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14 『こういうことをしたの』

 何かを押し当てられたのはほんの一瞬だった。

 その瞬きよりも短い刹那、感じたことは柔らかかったこと。ただそれだけだった。


 無意識に自分の頬を手で押さえながら目を開けてみると、瀬能先輩も手の甲を口に付けて俯きがちに俺のことを見ていた。

 必然的に至近距離で目が合った。

 瞳に浮かぶ感情は全くと言っていいほど読み取れない。……だけど顔は深紅に染まっている。

 平時みたく自然体にクールであるのとは別の、強制的に表面だけを取り繕っているかのような違和感を覚えた。これは俺が勝手に感じていることなので実際どうなのかは分からないが。


 ……だが俺の予想が正しければ瀬能先輩は今――とんでもないことをした気がする。

 俺が触れられた箇所を無意識に手で触れたように、瀬能先輩も同じ行動をしているのだとすれば……。


「せ、先輩……今、何、しました?」


 すると瀬能先輩は絡めていた指を解き、組んでいた腕を抜いてから一歩、二歩と無言で後退。

 なので俺が「先輩、俺に何しました?」と一歩前に出て近づくと、瀬能先輩もまた一歩下がって微妙に距離をとる。また一歩踏み出してみれば、同じ一歩だけ後ろに下がる。

 まるで見えない壁でもあるかのように瀬能先輩が一定の距離を保っているのだ。


 これでは(らち)が明かないので、その場に踏みとどまってからもう一度声を掛ける。


「あの……先輩? そろそろ答えてほしいのですが」

「……何を?」


 距離を詰めない作戦が功を奏したのか、未だに口元に手の甲を当てたままの瀬能先輩が必要最低限といった感じで答えてくれた。


「俺の頬っぺたに……何かしましたよね?」

「……した」


 瀬能先輩は素直に答えるとこくりと頷く。

 目には涙の薄い膜が張り、よく見れば小刻みに身体が震えていた。


 どう見ても瀬能先輩の様子がおかしい。


「何をしました?」

「………………」

「先輩?」

「………… (チュ)


 手の甲で口を覆っている上に、小声だったので「チュ」という言葉しか聞き取れなかった。


 ……。


 …………。


 ………………えぇッ!?


 俺の聞き間違えじゃなければ今「チュ」って言ったよな?


 ま、まさか瀬能先輩は本当に俺に――キスしたのか!?

 さすがに冗談だよな?


「す、すみません、よく聞こえなかったので、もう一度お願いします」

「……サンチュ」

「……え?」


 思わず素の声がポロッと出てしまった。


 何をしたのかと聞いて返ってきた言葉が「サンチュ」である。

 訳が分からない。

 意味も分からない。

 何もかもが分からない。

 第一に「サンチュ」というフレーズはいつから行動を表す言葉へと変化したのか?

 もしかしたら俺が知らないだけで昨今巷では「今日サンチュる?」みたいな使い方がされている…………訳ないよな?


「弓削くんが……サンチュって正解した」

「は、はい」

「……だから……つ、つんつんしたの」


 あぁ。そういうことか。

 俺が瀬能先輩の頬っぺたをつついたことに対抗して、同じことをやり返してきたってことか。


 ……それなら納得だ。

 瀬能先輩が……ガキの俺にキスなんてする訳がない。

 考えるまでも無く分かり切っていたことだろ。

 自分の都合の良いように解釈して、何がしたいんだ俺は。


「そういうことですか」

「え、えぇ……分かって……くれた?」

「はい。でも指で突くのになんで俺に目を瞑らせたんですか?」


 聞いておいてあれだが、大方予想はできている。

 俺が目を開けていたら回避されるとでも考えたのだろう。

 さすが瀬能先輩だ。

 常に俺の上を行く……、


「……分かってない! 全っっっ然、分かってない!」


 なんて思っていたら瀬能先輩が急に大声で反論してきた。……なんで!?


「す、すみません。状況が理解できていないので、もう一度整理させてもらっていいですか?」

「……えぇ」


 ――今更だが俺達はカフェの店先でこの一連のやりとりを行っていたので、道行く人やランチをしていた人から「カップルが痴話喧嘩してる~」だの「さっきまであんなにイチャついてたのに……」といったひそひそ声が聞こえてきた。……カップルでもないし、イチャついてもいないんだが?


 ……一先ずランチをしながらにしよう。

 このままでは店の営業妨害になりかねない。


 何故かご機嫌ななめになってしまった瀬能先輩を何とか宥めて店内に入り、2階のオープンテラス席に着いた。

 終始無言のまま注文をしたところで、意外にも瀬能先輩が口火を切った。


「ゆ、弓削くん、それでは出張スケジュールの共有をしておきましょうか」


 あれ?

 話がすり替わってないか?


「いや、その前に先程の話を整理させてもらえませんか?」

「その話はお料理が来た時に――もう一度してあげるから……スケジュールの共有を優先させてもらえるかしら?」


 瀬能先輩にそう言われてしまったら俺は「分かりました」と、頷くことしかできない。


「木曜日は8時30分発の便を押さえてあるから、余裕を見て羽田には7時30分には着いておきたいわね」

「承知しました。7時30分羽田集合ってことですね?」

「……やだ」

「……え?」


 本日2度目となる素の声がつい出てしまった。……一体「やだ」ってどういうことだ?


