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9 『ふひふひふひーっ!』

 ――いいか?

 俺はロボットだ。

 瀬能先輩の頭を無心で撫でつけるロボットだ。


 そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせ――、


「あっちむいてほい……弓削くんの反則負け?」


 ――ている場合ではなかった。

 俺が早とちりして瀬能先輩は体調が悪いと思い込み、あっちむいてほいをやると見せかけて額に手を当てて体温を調べた。

 この行為は確かに反則と言えば反則。

 ……だが負けを認めれば4万5千円分の鮭フレークを買うことになる。

 社会人になってまだ3回分しか給料を貰っていない俺にはヘビーな額だ。

 いや、給料を何回貰おうが1か月分の食費すら超えているこの金額はやっぱりヘビー過ぎる。


 けれどここで自分の非を認めないのは人としてどうかしていると思う。

 反則をしたのだってそもそもは俺の早とちりが原因なのだから……ここは覚悟を決めよう。

 これからは毎日もやし炒め生活だ!


「はい。俺の反則負けですので、景品の鮭児の鮭フレーク5個を――」

「――待って? ……ねぇ、弓削くん。そもそもどうして反則をしたの?」


 見れば瀬能先輩は真面目な硬い表情をしてちょこんと小首を傾げてた。

 俺はルーティンワークをこなすロボットになっていたので、瀬能先輩の首が動いたことでポイントがズレて空中を撫で続けていた。……傍から見たら完全にアホなやつだと思う……なんせ俺自身もそう思っているので間違いない。


「それは……俺が早とちりをしただけなので気にしないでいいですよ」

「それならばなぜ、早とちりをしたのかしら? それと……ちゃんと頭撫でて?」


 相変わらず虚空を撫でていたら瀬能先輩から警告が入ったので、慌てて座標を再設定して無心で頭を撫でるロボットに戻る。

 今余計なことを考えたら自爆して俺が顔を真っ赤にして身悶えそうなので、まだしばらくロボットモードを続行しなくてはならないようだ。


「先輩の体調が悪そうに見えたので俺が勝手にやったことです」

「弓削くんは私の体調を心配してくれた……つまるところそういうことよね?」

「そうかもしれないですけど、反則行為をやったことは事実ですから」

「いいえ、それは違うわ。ハッキリとしていることは、弓削くんが誤解するような態度をとった私に……非があるということだけ」


 俺に抱きついたままふるふると左右に首を振る瀬能先輩。

 いつの間にか顔は真剣モードになっている。

 俺が反則行為をしたというのに、瀬能先輩が断固として認めてくれない……。

 だが俺も瀬能先輩に鮭フレークをプレゼントできるなら、と既に毎日もやし炒めで過ごす覚悟を決めていたため、引き下がることなく食らいつく。


「それこそ違いますって! 別に先輩はわざとそんな態度をとった訳じゃないんですよね?」

「それはもちろん弓削くんの指摘の通りなのだけれど……。私が勝手に悩んで落ち込んでいただけなのだから、やっぱり弓削くんに落ち度はないわ」

「だったら瀬能先輩が落ち込んだのはどうしてですか? さっき俺のせいで落ち込んだって言ってましたよね?」


 瀬能先輩が目つきはキリっとしたまま、口をへの字にして「痛いところを付かれた」と言いたげな表情を浮かべてから、俺の胸にぽふっという音ともに顔を押し付けてきた。


「ほへひほへい! ほへひほへいふぁはらぁっ!」


 ――で、でた!

 瀬能先輩のもぐもぐ語!


