」恐る恐る尋ねるsaikoro999様
「 」(o゜ε゜o)微妙に表情を変えた瀬能先輩
「だ、大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」次はもしかして「がーっ」か? と予想するsaikoro999様
「…… 」ฅ(๑•ω•๑)ฅガオォーッと孫の手を両手に装備してsaikoro999様に襲い掛かる瀬能先輩だった……
「……かゆい……うま」そして何故かゾンビ化するsaikoro999様だった……
なんでゾンビになっちゃったんですかsaikoro999様……\(^o^)/アーメン