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池袋の帝王 その4

「は、離せ! ど、どこに連れて行く気だ!?」


「……顔を赤らめないで下さいよ。そんな趣味ないですから」


「き、貴様が勝手に手など繋ぐからだ!」


 やっぱり乙女かこのノビ様は。


「あのままあそこの住人になるおつもりで? 大体もう昼も大分回ってますよ? 飯食べましょうよ。お腹空いたでしょう?」


「……わ、我は小食である。それに、あの中にも飯らしきものはあったであろう?」


 ナンジャタウン内には確かに飲食施設が多数ある。それこそ多種多様、様々なニーズにこたえているのであの中に入ってしまえば外に食べに出るという面倒はしなくてもよい。しかし――。


「ノビ様、ご所望は皇帝らしい、でしょう? あそこじゃ庶民的すぎますよ」


「で、でもあの可愛いケーキとか、食べて見たかった……」


 どこまで乙女だこの皇太子様。なんか気持ち悪くなってきたので俺は彼の手を放す。


「よ、ようやく放したか、この……」


「ええ、ちょうど着きましたからね」


「え?」


 目指す場所は同じ階層にあった。ポケモンセンターの裏手の並びにあるその食事処――そう、俺の目指した場所は、まあ、有体に言えば――。


「パンか?」


「ええ、パン屋、ですかね?」


 パンで有名な、チェーン店である。日本橋高島屋、大丸東京、新宿伊勢丹、等々有名な場所に結構入っている。ただ、この池袋サンシャイン店には――。


「ここはカフェコーナーがあって、ランチやディナー営業してるんですよ。つまり、中に入って食べれます」


 そう、ベーカリー販売以外に独自のメニューが食べれるのだ。しかも、パン食べ放題である。


「さ、入りましょう。ちょうど飯時を捌けて並んでないですし」


 ここは昼時に来るととても長い列が出来ている。入るまでに20分ぐらいは待たされることもある。いまはちょうど昼も大分回っている、ランチの終わり時だ。空いていて助かった。皇帝を待たせてまた拗れるのは勘弁してほしかったところだし。


「テラス席で宜しいでしょうか?」


「はい、お願いします」


 エプロンを付けた店員にそう答え俺達は中に通される。ガラスの扉を開け、俺達は大きな道路の見えるテラス席に座った。


「――これが、皇帝らしい食事と、場所――なのか?」


 訝し気な表情をしているノビ様は席についてメニューと俺を交互に見つめている。


「その質問に関しては、飯の後に答えますよ」


 そう言うと俺はメニューを開く。


「どれにしますか? 3種類あって、俺はこの牛モモ肉のグリルビーフプレートにしますが」


 ランチメニューの中では最も高いのがこれ、1500円である。グリルされた牛肉にサラダ、そしてパンの盛り合わせとドリンクが付いてくる。ちょい割高だが、商業施設内の価格設定ゆえ仕方ないかなと思う。他にはサラダプレート、スーププレートなどがある。メニューの内容に季節によってそれぞれ違うらしい。


「――同じもので構わん。茶は――紅茶でよい」


「じゃあ注文しましょうか」


 俺は店員に声を掛け注文を通す。俺もドリンクは紅茶だ。そもそも、パンを食べるならソフトドリンク類よりはやはり紅茶やコーヒーが合うと思う。まあ、個人的な好みではあるが。

 注文を通してから皇太子のノビ様は大人しく席に座り、時折俯き、ため息を吐いている。よほど、気が滅入っているのだろうか?


