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異世界バチェラー始めました。その6

 料理が俺達の目の前に運ばれる。この間と同じく豆でできたせんべいが中央に盛られた飯の上に刺さり、その周囲をカレーと副菜が埋める。しかし大きな違いが一つ。それは盛られたカレーが中央で綺麗に茶色と黄色に分断されていることである。茶色は俺が先日食べたチキンカレー、黄色は豆とトウモロコシとココナツのカレーである。三人とも同じメニューを頼み、それぞれの前に並んでいる。


「むう……」


 カレーを目の前にしてカミルが固まる。そりゃそうだ、初めて食べる食材、盛られ方、俺でもまずどうするか考える。


「――カミル様、私を真似て下さい」


 優雅な手つきでチェリッシュはスプーンでまず豆のカレーを一掬いし口に含む、次に彼女はチキンカレーのほうも同じように食す。味比べを、しているのだろう。

 カミルは豆のカレーのほうは食べたが、チキン――肉食は初めてだ。明らかなためらいがある。しかし女性が先に食べて見せたという事実が彼を後押しした――ように見えた。カミルは覚悟を決めたようにチキンカレーを口に含み、そしてすぐに水を飲んだ。


「――これで、よいか?」


 睨みつけるように彼女を見たカミルだったが、まるでその覚悟を嘲笑うかのように彼女は言い放った。


「いえ――まだです」


 彼女は次にカレー同士の接している部分、黄色と茶色の狭間にスプーンを差し入れる。

 そして、その薄いピンク色の唇にゆっくりとその茶と黄の混じったルーを流し込む。


「どうぞ?」


 彼女は微笑みを浮かべ優雅にそう促す。

 

「なあ、カミル。嫌だったら別にもう――」


「止めるな、伸介」


 カミルは半ば意地になっている。これ、見合いだよな? 煽り合いじゃないよな? と俺の方が気が気ではない。

 カミルはカレーにスプーンを突き立て、それを一気に口に運び――。


「――ぐっ!?」


 カミルが顔を引き攣らせる。俺は慌てて水を渡そうとするが、彼は片手を上げ俺を制した。


「カミル?」


「――すごい」


「でしょう?」


 カミルの言葉に我が意を得たり、とばかりに彼女は満面の笑みを浮かべた。

 慌てて俺も同じように皿に向かい、一さじ――。


「――むあ……」


 驚いた。というか、思わず皿を二度見した。え、これ、別もんじゃね?

 そう、お互いの味わいが――。


「めっちゃ――喧嘩しとる」


 調和どころの騒ぎじゃない。違うカレー同士、滅茶苦茶お互いの味を主張し合うのだ。辛味の効いたチキンカレーのスパイスが、柔らかなココナツの味と真っ向からぶつかりお互い「俺のが美味いだろ!?」と主張する。お互いが味わいを補完し合い、高め合うのは全く逆の発想である。副菜がその役目をしていたかと思えば、重ねカレーにしたとたん、同じ皿なのに全く別の次元へと昇華されている。まるで狐につままれたような気分だ。

 それが嫌か、と言われるとそうでもない。どちらかというと、逆だ。

 カミルはというと、さらに一口、二口と食べ進めている。


「――いや、面白いな」


 そう、面白い。お互いの個性を全く減ずることなく、ただ皿の上で競わせる。そう思えば――と皿を見る。副菜、カレーすべてを一皿にまとめ提供するこのスタイルは、皿の上に全てがあるという主張であろう、と。皿に盛られたすべての味を余すところなく組み合わせ、魅力的に遊ぶ。なるほど、カレーをもう一種入れただけでこの化学反応である。そりゃあ重ねなんてわざわざメニューボードにあるわけだ。

 そしてここまで食べ進め、俺はチェリッシュがどうして同じ店を選んだのかよく理解できた。


「そうか、我々はこの店の魅力すべてに気付いていなかったわけだ」

 

 先ほどまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、すがすがしいまでの笑顔でカミルは彼女に向き合う。


「その通りです。この店のカレーはどれも個性が強い。その魅力は一種類で味わうのでは損です。少なくとも二種、三種と混ぜ合わせることでお互いの真価をより強く主張できますから」


 俺は彼女の主張を聞き、頷きながらも不審に思う。どうやって――この発想に辿り着いたのだろう?


