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どうでもいい会話

お好きなジャンルは

作者: 仁崎 真昼

「先輩」

「なんだね」

「先輩の好きなジャンルってなんですか?」

 いつもの部室、先輩は手元の本から目を離した。呼んでいた本のタイトルは、日本語じゃないから読めない。何語だろうか。面白いのだろうか。

「それは音楽かい? 小説かい? 絵画、舞踊、アニメ、映画、エトセトラエトセトラ。もう少し質問を限定してくれ給え」

「小説です。小説。別に漫画とか映画でもいいですけど、その、なんていうか、物語的な意味で、好きなジャンルってありますか」

 先輩は自身の顎に手を当て考え込む。

「それは……難しい質問だね。うん、非常に難しい質問だ」

「そうですか? あ、多すぎて絞り込めないとかですか? まあ先輩なんでも読みますもんね。別に一つじゃなくてもいいんですよ」

「そう云った意味ではない。そうだな……」

 先輩は立ちあがり、持っていた本を棚に収めた。そして、再び椅子に座ると、くるりと僕に向き直る。

「例えばだ、一組の男女の熱烈な恋物語があるとしよう。二人は出会い、少しずつ交流を重ね、互いを好きになり、遂に結ばれる。そんな小説があるとする。君はこの小説をどんなジャンルに分類するかね?」

「そりゃあ、恋愛小説ですよ」

「では、一つ目の例えの続きだ。この男女が旅行をし、不気味な村に迷いこみ、様々な恐怖体験をしたうえで、最終的に女は化物に食べられてしまったとする。君はこの小説をどんなジャンルに分類する?」

「え」

 いきなり何を言い出すんだこの先輩は。いや、いつものことだけれども。

「うーん、ホラー……ですかね」

「恋愛小説ではない? 二人は本気で恋をしていて、その描写が存分にされていたとしても?」

「まあ、ホラー映画にカップルは付き物ですし。大抵は上手くいってないカップルですけど、まあ」

「成る程。成る程」

 先輩はにやりと笑う。邪悪な笑みだ。

「では、更に続けよう。不気味な村での恐怖体験の話だ。男女は色々な偶然が噛み合って、立ち入り禁止であった村の集会場に隠れてしまった。さらに、運が悪いことに地下室へと続く隠し扉を見つけてしまった。男女はやむにやまれぬ事情で地下室へ踏み込む。そこで見たのは寂れた村に似つかわしくない近代的な研究施設。行われていた研究は、遺伝子組み換えによる生物兵器の開発」

 ええ。いきなり話の流れを変えてくるのは何なんだ。一体何を言いたいんだこの人は。

「ホラー……いや、SFでしょうか。うーむ。けども別に何か解決をしたわけじゃないし、やっぱりホラー? 科学的な解説描写が詳細にされていたら、SF、ですかねぇ」

「そうかそうか。実に君らしい。では続けるぞ」

「まだこれ続くんですか」

 曖昧に微笑んだ。あ、この話は長くなる。僕の直感がそう告げた。

「化け物――いや、ここは生物兵器としよう。その生物兵器には一つの欠陥が在った。その生物兵器が発する呼気、体液、排泄物などには、とある細菌が含まれていた。新種・未知の細菌だ。人はその最近に触れると知性を失い、死しても動き続け人を襲う。これは?」

「なんかバイオハザードになってきてるんですか」

「バイオハザードは細菌ではなくウィルスが原因だ。それにあれの感染者は生きているし、死んだら死ぬぞ」

「じゃあなんかゾンビものになってきているんですが」

「そうだ。その表現が適当だ」

 むふー、と鼻息荒くうなずく先輩。先輩が満足そうでなによりです。

 ですが、僕には違いが判りません。何が違うんだ。というかまたホラーに戻ってきてしまったぞ。どこへ向かっているのだろうか。

「では次」

「はい」

「実はこの話は十六世紀後半の日本の話だった」

「戦国時代ですね。歴史小説だったんですか」

「しかも本能寺の変は起きていなかったのでバリバリに信長が暴れている」

「歴史改変されているんですが。仮想戦記……いや、時代小説?」

「因みに村では密室殺人が起きたり火縄銃による銃撃戦が起きたりしていて最終的に主人公は魔法の力で逃走。恋人を生き返らせるために邪法に手を染めて賢者の石を探す旅に出るエンド」

「意味が分からないんですけど」

「最後のテロップには『ノンフィクションです』の文字が」

「意味が分からないんですけど」

「因みに生物兵器の素材は鮫」

「サメ映画だったのか」

 なら納得。

 納得していいのだろうか。いや、サメ映画はギャグマンガみたいなもんで、それ自体がある意味一つのお約束でありジャンルでありどんなあほらしさも矛盾も包み込む大いなる海のような。

