2 『すき、好き……だいすきっ♡』
12時を回り総務課以外の皆も各々昼食に行ってしまい、フロアは静まり返っていた。
その上、昼食時は仮眠をとる人もいるためフロア全体の照明が落とされるので、暗くなったことも相まってか余計に静かに感じる。
そんな中、キリの良いところまでやってしまおうと、俺は未だにPC作業を続けていた。
今日は芹葉先輩とふたりでこっそりと昼食をとる日なので、あえて時間をずらそうとしている狙いもあるのだが。
「暗いところでモニター見てると目、悪くなっちゃうよ?」
集中して資料作成を続けていたら、芹葉先輩に声を掛けられた。
いつの間にか俺の背後に移動していたらしく、間近に聞こえたその声に若干驚いてしまった。
今振り返ると驚いている表情が見られてしまうので、失礼かもしれないがモニター画面を見たまま返答を口に。……すみません芹葉先輩。
「ありがとうございます。でも後は最終調整だけなので――」
「――だけなので?」
俺の言葉を遮るように被せてきた芹葉先輩が急に背後から抱き着いてきた……比喩ではなく本気で口から魂が飛び出そうになるほどビックリしてしまった。
ここ居酒屋とかじゃなくてバリバリ社内なんですけどッ!?
誰かに見られたらどうするんですか!? 言い逃れ出来ないアウトですよ!?
「ちょっ! 芹葉さん!? 何してるんですか!?」
俺の問い掛けに反応はなく、代わりというべきなのか更にギュッと密着してくる芹葉先輩。
……だがそれでも満足できなかったのか、俺の右肩に背後から顎を乗せて頬っぺたをスリスリと擦りつけてくる始末。あぁぁぁぁ! 芹葉先輩からカモミールの甘い香りがががが!! ……このままじゃ理性が月までぶっ飛ぶまである。
「マズいですって! 誰かに見られますよ!?」
「誰もいないから大丈夫!」
「それなら……って良くないです! すぐに離れてください!」
「やだぁ! 私のこと構ってくれない明弘くんが悪いの! だからくっつくのっ!」
どうやら構ってもらえない腹いせに頬っぺたスリスリを行っているらしい……芹葉先輩が可愛過ぎて辛い!
そんな状況でも俺はタイピングの手を止めることなく資料作成を続行……というか何かに集中していないと息子が「呼んだか?」と、今すぐにでも起き上がりそうなのだ。
……だが俺のそんな態度が気に食わない甘えん坊状態全開の芹葉先輩は、更なる攻勢を仕掛けてきた。
「 」
「くッ!? 芹葉さんくすぐったい!」
耳元で囁くように呟いてから俺の訴えを完全に無視して「 」と更に言葉を続けてきた。
芹葉先輩の息遣いが鼓膜を直接揺らし、筆舌に尽くし難い快感が俺を襲う。
理性は崩壊寸前で、意識は既に逝きかけている。
芹葉先輩が社内でこんなにも大胆不敵な行動をしてくるなんて予想だにしていなかったので、不意を突かれて昇天5秒前である。
……死ぬ。
……ここで死ぬ。
……もうゴールしていいよね?
「わ、分かりました! ご飯行きましょう!」
「…………」
最終的に俺がギブアップを宣言して立ち上がろうとしたのだが、今度は芹葉先輩が抱き着いたまま離れてくれなかった。
それどころか反応すらしない。
「芹葉さん?」
「……わたし、ちゅーしたいの!」
……まごうことなき開き直りだった。
ってそんなこと大きい声で言うんじゃありません!
誰かこの天然ぽんこつ甘えん坊美人を止めてくれぇぇぇ!
――いや、冷静に考えると芹葉先輩のテンションがおかしい気がする。
さすがに酔っぱらってるなんてことはないと思うが、なぜこんなにノリノリで甘えてくるのか?
理由がさっぱり分からない。
なのでクールダウンも兼ねて素直に芹葉先輩に聞いてみた。
「どうして今日はそんなに甘えん坊なんですか?」
「……だ、だって! 明弘くんとクリスマスいっしょにいられるって思ったら……嬉しくなっちゃったんだもんっ! それなのに明弘くんがいじわるしたぁ! だからこうするの――」
そして天然ぽんこつ芹葉先輩は宣言していた俺の頬っぺたではなく、首筋に思い切り吸い付いてきたのだった。……いや何してるんですかほんと……って痛いイタイ! 芹葉先輩マジで何がしたいんですかぁぁぁ!?
吸い付いてる芹葉先輩……うん。タコになったのかな?