ハーフリングは方南町でシェアする~ラムネとアメ~
「おりゃああああああああああああああああああああああああああ」
「こらあああああああああああああああああああああああああああ」
朝っぱらの幡ヶ谷の屋敷が喧騒に見舞われる。
原因は分かり切っている。今日、民泊に来たハーフリング共のせいだ。
総勢7名。明らかに多すぎるそいつらはネズミのように屋敷を駆け回り、張り替えたばかりの障子はすべて破き、走り込み過ぎて畳は傷み、柱に勝手に『俺、参上!』(※注 異世界言語・翻訳魔術具を装備している伸介には読める)などとナイフで削って書き残している。
「いいか! これ以上暴れたり壊したりするな! お前らそれを守れないならとっとと帰ってもらうぞ!」
全員を漸く居間に正座させ説教をするが、一部を除いてまったく悪びれた様子がない。
「はっ! 別に構わねえだろが。どうせ金払えばいいんだろ?」
「そーだ、レム兄ちゃんの言うとおりだ!」
生意気な口を叩くのはこの悪ガキ共の統率者であるラムネというクソガキだ。身の丈は俺の半分くらいのくせに、態度は10倍ぐらいでかい。こいつの短い金髪を見ていると質の悪い小学生ヤンキーにしか見えない。
「うるせえ! お前らはここを『借りてる』だけだ! 壊す権利はねえ! ここはばあちゃんの大事な家だ! 絶対壊すな!」
普段は俺も温厚だ。いや、本当だよ? 自分のことでは腕を砕かれようがそんなに怒ったりしないし。
でも他人様のものを傷つけたりするのは別だ。それは明らかな冒涜であり、許されることじゃない。
「……ごめんなざい」
その声にギャーギャー騒いでいたガキ共が一瞬で大人しくなる。
声の主は深々と土下座し、涙を流していた。
「……本当に、ぐすっ……ごめんなちゃい……うちの子たちは本当は良い子で……ぐずっっ……」
「アメ姉ちゃん泣かないで!」
一斉にチビ達がアメと呼ばれたハーフリングの少女を慰める。少女は美しい金髪を腰まで下げ、アイヌっぽい衣装に身を包んでいる。コロポックルもかくや、という愛らしさをたたえていた。そのつぶらな瞳は今涙にぬれ、薄く、柔らかそうな唇はぎゅっと……いや、もういいや、俺ロリコンだと疑われそうだから詳しい描写はやめとこう。本当だぞ?
「おい! お前らアメの言うこと聞いてんじゃねえよ!」
5人のチビ共はラムネとアメを交互に見つめ、結局アメに一斉にしがみついた。
「ったく面白くねえな!」
そう言うが早いかラムネは脱兎のごとく門から外へと飛び出していった。
暫く無言のまま、残された俺たちは居間で気まずさと戦っていたがアメが口を開いた。
「……ごめんなさい」
「……良いって。大体君のせいじゃないだろ?」
「いえ……私のせいです」
ぽつり、と寂しそうに彼女は言う。もう涙で言葉が乱れている様子はない。
「私が一族から今回の異世界修学旅行の引率者に選ばれたのがよっぽど気に食わなかったのだと、思います。ラムネと私は双子の兄妹で、私が妹なのに任されたのが腹立たしかったのです」
なるほど、兄より優秀な妹はいない理論か。分かりやすくおこちゃまな対抗心というやつだ。
「ですからこの子たちを扇動するような……本当に、ご迷惑おかけしました」
「もういいよ。頭を上げてくれ」
そう言ってから俺は包みを彼女に渡した。
「外の和菓子屋のどら焼きだ。もっちり生地で餡子も甘さ控えめで他のより美味い……つっても食ったことないし味の違いはわからんか」
気が付けば包みは彼女の手からもうチビたちに奪われ、中身にかぶりつかれていた。
「うめえ!」
「もっと!」
「もぐぐぐもぐっ!」
美味そうに食べるガキ共を見てアメは再び頭を下げる。
「ありがとうございます。後は私が……」
「そうか、でも大丈夫か?」
彼女の顔が少し青白い気がする。調子が悪いのではなかろうか?
