16 『早朝の散歩』
ランチを終えて昼休み終了間際に会社に戻ると釣井先輩をはじめ、他の先輩達から散々いじられた。……予想通りだったけどな。
「「ただいま戻りました」」
「よぉ、昼間デートのおふたりさん。結局飯はどこに行ったんだ?」
「昼間っからデートとか……マジで……爆発してくれないか?」
「芹葉ちゃんお帰りー! カフェよかったでしょー?」
「弓削も瀬能も楽しんできたならそれでいいだろ? それで付き合うことにはなったのか?」
「ふたりで出張スケジュールの共有はできたかい? 弓削くんは分からないことがあったらしっかりと瀬能くんから聞くんだよ?」
下手に反応すると面倒なことになりそうだったので、黙っていようと考えて瀬能先輩と顔を見合わせてアイコンタクトをする。
……どうやら瀬能先輩も俺と同じことを考えてい――、
「公園の前のカフェに行ってきました。お料理もとても美味しかったですし、静かで景色も雰囲気も良かったので、ふたりきりのデートを満喫することができました。小原先輩ありがとうございました」
――なかったッ!?
表情は至って平常運転の冷静沈着モードだ。
一見本気で言っているようにも受け取れるが、恐らく瀬能先輩は皆に合わせているだけだろう。
以前瀬能先輩と飲みに行く際「デート」と冗談で言ったことがあり、その時の俺は過剰反応をして赤っ恥を掻いたことがあるので、今回は何も言わず静観することに決めた。
まぁ、瀬能先輩のまさかの行動で既に若干動揺してしまったが……。
「やっぱりデートか……そういや弓削はまた言わないのか?」
「たしか……俺と瀬能先輩は付き合ってないですからね!? ……ってやつか?」
「よかったよかった! 芹葉ちゃんのお役に立てて一安心♪ ……そういえば弓削くん大人しいねー。これもしかして……何かあったパターン!? 教えて教えてー!?」
「やめとけ小原。それで被害を被るのは俺達なんだぞ? どうせこのふたりのことだ……周囲なんて気にせずに甘ったるい雰囲気をばら撒いていたであろうことは容易く想像できるだろ?」
「……甲斐くんの言う通りだと僕も思うよ。――さぁ、お昼休みも終わりだ! 皆午後も頑張ろうか!」
見てもいないだろうに好き勝手言いやがって……!
俺がどれだけ神経をすり減らしたと思ってるんだ!?
瀬能先輩とふたりきりだったので余計なことはなるべく考えずに乗り切ったのだ。
間接キスだって本当は心臓が口から飛びでるほどに緊張したが、努めて冷静に対処した。
俺自身の自己評価はほぼ100点だ。よく頑張った俺! と褒めたいまである。
……と、反射的に色々と口を挟みたくなったが何とかやりすごし、俺と瀬能先輩はふたりで午後からの会議に向かった。
その道中「弓削くんのカルボナーラ……美味しかった」と、わざとらしく呟いた瀬能先輩の唇をつい見てしまったので、せっかくの自己評価はマイナス100点となったのだった。……こんなの反則だろ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ふたりでランチをしてから何事も無く日々の業務をこなし、ついに出張当日の木曜日がやってきた。
今日はいつもより1時間も早い5時起きだったが、様々な緊張のためか不思議と眠気は無かった。
顔を洗って、歯を磨き、鏡の前でしっかりと髪をセットしてから家を出た。
玄関の扉を開けると6月の終わりだというのにほんのりと肌寒さを感じた。なぜならば現在時刻は5時40分だからだ。
俺は早朝の澄んだ空気を目一杯肺に吸い込んでから、気合を入れた。
「よしッ!」
瀬能先輩と2日間一緒にいられることは純粋に嬉しいが、それ以上に変なことをやらかさないよう己を律さなくてはならないことが不安で仕方ない。
ただ今更あれこれ考えてもどうしようもならないので、俺はキャリーケースを転がし瀬能先輩との待ち合わせに向かった。
「おはようございます先輩」
待ち合わせ場所に着くと既に瀬能先輩の姿があった。
声を掛けたらこちらに気が付いたようで、俺のより一回り以上大きいキャリーケースを片手にこっちへやってきた。
「えぇ。おはよう弓削くん。今日は髪も普段よりビシッとしていて……その……カッコイイと、思う」
いつもより遥かに早い時刻だというのに、瀬能先輩は眠気を微塵も感じさせない口調で言った。
ダークネイビーのテーラードジャケットに、今日はセンタープレスの少しゆったりめなパンツルックだった。それだけでカッコ良さは3割増しだ。
纏う雰囲気は今日も今日とて凛とした引き締まるようなものなので、これでカッコ良さは通常時の5割しである。
そんな瀬能先輩を見て自然と背筋が伸びる。
街で見かけたら二度見どころか三度見はしてしまうであろう、圧倒的なまでの美しさ。
パンツルックだからこそ足の長さが際立って、起伏のあるモデル体型をより強調している。
……もう見慣れたと思っていたが、早朝ということもあってか瀬能先輩の美貌に思わず息を呑んでしまった。
そして瀬能先輩から「カッコイイ」という社交辞令をいただき、気持ち舞い上がる単純な俺。
「……す、すみません。お待たせしてしまって……先輩もパンツルックで、いつも以上にカッコイイです!」
「……んっ。まだ集合の20分前なのだから、気にすることはないでしょう? それと、ありがとう……嬉しいわ」
そう言って瀬能先輩が柔らかく微笑んだ。
それだけで急に視界が明るくなったように感じる。
たったそれだけで危うく取り乱しかけた。
……や、ヤバイ。
ふたりきりって思っただけで破壊力が普段とは段違いだ。
俺、このままで大丈夫なのだろうか?
