3 『おにぎり――もぐもぐ語?』
既に複数の誤字報告を頂いておりますが、本文の中間辺りに誤字があります。
これはわざとやっておりますので、誤字ですが、誤りではありません(分かりにくくてすみません)
あれから何を聞いても頑なに「ほへふへーふ」としか言わなかった瀬能先輩。
終いには口を閉じたまま普通に喋り始めたので、
「ふへふんふふほひ」
「瀬能先輩、それ何語なんですか?」
思わず笑いながら素で聞いてしまった。
誤解のないように言っておくが、瀬能先輩はこれまで通りの身の引き締まるような空気を纏っているし、表情も口を真一文字に結んでいるので普通に真顔である。
通常ならばカッコイイ! となるはずなのに、そんな状態で「ほへ」だの「ふへ」だのと言っているのだ。
普段凛々しい身近な人などで想像してもらえれば分かるかもしれないが……こんなことをされたら絶対に笑いを堪えることなんてできないのだ!
「……? おにぎり――もぐもぐ語?」
やめてぇ!
追い打ちかけないでぇぇ!
息が……息が苦しい!
真顔のままちょこんと首を傾げた瀬能先輩の言葉に腹を抱えて笑ってしまった。
朝から笑い過ぎて頬が痛い。表情筋が悲鳴を上げているのが分かる。
「も……もぐもぐ語……瀬能先輩……息が苦し……」
「おにぎりの具は……ほへふへーふ……もぐもぐ語で教えたから、もう言わないわ」
両腕を組んで重々しい態度できっぱりと言い切った瀬能先輩。
その様子から察するに「これでこの話題は終わり」と言うことなのだろう。
「了解です」
俺としてもこれ以上聞くのはさすがにしつこいと思うし、何より笑い死にする可能性が充分にあるのでやめておこうと思う。
「ところで弓削くんは朝ごはんちゃんと食べているの?」
「朝ごはんですか? お腹が空いていたら食べるって感じです」
瀬能先輩がPCを立ち上げながら話題を振ってきた。
もしかしたら、まだ聞かれるかもしれない、と警戒してそうな気がする。
「私の経験上、ほんのちょっぴりでも食べた方が良いわ」
「そうなんですか……これから朝ごはん買ってきて食べるようにします」
「ちなみになのだけれど、今日は食べたの?」
タイピングしていた手を一度止めてからこちらを見た瀬能先輩。
俺も朝一のメールチェックをしていたが一旦中断した。
教育係の瀬能先輩からのアドバイスは俺の中で絶対なのである。
瀬能先輩が白と言ったら黒も白に変わるし、おにぎりの具が「ほへふへーふ」と言うのならば「ほへふへーふ」なのだ。
「食べてないです」
「……お腹減ってないの?」
誰よりも早く来るために朝早くから起きているのと、瀬能先輩がおにぎりを食べていたのを横で見ていたので、今頃になって若干空いてきた気もする。
だが我慢できないほど空いている訳でもないし、そもそも朝ごはんを買ってきていないのでどうしようもない。
「言われてみれば空いているような気もします」
「……そ、そう……減っているような気もしているのね」
今度は一転してこっちを見たまま凄い勢いでタイピングを始めた瀬能先輩。
俺と会話をしながら一体何を打ち込んでいるのだろう? と何となく気になってモニターの画面を見てみたら……、
『おにぎり、揚げてみるべきかしら?お腹が減っているのならかわいそうだし、でも、他人が握ったおにぎりをいきなり私ても困らせてしまうだけかもしれないし、どうしたらいいの?』モニター画面
――瀬能先輩の心の声がダダ漏れになっていた。ところどころ誤変換になっているのはこちらに顔を向けていて、モニターを見ていないからだと思われる。
「えぇっ!? マジっすか!?」
俺も思っていたことがそのまま口から飛び出して、つい大きい声を出してしまった。
瀬能先輩が打ち込んでいたのは間違いなく心の声だ。
きっと会話をしながらメールを打とうとして、無意識に考えていることを打ち込んでしまっているらしい。
……も、もしかして瀬能先輩って実は……、
「どうしたの? いきなり大声を出して?」真顔の瀬能先輩
『びっくりした!すっごいびっくりした!』モニター画面
――天然、なのか?
