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神に選ばれた男の一生  作者: 秋の桜子
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記憶の旅

 最初の討伐は、何だったのだろう。瞑目し、思い出そうとしても、思い出せない。遥か過去の出来事だ。


 しかし、それより以前の記憶は、今も鮮やかに浮かんでくる。


 確か、オリンピックが再び開催された年、私はかつて自分の事を「俺」と称していたあの頃、


 不意な交通事故に捲き込まれそのまま『死』を迎える刹那、年齢、性別が該当したのか、


 全知全能の神に、目をつけられて、拾われ、意味もわからぬままに、祝福をあたえられると、見知らぬ世界に放り込まれた。


 大気も、水も、草や木々も、食べ物も、風習も、全てが『異質』通じない価値観。


 言葉は、祝福のお陰でかろうじて通じたが、それが無ければ私は、恐らく発狂したと思う。


 情報を求めて、さ迷っている時に、出会った村人が、まるで違う服装に驚き、無理矢理神殿へと連れていかれた。


 そこで、知る事となった、私の運命。



 ―――『神より与えられた力を使い、魔物を統べる王の討伐を、勇者殿、世界を救って下され』


 この世界では『外』から来た人間は、神の祝福を受け、特別な力を持っていると、されていた。


 ゲームの世界にある、主に、勇者、剣士、魔法使い、賢者などの力らしい。


 そして、私に、神官から与えられた称号は『勇者』それと付随する『聖剣』


 平凡だった『俺』は、かつての世界で、当たり前だが、猫の子一匹殺したこと事が無い。


 そんな人物が、いきなり出来ると思っているのか?そして、勇者だと?


