池袋の帝王 その3
「どうですか、いい眺めでしょう?」
俺の問いかけに彼は答えない。ただ黙し――ひざがガタガタ震えていた。
「ふ、ふむ? ま、まあなかなか良い眺めではないか?」
「あの、目が開いてませんけど?」
彼は目を瞑ったまま一向に動かない。
「お気に召しませんでした? 皇帝たるもの高い場所が好きかと思ったのですが」
俺は眼前に広がる光景を改めて眺める。多くのビルが立ち並ぶ新宿、それを上から俯瞰してみることが出来る唯一の場所――そう、ここは都庁である。
都庁の展望台、誰でも時間内なら入ることが出来る観光スポット。高速エレベーターで昇り、絶景を堪能することが出来る。修学旅行でも、外国のお客様も、単なる観光客も、それこそ普通の通行人ですら立ち寄れる、省庁という閉鎖的で堅苦しそうなイメージとは真逆に、開かれた観光地である。
「う、うむ……と、とても気に入った。気に入った、ぞ……」
「大丈夫ですか? 顔色が優れませんが。もしかして、高いところ苦手ですか?」
元々透き通った白い肌をしているため実はよく違いはわからないのだが、そんな気がしたので訊ねてみる。
「ふ、不敬なことを言うな! わ、我は高いところなど怖くはない!」
怖いとは言ってない。苦手か、と聞いただけなのに彼はあっさり墓穴を掘る。
「そうですか、じゃあほら、もっと前にでてよく見ますか?」
「――こ、ここで良い」
「ええ? でもほら、今日は天気が良いので日本で最も高い山、富士山も遠くに見えますし……」
「こ、ここでいいんだもん!」
だもん、と来た。しかも涙目である。傍から見ると俺が虐めているようにしか見えない。あたりからひそひそと声が届く。うん、なんか居づらい。俺はあっさりとここで時間を潰すのを諦め下に降りることにした。仕方ない、じゃあもう少し普通のところにしよう。
◆
「ふえええええええええええええ!?」
と、言うことで移動したのだが、皇太子のノビ様は繁華街に近づくに連れ、もう移動するところから臆病極まりなかった。町ゆく車、そして俺が連れて行ったバスタ新宿から見える電車の光景を見て、ずっと膝を笑わせているのである。
「――あのう」
「ひっ!? こ、怖くないぞ!?」
訊ねる前から怖いって言わないで欲しい。
「家に、帰りますか?」
「い、いや、別に……平気だ、もん……」
本当にこいつ、次期皇帝で大丈夫なの? というくらいにはビビりである。こいつ、めっちゃ内弁慶ってやつだ。屋敷内では偉そうにしていたが、外に出たとたんにこれである。初見のものを怖がり、虚勢を張る。ぶっちゃけのび太君より使えないかもしれない。彼は異世界にいったらちゃんと特技の射撃と勇気と優しさで大活躍するのだから。
「これが、こちらの世界の移動手段ですね。……交通網の整備って皇帝のお仕事ですよね? よく見ておかれたほうがいいですよ?」
「そ、そうだな……ひっ」
電車が通過するたびに彼は悲鳴を上げる。何が怖いのか俺には全くわからない。
「て、鉄の蛇が乗り物とは……面妖だな。き、危険はないのか?」
どうやら彼にはあれが巨大な蛇に見えるらしい。
「かなり安全な乗り物ですけどね? ああ、でも」
「でも?」
「ゴ〇ラっていう……こちらのドラゴンの大きな化け物と戦うときはあれに爆弾を積んでぶつけたりしてましたね……」
「ひ、人を謀るな! こちらの世界にドラゴンがいるとは聞いていない……」
「そんなことないですよ? この新宿にもいますし。見に行きますか?」
俺は真顔で彼に返す。ちなみに、本当である。歌舞伎町の映画館の上に、しっかりといるのだ。ゴ〇ラは。
「……や、止めておこう。ほ、他を案内せい」
あっさりと俺の提案は却下された。この次期皇帝、新宿とはどうにも相性悪いな、と俺は感じていた。都内を案内されて、ごみごみしてないところを探す方が骨が折れるというのに人混みも、ビル群も、あまり好きではないようだ。こうなると、屋内しかない。しかし屋内で完結して観光できる場所となると――。