「……羽田に直接集合は嫌なの。ワガママだって分かっているのだけれど、これだけは譲れないわ」


 理由は不明だが瀬能先輩は羽田現地集合がとにかく嫌らしい。

 それならどこで集合するか……、


「羽田までのルートだったら先輩の最寄り駅が途中にありますので、そこで合流でも問題ありませんか?」


 瀬能先輩の最寄り駅は会社の最寄り駅でもあるので、毎日通勤で使っている俺からしても分かりやすいのでありがたい。


「私としては非常に助かるのだけれど……理由を聞かないの?」

「先輩が助かるのならばそれでいいです。俺としても別に遠回りになる訳でもないので気にしないでください」

「……弓削くん、ありがとう――好き」


 瀬能先輩がテーブルに両肘をついて頬杖をしながら何気なく呟いた。

 それもはにかみながら……だ。


 ……うん!?

 お、おかしいな。

 今なんかナチュラルに「好き」って言われた気がする……。

 俺の聞き間違えか?


「す、好き!?」

「うん……好き――んっ!! そこの公園の景色が!!」


 ……焦った。

 心臓が止まったかと思った。

 どうやら瀬能先輩はオープンテラス席から見える公園の景色が「好き」だと言ったようだ。

 俺に訴えかけるように向かいの公園の方を指差して「緑がいっぱい、夢いっぱい!」と興奮気味に伝えてきた。……興奮し過ぎて何が言いたいのかよく分からなかったが、その様子から公園が好きだということはよく分かった。


 そんなタイミングで丁度良く頼んでいた料理が運ばれてきた。


 俺はカルボナーラとグリルチキンサラダのセットで、瀬能先輩は日替わりランチのオニオングラタンのサラダセットだ。


 せっかく食べに来ているので冷ましてはもったいないと、ふたりでそろって

「「いただきます」」と口にしてから食べ始めた。


 和む外の景色と、対面には熱いグラタンを少しずつ食べる瀬能先輩の姿がある。

 究極の癒しだった。

 一生懸命ふーふーと息を吹いて冷めたと思って口に入れたら、やっぱり熱くてはふはふしてる瀬能先輩とか一生見てられる。涙目になりながら「あっつ(はっふ)い」と言っているところなんて、全人類滅亡級の可愛さだ。


 つい瀬能先輩のことをボケーっと眺めていたせいで目が合ってしまい、


「グラタン……食べる?」

「あ、いえ、はい」


 訳も分からずそう答えてしまった。

 瀬能先輩は自身のスプーンを使ってグラタンを掬い、俺の顔の方に差し出して一言。


「……弓削くん、はい――あ~ん」

「せ、先輩! 自分で食べられますから!!」

「あ~~~~ん」

「や、やめてください!」

「グラタンが冷めちゃうでしょう? あ~ん!」


 断固として引かない瀬能先輩。

 こうなったら俺が何と言おうと瀬能先輩が折れることはない。

 深呼吸をして、意識を強く持ち、覚悟を決めて俺は「あ~ん」を受け入れた。……死ぬほど恥ずかしいのは言うまでも無いだろう。


「――アツゥ!? 先輩(へんはい)これ(ほへ)…………滅茶苦茶熱かったんですけど!?」

「弓削くんが全然分かってくれなかったから、その仕返し」

「へ?」


 ……口に入れた瞬間に分かる、熱いやつやん!


 全く冷えてなかった。

 よくよく考えてみれば瀬能先輩は息を吹きかけて冷まして尚、はふはふしていたのだ。

 今回は息で冷ましていなかったので、こうなることは当たり前だったのかもしれない。


 瀬能先輩はそんな俺を尻目に再度スプーンでグラタンを掬い、入念にふーふーしてから食べていた。


 そして飲み込んでから一言。


()()()()()()()()()()


 俺には理解できないことを口にしてから、微笑みかけてきたのだった。……あれ? 俺なんか聞き忘れてたっけ?

~レビューのお礼~

雨織 澄哉様!

記念すべき10件目のレビューありがとうございます!

別作品もご紹介して下さる神対応!

>読み専歴5年

 ⇒もぐもぐ語完全読解方法を編み出せた理由が分かりました!

  ベテランだからだ……!

  ……瀬能先輩がやる気出しちゃいますよ?(笑)


「ふほふん!」もぐもぐ語の瀬能先輩

「はんへふはぁ?」当然もぐもぐ語で返す雨織 澄哉様

「ひふほ、ほんへふへへ……はひはほっ!」ニコニコしながら防具を装着し始めた瀬能先輩

「ほひ! ……ほほほへ、はひひへふんへふはぁ?」嫌な予感を感じて警戒する雨織 澄哉様

「ほひ! ――ふふほはへふーっ! ほへ、ふっほひほひひはっふぁっ!」無邪気な笑みを浮かべてプレゼントを手渡す瀬能先輩

「ちょっ!! これ……!? このまま渡したらダメなヤツゥゥゥゥ!? ギャァァァァッ……」そして雨織 澄哉様はもぐもぐ語で喋るのを諦めたのだった……

「……ゴムのおもちゃって気付いてないっ!! まてーっ!」そして瀬能先輩は逃げ回る雨織 澄哉様の後を満面の笑みで追いかけますのだった……


……雨織 澄哉様……悪意はないんです! 瀬能先輩はただ遊んでほしいだけなんです!

殴るなら、しきはらかよしのでお願いします!(笑)

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