「でもお待たせしたのは事実ですから」
「それならば楽しみで仕方なくて、早く来たのは私の勝手でしょう?」
「は、はい」
「うん……分かればよろしい。さぁ、行きましょうか?」
それからふたりで電車に乗り、かなり余裕を持って羽田空港に着いた。
到着してすぐにキャリーケースを手荷物カウンターに預け、ビジネスバッグだけの身軽な状態になった。搭乗開始まで優に1時間以上あったので、ふたりで空港内を散歩して時間を潰す。
外に見える飛行機の窓の数を当てるクイズを出しあったり、フライトインフォメーションボードを眺めながら表示される地名を見て「那覇行きたいです! 海に行って砂浜でのんびりしたいです!」だの「札幌行きたい! 旭山動物園で白くまの行動展示見たい!」だのと、各々好き勝手に言いあった。
まだ時間が早かったので人もまばらで店もほとんど閉まっている。
時折アナウンスが聞こえる程度で、ひっそりと静まり返った通路に瀬能先輩の靴音だけが響く。
「先輩、もしよかったら屋上に行ってみませんか? この時間でも開放しているみたいなので」
「そうね。行ってみましょう?」
エレベーターを呼ぶとすぐにやってきた。
当然誰も乗っておらずふたりで乗り込み、屋上の展望デッキまで一気に上昇する。……密室空間だったので妙に緊張してしまったのは言うまでも無いだろう。
エレベーターを降りて展望デッキへの扉が見えると瀬能先輩が早歩きになって、外へと飛び出していった。
どうやら楽しんでもらえてるようだ。
「――すごい! 弓削くん、景色抜群で、朝日が綺麗よ! はやく! はやくきてっ!」
興奮した様子でこちらに振り返った瀬能先輩が、無邪気に手招きをしながら俺を呼ぶ。
展望デッキに吹くやや強めの風が瀬能先輩の長い黒髪を巻き上げ、丁度朝日が後光のように差していたので、もはや神々しいまでの美しさと可愛さを放っていた。
俺……昇天するかもしれない。
そんなことを割と真面目に考えながら俺は瀬能先輩のもとに駆け寄った。
~レビューのお礼~
マーボー様!
12件目のレビューありがとうございます!
ぜんぜん関係無いのですが、いつもマーボー様の名前を見て思います! 麻婆豆腐も茄子も春雨も大好きです、と!(笑)
……気を取り直して…………ひ、ひえぇぇ! 初レビューですか!?
といいいますか、皆さん初レビューを私に捧げて大丈夫なんですか!?
普通の作者様なら感謝を伝えて終わるのに、私は絶対にこの後書きでレビューを書いてくれた皆さんに大抵ヒドイ仕打ちしかしていない気がするのですが……。※ただし自重する気はない。
おぉっ! 『コミュ障』も宣伝してくださってありがたみの極みでございます!
本当はコミュ障の方もイチャらぶをだらだら書きまくりたいんですけどね……ネタはいっぱいあるので!
>読んででニヤニヤが止まりませんね…外でも読むことがあるのでついつい笑ってしまう時の周りの人の白い目は怖いです( ´•̥ ̫ •̥` )皆さんも読む時は気をつけましょう!
⇒私は外で読んでくださることを推奨しております!(笑)
外で読んだ方が開放感があっていいと思いますよ~! 是非皆さん満員電車とかで読んでいただきたいです!(笑)
「……ん?」電車内で何かを発見した瀬能先輩
「…………」何やらニヤニヤしながらスマホを眺めているマーボー様
「……気になる……気になるーっ!」画面が気になって仕方ない瀬能先輩
「…………あっ」笑い過ぎてスマホを落としたマーボー様
「…………!」すかさずスマホを拾い上げた瀬能先輩が、こっそりと画面を見るとなんとそこには――
【鮭フレーク専門のネット通販サイト――鮭マニア――のHPが表示されていた】
「――鮭フレーク!! あなた鮭フレーク好きなの!? 好きなおにぎりは鮭? 好きなお寿司はいくらとサーモン?? 好きなお酒はもちろん……鮭・ライム!?」興奮のあまりマーボー様の肩を掴んでガクガク揺らす瀬能先輩
「……ちょ……やめ……そんな揺らさないで…………吐く……吐いちゃうからぁぁぁ!!」鬼気迫る表情で絶叫するマーボー様
「私のオススメは鮭とポテトのチーズ焼きね! 作るのもとっても簡単で! なによりも鮭とチーズの相性は最高よ??」鮭マシンガントークが止まらない瀬能先輩はガクガクを継続
「……限……界――――オロロロロロロロロッ!!」口からグラニュー糖をオロるマーボー様
「おい! 大丈夫か!? ……ってなんだ!? こいつ口からサラサラな砂糖を吐いてやがる!!」騒ぎ出した他の乗客
「……逝ってしまったわ、円環の理に導かれてシュガーの果てに」偶然いあわせた魔法少女
カオス\(^o^)/
マーボー様はシュガーの果てに逝ってしまわれたのです!安らかにアーメン\(^o^)/
大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!