池袋の帝王 その5
「これが……家? いや……我が家とは全く異なる……」
戸惑いの表情を浮かべる彼に俺は説明を続ける。
「皇帝の生活がどうかは知らないですけど、これは間違いなく『家』ですよ?」
俺は他のテーブルに着いた家族連れを指し示す。
「暖かい食卓を皆で囲み、温かい食事を皆で食べる。これが家じゃないならなんでしょう?」
「し、しかしそれは皇帝の食事ではないだろう? 我は孤高の存在として、そのような俗世のものとは違い、卓に一人座り――」
「同じですよ? というか、皇帝の食事が寂しいっていう概念自体がおかしくないですかね」
「え」
「皇帝の食事というのは、優雅で、豊かで、人の暮らしの手本になるべきもの、だと俺は思うんですけどね。別に豪勢な暮らしをしろ、と言っているのではなくて、人としてあるべき、目指すべき暮らしを体現している者、そもそも、そのような寂しい食事をしたいとあなた自身が思っているんですか?」
「い、いや……べつにそのようなことは」
「単に慣習だったり、押し付けで決まったことなら変えておしまいなさい。だからこそ皇ぐ、帝なのだと思うんですが」
「……? どういう意味だ?」
「そのままですよ。こちらで言う皇帝とは、皇、すべての造物主であり神である、という意味があります。望むことを望むまま行えないなんて、皇帝らしくないでしょう?」
皇帝制度の是非はこの際おいておく。望むまま善政を行う者もいれば、血の暴君になり果てる者も後を絶たないのだが、それはそれ、これはこれ、である。
「貴方自身が望んだ暮らしをすること、それ自身が己を『皇帝』たらしめるんです。何か不満があるなら、吐き出してしまったほうがいいですよ?」
「う、ぐう……」
彼は押し黙ったまま、俯いてしまった。立場が他人を変える。そういうことはかなりある。彼は恐らくだが、いきなり皇帝の立場が降ってわいたのだろう。皇帝とは、かくあるべし、そのような鎖が彼に絡みついている――ように俺は見えた。
「――ひぐ」
あれ?
「お母さまっ……ひぐっ」
気づけば彼の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「ええと……」
「ママアアアアアアアアアアアアアアア」
おいおい、のび太かと思ったらスネ夫も混じってるのかよ!? マザコン属性も付加されるとかマジ勘弁……などと思っていると……。
「はえ?」
彼の身体が眩い光に包まれ――そのシルエットがどんどん、小さく――。
「ぐっすん……」
「……なんじゃそら」
彼――いや『彼だった』その人物は、全くの別人に変化していた。そう、それはどう見ても……肩まで伸びた金髪の……ピンク色の唇のぷっくりした……幼女、だったのである。
◆
「ちょっと待って……ええと、話を整理するぞ?」
「……う、うむ」
「お前……ええとノビ様、でいいんだよな?」
「うむ、我がノビラータであることは間違いない」
テラスの椅子の上で薄っすい胸を反らしながらその幼女はえへん、とポーズをとる。やばい、ちょっと萌え……いや何でもない。
「ええと、もしかしてその、ニャルラトホテプに与えられた改変能力で、変身してたの?」
「……そうなる」
服装からして、フリルのついたゴシックに近いそれに変わっている。つまり、金髪である以外、まるっきり、別人である。
「ええと、ちょい待て、皇帝になる……んだよな?」
「そうだ。我が帝国初の『女帝』になる予定である」
この幼女が? いや、一体どういうことなんだ?
「……すべては流行り病のせいだ。皇帝候補たちが争っていた時、疫病が起きたのだ」
俺の疑問に答えるような形で彼女は語りだす。
「その疫病は男子に罹り、多くの死者を出した。そしてそれは……兄たちとて例外ではなかったのだ」
つまり、彼女の兄たちは、そろって病死、したということらしい。だから、彼女にお鉢が回ってきた、というのだ。
「――他に、もう誰も皇帝の血を引く者がおらぬ。だから、最も遠くに居た我に白羽の矢が当たったのだ……嫌だと言っても、拒否権など無かった」
寂しそうな、今にも泣きだしそうな顔で彼女は呟く。
「そんな時だ、ニャー君が我のところに来たのは……」
彼――いや、彼女はポツポツと、その出会いを語り始めた。
「我が寝室で泣いていた時、ニャー君が飛び出してきたのだ、その、机の引き出しからな」
もう敢えて突っ込むのは止めた。ドラえ〇んなんて知らないだろこの子。
「ニャー君は孤独な我の生活を気の毒に思ったのか……いや、正確には何を考えていたのかなんてわからぬが、我を友と呼び、遊んでくれたのだ。それが我には、嬉しかった」
なんだあいつ、意外といいところあるじゃん? ……いや何か裏があるのかもしれないが。
「我が皇帝になるのが嫌だと言うと、この世界に来ることを勧められたのだ。その段取りもしてくれた。そして――ここに、この場所に巡り合った、というわけだ」
ニャルラトホテプにどんな真意があったのかはわからない。しかし、それが気晴らしになる、と奴は判断したのだろう。
「――あのう、失礼ですけど、他の親族は?」
「……いない」
「それは……」
「殺されたのだ。もういない、ということだ」
俺は絶句した。こんな幼いのに、もう身寄りがない、と?
「帝位を継ぐ、その争いの過程で我の家族にもそれは及んだのだ。我が生き残ったのは偶然と、疫病のおかげ、それ以外はない。今は我の後見人をどうするかで宰相たちが争っている、そんな段階だ」
ふう、と彼女はため息を吐く。すべてを諦めたそんな風に。
「……だから、さっきの説教は効いた。我は何も、事由に出来ぬ……皇帝から最も遠い人間なのだからな」
こんにちは。連載を終えた妻にワインとチーズをプレゼントしたイケメンです。(行動だけは)
その後酔っ払った末にダウンした情けない夫だったのは内緒です。ちなみに酒はくっそ弱いです。
何があったかはなでしこドレミソラの作者みやびあきの先生のツイートでも見て下さい。
あとすべての作家に言えることですが、好きなら買ってあげて下さい。次が出なくなってから嘆いても遅いのです。なお私の既刊は全く売れてないので気になったらお買い上げいただけますと幸いです。