「……ああ、あそこがあったか」
俺はビビっているノビ様を見つめて、しょうがないな、とため息を吐いた。
◆
「――ここは?」
俺達はタクシーに乗り、一路池袋を目指した。ここは――池袋サンシャインシティである。
池袋駅から徒歩10分もかからない場所にあるこの施設は、ショッピングモールや水族館、プラネタリウム、ナンジャタウンなどの娯楽施設が入っている。一個で完結した施設である。俺はサンシャインシティへと続く地下通路前に降ろしてもらい、エスカレーターの前で彼に説明している。
「サンシャインシティ――太陽の昇る町、ですよ。ここから降りて、先に進むと着きます」
「ふむ――名前は……よいな」
昇るのに降りるとはこれ如何に。
ここはここで混むのだが、実は中に入るとそうでもない。なぜなら、目当ての施設がかなりバラけるからだ。大半の客は水族館へ、そして乙女はナンジャタウンへ、そして声優やアーティストのイベント目的なら中央にあるイベントスペースへ、子供連れはポケモンセンターへ、それぞれ分散していく。商業施設としては多様なニーズにこたえているともいえる。
「で、では行ってみようか。案内は任せたぞ」
「はいはい(どうなりますかねえ……)」
と、言うわけで多少の不安はありつつも俺は彼を連れ、施設内を練り歩いた。結果――。
「うわははははははははははは! 楽しいな、伸介!」
「……はぁ」
彼はもう、このサンシャインシティの住人になっていた。頭にはピ〇チュウの帽子を被り、右肩にはその人形を乗せ、手提げの中には水族館で買ったイルカや各種ぬいぐるみのお土産であふれかえり、いまナンジャタウンで男性声優に声援を送っている。
「あの者たちを連れて帰りたいな……動きがよい。親衛隊に欲しい」
「……無理です。ほら、ここの民草たちの笑顔を奪うことになるでしょう?」
周囲で熱い視線と声援を送る彼女たちを敵に回したら皇帝といえど命はない。やめておいたほうが無難だ。
「――惜しいな、ううむ」
「なら向こうでも似たようなグループ作ればいいでしょう? あなたが集って」
「そうだな……うむ、それがいい!」
俺はどちらかと言えば外でやってる女性声優のイベントを見たかったのだが彼はこちらを所望したのであきらめた。リッカ様がいたのに、残念である。別に男性声優は俺も好きだが、彼にこんな趣味があったのは意外である。むしろビジュアル的には彼は出演者側だと思うのだが。てか、どうみても少女趣味だ。人形尽くしの端正な顔立ちの金髪外人が黄色い声援を送る姿はなかなか萌え……――シュールである。
ひとしきりショーが終わりかけた時に、彼はふっと寂しそうな顔をした。
「……いいなあここは」
ポツリ、と彼は呟いた。
「いま、何か言いました?」
「い、いや……な、何でもない!」
「そうですか?」
しかし彼はそれきり、何も喋らなくなってしまった。俯いて、動かない。もうショーは終わったというのに席を立たない。
「――あのう」
「……」
「あの~」
「ぐすっ……」
「……」
彼は瞳に涙を溜めて、堪えるように拳を握る。何か、思うところがあるのか……。
呼びかけに答えないノビ様に、気まずい空気だけが間に流れる。
「ええい! めんどくせえな!」
「え!?」
俺は彼の腕を掴むと強引に彼を外に連れ出した。
「ど、どこへ連れていく気だ! わ、我はまだ……」
「元気が無いときは、飯! さ、食べますよ。お望み通りの『皇帝らしい、食事』を」
ずいぶんとお待たせしましたが再開します。先週ちょっとした、割と人生で大きめな出来事があったのですが、その模様は次の民泊シリーズで書きたいと思っております。てかすぐにお伝えしたいのでホッケーマスクは休んでそっち書きます。お楽しみに。




