1 『釣井先輩吐きかけるの巻』
☆★☆注意!★☆★
番外編です!
時系列としては短編①~③の更に2か月後くらいになりますので、瀬能先輩は既に課長で皆には内緒で弓削くんと付き合っているところです。
クリスマスということで番外編のSSを書きました。
混乱しそうなタイミングでぶち込んでしまい申し訳ないです。
ちなみにSSなのに3話くらいになりそうです(どう考えてもクリスマス過ぎる……)
12月21日の金曜日。
出社して休憩スペースで手作りの鮭おにぎりを食べ終えてからPCを立ち上げた瞬間、社内のビジネスチャットにメッセージが飛んできた。
差出人は見るまでもなく誰か分かった。
……何故ならば俺の出社時間は早い。こんな早朝に既に出社している人は俺を除くとひとりしかいないからだ……というか今さっき朝の挨拶をして一緒におにぎりを食べたはずなんだが。
「…………」
俺以外に唯一出社している人物――芹葉先輩の方に顔を向けたら、イスに座ったまま背伸びをしてモニターの上から頭だけを出してこっちを見ていた。
表情は至って真面目なもので、俺と目が合うとスッと顔を違う方向に向けて周囲を警戒するようにひょこひょこと見回し始めた。
……行動が完全に小動物である。例えるなら草原でピーンと立って周りを警戒するプレーリードッグのようだ。それと若干ひょっこりは〇っぽい……今あの音楽を鳴らされたら声を出して笑う自信がある。
面白くて可愛いので見ているだけでも飽きない。
いや、むしろ芹葉先輩が普段ひとりでいる時はどんな行動をしているのか滅茶苦茶気になる。
割と本気でそんなことを考えながら、歩哨任務についていた芹葉先輩に直接話し掛けた。
「芹葉さん、今誰もいないんですから普通に話し掛けて下さいよ」
「…………」
返事の代わりにふるふると首を横に振った芹葉先輩。ハーフアップにまとめられた絹糸のように綺麗な黒髪が左右に広がって、まるで映画のワンシーンを見ているかのような錯覚に陥った。
ぼんやりとその光景を眺めていたら、芹葉先輩が俺のモニター画面を指さしてからコクリと頷くという謎のジェスチャーをしてきた。……いや、だから喋ってくださいよ!
恐らく「メッセージみて!」ということなのだろう。
俺は自分を落ち着けるために深呼吸をしてから、覚悟を決めてメッセージを開いた。
『緊急事態発生! 緊急事態発生!! 至急――明弘くんと相談したいことがあります(゜-゜*;)オロオロ(;*゜-゜) このメッセージを読んだらすぐに私のところまで来てください! 以上、報告終わり!!』
……いや、ついさっきまで一緒に朝ごはん食べてたんですからその時に話して下さいよ! というツッコミを飲み込んでもう一度文面を読み返した。
いつものように面白可愛いメッセージでも送ってきたのかと思って身構えてしまったが、今回は何やら緊急事態が発生したとのこと。
考えられるのは俺が仕事で何かやらかしたもしれないということだ。
……だがいくら考えても思い当たる節はない。
自分で言うのも恥ずかしいのだが、芹葉先輩と付き合うようになってから早く横に立てるようになりたいと今まで以上に全力で仕事に当たるようにしている。
納期遅れは釣井先輩に資料作成を丸投げされた件以外したことはないし。
もちろん会議や外部、内部との調整も抜かりなく行っている。
未知の緊急事態とやらに妙な不安を抱きながら芹葉先輩のもとに向かった。
「緊急事態ならばさっきご飯食べてた時に言ってくれてもよかったんですよ?」
「……ううん。私が少しでも明弘くんと一緒にいたいから呼んだだけなの」はにかむ芹葉先輩
そんなことを面と向かって言ってくるとか……死ぬほど可愛いんですが? 今すぐ抱きしめてもいいですか?
荒ぶる気持ちを静めながら至って冷静に話し掛ける。
「そ、それで何が起きたんですか?」
「……今回のお出かけ当番――私」
毎週末ふたりでどこかに遊びに行っているのだが、そのプランを企画立案するのがお出かけ当番の役目である。要するにデートの主催者のことだ。
もともとは俺が芹葉先輩と一緒に出かけたくてデートプランを色々と考えていた。
だけどそんな俺の姿をみてどう思ったのか「私もお出かけプラン考えたい! だから代わりバンコにしよ?」と芹葉先輩も参加してきて、今では週交代でお出かけ当番を回している。
「はい。確か……つくばにある世界最大級のプラネタリウムを観に行くって言ってましたよね?」
「うん……」
「緊急事態ってことは……予約が取れなかったとかですか?」
「……とれなかったの」
しょんぼりとした芹葉先輩がコクコクと頷きながら、上目遣いに潤んだ瞳を俺に向けてきた。
その仕種が俺の庇護欲を刺激し、思わず芹葉先輩の頭を撫でながら「大丈夫ですよ。俺は芹葉さんと一緒にいられるだけで嬉しいのでそんな泣きそうな顔しないで下さい」我ながらクサイことを言ってしまった。……といっても本心なのだが。
それにプラネタリウムは芹葉先輩が行きたくてプランを考えていたので、俺よりもショックなはずだ。
「せっかくのクリスマスだったのに……」
クリスマス?
