15 『あーあー聞こえなーいっ! なにも聞こえないもーんっ!!』
し、仕事が……忙しいです……。
それからふたりでのんびりと優雅なランチタイムと洒落込んだ。
変わったことと言えば、頻りに瀬能先輩がカルボナーラを食べたがったことぐらいだろう。
曰く「グラタンの代価として、弓削くんのカルボナーラが一口食べたい」だったり「これは当然の要求なのだから、弓削くんは私に、あ~ん、をするべき」だの、終いには「……ひとくち、だめ?」と、可愛らしくちょこんと首を傾げてきたので、俺は言われるがまま瀬能先輩に一口差し出した。
恥ずかしかったので「あ~ん」は口にはしなかったが。
「いただきます」
フォークで巻き取ったパスタに恐る恐るといった様子で近付く瀬能先輩。
チラチラと俺の方を見てくるので、何かを期待しているようだ……。
……これは一体何を期待されているのか?
瀬能先輩の思考を読むべく必死になって頭を捻る。
そして俺が出した結論はこれだった。
「――やっぱりあげません」
今まさに口を開けて瀬能先輩がパスタを食べようとした瞬間に、俺の口へとフォークを運んだ。
……うん。カルボナーラはやっぱりクリーミーで美味い。
さて、この選択肢で合っていたのか答え合わせをしよう。
「…………う゛ぅぅぅぅっ!!」
対面に座る瀬能先輩の表情をチラリと見て確信した。
……これは失敗したな、と。
口を真一文字にきつく結び、眉間にシワを寄せ、俺を威嚇するような目つきで睨んでくる瀬能先輩。
むっとした表情で唸っているので、本人的には憤怒を伝えたいのだろうが……残念ながらハムスターが一生懸命威嚇している程度の怖さしかなかった。
早い話、ただ可愛いだけだった。
「ゆーげーくーんーっ?」
瀬能先輩の可愛さに呆けていたらご立腹のようで、フォークを持っていた俺の手を掴んで地味につねってきた。……全く痛くないどころか丁度いい力加減でマッサージをされている感じだ。
「はい」
「……はい……だなんてのんびり返事をしている場合ですか? 決してそんな対応は許されないと理解していますか? 私、結構怒っていますからね? せっかく弓削くんのカルボナーラを一口頂いて、間接キスをするはずだったのに、なんてことをしてくれたんですか? ……私は弓削くんをこんな後輩に育てた覚えはないのですが?」
凛としたクールな顔を間近に寄せ、瀬能先輩が俺に対して敬語で捲し立ててくる。
今までにない反応だった。
これは本気で怒らせてしまったのかもしれない。
マズいぞ……。
しかもキレているからなのか、間接キスがどうのこうのと意味不明なことを言っている。
「すみませんでした」
「本当に、誠心誠意、心の底から、天地神明に誓って、謝罪していると胸を張って言えますか?」
「はい! すみませんでした!」
正直なところカルボナーラを一口お預けしただけで、瀬能先輩がここまで怒るとは予想していなかったので、すみませんという気持ちよりも、戸惑いの方が大きかったりする。
「……もう一回、あ~んしてくれたら……許してあげるかもしれない」
明後日の方向に顔をプイっと向けた瀬能先輩が、口を尖らせながら言った。
今度はお怒りモードからイジけモードにチェンジしたようだ。……可愛さは2割増しといったところだろう。
「分かりました……先輩、こっち向いて下さい」
「弓削くんイジワルしたから、私もあ~んしてくれるまで向いてあげない」
俺の手を未だに、にぎにぎとマッサージ……ではなくつねりながら、ツンとした様子でそっぽを向いている瀬能先輩。
これ本人は目一杯不満を訴えかけてきているんだろうけど、全くもって愛らしい行動だと気が付いていないんだろうか?
俺は心を乱さないように「あ~ん」を決行した。
「…………」チラチラと警戒するように俺のことを見る瀬能先輩
「あ~ん」頼むから早くこの羞恥プレイが終わってくれと祈る俺
「……いただきます……あ~ん!」口をまんまるに開けてカルボナーラを頬張る瀬能先輩
「…………」
その様子があまりにも破壊力抜群で結局感情の荒波が俺の心を揺さぶり、思考停止してしまった。
リスのように頬っぺたを膨らませてもぐもぐする瀬能先輩。
その表情はやけに嬉しそうで、余程カルボナーラが食べたかったのだと気が付いた。
……もしかして瀬能先輩はカルボナーラが大好物なのか?
「……ん。弓削くん……すっごく美味しかったわ……ありがとっ!」
パスタを飲み込んだ瀬能先輩は口角を僅かに上げて微笑み、舌をちらりと出して唇を舐めた。
その仕種にノックアウトされた俺は思わず呟いてしまった。
「先輩、さっき間接キスがどうのって言ってましたけ――」
「――い、言ってない! そんなこと言ってないっ!!」
「いや、確かに言ってましたよ? 間接キスが――」
「あーあー聞こえなーいっ! なにも聞こえないもーんっ!!」耳を塞いで縮こまる瀬能先輩
「……ところで先輩はカルボナーラが好きなんですか?」
「……えぇ。カルボナーラというより、パスタ全般が好きね」急にキリッとなる瀬能先輩
「そうなんですか。それで間接キ――」
「ぜーんーぜーん聞こえなーいっ!」やっぱり耳を塞いで縮こまる瀬能先輩
……聞こえないって、聞こうとしてないだけじゃないですか。
耳を塞いでイヤイヤと顔を横に振る駄々っ子のような瀬能先輩を眺めながら、俺はカルボナーラを完食したのだった……。
~レビューのお礼~
零崎様!
11件目のレビューありがとうございます!
な、なんと、初レビューですか!? ありがとうございます! 大変光栄です!
>先輩のクールビューティーな時のスイッチのオンオフが変わるだけであんなにかわいくなるなんて主人公が羨ましい…!
⇒最近クールビューティーってなんだっけ? と書きながら思ってます……(笑)
スイッチのオンオフというよりか、もはやただぽんこつ過ぎるだけなのかもしれません!
……弓削くん頑張れ! 強く生きて!(他人事)
「……スイッチのオンオフ? ……なんのことかしら?」首を傾げる瀬能先輩
「やる気スイッチ~君のはどこにあるんだろ~♪」偶然にも鼻歌を歌いながら通りかかった零崎様
「……やる気スイッチ!! やる気スイッ――!?」何かに気が付いた瀬能先輩
「見つけ~てあげるよ君だ――ッ!?」同じく何かに気が付いた零崎様
「お~い! どうだこれ!? 俺の身体中やる気スイッチだらけだぜ? 今なら好きなだけオンオフし放題だぞ?」やる気スイッチがそこら中に貼り付けられた全身タイツ姿の釣井先輩
「「怖っ!? 集合体恐怖症怖っ!!」」そして見事に感想が被ったふたりだった……