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異世界バチェラー始めました。その5

「やあ友よ……と、どうした?」


 幡ヶ谷商店街前アーチ、あいにくの曇天の中、俺は疲れたように息を吐く。


「いや……うん、気にしないでくれ」


「……そうか、大変だな」


 カミルの守護精霊は嘘を見抜くのでなんとなく事情を察してくれたようである。正直説明するのは面倒くさいし、カミルもわざわざ聞きたいことでもないだろう。正直、夜の幡ヶ谷をあの後回遊したのは疲れたのだ。しかも、腹いっぱいパスタを食べた後に、である。


「さて、あと二人か……今日も幡ヶ谷、か?」


「らしいな。さて、しかしそこまで店が残っているもの――なのか?」


 意図的にカレー縛りをしているわけではないだろう。しかし、残りもそうなる予感がしていた。俺はこういった食い物の予感だけは外したことはない。


「お待たせしました」


 やってきた瞬間、ほう、という声がカミルと俺から漏れた。

 蒼い――ドレス風の衣装。ちょっとだけ、ドレスコードを気にするならば――という程度のそれだが少しボーイッシュな部分もある彼女には逆にそのギャップがグッとくる。彼女の白く、短い髪にその蒼がやたらと映える。一瞬だが、確実に俺もカミルも彼女に見惚れていたのは間違いなかった。


「さて、では参りましょう」


 凛、とした雰囲気を身にまとい、彼女は幡ヶ谷の街を悠然と闊歩する。カッコいいな、と俺は彼女のウォーキングを見て思う。ともかくこの子、雰囲気が違うのだ。例えるならまるでパリコレモデルと並んで歩いているような――そんな錯覚を俺に与えてくる。

 彼女が見目麗しいからといって出てくる料理まで素晴らしいとは限らないのだが、否が応でも期待は高まる。そして、彼女の向かった先は――。


「へ?」「何!?」


 カミルと俺、二人から同時に驚きの声が漏れた。いや、え、確かにその手は禁止はしなかったが――。


「どうぞ、入りましょう。この『幸せの青さを冠したこの店に』」


     ◆


 店に入り、奥の四人席に着いた俺達の顔にはまだ困惑の色が浮かんでいる。この場合――どうするか、と。

 まさかの店被りである。ラズリーと同じカレー屋にまさか案内されるとは思わなかったのだ。


「あの――」


 俺が質問しようと声を掛けるのをカミルが片手で制する。


「すまないが――注文の前に一つ、質問させて頂いてもよろしいか?」


「どうぞ」


 威風堂々と彼女は言い放つ。自分には何も恥じるところはない、という風に。


「この店を選んだのはいいが、ラズリーがこの店を選んだことは知っているのかね?」


 ド直球の質問をカミルはした。それに対する彼女の返答は――。


「ええ、知っていました」


 これまた直球である。流石のカミルも思わず鼻白む。誤魔化しがきかない相手であるから嘘を吐いても意味はないが、それでも多少は言い繕いすると思っていたのだ。しかしそれもない。何たる男気溢れる物言いだろう。


「それは――しかし不正、という捉え方をされても仕方ない、と思わぬか?」


 確信を突いたカミルの物言いに、チェリッシュは顔色一つ変えない。逆に、我が意を得たりとばかりに優雅に笑みを浮かべる。


「そうでしょうか。私はそうは思いませんが?」


 もしかして隠れた新メニューが――と思いメニューを見るが、前回の来訪とメニューそのものに代わり映えはない。


「順番的にラズリーがこの店を案内した。ですから私の心証が悪くなるのは道理です。しかし、それがどうだと言うのでしょうか?」


「どう――とは?」


「何も問題はないでしょう? 私もこの店を見初め、選んだのには理由があります。それは彼女――ラズリーとはまた違う理由からだと確信しておりますゆえ。ですから同じメニューを頼んだとして、その違いを説明できるでしょう」


「ふ、ふむ――」


 余りの自信と迫力に逆に不正を糾弾しかけた我々は一歩引いた。


「わ、わかった。では注文を――」


「いえ、注文は任せて頂けますか?」


 チェリッシュはここで割って入った。


「そうか? いや前回と同じメニューを頼むのもどうかと思ったのでな。今日はオクラとキノコのカレーにでもしようかと」


 そうだな、4種類もあるのだ。俺も別のメニューに……。


「そうですか、それでは『前回と同じもの』を頼みましょう」


「は?」「へ?」


 何を言ってるんだこの娘!? それじゃたとえ頼んでも、どうやってもラズリーの印象の方がよくなるはずだ。一番手のアドバンテージを覆すには別の新機軸を打ち出さないとどうしても印象は悪くなる一方だ。


「あ、あのさ――」


「しかしそれを、お互いに『重ね』て貰います」


 俺が疑問を言う前に彼女は聞きなれぬ単語を言った。『重ね』? 何それ?

 ふとメニューを見ると『重ね』の文字が見て取れた。重ねカレー200円増し? こんなのあったのか。


「重ねとは料金を追加すればカレーをもう一種選べます。それを何種類も盛ってならべ、食べ比べ、混ぜ、食べます。そういうこの店のシステムです」


 彼女は滔々と説明する。


「――そうなのか? そういえば私は前回単品でカレーを選んだが……」


「ええ、そうだと思いました。しかしそれでは、この店の魅力の半分しか味わっていない、そう思うからこそもう一度お誘いしたのです」


「なるほど、では重ねた方が、美味しい、と?」


「いえ、それを判断するのはカミル様ご自身でしょう? そしてなにより私は――カミル様に出来れば『チキンカレー』も食べて頂きたいのです」


 その発言にカミルは流石に眉を顰めた。そりゃそうだ。草食主義の人間に肉食を勧めたのだから。現代社会でも宗教上の理由で食えない物は勧めたりしない。カミルがどうだかはしらないが、相当失礼にあたると思う。


「君、それは――」


 咎めるようにカミルは言い掛けるが。


「カミル様は試したことがないだけで、教義的には問題はないのでしょう?」


 先手を打って彼女はそう発言する。カミルは当然、いい気分はしてない。


「――確かにそうだが」


「で、あるなら一度お試し下さい」


 冷たい空気が間に流れる。おいおい、これ、カミルの心証もうマイナスに突っ込んで戻ってこれないんじゃないの?


「――そこまでの、覚悟か」


 カミルはふう、と息を吐くとあきらめたように店員に『チキンカレーと豆のカレーを重ねで』と注文した。


「お、おい――いいのか?」


 俺が耳元でささやくと。


「構わぬ、そこまでさせたい、という強い意志を彼女から感じる。彼女を試すというのなら、私も試されても文句は言えまい。しかし――わかっているな?」


 カミルは彼女に念を押す。『後はない』と。彼女は静かに頷いた。

週明け更新始めました(挨拶)

新作を一時的に諦めこっちだけ進めております。だって、だって楓&奏Pの私に選択肢なんてないじゃないですかやだー!(現在イベ5000位)めっちゃいい話だったので早くエンディングが見たいです。


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