「この後は新宿御苑に行って――あと東京おもちゃ美術館にも行って――行動予定を守らないと……」
――ラムネもいないので。そう消え入るような声で彼女は付け足す。
……ったくしょうがねえなあ。
「あいつは俺が見つけて届けてやるよ。予定のしおり置いてってくれ」
「え、でも――」
「いいから、アメちゃんは引率しっかりな」
少しでも譲歩したらずっとぐずぐず言っているだろうと判断して俺は有無を言わさず決定事項だけを伝える。
予定ではこの後俺は悠々とラーメンを食べてから昼寝してエロ動……いや映画鑑賞でもするつもりだったが、少女の痛ましい姿を見てしまってはそんな気も失せた。気分よく抜き……いや笑顔で抜き――じゃねえ、いやだから俺はロリコンじゃないってば。ともかく少女の笑顔を曇らせるのは間違っている。あの馬鹿双子の片割れの首根っこを摑まえ必ず突き出してやる。
「それで、行きやすそうなところとかあるか?」
「川沿い――でしょうか、水が好きですから。後は……ラムネは、食いしん坊です。多分食べ歩いてると思います。でも……特に好きなのは……」
彼女の話を聞いて俺はとある食い物を思いついた。よし、あれで釣ろう。
「わかった。兎も角後から必ず追うから」
「きったねえ川だなあ」
ラムネと呼ばれるハーフリングの少年――と言っても実際はそれなりの年なのだが――は彼の居た森に比べてやたらと小さく細い川を評してそう言った。
方南町――神田川。
これでも河川自体は近年随分と綺麗になったのだが流石に自然豊かな場所から来た彼には不満しかなかった。川には鴨も泳いでいたし、魚も泳いではいたが中に入り遊ぶ気にはなれなかった。
ぐう。
川を眺めていた彼の腹が鳴った。
「おい、アメ。飯だ――」
そう言い掛けて自分の片割れの少女の姿がないことに気が付く。そう、彼女は今この場にいないのだ、と。自分勝手な嫉妬心から勝手に飛び出したのだと。
「――アメが悪りぃんだよ」
ラムネは普段はさほど聞き分けのない男ではない。ただ、アメの前では常に張り合ってしまうのだ。それは小さいころから変わらなかった。アメはいつも彼の一歩――いや五歩は先に居続けた。木登りや駆け足で負ける気はしなかったがそれ以外の星読み――算術――道具作り――すべてにおいて比較され、負け続けたのだ。ハーフリングが素早いのは当たり前、運動神経が良いのも当たり前、いくら同じ年の頃の者同士では少しばかり勝っていてもそんなことは『よくあること』なのだ。だからそれ以外の器用さや頭の良さで負け続けていたことは彼の劣等感をすこぶる効果的に刺激したと言える。
「――あ」
飯を食おうと思った彼だったが、持ち合わせがないことに今更ながら気付いた。財布はすべてアメが管理していたのだと。
――なら、盗んでしまおうか。
元々盗賊家業に就く者が最も多いのが彼らハーフリングという種族である。持ち前の素早さと手先の器用さで冒険者として生き残るのだ。
――俺も冒険者になるんだから。
ラムネの夢、それは祖父と同じ冒険者になり帝都の巨大迷宮を制覇することだ。ただし、それは両親に反対されていた。理由は長兄の死だ。
正確には死亡ではなく、行方不明であるが、迷宮で消息を絶ってから一年、最早生存は絶望的であった。彼は兄を尊敬していた。閉鎖的なことを言い続ける両親への反発がそのまま形を変え兄への好意へと繋がった。そしてその兄はもうおらず、代わりに親の期待そのまま大人しく従順な妹へと向いた。彼は忌々しそうに自らの指に嵌ったものを見つめる。
『盗みはご法度ですので』
シルクハットのエルフは俺に念を押すように言って全員に戒めの指輪を付けた。盗みをすれば反応して指を切り落とす――らしい。「やらねえよ」と反射的に口答えしたがそれは根拠のないものだった。むしろ今の彼に浮かんだ考えをみれば当然の措置だったと言える。
――その時も怖がる子供たちに率先して指輪を付けて見せたのがアメだ。それでむしろ安心してガキ共も……くそっ。
自分にないリーダーシップ、持ってない技術、それでも遠い世界のことなら無視出来た。しかし、彼女は切っても切れない、双子の妹なのだ。今回の旅でも否が応でもそれは分かってしまった。自分は所詮、おまけなのだと。異世界旅行を無事成功させた出来の良い妹の――。
叫び出したい衝動が彼を襲う。その時――。
ぷうん。
「――ん?」
何か焼けるような匂いが彼の鼻腔を擽った。
「――油? いや、もっとこう、パンを焼いている時みたいな……」
空腹に釣られるように彼の足は川沿いからすぐ横の道へとずれる。するとすぐ坂が現れ、匂いの場所もすぐに特定できた。坂の中腹にある建物からそれは香ってきている。どうやら何か食べ物を焼いて出す店のようで、外にはテラス席もあった。店の外に出してある看板を見ると何やら正体がわからないが旨そうな物が描かれている。
匂いに釣られ、建物の壁面に空いた小さな窓へふらふらと彼の身体は惹きつけられる。
するとその様子を眺めていたテラス席の男が彼に声を掛けた。
「おう、ラムネくん」
「あ、あんた……」
異世界に来て初めて会った人間の顔がそこにあった。名前を聞く前に飛び出してしまったから名は知らない。しかし相手は彼の名前を親しげに呼んできたのだった。
基本的にすべて自分で食べて美味いと思ったものしか書いてないんで、仮に店を見つけて「うまくなかったぞ!」と怒られた場合は私の舌の問題です。
まあたいてい一緒にいった初見の人には好評な場所ばかりを書いているのでいけば大体美味いはずです。新宿の店は今後いくつか書くと思いますがそういう場所は行きやすいので行ってみることをお勧めします。あと予算3000円を超えることはほぼないと思います。