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異世界バチェラー始めました。その10

「――どういう、ことでしょうか?」


 彼女は射抜くような視線をカミルに向ける。そう、まるで狙っていた獲物がすんでのところで罠から抜け出したような、そんな風に。


「言ったままの意味だ。君は確かにラズリーとの戦いには勝った。しかし、全体の勝者ではないのだ」


「それは……シンディが勝ったということですか?」


「そうだ。勝負としては彼女の勝ちだ」


「――しかし、彼女がいないというのでは、私が勝ったということになるのでは?」


 チェリッシュは表面上は静かに――しかしその白い肌の内側に確かな熱を込めてそう問うた。


「理屈の上では――そうだろうな。しかし、本当に君はそれでいいのだろうか?」


「――どういうことでしょうか?」


「勝負としては彼女が一位だ。しかし彼女はそれを捨て私の求婚を拒否して出て行った。さて、私はどう里に報告すべきだろうか?」


「何も、仰らなければよいのではないでしょうか?」


「そうだ、君の出自のように、な」


 チェリッシュは言葉に詰まったかのように頬を膨らませる。


「君に目的があることは知っている。混血の未来の為、私も知ったうえで、共犯になる覚悟は持てるかもしれないと思ったりもした」


「ならばっ……」


「だが、だめだ」


 カミルは冷たく彼女を突き放した。


「里を預かる者として、そのような無責任な真似は出来ない。真実をつまびらかにし、最初から君がそれを認めたうえで嫁として迎える。それならば、検討したいと思う」


「――しかし、それでは」


「ああ、恐らく大反対を受け、認められまい」


 痛い沈黙が二人の間に流れる。


「君のことは素晴らしい女性だと思う。胆力、美貌、智謀、どれをとっても傑物として里に貢献できるだろう。だから、君のことは今後も気にかけ、要職につけるよう、影ながら支援させて欲しい。それで……許してはもらえないだろうか?」


「――納得いきません」


 彼女はカミルの言葉に頷かない。キッと彼の顔を睨み、歯を食いしばっている。


「勝ったのは彼女、それは認めます。しかし、いない者、辞退したものにまで配慮する必要はないでしょう? 正直、私はあなた様が好きでございます」


 チェリッシュははっきりと『好き』だと口にする。


「――私が、エルフの里の王になろうとする者でなくても、か?」


「――それは」


 一瞬みせた彼女の反応の淀み、しかしそれを確認したカミルはため息をつく。

 彼女が仮に『構わない』と即答すれば、あるいは――。


「いや、よい。これは私が悪いのだ。元々――このようなものを企だてた我が里の責任である。貴殿に非はない」


「――お心は分かりました。しかし、それではこの後、どうなさるおつもりでしょうか? シンディはどうして、その、辞退などと。よければその理由などお聞かせください」


「当然の疑問であるな。……まあ、確かに貴殿には聞く権利はあろうか……」


 言い辛そうにカミルは顔を顰める。


「聞きたい、か? どうしても……」


「はい」


 力強く簡潔な答え。もうカミルに逃げ場はない。


「うむ、その……振られた、のだ」


「……」


 一同、無言。


「……ええと、すみません、もう一度お願いいたします」


 こら、チェリッシュさん、傷口に塩を刷り込むものではない。


「……言っただろう。振られた、つまり拒否されたのだ。辞退とは聞こえがいいが、単にその、嫌だ、と」


「「……」」


「そ、そんな顔で見られても困る! そ、その彼女も私のことを好きだというからには断る気などないと思っていたのに『嫌よ、姉のことがまだ好きなくせに』などとのたまってさっさと観光に行ってしまったのだ! まったく……どうしてこうなったのだ!?」


 カミルは俺の方を嘆願するような目で見つめる。


「……あえて言わなかったんだがな、だってお前、告白したあと、シンディの仕草や行動のミリアルっぽいところばかり褒めたやん。」


 まあ、シンディが敢えて姉に似せた行動をとったのは事実である。ただシンディが上手いこと姉から学んで成長した、と思っていた部分をカミルがミリアルと比較して褒めたものだからへそを曲げたのだ。上手くいかないもんである。


「お前、全然ミリアルのこと諦めてなかったって思われてるぞ? ……いや、実際そうなのかもしれんが」


「そ、それは誤解だ! だ、だが……好みはその、軽々と変えられるものではないだろう?」


 完全にカミルのチョンボなのだが、もはや何も言うまい。


「ぷっ……ははははは」


「チェ、チェリッシュ殿!?」


 先に堪え切れずに笑い出したのはチェリッシュだった。


「しょうがない、ですね、それは」


 屈託ない、爽やかな笑顔でそう彼女は言った。


「そうですね、振られてしまっては、どうしようもないでしょう」


「わ、笑い事ではないのだぞ?」


「いえ……失礼しました。私も、他人事だとは思えなくて」


「……どういう、意味だ?」


「私も想い人がおりました。エルフ――ではなく、人の」


「――」


 俺とカミルは、同時に彼女の顔を見る。


「ここへ来る、一年と少し前です。私と彼は人知れず、西の泉のほとりでその人族の冒険者と出会い、言葉を交わすだけの関係でございました。彼の冒険譚を聞き及ぶうちに、私も彼についていきたく、また彼の傍にいたいと強く願うようにもなりました。しかし、それを彼に、拒否されてしまったのです」


