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3 『こちらユゲーク。大佐……かなりマズいことになった』

 身体的な不快感で自然と目が覚めた。


「頭が……ガンガンする……」


 頭痛に吐き気、喉の渇き。

 完璧に二日酔いだった。


 昨夜は確か……瀬能先輩とサシ飲みをした気がする。

 1軒目は他の先輩に教えてもらったイタリアンバルに行って……生ハムプロシュート・クルードとスパークリングワインがやたらと美味しくて、調子に乗って飲み食いしたことまでは記憶がある。

 以降は途切れ途切れで上機嫌になりながら2軒目に向かったこと、帰りはヘロヘロになりながらタクシーに乗ったことしか憶えていない。


 瀬能先輩との会話を思い出そうとしてみたが、頭痛に阻まれてぶつ切り状態の記憶の糸を辿ることはできなかった。


「……水、飲もう」


 上体を起こして薄目を開けて辺りを見回してみると、間違いなく自宅だった。

 どうやってここまで辿り着いたのだろうか? ……ダメだ全く思い出せない。

 人間ベロベロ状態になっても家に帰ってくることが出来るのだから、帰巣本能というのはかなり優秀らしい。


「……水、飲むぞ!」


 あまりにも身体がダル過ぎて動く気が1パーセントも起きないので、自分を鼓舞するように気持ち大きな声で言ってみたら、更に頭痛が酷くなった。完全に自爆だ。

 ……結局起き上がるのも面倒くさくなり、再度ベットに沈み込む。


 どうせ今日は休みだし、このまま惰眠を貪ろう。

 それにもう少し寝ればこの症状も少しは和らぐはずだ。


 そして俺は再度意識を手放したのだっ――、


「―― (うぅっ?)…… (のむぞー)…… (むにゃ) (むにゃ)


 横になって目を瞑った直後のことだった。

 やけにリアルな瀬能先輩の寝言のような声が真横から聞こえてきたのだ。


 ……え? 幻聴か??


 反射的に目を開いて横を見て……固まってしまった。


「――ッ!?」

 

 人は理解できない状況に直面すると声が出なくなるらしい。

 そんなことを初めて知った、23の朝、だった。


 ……なんてのんびりしている場合ではない。

 だからといって今までの人生の中で一番、周章狼狽している現状では何も考えることができない。


「…… (すーすー)


 俺の視線の先には間違いなく瀬能先輩がいた。


 唇を閉じているからこそ分かる、形の良さ。

 目を閉じているからこそ分かる、睫毛の長さ。

 こんな至近距離だからこそ分かる、肌理の細かい白く透き通った肌。

 いつもハーフアップに纏められていた艶めいた長い黒髪は解かれ、カーテンの隙間から降り注ぐ朝日によって煌いて見える。

 眠っているからこそ改めて分かったその端麗な容姿に一瞬我を忘れてしまった。

 穏やかな天使の寝息を規則的に刻みながら、たまに「 (むにゃ) (むにゃ)」だの「 (ふにゃ) (ふにゃ)」だのと寝言のような可愛らしい呪文を唱えている。


 ……夢じゃ……ないよな??