 先輩が足を組み替えた。僕の思考も切り替わる。

「君はこの映画のジャンルはどう表現する?」

「いつの間にか映画の話ですね」

「別に小説でもいい。こんな話が在ったとして、君がこれをなんと呼ぶかが問題だ」

 そう言われても困る。こんなキメラを単一種として分類しろとか、どんな学者も匙を投げそうだ。

「コメディですかね」

「少しも笑えなく、寧ろ主人公の悲壮な決意に感涙してしまったら?」

「神ですね。安っぽくてあんまりこの言葉好きじゃないですけど。そんだけ無茶苦茶な破綻した話を適切に表現する単語を僕は知らないです」

 ふふ、と先輩は口角を上げた。

「私も知らない」

「えぇ……」

「まあ聞き給え。文句を言いたくなく気持ちは分かるが、ここからが本題だ。君は何故この話が無茶苦茶だと感じた?」

 手で制止され、抗議をする前に改めて考えてみる。なぜ、か。

「色々なジャンルが混ざってしまっているからです」

「そうだ。しかし、最初の方を考えてみよう。男女が恋をする。奇妙な村で化け物に襲われる恐怖体験をする。化け物は科学的に生み出された生物兵器だった。これらが一つの『まとも』な物語として共存することは不可能か?」

「……不可能ではないでしょう」

「ならば何故『まとも』だと感じた?」

「数が少なかったから、ですかね」

 先輩は頷いている。この答えは予想通りであり、先輩が望んでいたもののようだ。

「では色々と要素を削ってみよう。単純に男が村を訪れ、現代科学の粋である生物兵器に襲われ、魔法を使って逃亡した。これは無茶苦茶な物語かい?」

「無茶苦茶です」

「出てくる要素は生物兵器と魔法だけだ。SFとファンタジー。先程より要素数は少ないぞ?」

「けど、それらはジャンルが違い過ぎますよ。さすがに」

「そう。違い過ぎる。これが肝だ」

 先輩は背もたれにもたれかかる。まるで安楽椅子探偵を気取っているかのようだ。ついでに足まで机の上にあげる。靴を履いたまま。なんとお行儀が悪い。

「重要なのは数ではない。軸だ。この違いは軸の話だ。ジャンル分けには軸がある。同じ軸で分類され、名付けられたジャンルは、同じ物語内で共存することは難しい。ホラーとコメディ。ファンタジーとSF。歴史小説と異世界もの。官能小説は童話たりえないだろう? これらは同じ軸で分類されているから起こるジャンルの衝突だ」

「はあ、なるほど」

 よっぽどこれを語りたかったのだろう、頬が紅潮している。しかし、身振り手振りが激しいのは別に良いのだが、唾を飛ばすのはやめて欲しい。

「逆に言えば、ジャンル分けされた時の軸が違う者同士ならば、一つの物語に共存することはさほど難しくはない。コメディは読者へ与える印象を元に分類され、恋愛ものは主人公たちの行動の主題を元に分類されている。ファンタジーは世界観。時代小説は舞台と時代とフィクション性の複合。秀吉が信長に恋をして魔法で女体化してコメディ風に二人で末永く天下統一する物語が在ったとして、これは物語として破綻しているか? いや、していない」

 無茶苦茶ではある。が、確かに破綻はしていない。気がしてきた。なんとも単純な僕だ。

 そして、先輩の趣味が今のたとえ話に溢れ出ている。率直に言って気持ち悪い。

「あれ、これ何の話でしたっけ」

 もの言いたげな目。君は数分前の話も覚えていられない阿呆だったのだな。そんな言葉が聞こえてきそうなほどだ。実際に何か言おうとしていたのかもしれないが、僕の上目遣いな愛想笑いを見て気が変わったのか、僕の独り言を無視して続けることにしたようだった。

「しかし、ここで一つ問題がある。現在、一般的に使用されているジャンル名は分類に際しての軸が統一されていない。舞台、時代、背景、主題、副題、インプレッション。これらを複合したジャンル名であれば問題はないのだが、どれか一つを指しているものが多すぎる。これがどんな弊害を生むか分かるか?」

「……あ、もしかして」

「そうだ。好きなジャンル、と聞かれた際の返答に困る。ミステリ好きだからと云って横溝正史とはやみねかおるの両方が好きだとは限らない。ドラえもんと星を継ぐ者のジャンルは同じなんだ。ハローキティとサウロンは友達になれるか? 言葉によってはあらぬ誤解を生む可能性が在り、また、偏った知識から私の嗜好を知った気になられても癪に障る。おまけに純文学だのライトノベルだのweb小説だの、いい加減に軸を統一しろと思うわけだよ」

 なるほど。それでか。実に先輩らしい面倒くさい悩みだ。そんなこと気にせず適当に本音を混ぜつつも当たり障りのない答えを返しておけばいいというのに、生真面目に正しい、いや、適当な答えを返そうとする、先輩らしい悩み。

 しかし、最初からそう言えばいいのに。なんとまあ。

「随分と迂遠な」

 思わず心の声が言葉に出てしまっていた。

 先輩の視線が鋭くなる。口をへの字に曲げる。これはへそも曲げてしまったらしい。少し嫌な予感がする。

「良いことを教えよう」

「なんでしょうか」

「今から十秒後に私の頭は爆発する」

 ちっ、ちっ、と針の音が聞こえてくる。この部屋にあるのはデジタル時計だけなのに。一対どこから響いてくるのか。気のせいでなければ、先輩の方からだ。

「は? えっ?」

「私たちの物語をどういうジャンルにするかはこれからの君の行動で決定する」

 え、どういうことだ。それは犯人を探せということか。科学的に解明しろということか? そんなことが起こったら恐怖することしかできそうにないんだけど。

「ちょ、ちょっと!」

「別に私への愛を叫んだって良い」

「それはないですけど!」

「さーん、にーい、いーちっ」

「待ちましょう、おちつ――」

なろう小説ってジャンルがあるらしいですね

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