5 『キスマークの理由』
今話でSS終了です! 年内に終われて一安心です!
長々と書いて申し訳ありませんでした!
「「ごちそうさまでした」」
芹葉先輩お手製のお弁当を食べ終えてふたりでまったりしていた。
……何か忘れているような気もするが、今はそんなことはどうだってよかった。
向かいには普段のキリリとしたクールな表情とは正反対の、気の抜けた顔でボンヤリとしている芹葉先輩。
目が合うとどこか恥ずかしそうに微笑むその姿は天使のそれだった。
「ねぇ明弘くん?」
「はい」
天使……じゃなくて芹葉先輩は机の上で指組していた俺の両手を掴むと、自分の指も絡ませてきた。……最近気づいたのだが芹葉先輩は指を絡ませるのが好きらしい。ふたりでいる時は大抵絡めてくるので、間違いないと思う。
「今日……同期の子達と忘年会するのよね?」
「そうですよ」
俺の様子をそっと探るように俯きがちにこちらを見てきた。
芹葉先輩には事前に言っておいたのだが、今日はWあさひとドS穂村のいつものメンツで忘年会があるのだ。
これは1か月も前から押さえられていたので、つい1週間前にもの凄くニコニコした表情の芹葉先輩から「来週の金曜日、お仕事終わったらフクロウカフェ行きたい!」と言われた時は、内心で血の涙を流しながら断った。
ちなみに断ったら芹葉先輩がありえないくらいショボーンとなっていた。……芹葉先輩には悪いが、俺はしょんぼりしている姿が愛らしくて結構好きだったりする。
「メンバーは工藤くん、舞野さん……それに穂村さん?」
「はい。まぁ、いつものメンバーです」
「……女の子ふたりもいる…………ふたりもいるぅぅぅっ!」
……はぁぁぁぁ可愛い! ふくれっ面の芹葉先輩ほんと可愛い! ここが社内じゃなければ目一杯甘やかしたい。
眉根をキュッと寄せて、わざとらしく頬を膨らませて、不満を一生懸命アピールしてくる芹葉先輩。
効果音をつけるとしたら、むうぅぅぅ、という感じだろうか? ……と考えていたら芹葉先輩が本当に「むうぅぅぅっ!」と唸っていた。天使かよマジで……。
でもそれだけでは足らないらしく、絡ませていた指を解いて立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちになった。
きっと本人はより不満をアピールしたいのだろうが、俺としてはただただその可愛さに翻弄されるだけだ。
「確かにいますけど、別に心配するようなことはありませんよ?」
あいつらは仲の良い同期であって、それ以上の感情は特にない。
まず舞野は誰とでも仲良くなれるようなやつなので、俺のことを色恋などの特別な対象で見ているような気はしない……そもそも同じコミュ力お化けの工藤との方が仲がいいので、恐らく飲み友達ぐらいにしか思っていないだろう。
穂村に至ってはことあるごとに俺をイジってくるので、多分オモチャ程度の認識しかないだろう……ドS怖い。
正直芹葉先輩を心配させてしまうことに対しては申し訳ない気持ちもあるが、逆に不満を精一杯アピールしてくれるほど想われているのは嬉しい。
「……でも……私が逆の立場になったら……明弘くんどう思う?」
「嫌です!」
即答だった。
考えるまでも無い。
脊髄反射が起こったような速さだ。
芹葉先輩が居酒屋で男2人と一緒……ダメだ。考えたくもない。
今更ながら芹葉先輩の不満アピールに可愛いと喜んでいた自分を殴りたくなった。
――これは3人には悪いが断った方が良いのか?