 俺のことをかなり力強く抱きしめて、ずっとグリグリと顔を押し付けている瀬能先輩。

 何を言っているのか全く理解できないが、必死に何かを伝えようとしていることだけは分かった。……もうね、ロボットに徹するのも限界だ。


「先輩。今回はおあいこってことでどうですか?」

「……ほはひほへひーほ?」

「すみません先輩。俺にはまだもぐもぐ語が理解できないので普通に喋ってもらえますか?」

「……ん。おあいこでいいの?」


 くいっと顔を上げた瀬能先輩が「ほんとにいいの?」と言葉を続けた。


 ……なるほど。「ほはひほへひーほ?」は「おあいこでいいの?」になる訳か。

 勉強になるな。……対瀬能先輩以外で発揮される気がしないスキルだろうけど。


「はい。俺も瀬能先輩も痛み分けドローってことにしましょう」

「弓削くんがそういうのならば私も異論はないわね。……ところで弓削くん、私のもぐもぐ語が何を言っているのか分からないのよね?」

「分かりませんね」

「そう――」


 そして瀬能先輩はまたも俺に強く抱きついて、顔をグイグイと押し付けてきた。


 一体何をする気なのかと思っていたら、突然やや大きめな声で叫び始めた……もぐもぐ語でだが。


「――ふへふん、ふひーっ! ふっほひ……ふひーっ! ふぁーひふひっ! ふひふひふひっ♪」


 突如「ふひふひ」言い出した瀬能先輩に不覚にも声を上げて笑ってしまった。……ほんとこの先輩は……面白くて、それでいて可愛過ぎる反則な存在だ。


「……先……輩! ふひふひ……やめて! 笑い過ぎて……お腹が、よじ切れ……そうです……!」

「……………………ふひふひふひーっ!」


 確信犯だ!

 十中八九確信犯だ!!

 絶対わざとやってるぞこのいたずらっ子先輩!!


 瀬能先輩は散々「ふひふひ」言ってからようやく気が済んだのか、顔を上げて「えへへ……」と頬を赤らめてはにかんでいた。……言うまでも無く女神かと思うくらいの神々しさを纏った可愛さだった。


「せ、先輩! そろそろ離れて――」


 そんなタイミングでガラス張りの休憩室の方から、何か重たいものがぶつかったような衝撃音が聞こえ、どちらともなく俺達は瞬時に離れて互いに明後日の方向に顔を向けた。

 瀬能先輩はきっと口笛を吹こうとしたのだろうが動揺が出てしまい「ぷひゅ~」と情けない音が、形の良い唇から漏れていた。……笑いを堪えるのが辛い!!


 それからしばらくしてオフィススペースに、ヨタヨタとした足取りの恵比寿課長がやってきた。

 朝が弱いらしく平時は始業間際に出社してくるのに、今日は随分と早い。

 時計を見ればいつもより優に1時間くらい早い出社だった。


「やぁ、おはよう瀬能くん、弓削くん」

「おはようございます課長」


 先程まで俺に抱きついて「ふひふひ」言っていた人とは到底思えない変わり身の早さだった。

 瞬間的に冷静沈着(クール)美女(ビューティー)モードの仮面を被った瀬能先輩は、凛々しくそしてカッコよく澄ました表情であいさつを口に。


 対する俺はややぎこちなく「お、おは、ようございます恵比寿課長」とあいさつするので精一杯だった。


「早いねふたりとも」


 恵比寿課長は目を細めてえびす顔を浮かべると、額を押さえていた。

 手の隙間から見ると赤く腫れてたんこぶになっている。

 サイズからして虫に刺されたようなものではなかった。


 ……無性に気になる。なんて思っていたら瀬能先輩が単刀直入にズバッと聞いていた。やっぱり瀬能先輩はカッコイイ。一生ついていきたい。……ちがうな。一生横に立っていたい。


「課長、額が少し腫れているようですけれど、どうかなさいました?」

「あっ……これはね……珍しく早起きして出社したから、寝ぼけてそこの休憩室にぶつけてしまったんだ。……恥ずかしいなぁ」


 頭を掻いた恵比寿課長が照れ隠しのためか俺と瀬能先輩に飴ちゃんを渡してきた。

 それ自体はいつものことだったが、甘いもの好きの恵比寿課長には珍しくブラックコーヒーキャンディだった。


「おはざす」

「おはよーございます」

「おはようございます」


 それから釣井先輩と小原先輩と甲斐先輩が一緒にやってきた。


 こんな早朝に皆出社してくるなんて……今日なんかあったっけ?


 俺はひとりで首を傾げながら挨拶をしたら偶然にも瀬能先輩とハモってしまった。


「「おはようございます」」

「……はぁ~。お前ら朝から……()()()()()()仲良しだな」


 釣井先輩のやけにタメの長いぼやきを聞きながら、俺と瀬能先輩は無意識に顔を見合わせてから同じタイミングで首を傾げた。

 アイコンタクトで「釣井先輩何言ってるんですかね?」「さぁ? 私には分からないわ」といった感じの感想をキャッチボールしてから、俺達は業務を開始したのだった。

昨日から体調悪くて今日病院に行ったら高校生ぶりにインフルにかかりました!

久しぶりにかかってしんどい通り越して逆にハイテンションになってます!

あと単純に興味本位で「インフルの時に書いたら」どうなるのかなとおもってかきました!

しっかり推敲しましたけど、誤字脱字とかあったらごめんなさい。

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