4 『陰でこっそりと頑張る弓削くん』
弓削くんがやっと主人公らしくなってきました!
瀬能先輩の心の声『にゃんでばれたの!!』があまりにも破壊力がありすぎて、俺はひとりで笑い続けていた。
推測するに本当は『何でばれたの!!』と打ちたかったような気がするが、奇跡的なタイプミスをしているあたり、瀬能先輩は強運を持った天然ということなのだろう。……ただの天然では飽き足らないということか。天は瀬能先輩に何物を与えるつもりなのか?
「弓削くん?」
俺があまりにも笑い続けることを不審に思ったのか、瀬能先輩が小首をちょこんと傾げて不思議そうに聞いてきた。
そのたおやかな所作と『にゃんでばれたの!!』という本心とのギャップが凄すぎて、また笑いそうになったが、太ももを思い切りつねってなんとか堪えた。
「すみません。ちょっと個人的に面白いことがありまして……」
「……そう」
「そ、それで今日の飲み会ですが、瀬能先輩ってお酒はイケるんですか?」
「……飲めるけれどあまり強くはないわね。特に苦手なお酒だとすぐに酔ってしまうから、本質的には弱い方だと思う」
「そうなんですね。ちなみに苦手なお酒ってなんですか?」
「それは……秘密」
ちなみに会話を続けている今も小気味良いタイピングの音は続いている。
気になって気になって仕方がないが、そこは鉄の自制心でモニター画面を見ないように努力していた。
きっとモニター画面には苦手なお酒の答えが出ているような気がする。
……けれど瀬能先輩が秘密にしたがっているのならば、カンニングをするのは野暮だろう。
「了解です。今晩の歓迎会で一緒に飲めることを楽しみにして、今日も頑張りたいと思います! 本日もよろしくお願い致します!」
「そうね。私も弓削くんと飲むのは楽しみだから、今日は時間にはキッチリ終われるよう、厳しくいくから覚悟しなさい?」
眉をキュッと寄せた冷静沈着な瀬能先輩が少し冗談っぽく言ってその場をしめ、俺は朝一のルーティンワークであるメールチェックに移ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よし……それじゃあ皆そろそろ上がってお店に向かおうか! 今日は全員僕のおごりだから楽しんでね!」
「イヨッ! さすが恵比寿課長! 太っ腹! さすがメタボは伊達じゃない!」
時刻は17時30分。
歓迎会の開始が18時だったので、恵比寿課長が皆に向かって声を掛けていた。
そんな中、恵比寿課長を除いた総務課内で一番年齢が高い40代後半の先輩である、釣井先輩が調子よくヤジを飛ばす。
この釣井先輩は課内のムードメーカー的な存在なのだが、瀬能先輩からは「仕事で絡むときは注意しなさい」と忠告されていた。深くは聞いていないが何やらあるらしい。
「釣井くんだけ自腹にしておくね!」
「すいません! 調子に乗りました!」
他の先輩達はふたりの漫才のようなやりとりに笑っていたが、瀬能先輩だけはいつも通りの真顔で業務を続けていた。
ものすごい速さで打ち込まれる文章。
これは先程俺も一緒に参加させてもらった会議の議事録だ。
瀬能先輩の凄いところが会議を主催して滞りなく進行を進めながら、挙がった意見や要点を一切メモすることなく覚えているのだ。
普通は進行役と書記役のふたりワンセットで行う。
今まで参加した他の人が主催する会議ではすべてそうだったので、瀬能先輩がいかに凄い人なのか改めて実感する。
……今のままでは俺は完全に足手まといだ。まだ何もできていない。
部署配属されてからまだ3日だからと甘えることもできるが、憧れの瀬能先輩が教育係である以上そんなダサイことはしたくない。
それに俺の評価は瀬能先輩の教育係としての評価にイコールで直結しているのだ。
尚更甘えることなんてできない。
総務課経験がたったの3日しかない俺にできることは限られている。
……それは瀬能先輩にとって雑務と思えるような業務を俺がやってしまうことだ。
――だから俺は自分で考え、瀬能先輩に伝えずに秘かに実行したことがある。
「瀬能先輩ちょっといいですか?」
「……えぇ」
俺は自分のやるべきことを終えてから瀬能先輩に声を掛けた。
キリの良いところでタイピングを止めた瀬能先輩が、急いでいるというのに嫌な顔一つせず(といっても真顔なのだが)わざわざ俺の方に向いてくれた。
この3日間ひたすら瀬能先輩が作った資料や議事録すべてに目を通して、ある程度の書き方やクセは理解した。
社内の文書規格も一通り確認したし、文書発信方法もすでに調べてある。
これが今の俺に出来るすべてだ。