脊髄反射の返答を聞いた芹葉先輩は柔らかく微笑んでから、今度は俺の隣の席に腰を下ろした。
「でしょう? ……でもだからって私のワガママで明弘くんを縛っちゃうのも嫌なの。だから――」
「だから?」
俺の方に寄り掛かってきた芹葉先輩が頭を肩に預けてきた。
カモミールのリラックスする甘いにおいが仄かに香る。
「…… 」
そっと顔を近づけてきた芹葉先輩の色香を纏った甘い囁き声が俺の頭を揺さぶった。
例えるならば、ノーガード状態でジャストミートのフックをもらったような衝撃だった……実際にそんな攻撃は受けたことがないが。
とにかく不意打ち過ぎた。
俺は10秒以内に反応することができず、KOとなった。
「……明弘くん?」
芹葉先輩の再度の呼びかけで、口から飛び出していた魂が肉体へと戻り、なんとか返答を口に。
「す、すいません。ちょっと意識が飛んでました……むしろ泊まりに行ってもよろしいのでしょうか?」
「む・し・ろ! 泊まりに来てくれないとやだぁ!」
「行きます! 行かさせてください! お泊りさせてください!」
おかしいかな……いつのまにか俺が全力でお泊りを懇願していた。
下心が全くないとは言わないが、芹葉先輩と一緒にいられるだけで俺は幸せなのだ。
ふたりでどこかに出掛けるのもいいが、どちらかの家で可愛い先輩を眺めながらまったり過ごす1日とか……天国かな? 癒ししか存在しないぞ。
「うん! あんまり遅いと私……イジけるからね?」
「イジけた芹葉さん……悪くない」
「ん゛っ!? 怒るよっ!? アングリー!!」
ついポロッと零れた本音にプンスコと怒り出す芹葉先輩。
ただ本気で怒っているのではなく、あくまでパフォーマンスのアングリーだった。
「すみません……どうすれば許してもらえますか?」
すると芹葉先輩は「う~ん」と悩んでから、俺の足をこれでもかと開かせてきた。
一体何をするつもりなのかと動向を窺っていたら、開いた足の間にちょこんと座った。……あぁぁぁ刺激が! 俺の息子に刺激ががががが!?
「明日の土曜日はフクロウカフェに行って、それからお家用のプラネタリウムを買って一緒に観ること!」
次に俺の方に倒れてきて、こちらを見上げるように顔を上げてきた。……あぁぁぁ吐息が! 俺の息子がぁぁぁぁ!!
様々な刺激に心ここにあらずとなった俺は「ハイ」とぎこちなく答えることしかできなかった。
「――そうしたら日曜日は臨海公園の近くの水族館に行って、お家帰ってきたらもう1回一緒にプラネタリウムを観るの!」
「ハイ」
「――それで月曜日のクリスマスイブは一緒に……ビール工場と日本酒の酒蔵見学に行くの!」
そこでやっとまともな精神状態に戻った。
理由は声を出して笑ってしまったからだ。
なんでクリスマスにビールと日本酒の見学ツアー参加なんですか!?
普通イルミネーションを観に行くとか、高くて洒落たお店でディナーとか、そういうことすると思うんですけどぉぉぉ!?
「ど、どうして笑ってるの!?」
「なんか芹葉さんらしいなと思って」
「分かんないっ!! 私らしいって? 明弘くんビール好き、私日本酒好き……お酒……面白いってこと?」
天然っぷりとぽんこつ具合がこんな時に爆発している芹葉先輩。
頻りに首を傾げながら「面白いお酒ってなに?? 私が間違えた鮭・ライムのこと? おしえてっ!!」と自分で言ったのに俺に聞いてくる始末。
俺はそんな可愛い反応に我慢できなくなって、芹葉先輩の頭を撫でながら答えた。
「休みは芹葉さんがやりたいこと全部やりましょうか。もちろん工場と酒蔵見学も」
「……うぅぅぅ……とりあえず許すぅ」
「ありがとうございます」
口をへの字にして微妙に納得がいっていない顔をしていたが、一先ずお許しはもらえたようで一安心だ。
「とにかく……今日はちゃんとうちに――泊まりにきてね?」
「はい。絶対に行きます」
「うん……後は私のキスマークが、明弘くんをうちまで無事に届けてくれるかしら?」
「……お守りってなんですか?」
「――秘密♡」
そう言って婉然とした笑みを浮かべた芹葉先輩は、俺の首筋に手を這わせてから、抱き着いてきたのだった。……うん。やっぱり何か聞き忘れてる気がする。
イヴに工場&酒蔵見学を選んだ芹葉先輩の考えは「きっと人が少ないはず!」というものです。……意外としっかり考えてるクールビューティーさんです!
もう12月30日……いや、あと30分で大晦日ですか……。
皆様、よいお年を!