4 瀬能芹葉『無意識のキスと私の気持ち』
弓削くんが二度寝に入った後の瀬能先輩視点になります。
やっとラブコメらしくなってきました。
まだ微睡から抜け切れていない頭でぼんやりと考える。
あったかい抱き枕。
それはすっごい魅力的なもの。
抱き枕がないと眠れない+冷え性な私からすると、夢のアイテム。
私が普段愛用している三日月形の抱き枕はただのビーズクッションだから、抱き心地は良いのだけれど、決してあったかくない。
なのにどうして……、
「 」
寝言のように自然と疑問が零れていった。
今私が抱いている枕は何故かあったかいのだ。
それにいっぱいくっつけるので安心感がある。
こんな抱き枕が開発されていたなんて! ……幸福感に包まれながら私はもっとギュッと抱きしめて、顔を埋めた。
「 ……」
……うぐっ? うぐっ!?
抱き枕が、喋った。
抱き枕が――喋った!?
あったかい抱き枕が「うぐっ」って言った!!
まさかあったかくて、いっぱいくっつけて、喋る抱き枕が開発されていたなんて! ……ちょっぴり興奮したせいか、意識が急に覚醒して。私はゆっくりと瞼を開いた。
「…………………………」
瞬きをぱちくりと数回繰り返し。
たっぷり30秒くらい抱き枕くんをボーっと眺めてから、自分の頬っぺたを思いっきりつねった。
「――いたいっ!?」
きっとこれは夢と思って強くつねってしまった。
ジンジンとする痛みに堪えれなくて、情けない声が出てちゃったので少し恥ずかしくなって慌ててお布団にもぐる。頭まですっぽりもぐる。……もぐもぐ。
――ゆ、ゆげくんが、なんでっ!?
真っ暗なお布団の中でこんな事態になっているというのに、あったか弓削くん抱き枕に抱きついたまま一生懸命に思い返す。
なんでこんなことになったのかしら? と。
――昨日はプレゼンの資料も良くできてたのに、どうしてか弓削くんが落ち込んじゃって。
そんな姿が……か、かわいくて、ついほっとけなくて、元気付けてあげたくて、一緒に飲みに行こうと思いきって――デートに誘っちゃったのだ。……自分でもごく自然に誘えたことにすっごいビックリした。
それから皆に教えてもらった、デートにオススメのオシャレなイタリアンバルにふたりで行って。
私から伝えたかったふたつのことを弓削くんに言ったら、目を見開いてすっごく驚いててかわいかったなぁ……。
……んっ!
……そこから弓削くんがどうしてか急にハイペースで飲み始めちゃって、ずーっと「先輩はカッコイイ」とか「人として、社会人として尊敬してます」とか「先輩に早く追い付きたい」とか……。
終いには「俺は先輩を支えたいんです! 横に立って一緒に歩んで行きたいんです」なんて嬉しくなることを言ってくれた。
――始めは私と同じ新入社員代表に選ばれた年下の男の子くらいに思ってた。
けれど、入社式の最中に課長から私の直属の後輩になると告げられて、新入社員代表で総務課配属ということもあって親近感が湧いた。
意識してからの第一印象は礼儀正しくて真面目だけど、答辞でもあったようにアドリブもきく面白い子。
それでつい気になって自分から話し掛けに行ってしまった。……他人のことが気になって声を掛けるのなんて生まれて初めてのことだったので、私自身内心で首を傾げてたのは内緒。
それからはあっという間だった。
弓削くんは同期の子の誰よりも早く仕事を覚えて。
時には私が気付けなかったことに、気が付いてくれたり。
私を懸命にサポートしようと教えてもいない雑務を完璧にこなしてくれたりと。
全く手のかからない――気配りのできる後輩くんだった。
だから、落ち込んだ表情を見せてくれた時は……かわいいと思った以上に、実は嬉しくなって。
本当はそんな弓削くんのことが――気になって気になって仕方なくなってしまったのだ。
――そこまで思い至って、顔から火が出そうなほど熱くなっていることに気が付いた。
……これは……きっと……弓削くんがあったかいせいだ。そうに違いない!
自分でも分かるあまりにも稚拙な言い訳じみた結論。
そうでもしないと今のこの状況に対処できないので、私なりに自分を誤魔化したつもり。
のそのそとお布団から顔を出して、ふーっと吐息を吹きかければダイレクトに伝わってしまうほどの至近距離にある弓削くんの顔を見る。
すやすやと穏やかな寝息を立てる弓削くん。
胸に顔を埋めれば呼吸の度に上下していて、不思議と安心できた。
…………あ、あぶない。また眠っちゃうところだった!
今度はあったか弓削くん抱き枕から離れて、上体を起こす。
時折口がもにゃもにゃ動いたり、眉がピクピクと揺れるのを見て思わず頬っぺたをつついてしまった。
すると「 …… ……」と、目をギュッと瞑って寝言を漏らす弓削くん。……か、かわいいっ!
そんな反応がもっと見たくて、ついつい頬っぺただったり、おでこだったり、顎だったりをつつく、つつく、つつく。
「 …… ……」
中々目を覚まさない弓削くん。
昨夜は2軒目のBARに行く前から潰れちゃってたから、眠りが深いみたい。
――そのことに気が付いた瞬間、私は自分でも理解出来ない行動をとってしまった。
弓削くんの頭を撫でながら少しずつ、ほんの少しずつその顔に近付いて。
無意識のうちに自分の唇を舐めて。
……弓削くんの……彼の右頬に――キスをしてしまったのだ。
永遠にも感じられる、一瞬。
わずかな接触だけど、確かな好意を持ったスキンシップ。
はっとなって顔を上げ。
自分の唇を指で触れながら、込み上げる感情になんとか栓をしようと抗う。
……私は今……何をしたの?
……キス?
……どうして?
……どうしてそんなことをしたの?
……好きだから?
……彼のことが、好きだから?
――ダメ。それは考えてはいけない。
――これは私が勝手に思ってしまったことで、彼は望んでいないかもしれない。
――これは私のワガママだから、彼には迷惑を掛けてはいけない。
――この想いは、絶対に出してはいけない。
いつの間にか私の頬を雫が伝っていった。
彼のことを考えれば考えるほど、苦しくなって。
彼のことを想えば想うほど、感情は溢れていって。
……私は28にもなって一人で泣いてしまったのだ。
これ以上彼の近くにいたら、もう抑えられなくなる。
これ以上彼を見ていたら、彼が尊敬してくれているカッコイイ私を保てなくなる。
離れないと。
すぐにここから出ないと。
私は――。
――先に帰る旨の書き置きをして、私は逃げるように彼の家を後にした。