14 『A.いくらのいんせきおいしぃっ!!』
皆さん瀬能先輩が天然でぽんこつってこと忘れてませんよね……?
自制なんてきかない暴走状態。
恐らく酒が入っていたというのもあるのだろうが、瀬能先輩に対して想っていることを全て口にしてしまった。
完璧に告白だった。
どう考えてもアウトだった。
「…………」
「……先輩」
瀬能先輩は先程から顔を伏せたまま無言を貫いている。
表情は全く見えない。
だからなのか先程まで興奮で周りが見えていなかった俺は急に冷静になっていった。
そして瀬能先輩の気持ちを考えずに暴走してしまった後悔が徐々に大きくなっていく。
……俺はなんて身勝手なことをしてしまったのか。
結局瀬能先輩を悩ませて迷惑をかけているだけだ。
瀬能先輩と俺は釣り合わない。これは客観的にみても揺ぎ無い事実だ。
「…………」
「……先輩?」
もしかしたら怒っているのだろうか。
それとも、どう断ろうか考えているのだろうか。
もう一度声を掛けてみたがやはり返事はなかった。
「…………」
「あの、先輩?」
……妙な胸騒ぎがする。
一切反応してくれないこともそうだが、徐々に瀬能先輩が前のめりになっていっているのだ。
力尽きて眠りの波に飲み込まれたような……言ってしまえば寝落ちしたかのような動きである。
沈みゆく瀬能先輩に顔を近づけて耳を澄ます。
「…… 」
すると聞こえてきたのは、規則正しい天使のような寝息だった。
決定的だったのは、むにゃむにゃと口を動かしながら零した「 」寝言だ。
「……この先輩本当に可愛過ぎかよ」
五臓六腑に染み渡る可愛さについそんな言葉が出てしまったが、これはもはや当たり前のようなものだ。
それよりも、聞かれてなかった! という安心感と。
聞かれてなかったのか……という不満にも似た感情がふつふつと沸き立った。
相反する感情に自分でも戸惑ってしまった。
明確な矛盾であり二律背反だ。
今まで人に対してここまで心を揺れ動かされたことが無かったので、どうするべきなのか分からない。
「…… …… 」
未だに寝言がダダ漏れになっている瀬能先輩。
鮭を釣ったかと思いきや、今度はいくらの隕石が迫っているようだ。
必死に夢の中で逃げようとしているのか、ピクピクと身体が揺れているのがまた可愛いかった。
「…… …… 」
何やら逃げ回っていたのではなく、いくらの隕石とやらにかぶりついていたらしい。口がもごもごと動いている。夢とシンクロしているのだろう。
そんな瀬能先輩を眺めながら思い至る。
……改めて考えてみると今更なのかもしれない。
そもそも瀬能先輩に想いを伝えたい自分もいるし。
一方で迷惑だから自重すべきだと考えている自分もいる。
俺はもとから矛盾していた、ヘタレビビリなのだ。
これは今に始まったことではない。
きっとまだ全てをぶちまけるタイミングではないという、神からの導きなのだろう。……いや、そういうことにしておこう。
「…… ……」瀬能先輩――テーブルまでの距離10cm
「先輩、起きないと頭ぶつけますよ」
「…… …… 」瀬能先輩――テーブルまでの距離5cm
器用に寝言? で返事をした瀬能先輩だが、起きる様子はない。
このままだとおでこをテーブルに軟着陸させるはずだ。
……それを分かっていながら俺は敢えて静観することに決めた。
理由は言うまでもないだろう。
――そしてその瞬間はやってきた。
ゴツンという意外と重たい音が響き、テーブルに置いてあったサケ・ライムが入っていた空のグラスが微振動した。
それから1秒にも満たない刹那、瞬時に顔を上げた瀬能先輩は澄ました表情を湛えて言った。
「――痛いっ!? な、なに!? ――ね、寝てないの!! ちゃんと起きてたもん!!」キリッとした瀬能先輩
顔付きが凛々しいからこその言葉のギャップ。
あべこべ過ぎてちぐはぐ過ぎるその反応に心から笑ってしまった。
本当にこの先輩は存在が反則だ。
仕事中のカッコイイ姿はもちろんのこと。
こんなお茶目で天然な姿を見せられたら、好きにならない訳がないのだ……。
「な、なんで笑ってるの!? ……あれっ!? いくらの隕石……どこ?? 私が釣った鮭もどこいっちゃったの!?」
きっとまだ寝ぼけているのだろう。
座ったまま背筋を目一杯伸ばしてキョロキョロと辺りを見回している瀬能先輩。
たっぷり30秒ほどキョロキョロしてから夢だと気が付いたのか、今度は背を猫のように丸めて「……夢だったの……」しょぼーんと項垂れてしまった。
行動がいちいち可愛い。
これが計算しつくされた行動ならばまだよかった。
……こんなことを素でやってしまうぽんこつ具合は、俺にとっては劇薬であり毒薬なのだ。
「先輩、そろそろいい時間なので〆ましょうか」
「うん……弓削くんにカッコイイとこ見せられなかった……」
瀬能先輩は悔しそうに唇を噛んでいた。
それを口にしてしまっているあたりが真のぽんこつにしかできない芸当だろう。
「先輩は既に充分カッコイイし可愛いですから……お会計しましょうか」
「えっ!? あっ……うん……ありがとっ! お会計は先輩に任せて!」
「俺にも出させて下さい! 今日は迷惑掛けてしまったんで!」
「それなら私も掛けた! いっぱいたくさんすっごい掛けた!」
「それなら俺は瀬能先輩の足に10万ボルトを食らわせてます!」
「そ、それなら私だって弓削くんにビール飲んでもらったもん!」
そこでふたりして急に無言になり、何を真面目に言い争いをしているのかと途端にバカバカしくなって、顔を見合わせて笑ってしまった。
結局今回は割り勘で、次回は瀬能先輩の奢りということになった。
これって次回のサシ飲みの約束も出来たってことだよな?
……めちゃくちゃ嬉しいんだが。
――こうして色々あった新入社員歓迎会は幕を下ろしたのだった。
……ちなみに酔っぱらっている瀬能先輩にはタクシーで帰ってもらった。これで俺も今日はぐっすり眠れそうだ。
連日の飲み会のおかげで普通に体調崩しました……(でも会社は休まない社畜の鏡)
感想もTwitterの返信も出来てなくてすみません。
いつも楽しみに読んでおります! まだ調子悪くて……もうちょっとだけお待ちいただけるとありがたいです!
今回の教訓……平日に日付が変わる飲み会を4日間もやると身体が逝く(死んだ魚の目)
忘年会シーズンで皆様も大変かと思いますが、ご自愛くださいませ。