異世界バチェラー始めました。その7
「さて、負けに行くか」
夕刻、自宅玄関前で出発前の俺はミリアルにそう宣言した。
「ま、妥当なところよね」
玄関前まで見送りに来てくれていたミリアムも俺の意見に同意する。
「チェリッシュで決まりでしょう。後はどう、負けるかだけよ」
「――その根拠は?」
「女の勘よ」
身もふたもない言い方だが、多分彼女の推測通りになるだろうなとは思う。カミルは――恐らくだが彼女のことを気に入ったと思う。あの胆力、美しさ、出自というハンデを背負っていることを感じさせないそれはとても魅力的に俺の目には映った。
「問題があるとしたら、その出自を婚姻前に持ち出されないこと、ぐらいかしらね」
「まあ、その辺はうまくやるだろ。カミルも協力するだろうし」
「――勝手なこと言ってくれるわね」
げ、と思い声のした方を見ると、ちょうど2Fに続く階段からシンディが降りてきたところだった。こいつ屋敷には泊まらずに、ずっとこっちにいるのだ。
「私、負ける気ないわよ?」
見れば、既に化粧もばっちり施し、鮮やかな翠の映えるワンピースを身に着けている。服はこちらに来て、彼女が買ったものだ。てかその買い物にも付き合わされ、あまつさえ店の案内までさせられてこちらはへとへとだったのだ。
「つってもよう。お前に彼女ほど強くカミルを求める理由、なくない?」
今のところ俺の見立て順位は、チェリッシュ>ラズリー>バナールだ。それは店選びもさることながら、『思いの強さ』が影響している気がしてならなかった。カミルを想う気持ち、必要とする要素がきちんと順位に反映されている。この義妹様がこのままいくなら――いいところラズリーよりちょい上を取れればいいだろう。
「私が勝てば、カミルは私に協力するんでしょう? なら、勝つわよ」
「その根拠のない自信は何処から来るんだ?」
「うっさい豚」
「ぶひ、いや俺お前の身内、お兄様になるんですよ? そんな言い方していいのかな~?」
「うっさい、兄豚、様。兄も様もつけたしこれでいいわよね?」
どうやっても豚は取れんのかい。
「そうね、最近ちょっと腹が出すぎよ、伸介」
ねー? と姉妹は頷き合う。やばい、このタッグには勝ち目がない。
「でもシンディ、具体的にどうやって勝つの? そもそも貴方……」
「はいはい、小姑じゃあるまいし、もう行くわね」
ミリアルの苦言を聞こうともせず彼女は玄関で買ったと思しき白い靴を履いて颯爽と出て行ってしまった。
「――じゃあ、行ってくるわ」
「よろしくね、はぁ……」
と、言うわけで俺達は再び、というか四たび、幡ヶ谷商店街の前に集った。
「カミル、お疲れ」
「うむ、長かったな」
お互い見つめ合い、嘆息する。
「何男同士でいちゃついてんの? ほら、いくわよ?」
既に自分を偽ろうともしない義妹様が俺達を先導してどんどん進んでいく。シンディに勝ち目があるとも思えないのだが……、まあ店は色々紹介した。どれにするかは、彼女次第である。
「結局最後まで幡ヶ谷から出なかったなあ」
幡ヶ谷の明るい街灯を眺めそう思う。地元もいいが、たまにはどこか遠出して――。
「何してんの、置いてくわよ?」
「あれ?」
ふと気が付くともう二人は先に角を曲がり路地へと入っていってしまった。ちなみに、これで全員商店街通りから外れた店を選んだことになる。実は仲良しか?