……クリスマスッ!?
今まで恋人なんていたことが無かった俺からすると、一切無縁……どころか忌々しいイベントだったので完全に忘れていた。
そういえば今年は日曜日と祝日が被って24日も会社が休みの3連休なのだ。
や、やばいぞ! これ俺も何か考えるべきなんじゃ!?
お出かけ当番だからって芹葉先輩に丸投げするのは間違っている気がする。
「すみません! 今までクリスマスに無縁だったので気付いてませんでした!」
自分で言ってみてすごくダサイことを暴露している気がしたが、今更芹葉先輩の前で嘘をついたって意味がない気がするので、正直に言った。
「んっ! 私も予約しようと電話した時に店員さんに、クリスマスということもあってご予約は満席です申し訳ございません、って言われて初めて気が付いたのっ!」
芹葉先輩がニコニコしながら「いっしょだねっ!」と呟きながら、俺の手を取って指を絡めてきた。
いわゆる恋人繋ぎだった。
社内でいきなりやられたのでいつも以上に緊張してしまった。……誰かに見られたらアウトだよな?
「さ、さすがに手を繋いでるところを誰かに見られたらマズくないですか!?」
「大丈夫! まだ皆来るまで時間……あるよ?」
いたずらっぽく舌をちらりと出して唇を舐めた芹葉先輩。
や、ヤバいぞ。このままじゃ俺の――息子が目を覚ましてしまう。誰か助けてくれぇぇ!
「さ~て今週のお出かけプランは?」
動揺しすぎてサザ〇さんの次回予告みたいになってしまったが、芹葉先輩は微笑んだまま俺の手を握っている。
「だからね……今回はお家で――」
「――おはよおえぇぇぇぇぇッ!!」
芹葉先輩がやけにためて何事かを言おうとしたところで、俺にとっては救世主となった釣井先輩が出社してきたかと思いきや……何故かいきなり嘔吐いていた。
芹葉先輩は即座に繋いでいた手を離して「おはよう釣井くん」と何事も無かったかのようにいつもの凛とした表情を湛えて挨拶を返していた。
タイミング的には釣井先輩に手を繋いでいたところはギリギリ見られていない気がする。急に吐き気を催してくれたおかげで釣井先輩が前のめりになっていたので、俺達のことは視界の外に出ていたはずだ。
俺の息子が目を覚ましかけたのと、芹葉先輩との秘密の関係がバレそうな2重に危ない状況だったが、なんとかセーフだったようだ。……ふぅ、朝から寿命が縮むところだった。
「おはようございます釣井先輩。飲み過ぎですか?」
「……いや。ちょっと朝からヘビーな甘味を強制的に食べさせられてな……勘弁してくれよ全く」
「そう言えば釣井先輩の奥さんって甘いの好きなんでしたっけ?」
「あぁ。甘い物と……甘い話が大好物だぞ。今度嫁さんも連れて飲みにでも行くか? そん時はもちろん課長も連れてくぞ?」
「はい? いいですよ! 行きましょうか」
釣井先輩がよく分からないことを言っていた気がするが、それ以上に気になることがあった。
……それは釣井先輩の死角から、頬っぺたを目一杯膨らませた芹葉先輩が俺のことを見ていたからだ。最近はああやってすぐに焼きもちをやく芹葉先輩。
俺はそんな姿が可愛いのであえて眺めるだけにしている。……そういえば最近、芹葉先輩のクールビューティーな姿をあまり見ていない気がする。
まぁ、皆がいる時は確かにいつも通りクールビューティーモードなので、問題ないと言えば問題ないのかもしれないが……。
結局釣井先輩の出社で芹葉先輩が何を言いたかったのか分からなかったが、今日は一緒にお昼ごはんを食べる約束をしているので、その時に聞くとするか。
フグのようにまんまるになっている芹葉先輩に、アイコンタクトで「また後で」と伝えてから、俺は自席に戻ったのだった。