忙しい瀬能先輩を少しでも助けたい……力になりたいと思った新入社員の生意気な想いをストレートにぶつける。
「先程の部署間の社内会議なんですが自分なりに議事録を作ってみたので、お忙しいところ申し訳ないですが確認していただけますでしょうか?」
「……え? 弓削くんが? 議事録を作ったの?」
「はい……勝手なことをしてすみません」
「別に怒っていないから安心して? ……でも私まだ弓削くんに書き方なんて教えていない気がするのだけれど」
そう言いながらも俺が書き上げたPC上の議事録に目を通していく瀬能先輩。
よほど真剣に見てくれているのかモニターにかぶりつく勢いで目を動かしている。
1ページまた1ページとすべての議事録に目を通した瀬能先輩が改めて俺を見て一言。
「弓削くん……完璧ね。ありがとう。私……教育係なのに……あなたに……後輩くんに助けられちゃったわね」
「あ、ありがとうございます! 頑張ったかいがありました!」
……最高の気分だった。
瀬能先輩の「ありがとう」。
この一言だけで3日間全力で資料を読み返した努力が報われた気がした。
今はまだ足手まといにならないようにすることしかできないが、いずれは瀬能先輩を支えられるような存在になりたいと強く思った。
「これ私の書き方とすべて同じなのだけれど、もしかして過去に発信した議事録を自分で調べて書いたってこと?」
「はい。瀬能先輩が過去6年間で作った資料や発信した議事録すべて見させてもらいました」
「……そう。ひとつ確認なのだけれど、この議事録はいつ書いたの? まだ会議が終了して30分しか経っていないけれど」
先程も説明したと思うが、普通は会議の進行役と書記役のツーマンセルで行う。
なので俺は勝手に書記役として会議に参加し、リアルタイムで議事録を作っただけだったりする。
さすがに会議内容を完全に理解しながら書くのには時間が掛かり、会議が終了して30分ほど経った今になってやっと書き上げたのだ。
まだ議事録の作成完了まで時間が掛かっているのが問題なので、次からは会議内容自体を事前にしっかりと把握してから参加するよう改善していかなければと思う。
「基本的には会議中に書いてました。分からないところが多々あったり、色々調べたりしたので遅くなってしまいましたが……」
「すごく簡単そうに言っているのだけれど、それってかなり難しいことなのよ?」
「……確かに、話しが二転三転した時は結構焦りましたね」
リアルタイムで議事録を書くことの弊害は確かにあったが、PC上であれば修正は容易だ。
「そうでしょう? ……ではこの弓削くんが作ってくれた議事録を正式文書として発信して、今日は歓迎会に行くことにしましょう?」
「了解です! 文書発信の方法も予習しておいたんで、今からやってみます!」
「私……教育係として失格ね。ごめんなさい弓削くん。不甲斐無い先輩で」
少し落ち込んだように瀬能先輩が俯きながら上目遣いで言った。
瞳はいつもより自信がなさそうに揺れていて……俺みたいな年下のガキが想うのはありえないのかもしれないが、庇護欲が刺激された。
「そんなことないです! 俺、瀬能先輩のことカッコイイと思ってて、少しでも役に立ちたくて……」
「弓削くん――」
「――はいはいおふたりさん! 麗しき師弟愛なのか、愛の告白か知らんけど、そろそろ会社でないと間に合わんぞ? 文書発信なんか来週にするこった! 主役が遅刻なんてシャレにならないぞ」
急に会話に割り込んてきた釣井先輩。
言っていることは納得できるのだが……愛の告白ってどういうことだよ。
……あれ? 確かに思い返してみると、遠回しに告白してないか俺?
あぁぁぁ! やっちまった!
しかもまた瀬能先輩に「カッコイイ」って言っちまった……誰か俺がもっと恥ずかしいことを言う前にトドメをさしてくれ。
こうして俺と瀬能先輩は主役とその教育係だというのに、一番遅く会社を後にしたのだった。
~レビューのお礼~
うわぁぁぁぁ!(椅子から転げ落ちるしきはら)
リオン様! 3件目のレビューありがとうございまぁぁぁぁす!
3件目!? なんですか皆さんしきはらを喜ば死させる気ですか!?
>③で終わりと書いてあった時はふぅぇぇと思いましたが ⇒「ふぅぇぇ」でリオン様が涙目のロリにしか見れなくなりました!! どうしてくれるんですか!! もうこうなったらもっとロリロリして下さい!!(意味不明)
「ふぅぇぇ…………もぐもぐ語?」ちょこんと首を傾げている瀬能先輩
「違いますよ。これは――日本語内のリオン語と呼ばれるロリ言語です!」韻を踏んでノリノリな弓削くん
「なにそれ!?」噛みながら興味津々な瀬能先輩