異世界バチェラー始めました。その9
顔を真っ赤にしたカミルと、それを弄ぶ小悪魔のイチャラブを眼前で見せられた俺は料理で膨れた腹同様、お腹いっぱいになった。
「……ご馳走様でした」
「……誤解だぞ、伸介」
何か抗議したそうな目でカミルはこちらを見る。
「何のことやら?」
とりあえず俺はすっとぼけた。
「で、どうだったの、カミル、お味のほうは?」
「……ご、ゴホン! いや、うむ、まあ、美味しかった」
「それは良かったわ」
シンディは翠色の瞳を煌かせそう言った。
「……そ、それでは最後に質問があるのだが」
気を取り直したようにカミルは衣を正す。
「ん~なあに?」
「……なぜ、この店を選んだのだ?」
四たびの質問、全ての女性に訊ねたそれを、カミルはシンディにも問う。
「質問に質問で返すのもあれだと思うんだけど、愚問よねそれ?」
「んが!?」
カミルは思わずのけ反る。
「い、いやしかしだな。君たちがどういった目的で私を歓待するかはとても大事な、里の今後を左右するかもしれない……」
「貴方を喜ばせるため以外の、何があるって言うの?」
ため息をついてから、さらっと、彼女はそう言い切った。カミルは目を丸くする。
「何よ、その気付いてませんでした、みたいな顔。複雑な理由が必要だとでもいいたいの? 私はちゃんとリサーチして、一番美味しいと思った店を選んだだけよ」
彼女に昨日の夜から付き添って店選びをしていた身からすると、彼女の主張に嘘はなかった。彼女が重視したものはほぼ『味』その一点においてのみである。
「し、しかし私が苦手かもしれないものを選んだ理由ぐらい聞かせて貰ってもいいだろう?」
彼女はこれまた大きなため息をついた。
「自分が美味しいと思ったものを好きな人と共有したいとか思わないの?」
「う、うむ? ああそうだな。それは思うぞ、好きな人と……」
「そうそう、好きな人と……」
……。
「「はああああああああ?」」
シンディのあっけらかんとした返答に俺達は思わず声がはもってしまう。
「え!? 好きだったの!? どこにそんなフラグが?」
「そ、そうだぞシンディ、嘘はよくない……」
しかしすぐにカミルの顔つきが変わる。それが、嘘でないと彼の守護精霊が見破ったからである。
「別に普通でしょ? カミルは元々エルフの里で一番のイケメンで、氏族一位の跡取り、あの里でカミルに惚れてない女性エルフのほうが珍しいわよ?」
シンディはこともなげに答える。アイドルに憧れるファン的なあれ、だろうか? まあカミルのスペックだけならお見合いにぶち込んだら全員に告白されそうな見た目も実績もあるとは思うが。……よく考えたらよく勝てたな俺。
「そ、そうなのか……」
「何よ、もっと『らしい』理由がよかったの? 実は昔から憧れて、とか姉の相手としてやってきたときから一目ぼれして、とか」
ドラマなら、よくある話である。人は、というかエルフでもドラマティックな出会いや恋物語には憧れるだろう。恋物語はいつの世も、語り継がれ、人の心を掴むものである。
「いや、しかしその、好きの度合いというか……。好きと言っても一口に、その……」
「あ~~もう煮え切らない男ね!」
あ、シンディ怒った。
「そもそも何よ! 好きな理由、結婚するための理由! 納得いけばあんた、付き合って結婚するわけ?! 好きになった相手とするのが一番いいでしょうが!」
思わず俺とカミルは拍手していた。ド正論である。
「あんたが結婚すべき相手はあんたが一番幸せにしたいと思う女であるべきよ! そんなことでぐだぐだ悩んでいるからこんな『全部のせ』状態になったんでしょうが!」
シンディの言葉にカミルの顔がハッとなる。彼は空っぽの鉄鍋を思わず見つめた。
「どの娘も美味しかったでしょ? 熱い想いを抱いて食べて貰おうと必死なわけ! あんたがこの『全部のせ』に真摯に向き合える、失礼じゃない方法は誰も文句の言えない好きをぶつけられる相手を決めた時だけよ! ほら、どうするの!?」
シンディに捲し立てられ、カミルは若干涙ぐんでいるように見えた。もう完全に、迫力に負けてる。