 与えられた聖剣を奮い、敵対するものを『惨殺』していく事が出来るとでも?………


 私は断り、その場を後にしたかった。しかし、それは出来なかった。


 何故なら、神から与えられた『勇者』の力が、それを阻んでいたからだ。


「慎んで、お請けいたします」


 別の私が、そう答えていた。


 知らぬ世界の国の王やら、神官達の喜びの声を聞き、私と、縁もゆかりもない人々に、奉られ、おだてられ、


 そして、この運命に、何も思う事がないのか、同じ立場でありながら、何処か、得意満面な、いけすかない見知らぬ者達と、旅に出るよう命をうけ、出立した。



 ……「そうだ、思い出した、最初に討伐したのは黒い大きな犬の形を取っていた魔物だった」


 深々とした、椅子に座る私の足元で、寝そべる相棒のグリフォンが、私の呟き声に反応し、クゥーンと鳴き声を上げる。


 よしよし、と頭を撫でると満足したのか、再び眠りに入る。それを眺めつつ、私は過去へと旅を再開する。


 ―――「魔物と言っても、もう、自分には斬れない」


 初めての大物を前に、聖剣を携え震えていた、ある日の私。それまでは、パーティーのメンバーに言われるがままに、先ずは小物を練習台にしてきたのだが、


 私にとってそれは、絶え間なく罪の意識に襲われる事でしかない。


 なので、かつての『俺』と少しでも、何かを変えたく、自身の事を『自分』と称する事で、己の中の何かを保とうと、足掻いていた。


 それでも、日々積み重なる罪の意識。手に残る命の重味。


 ………遠い昔の記憶だが、今でも、私を捕らえて離さぬあの感触、目にした光景、濃厚な、怨詛に満ちた血の匂い。


 体に伝わる、肉を斬る重み、目にうつる、苦悶の表情、耳に届く、断末魔の叫び声、


 感じる、ぬるりと熱い血、そして、剣を引き抜けば、痙攣し、大量の血を流し、命を無理やり終わらして行く、生物達の姿。


 ゲームの、架空の世界の生物だ『俺』だった頃、こんなの意味なく、殺してたじゃないか、ステージクリアの為に。


 何度もそう言い聞かした。全ては、架空世界の生物だろう、


 時が経てば元に戻るのだろう、と、命の存在に、気が付かないふりをしていた。しかし、それらはこの世界では、全てが本物。


 紛れもなく、一生命体、形は違えど、私と同じ血を流す者。傷を負えば痛みが走る者達。


『俺』の世界では命を奪うのは、正当な理由があったとしても、賛美される行為ではない。


 この世界でも、人間が飼っている家畜や、人間そのものを殺す事は、許されていない。


『異形』なモノなら、いとも容易く殺しても、良いものなのだろうか。


 盗賊が、旅人を、村を襲い、人間を殺せば、非道と言われ、勇者が、魔物を、それに組む人間を殺したら、英雄と賛美される。


 両者にどのような違いが有るのか、私には、わからない。


 ………本当なら、殺す事につながる行動は、やりたくなかった。しかし、神の祝福のお陰でどういう訳か、魔物を前にすると、体が勝手に動いてしまう。


 勇者としての祝福の力なのか?それまで実践で奮った事のない剣なのに、使える自分がいる。


 戦う事がない、世界で育ったにも関わらず、どう動けば良いのか、考えが閃く。止めようとしても、あがらえないモノに操られている様。


 そんな中で、初めて大物と対する事になった。しかし、大きさはともかく、私には犬にしか見えない。


 かつて飼っていた、相棒と同じ様な濡れた瞳、旅人を襲い食う、と言われての討伐の依頼だが、それがどうだって言うんだ。


 私達も、魔物側からしたら、同じ様な存在では無いのか?しかも、ただ邪魔だから殺す、食料にもしない。


 どちらの方が『悪』なのか?相手は少なくとも、生きて行くための手段だ、極論だが人間が、動物の肉を食べると同じ行為だろう。


 それに比べ、人間は殺した後、放置して行くか、中には素材が高く売れるとかで、パーティーの他の奴らが、回収している、どちらかだ。


 果たしてそれだけの為に、奪って良いのだろうか、私の考えは、やはり『異質』なのだろうか、


 数々の魔物を惨殺した後、メンバーにより解体され、必要な部位だけを、抜かれた者達を眺めていると、彼方の記憶が頭を過る。


 象牙や、鼈甲、かつての世界での、記憶の1片。彼等達も、こういう風に狩られているのであろう。


 この世界にとっては『異質』な感情に満たされ、動くことが出来ない。勇者たる自分。


 そんな私に対して、メンバー達が放ってくる異なる者を訝しく思う冷たい目の光。


 ………やがて、魔物が、唸り声をたて、威嚇してくる。動こうとしない私に痺れを切らした、メンバーが攻撃を始める。


 しかし、彼等の力では、遠く及ばない大きな力を持ち得たモノだった。


 劣勢になり、私に助けを求める声に、体が反応する。足に力を込めて、手にした剣に力を入れながら、首を絶ち斬るべく、頭部を目指して飛びあがる。自分ではない『勇者』


 そのタイミングをはかり、支援してくるメンバー達。何時もなら、一撃で済むところが、かつての相棒と重なってしまったのだろうか、


『私』の意志が『勇者』にブレーキをかけた。


 微妙に全力が出しきれて無かったらしい。巨体がのけ反る様に倒れる。大地に血だまりを作り、その中でもがき苦しむ魔物。


『聖剣』に込められている力は、魔物にとっては『毒』斬ると傷口から入り込み、全身を回り焼けるような苦しみを与える。


 なので、一撃で命を奪わねば、酷い苦しみを与える事になる。その事は知っていたのに、今回は仕留め損ねた。


 無慈悲な行い。目の敵に広がる、私にとっては、今迄耐えていた何かが、壊れたきっかけとなった惨状。


 私に戻った『勇者』は無我夢中で、その体躯を駆けのぼり、心の臓に剣を突き立てる。


 魔物は、大きく上下に体を跳ねた後、口からどす黒い血を吐き、潤んだ瞳の光が消えて行き、ようやく絶命の時を迎える事が出来た。
























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