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異世界バチェラー始めました。その2

「……と、言うわけ」


 俺は今日の顛末を自宅の居間でミリアルに語る。


「――そう」


 ミリアルは興味なさそうに答える。


「妹に勝って欲しい、とかある?」


「冗談、むしろ負けた方がいいわね」


 そこに関しては同意だ。やる気がない、好きでもない相手と結婚したところで上手くいくわけがないだろう。


「あんな跳ねっかえり、カミルにしたっていい迷惑でしょう? ……まあ、他の娘が良いとも言い難いけど」


「ぶっちゃけ、誰が勝つのが望ましい?」


「望ましい、という意味ならパワーバランス的に一番氏族順位が低いところが勝つべきだとは思うわ。それをカミルが望むかは別だけど。そうなると、チェリッシュね」


「なるほど、順位が低い方と付き合ってもらった方が軋轢は少なくて済む、と?」


「やっかまれるでしょうけどね。でも元々チェリッシュの――ベリル氏族はかなり他から虐められてたこともあるから、氏族一位の嫁となればそれも……ね?」


「そこだけ聞くと応援したくなるな」


「そう? でもベリル氏族が最下位なのはぶっちゃけ、最下位にいたいから、っていうのもあると思うけど」


「……どういうこと?」


「エルフの里の順位の基準て、何だと思う?」


 カミルの里は確か人族との交流が最も盛んだったと聞いたことがある、というなら――。


「金、だよな?」


「半分だけ正解、経済力は確かに重要だけどもう一つ重要なのは、純血の数」


「純血――ってーと、つまりあれか。最下位のところはハーフが多いのか?」


「そういうことよ。カミルのところは商業的な成功と、エルフのみの純粋な血統で構成されている。エルフ至上主義――っていえば分かってもらえると思うけど」


 白人至上主義的なあれか、うわーめんどくせ。


「だからカミルの親は元々、他族と血を交わしたっていう――変な噂の立った私を嫁に迎えるのは反対だったはず。カミルが強硬に主張しなかったら二度目の婚約の話はポシャってたでしょうね。あちらとしては貴方が出てきてくれて逆に感謝しているかもしれないわよ?」


 何とも複雑なお家事情である。正直俺は血統なんてもの信用してないのだが、そういうのがいるというのは理解は出来る。悪しき文化として、だが。


「で、ベリル氏族は最も混血に寛容な氏族なの。そのせいでいつまで経っても順位は上がらず発言権も低い。チェリッシュはその中では珍しく――純血だと聞いているわ」


「それで、嫁に立候補、と?」


「何か思惑がありそうだけどね」


「逆に、嫁として一番駄目なのは?」


「そりゃラズリーよ。あの性悪」


「性悪、て」


「あいつ昔から私に嫌がらせしてきてたからね、ずっとカミルを狙っているのよ。陰では色々悪さして、私の悪い噂を流すのにも尾ひれを付けるのにも躊躇いなんかなかったわよ?」


「……氏族として、じゃなくてもう人格的にあれな感じか」


「そう、それにカミルが好き、とかじゃなくて肩書が好きなタイプよ、正直顔も見たくないわ」


 性悪度で言ったら昔のミリアルならそんなに差はなかったような気がする。しかし間違っても『同族嫌悪』だなということは出来ない。殺されかねん。


「で、バナールは?」


 ミリアルは難しい顔をしてから俯く。何を考えているんだろう?


「……記憶にない、のよねえ」


「へ?」


「結婚相手として出てきたってことはね、皆大体私の同期なはずなのよ。それでも……バナールなんて娘、聞いたことがないの」


「でもさ、ほかの娘やカミルは彼女を婚約者候補として認識してるわけで、それなりの出自――なんだろ?」


「そうなんだけど――覚えがないというか……」


「いたような気はする、みたいなことは?」


「うう~ん」


 謎の存在、か。それはそれで問題ありだが、対抗馬になり得る、のだろうか?