「――ってことは」
路地を曲がった先には俺の知っている店は一軒しかない。彼女の選んだ店は、奇しくも俺が最も利用する『カレーライス』の店だった。
◆
「ここは――また趣が違うな」
店に張った瞬間から割と靴が床にペとつく感覚がある。というか、この店は全体的にぺとついてる印象がある。長年培った脂――カレー店の宿命かな、と思う。
木のテーブルとカウンターのこじんまりとした店内。俺達は中央の四人掛けのテーブルに座る。俺とカミルは隣で、対面がシンディだ。
「そういえば、肉いけるようになったんだっけ?」
「――む、まあ、な」
シンディが確認し、カミルはのけぞり気味ながらも答える。
「じゃあ、お祝いにガッツリいってもらいましょうか」
「が、ガッツリ?」
「ええ、なにせこの店、避けては通れないでしょうからね、お肉」
にやり、と不敵な笑みをシンディは浮かべる.。
「おい、まさか勝てないと思って嫌がらせでこの店選んだんじゃないだろうな?」
俺がシンディにそう忠告すると――。
「はあ? そんなわけないでしょ? 単に、一番美味しいメニュー食べれないのは損だって話よ」
俺がカミルの顔色を窺うと――。
「――嘘はない、ようだぞ」
まじかよ。本当に純粋な気持ちで選んだらしい。
「と、いうわけで全員『全部のせ』3つお願いしまーす。あ、サラダもつけて」
「え、それ頼んじゃいます!?」
「頼むに決まってるわよ!」
俺が驚きの声を上げたのには訳がある。全部のせカレー、この店でもっともポピュラーなメニューではある、あるのだが、肉をほぼ食べた経験がなかったカミルにはちょっとレベル高くないか? という危惧がある。……料理の詳細を説明しようかと思ったが、シンディが指を口に当てて『しゃべるな』と言っている。ええい、どうにでもなれ。
「――伸介、私は少し、怖いのだが?」
カミル君、不穏な空気を察してか妙に顔面が蒼白い。……ううん、まあ喰い切れなかったら俺も手伝ってやろう。
「大丈夫よ、カミル坊ちゃま。美味しいですから」
「坊っ……!」
悪戯っぽい笑みを浮かべるシンディの顔が一瞬ミリアルと被る。ああ、やっぱ血がつながってるんだな、と思う。
「お待たせしました~先にサラダです」
カレーについてきたサラダが先に出される。
「ま、これなら構えないで食べれるでしょ? ほら、カミル食べなさいよ」
「う……うむ。それでは頂こう」
小ぶりの皿の中にあるサラダにはドロッとした自家製ドレッシングが掛かっている。サラダの中身はレタスにコーン、トマトと切り分けられたゆで卵だ。
どれ、俺も食べよう。
「~~~~~~!?!!!!??」
声にならない叫びが隣から漏れた。
「ななななな、何だこの……」
「……美味しくなかったかしら?」
「い、いや……逆だ。こ、このサラダ、本当に前菜の味なのか?」
ああ、びっくりしたんだなカミル。理由はこの自家製ドレッシングだ。ニンニクと玉ねぎの風味が強く、これ単体でご飯が食べられるほど味が濃い。それを瑞々しい野菜に掛けたものだから、ここのサラダは他の店と一線を画していると俺は思っている。
最初はびっくりして目を白黒させていたカミルだが、一口、もう一口とフォークで器用にサラダを食べていく。
「ううむ……いや、サラダとはもっと味が薄く、食前のためのものだと思っていたが……美味い」
「でしょ? ほら、もっと食べなさいよ。玉子とか最高に合うわよ?」
「うむ……ああ、玉子のほろりとした甘みに刺激的なこの風味が合わさって……」
カミルは笑顔だ。サラダに意表を突かれたことで緊張はほぐれたようで、純粋に食事を楽しんでいるように見える。
「お土産にも出来るらしいわよ? 持って帰る?」
「ほう! それは是非……ご、ごほん。いや、検討……しよう」
何か、思ったよりいい雰囲気な気がする。もしかしてワンチャン……とか思っていると――。
「お待たせしました~全部のせ3つです」
運ばれてきた凶器を見てカミルが固まる。そりゃそうだ。だってこれ、肉の塊みたいなカレーだもん。
でかいポークの塊肉、キーマ、ウインナーだったり、兎も角沢山ぶちこんである。チーズや野菜も入ってはいるが、正直肉のが分量は多い。常連からは小宇宙呼ばわりされているごった盛りである。
カミルは固まっているが、俺はこのカレー大好きである。シンディはと言えば、もうスプーンでルーを掬い、それを一緒に運ばれてきたご飯に載せ、美味しそうに口に入れ、幸せそうに微笑んでいる。
「さ、カミル」
彼女にそう促されたカミルは、ためらい、止めていた手をようやく動かした。
イベント6663位でした!
……いやほんま更新しないですいません。長かったバチェラー編も多分あと2回ぐらいで終わると思われ。