俺がそんなことを考えている間にも、リアルタイムで更新されていく瀬能先輩の胸中の呟き。
「いや……その、ちょっとびっくりしたことがありまして」
「……そう。びっくりしたのね」
『私もびっくりした!』モニター画面
……もはや副音声状態である。
このまま見ているのは悪い気もするし、指摘するのも何だか気まずいのでモニター画面から目を逸らし、瀬能先輩を驚かせてしまったことを謝罪した。
「驚かせてしまって申し訳ないです」
「別に私は驚いていないから弓削くんが謝る必要はないわ」
心の声(仮)では『すっごいびっくりした!』と言っていたのに、俺のことを思って強がってくれる瀬能先輩。
優し過ぎてますます憧れる。
「でも大声を出したのは事実ですし……」
「……! 悪いことをしたと思っているのならば、私の言うことをひとつ聞いてくれるかしら?」
「はい」
何か良いことを考え付いたようにビクッと身体を揺らした瀬能先輩が不意に、鞄から布に包まれた物を取り出した。
それは先刻しまったばかりのお弁当だった。
朝一の緩慢な動作ではなく手際良く包みを解いて蓋を開け、ラップに包まれた小さいおにぎりを両手で持った瀬能先輩。
「朝ごはんを食べないと集中力や記憶力が落ちてしまうのよ? それに代謝が活性化して健康にもなるの……だから…… 」
「あ、ありがとうございます! いただきます!」
瀬能先輩は最後の方は小声になりながらも、俺の方に両手をピンと伸ばしておにぎりを渡してきた。
ま、マジですか!? これ夢じゃないよな!?
受け取って改めて思うがちんまりとした可愛らしいサイズだ。
俺が持っていると瀬能先輩が持っていた時よりも更に小さく見える。
せっかくいただいたのだ。
瀬能先輩の気が変わらぬうちにありがたく頂戴してしまおう。
「で、でもそれ私が握ったものだからそういったのが苦手ならば無理に食べなくても――」
「――え? なんか言いましたか?」
瀬能先輩が何やら言っていたような気もするが、それは既にモニター画面に打ち込まれた心の声として知っていたので、ラップを外して一口で食べてしまった。
口にいれたサイズ感としては大きめの苺が丸々入った大福程度。
正直もっと大きくても一口で余裕でいけた気がする。
「――ひとくち!!」こんな顔→(゜0゜)!!をした瀬能先輩
まさか俺が一気に食べると思っていなかったのか、瀬能先輩が目と口をまんまるにしてかなり驚いていた。
……何ですかその反応……可愛過ぎてこっちが驚きなんですが!?
瀬能先輩が渡してくれたおにぎりは塩味が仄かにきいていて、尚且つほどよくふんわりと握られていてとても美味しかった。
「美味しかったです! ごちそうさまでした!」
「そう。…… ……お粗末様でした」
お礼を口にしながら、俺はある重要なことに気が付いていた。
――それは瀬能先輩が教えてくれなかった中身について……だ!
白米の中央にあったほろほろとした触感はおにぎりの具がほぐし身であることを物語っている。
それに瀬能先輩の「ほへふへーふ」という言葉から導き出される最適解は……!
「瀬能先輩……おにぎりの具、鮭フレークだったんですね」
白米の永遠のお供であり。
おにぎり界の王道中の王道。
しゃけのフレークだったのだ。
……さすが王道なだけあって白米との相性は抜群だった。
「…………ッ!! ち、ちがう! 私が食べたのは……しゃ、鯖フレークなの!」
目に見えて焦っている瀬能先輩は噛みながらも否定の言葉を口にした。
どうして頑なに否定するのだろうか?
しゃけフレークはおにぎりの具ランキングでも間違いなくTOP3以内に入る人気があるはずだ。
別にしゃけフレークが好き=こどもっぽい、には繋がらない気がするのだが。
それから今まで俺におにぎりを渡すことでキーボードの上から両手が離れていたが、何もすることが無くなったからかこちらを見たままのタイピング(心の声ダダ漏れ)が再開されていた。
――そしてモニター画面に打ち込まれた、
『にゃんでばれたの!!』
という文字を見たのと俺が噴き出したのはほぼ同時だった。
~レビューのお礼~
あらくれ様ぁぁぁぁぁ!!
なんと2件目のレビューありがとうございまぁぁす!!
こんなに早く2件目のレビューをいただけるなんて((((;゜Д゜))))ガクブル
>いつまでも応援、お慕いしております。 ⇒照れてしまいますぞ!!
今後もしきはらは好きなように書きますのでお読みいただけますと、とっても嬉しいです!
「あらくれくん、ちゃんと朝ごはん食べてるの?」真顔瀬能先輩
「食べてないです!」あらくれ様
「……はい。今日初めて作ったのあげる!」謎のおにぎりを渡す怪しい笑みの瀬能先輩
「いただきます……甘ぁぁぁッ!? ナニコレェェェッ!?」ジタバタするあらくれ様
「ほほえーとのおにぎり!」イタズラが成功して満足な表情の瀬能先輩