 現実にありえない光景だったので暫しじっくりと瀬能先輩を眺めてから、起こさないよう細心の注意を払ってベッドから這い出た。


「お、落ち着け。まずは現状の把握と対策の検討を――」


 我が家だというのに全く落ち着けない。

 決して広くない部屋の中をぐるぐると歩き回りながら、3秒に1回は瀬能先輩の方を見て歩みを止めるという常同行動をひたすら繰り返す。

 その間も瀬能先輩はぐっすりと眠っているだけだ。


 ……ダメだ。

 このまま眺めてたら死ぬ。

 間違いなく理性が崩壊して社会的に死ぬ。


 緊急事態に直面して極度の興奮状態に陥ったためか、二日酔いの症状は治まっていた。

 すっきりとした思考回路の中で冷静になって考える。


 昨夜は瀬能先輩と飲んだ……これは紛れも無い事実。

 そして何故か瀬能先輩が我が家のベッドで眠っている……これは夢かもしれない。


 心のどこかでは夢でないと分かっているのだが、そう考えておかないと理性が持たない。


「っしゃ!」


 己を奮い立たせるように気合を入れて。

 まずは現実なのか、はたまた夢であるのかを確認するために……息を殺してベッドで眠る瀬能先輩に匍匐前進で慎重に接近する。

 気分はメタルギ〇ソリッドのスネ〇クである。

 謎のテンションでもはや楽しみになっている自分がいた。


 ……大丈夫か、俺。


「こちらユゲーク。これより目標との接触を試みるッ!」


 傍から見たら、美女が眠るベッドに匍匐前進で接近しながらヤバイことを口走っている奴である……どこからどう見ても言い逃れのできない変態だ。

 もし今、警察に踏み込まれたら警察密着24時的な番組などでよく見る、おはようございます逮捕、通称――おは逮、が裁判所の令状なく執行される勢いだ。


 マズイと理解しているが止めることはできない。

 それは絶対に確認しなきゃならないことがあるからだ。


 ……男女が同じ屋根の下で、しかも同じベッドで眠っていたのだ。

 ま、間違いが起きていないかだけは確認するべきだろう。


 やけに長く感じたが何とかベッドの縁に辿り着き、匍匐前進状態のままよじ登る。


「これより、目標の掛け布団(外部装甲)排除(パージ)する……!」


 ごくりと唾を飲んでから、震える手をもう片方の手で押さえつけ、肩まで掛かっている掛け布団をゆっくりと慎重に捲る。


 これでもし瀬能先輩が……裸だったら、まず土下座しよう。

 それから気が済むまでサンドバッグになろうと思う。


 徐々に露わになっていく瀬能先輩の上半身。


「大佐、これは一体……どういうことだ?」


 まず瀬能先輩はちゃんと服を着ていた。

 この点は安心した。


 ……だが、その格好が謎だった。


 瀬能先輩が纏っていたのはブラウスではなく……白のYシャツだった。

 それも瀬能先輩には不釣り合いなほどに大きいものだ。

 サイズが合っていないのは一目瞭然で、袖口からはギリギリ指先が見える程度で、首回りや腕周りはダボダボ。唯一はちきれそうになっていたのが胸回り――ってそんなところを見るな俺!! 瀬能先輩に悪過ぎんだろうが!!


 荒ぶる感情を抑えるために即座に掛け布団を瀬能先輩に掛けて、ベッドの縁に座って思考する。


 ひとつ分かったこととしては……瀬能先輩が身に着けているYシャツは見覚えがあるので間違いなく俺のものだということ。


 なぜそんな状況になっているのか?

 一体何があったら俺のYシャツを着ることになるのか……。


 いくら考えても答えは出ない。

 いくら思い出そうとしても記憶は蘇らない。


 ……酔っぱらって記憶失くすとか、くそったれかよ。


「…… (ゆげくん、) (かわいぃ)…… (すーすー)

「――かッ!?」


 答えの出ない無限ループにハマって頭を抱えていたら、そんな寝言が聞こえてきて驚いてベッドから転がり落ちた。

 身体を打った痛みやら、可愛いと言われた羞恥やら、瀬能先輩可愛過ぎかよ! などが複雑に入り混じって床に寝転がりながら悶絶していたら……ベッドの方から物音がした。……そりゃあんだけ衝撃音を出したら当たり前か。


 恐る恐る這い上がって覗いてみたら――、


「――ゆげくん? ……おはよ」


 瞼をごしごしと擦りながら不思議そうな顔をしている瀬能先輩と目が合った。

 今まであれこれ考えていたのがバカらしく思えるほどの可愛いらしい反応だった。


 それと心の底から安堵した。

 瀬能先輩の反応を見る限り、ナニかがあったようには見えない。


「おはようございます先輩」

「うん……ちょっと……こっちきて」


 掛け布団に包まったままの瀬能先輩は、ベッドをぽんぽんと軽く叩いて俺に寝転がるよう催促してきた。


 いくら瀬能先輩のお誘いでも意識がある今はこれがマズいことだと理解できる。

 相手は女性で、しかも憧れの先輩だ。

 ここで間違いを起こすのは男としてあってはならない。

 ……なので丁重にお断りをした。


「すみません。それはできません」

「……ん? はやくきて」


 とろんとした瞳。

 もしかしたら瀬能先輩は寝ぼけているんじゃ?


 そんな答えに至り、水でも取ってこようとベッドに片手を付いて立ち上がろうとしたら――、


「――ちょっ!?」


 掛け布団の中から突如伸びてきた瀬能先輩の両手に掴まれ、不意を突かれたので踏ん張ることが出来ず、為す術もなくベッドに引きずり込まれた。

 強く抵抗して瀬能先輩にケガをさせてしまったらそれこそ切腹ものなので、ガラス細工を扱うような慎重な手付きで拘束を解きにかかるが、全く外れる気がしない。


 それどころかいつの間にか仰向けの俺ごと掛け布団の中に取り込んだ瀬能先輩が――全身に抱きついてきた。


 布団の中で指まで繋がれ。

 あげくに足を深く絡められ。

 終いには首元に顔を埋められ。


 指先から足先まで全身が密着した状態となり、俺は身動きが取れなくなった。


 もう理性だのなんだのと言っている余裕は微塵もなかった。

 ここまでされて堪えられる男なんていない。

 俺は瀬能先輩をすぐにでも抱きしめたくなり、何とか体勢を横向きに変えようと動く……が、やっぱり身動きが取れなかった。

 それほどぴったりと密着されているのだ。


 生殺しだよ!! 勘弁してくれ!!


「…… (ゆげくん) (のにおいが) (する)…… (あったかぃ)

「せ、先輩! 俺ッ!! 先輩のことが――」






「―― (すーすー)…… (すーすー)


 そして至近距離から聞こえてきたのは瀬能先輩の天使の寝息だった。


 前回もあったため、なんとなくこの状況になる気はしていたし、こんな状態で間違いを起こすのはダメだろうと、急激に冷静になっていく自分がいた。


「……ですよねー」


 何とか片手を出して瀬能先輩の頭を撫でながら、その心地好い寝息に誘われて、俺は再度眠りに落ちたのだった……。

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