 ぽつぽつと彼女は己の体験を語りだす。誰にも語る気などなかったであろう恋物語。それをカミルの失恋を聞いた今、俺達に聞かせる気になったらしい。


「彼とは、その……」


「ちょうど、カミル様の嫁候補の選定が行われるという話が持ち上がった頃です。彼に別れを告げられたのは。ある日会った時、彼の装備は何かに襲われたようにボロボロになっておりました。しかし彼は何があったかも言わず、ただ笑顔で『僕はもう旅に出る。君は森と共に生きてくれ』と言い去って行きました。どうやら……里のエルフたちが偶然彼を見かけた時に、相当な嫌がらせをしたようなのです。人はエルフと交わるな! と」


 悲しそうに、彼女は虚空を見つめる。


「ですから、私はこの度の話を受けようと思ったのです。エルフの社会そのものを変革させ、いつかまた彼に出会える――、そう私の代でなくてもよい、次の世代でも手を取り合えるように……それもまた、叶わぬ願いとなり果てましたが」


「……チェリッシュ殿」


「同情などしないで下さいませ。私は、私のやるべきことを成そうとし、敗れただけなのです。貴方を裏切ることになろうとも」


 沈黙が降りる。場に流れる痛々しい空気、それを最初に破ったのは――。


「――ふふふ、やっぱり面白いねえ、ここに来る異世界の人は」


 声の方を向く、そこに居たのは――、バナールだ。出て行った時と同じ黄色の装いを崩していない。


「お、お前一体どうやって……元の世界に送還されたはず……」


 ふふふ、とまたしても怪しくバナールが微笑む。

 俺がカミルの方を向いて話しかけようとすると――。


「――え」


 カミルも、チェリッシュもまるで時が止まったかのように動かない。なんだ、これは――。


「お前……何をしたんだ?」


「やだなあ、そろそろ気付いてよ。久しぶりすぎて忘れているのかもしれないけど」


 聞き覚え――、そう、どこかで聞いたような気がするのだ、こいつの、この声は――。


「良い店を教えて貰ってありがとう。そう、美味しかったねあれは、あの『小宇宙コスモ』を感じたくて、僕は来たんだよ」


 冷や汗が止まらない。絶対に俺はこいつを知っている。近づいてくるバナール。それ以外、すべての時が凍り付いたように止まり、奴が近付いてくるのを俺は待つしかない。

 どうして、こいつの素性を誰も知らなかったのだろう? どうしてこいつは俺を知ってるようなことをいうのだろう? そう……どうして――。


「千の顔――」


 俺が何気なく、口から漏れたその言葉に、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。


「やあ、久しぶりだね藤間伸介くん。君の、ニャルラトホテプだよ?」


 奴が名乗った瞬間、俺の脳に滝の奔流のように記憶が流れ落ちてくる。ああ、こいつは――異形の神だ。

 二度と会いたくないと思っていた――ことすら忘れていた相手が、エルフの姿を借りてこの場に現れたのだった。


     ◆


「――む? 今……いや、何かあったような、いやなんでもないか」


「ええ、一瞬風が淀んだ気がしましたが……今は何も、ありませんね」


「……いや、それよりさ、チェリッシュさん」


「はい? 何でしょうか、藤間様」


「あのさ、多分その彼、見つかると思うよ?」


「――」


 チェリッシュは信じられない物を見るように、瞳を大きく見開く。



「た、戯言――」


「ではない、ようだぞ?」


 カミルが俺をジッと見る。


「どうして確信があるのかわからぬが、伸介は彼の行方を知っている、らしいな」


「――どう、して……」


「どうチェリッシュさんが思っているかはしらないけど、彼はその、待ってると思う」


「い、言っていいことと悪いことがっ……」


「――それも、合っている、らしいな」


 チェリッシュは今にも泣きそうな顔になった。それにしてもカミルのウソ発見器便利だな。しかも、エルフ社会では有名らしいし。

 

「だから、その……よければそのまま送還してあげるよ、彼のところに。どうします?」


 チェリッシュは俯き……強く、強く拳を握りしめた。そして、顔を上げた時には、その瞳には強い決意の色が滲んでいた。

えー、昨日は若女将は小学生を急遽見に行ったため書けませんでした。とても面白かったです。(語彙力不足)最後急角度に予想してないところから殴られてめっちゃ泣いてしまいましたとさ。


なお、このエピソードはこれで終わりではなく、エピローグがあと1話あります。

ふはは、入りきらなかったのだ!


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