「わ、私は――」
俺とシンディは次の彼の言葉を静かに待つ。そこから語られた名前は――。
◆
「――というわけで、結果を伝える」
屋敷の居間に皆が整然と座る。俺も最後まで見守ることになったというか、普通に気になったのでついてきた。
「一人ずつ、言っていこうと思う。結果を聞き、色々言いたいことがある者もいるかもしれないが、反論は一切認めない。伝え聞いた者から速やかに帰国してそれを族長に伝えてくれ」
自信満々のラズリー、確信めいた瞳でカミルを見据えるチェリッシュ、謎めいた笑みを浮かべるバナール、そして――。
「シンディがおりませんが……敵前逃亡ですか?」
そう言ってラズリーが鼻で嗤う。
「彼女は――辞退した」
短い言葉で、カミルはそう全員に伝える。
「あはは! 本当に逃げ出したのですかあの子。うっふふふ! ほんと、どうしようもない娘ですこと。では、カミル様早く結果をこの負け犬たちにお伝えくださいませ」
勝ち誇るラズリーを横目に、カミルは咳払いを一つした。
「では、バナール殿」
最初に呼ばれたのはバナールだ。緊張しているのか、彼女は俯いたまま静かにカミルの言葉を待っている。
「貴殿の店選びと心遣い、なかなかに面白かった。が、それはやはり他の二人と比べるとどうしても劣ってしまう。非常に心苦しいが、分かってもらいたい」
「……はい」
か細い声が彼女の口から漏れる。
「それでは二人とも」
ラズリーとチェリッシュが前にでる。片や余裕の笑みを、片や冷徹な微笑をたたえて。
「二人の店選びに関してはここでの言及を避けよう。ただし、非常に拮抗していた、と言える。しかし、僅かな差で私の心をより動かしたのは――君の方だ」
そう言ってカミルが指さしたのは、チェリッシュだった。
ラズリーの顔面は蒼白になり、バナールは瞳を伏せ、チェリッシュは静かに、拳を握りしめた。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいカミル様!」
「結果がすべてである。反論は認めない」
「い、いえ……それでもお聞きください! そのチェリッシュという女は貴方様にはふさわしくありません! その者は……混血の……混血のハーフエルフなのです!」
ラズリーは鬼の首を取ったような表情で彼にそう訴える。
「――何を根拠にそのような?」
チェリッシュの反応は冷ややかだ。
「私は知っているのです! この者が婚約者に立候補しようとした時から、きっと何かを企んでいると怪しみ、調べさせました! この者はエルフ社会を脅かす、反乱者です!」
どうだ、言ってやったぞ! という顔でラズリーはチェリッシュを睨みつける。
「――知っている。が、問題ではない」
「――な……っ」
「兎も角、君は敗者だ。バナール殿と一緒に退去願おう」
ラズリーが何かを言い掛けた瞬間、屋敷が鳴動する。ドワーフの仕掛けの一つが発動したらしい。誰か、特定の者を排除したいときに発動できる機構である。今回は敗者をカミルが設定した時に、すぐにそれをもとの世界に送還できるようにしておいたのだ。
「カ、カミル様――」
「さらばだ、大儀であった」
光に包まれ二人は何処へと消えた。まあここに残られても大変だったろうからこれでよかっただろう。向こうに帰ってからカミルにはフォローして貰えばいい。
「さて、チェリッシュ殿」
「はい」
「貴殿がハーフエルフであることは隠さずとも好い。すべて分かったうえで、残ってもらったのだ」
その言葉に彼女は初めて、頬を赤らめた。自身の出自を認めて貰ったことが嬉しかったのだろう。
「――有難い、お言葉です」
「いや――もとよりエルフにおけるその問題は根深い。私もその協力が出来れば、とも思っている」
これにて勝者は決まった、そう彼女は思っているのだろう。しかし――。
「しかし、君の勝ちではないのだ。チェリッシュ殿」
カミルのその言葉に、彼女は瞳を大きく見開いた。
長かったこのエピソード、次で終わり!
予告しておきますが次は新宿ダンジョンです。気が変わらなければ。