「あのう、お悩みがあれば聞きますけど?」


「……よい。話すようなことではない」


 塞ぎ込んでしまっているこの皇太子様の心の鍵をどうすれば解くことが出来るのか? そう、言葉も想いも通じないなら取れる手段は万国共通――。


「お待たせしました~」


 ふわり、と香るパンの匂い。四角い白い皿に大量に積まれたパンが、俺達のテーブルの上に置かれた。そう、その手段「飯」である。


「これは……」


「最初は盛り合わせで出してくるんですよ。好きなの食べて、無くなったらまた呼びます」


 どれから手を付けたらいいか迷うところだが、まず手に取るなら――。


「やっぱこれですね。クロワッサン」


 俺はこんがりときつね色の香り高いそれを手に取った。


「では失礼して、まず毒見をば」


 一応皇族であることを意識して先に安全だと示しておくことにする。それでは一口――。


 サクッ。


「ふおおっ」


 パリパリパリ、と口の中で表面から何層にも重なった中身が弾ける。表層が弾け、しかし中身はしっとりと舌に絡みつく。そしてそれが、甘い――。そう、これはバターの味だ。

オリジナルの最高品質のバター、それが幾層も重ねて塗られているのだ。これが、美味くないわけがない。


「さあ、どうぞどうぞ」


「う、うむ……」


 俺はもう一つのクロワッサンを彼に勧めた。ためらいがちだったノビ様もそれを手に取り、一口――。


「gcmhりmxrx、vrjぃあいてxtbz;bctjbx、ちj!!!!」


「だ、大丈夫ですか!?」


 悶絶している彼に俺はコップに入った水を差しだず。


「い、いや、いい……う、うま、美味かったから、つい……」


 でしょう?


「な、なんだ貴様、に、にやけおって」


 あ、いかん。ついどや顔していた。他人に美味い飯を食わせることが出来た時、つい調子に乗るのが悪い癖である。


「他にもありますから、色々試しましょうか」


「そ、そうだな……」


「どうぞお待ちしました~」


 次のパンを手に取ろうというタイミングで料理が運ばれてきた。牛モモ肉のグリルである。スライスされた牛モモ肉、外面は焼かれ、内部は鮮やかなピンク色を残すそれは食欲をそそる。そして付け合わせのポテトも一緒に盛られている。色合い、見栄えはとても良い。


「それではこちらも、先に失礼しま~す」


 お昼も過ぎていて辛抱たまらん腹の俺は早速それを攻略し始めた。早速一刺し、肉をフォークで突き、口に運ぶ。


 もぎゅぅ……。じゅわん。


「あふん」


 一口食べて、じんわりと甘い肉汁が口内に広がる。甘いソースも相まって、旨さ倍増しているように感じる。ああ、幸せ。


「そこでこれですわ」


 俺はその皿に掛けられたソースに、盛られていた中から白い食パンのようなものを取り、それにつける。


「ううん……ふあ」


 じゅわ、とした甘みがしっとりとした生地に移り、さらに食べ終わるとそのパンのほんのりとした優しい甘みが舌に残る。


「生きてて良かった……」


 ソフト系のパンも、ハード系のパンも一緒に盛り合されているからこそできる所業である。しかもこれ、クロワッサン以外食べ放題だ。無限に食える。


「はにゃあ……」


 ふと視線を上げると、ノビ様、めっちゃのびていた。右手にはフォーク、どうやら肉を食ったらしい。左手には食べかけのパンが握られ、だらしなく涎を垂らし、恍惚の表情を浮かべている。


「気に入りましたか」


「う、うみゅう!? ……う、うん」


 うむ、じゃなくてうん、彼の言葉尻は既に素直になってる。美味しかった証拠であろう。


「そう言えば、どうしてここが皇帝に相応しいか、説明してなかったですよね」


「そ、そうだったか? い、いや、そうだな。なぜなのだ?」


「それはですね、この店、店名が『皇帝の家』だからです」


「皇帝の――家?」


 そう、何とも大胆不敵な店名ではある。しかし、それだけの自信と自負がきっとこの店を大きくしたのだと思う。名に恥じぬ、とはこういうことを言うのだと。

まあメ〇ンカイザーなわけですが(笑)


このお店、各種ありますが店舗によって特色があります。池袋以外にもイートインできる店舗はあるので調べて行ってみるのもいいかもしれません。

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