「――なるほど、それがチェリッシュ殿の主張か」


 カミルは何かを悟ったように瞳を伏せる。


「――ええ、どう、でしょうか?」


 ――狩人の瞳だ。チェリッシュは今、そういう目でカミルを見ている。試すつもりが、試される。刈り取るつもりが、狩られている。そんなような状況にカミルは何を思うのだろうか?


「――よくわかった。検討しよう」


 そう言った後、カミルは黙ったまま先に店を出てしまう。これは――どういうことだろう? 腹を立てて出て行ってしまったのか? それとも……。


「カミル!」


 俺が後を追って店を出るとカミルは商店街の方ではなく、さらに路地に向けて歩いている。俺が追い付くと――。


「なあ、大丈夫か? 怒るのもわかるけどさ――」


 普段食べない物を強要されたり、煽りに近いこともあった。カミルが腹を立てても仕方ないだろうとは思う。しかし、一瞬だが最後のほうは良い空気になった。カミルは……。


「素晴らしい女性だな」


「え」


 カミルは不敵に笑っていた。どうやら腹は立てていないらしい。


「もしかして……気に入ったの?」


「ああ、少なくともラズリーには勝っただろう?」


 その部分には俺も同意する。プレゼンとしては完璧だった。店のポテンシャルを最大限に発揮し紹介できたのは間違いなくチェリッシュの方だろう。


「でも……それだけじゃないよな?」


 最後の方、チェリッシュとカミルの会話が俺には何かよくわからなかった。二人で何かを探り合い、納得したような――。


「他言無用だぞ?」


 そう前置きしてカミルは口を開く。


「――チェリッシュは、混血だろう」


 混血――その言葉で俺は昨日の夜、ミリアルとした会話を思い出す。エルフ社会では地位を低くせざるを得ない、たしかそんなことを言っていた。


「純血と偽っているが、実は混血である。彼女はそう言ったのだよ。あれは、な。それを分かったうえで味わってくれ、と。そういう話だ」


 つまり――あのカレーの『重ね』というのは、自らの出生も示唆しての?

 二つの味、それを重ねて味わうあのメニューを頼んだのは、自分の中に流れる2つの血がある、ということを彼女はカミルに暗に伝えた、ということらしい。


「ひええ……手の込んだことを。つっても、それやっぱ不味いのか?」


「ああ、恐らく彼女は私と婚姻を結び、子を成した後にこのことを公表するつもりなのだろう。序列一位の氏族の後継ぎが混血である、ということをエルフ社会に示し、内側からこの体制を崩すつもり――なのだろうな」


「めっちゃ革命家やん」


 一つ間違えばテロである。まあ腐った社会を正すためにはこういう劇薬も必要なのかもしれないが。


「いや、恐らくもっと気長な話だろう。私の息子か娘、さらに代替わりしてそれが栄えて後にそれを示すのだ。そうすればもう血は更に進み、重なり、後戻りできない。つまり彼女はそれがわかるまでの『共犯』になってくれ、と私に注文を付けたのだ。いやはや……何とも怖い女性だな」


「カミル、それ……」


 構わないのか? と聞こうとして俺は止めた。カミルは検討する、と彼女に言った。すべてをひっくるめてどうするか既に考えている。元々この見合いはカミルのためのものだ。なら、彼の気持ちを尊重したいと思う。


「――さて、しかしまだあと一人、残っていたな」


 カミルの言葉に俺は昨日、あれから振り回されることになった義妹のことを想いだしたのだった。ようやく、この見合いも終わろうとしていた。

本日デレステイベント最終日につき更新できるか非常に怪しいところです(前置き


まあ、多分1万位は取れるんでしょうけどハイスコアランキングが取れてない!


い、一応鋭意努力致します。はい。

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