「で、シンディに話を戻すんだが……」


「――来てるんでしょ?」


 射抜くような視線が俺の背後に放たれる。


「――見えてたの?」


 陽炎のように妹のシンディが部屋の中に現れた。一応彼女を招き入れたのは俺だから知ってはいた。頃合いを見て話せ、とは言っていたが、先に見抜かれてしまう格好になった。


「魔力の揺らぎ――姿が見えなくてもそのぐらいわかるわよ」


 姿を隠す魔術を彼女は使っていたのだが、ミリアルにはお見通しだったようだ。


「で、姉妹としての絆を深め合いに来た……ってわけじゃなさそうね」


「……に、来たの」


「え、なによ? ハッキリ言って?」


「謝りに来たのよ! うっさいわね!」


 どうみても謝る態度ではないのだが、言葉の上では彼女は謝罪した。


「あら、そう」


「ッッッ……それだけ!?」


「ええ、別に許すも何も、謝ってもらうこともないわよ? そもそも何を謝るのよ」


「え……」


「母の件? それとも私と伸介の結婚を邪魔したこと? どっちももうどうでもいいわよ。だって、今私、幸せですもの」


 シンディは唖然とした表情でミリアルを見つめている。


「……あのね! 私がどんな気持ちで!」


「はいすとーっぷ」


 俺は二人の会話を無理やり止めた。


「何よ豚、邪魔しないで!」


「いや、止めるよ。正直この喧嘩、解決しないからね」


「ど、どういうことよ!?」


「だってもう、お互い自分の立場とか相手の状況とか分かってて、だからシンディは謝った、違う?」


「――そう、だけど」


「で、ちょっとその覚悟を軽く扱われた気になったから怒ってる。お互い気持ちだけで突き放したり、納得いく答えを欲しがったりしてる。感情でお互い話してるうちは解決するわけないだろ?」


「っっなに分かった気に……」「そうよ伸介! 大体私はもう何も気にしてないんだから……」


 姉妹そろって抗議の声を上げる。


「いやミリアルも十分感情的だろ? 本当はシンディが色々困ってるのわかってて、わざと突き放してるのぐらいわかるぞ?」


「――」


 ミリアルは先ほどまでの無関心を装った表情を捨て口を曲げる。


「……お姉ちゃん?」


 いつまでも不毛な会話を続けられるのも困る。俺はとっとと話を進める。


「ミリアルはな、出来ればシンディに憎まれたままでいたいんだよ。こっちは勝手にやるからシンディも縛られることなく勝手にしろ、私を恨んで父に反抗する言い訳にしろ、そんなところだろ?」


「――はぁ」


 ミリアルは深いため息を吐く。


「いちいちそんなこと解説することじゃないでしょう、伸介?」


「だってさあ、お前の妹色々愚痴愚痴言う割に行動に移さんじゃないか? イライラするぐらいならハッキリ言ってやれ」


 当のシンディはというと、眉を顰めたまま俯いている。


「――ねえ、シンディ?」


 ミリアルがようやく歩み寄る気になったのか、優しく声を掛ける。


「私のせいで面倒くさい状況になったのは認める。だから私にも責任はあるとは思う。だから、それについては謝るわ」


 シンディはその声に反応せず、まだ下を向いている。


「だから、やりたいことがあるなら――世界を旅したいんだっけ? 今でもシンディがしたいことがあるなら協力するわ。……伸介に言われたからじゃないけど」


 ミリアルは「これで満足?」みたいに俺を一睨みする。本当は俺に言われるでもなくそう言いたかったくせに。面倒くさいのは姉妹で似ている。


「――よし、言いたいことがあるなら飯食って話そう。ちょうどいいことに、今日はカレーだ」


「なにがちょうどいいのよ?」


「いや、カレーは喧嘩した時には万能の効き目を発揮するんだぞ? 俺は友達や元カノとかと喧嘩した時は常にカレーを食べて仲直りしていたくらいだ。大体100%解決する」


 二人してあきれ顔で返され、その顔をお互いが気づき、つい噴出した。


     ◆


 翌日の昼間、俺は屋敷まで、カミルに呼び出されていた。

「すまんが、判定員として加わってくれ」そう言われて。

 何で俺が? と訊ねたら「私一人では公平な判断を下せん。第三者としての意見は重要だ」と言われてしまう。責任重大すぎるからお断りしたい気持ちもあったが、この事態を招いた責任の大部分は俺にある。流石に断れるほど面の皮は厚くない。

 トップバッターは……。


「オホホ、では初手で決めてしまいましょう」


 ラズリーか。


「最も、グラノラ氏族にやる気がないのでしたら、順番的には私の氏族から娶るのが筋なのですが……しかし勝負ですものね。仕方ないですわ」


 なるほど、てことはこの娘の氏族は3~4番手ぐらいの結構いいとこにいるのか。


「大丈夫か? 昨日は結局観光に回してしまったから、あまり調べてないだろう?」


「あら、カミル様ご心配ありがとうございます。ですが、問題ありませんわ」


 そう言うと彼女は軽やかな足取りで屋敷の門から出ていく。俺らはそれに続き幡ヶ谷商店街を歩く。

 ついた先は――。


「あれ、ここは――」


「知っている店か、伸介?」


 むしろ知らない店の方が少ない俺だが、この店はもう――。


 ミリアルと共に一度行ったラーメン屋。その跡地である。今はもう新宿御苑に移転してしまっており、ここはもう何もない――。


「違いますわ、こちらです」


「え?」


 その横にある扉を彼女は開けた。あれ? こんなところに店があったのか?

幸せの象徴――青いそれを冠した名前のその店を俺は不覚にも知らなかった。扉を開けた瞬間、上へ向かう階段が現れる。そして――スパイスの香りが階下にも伝わってきた。

 瞬間、俺の美味い物レーダー(ただの中年の鼻)が反応する。


 ――美味い店っぽくね?


 知らない店に入るのは博打だ。経験的に半分ぐらいは外れる。しかし、匂いでそれを分からせる店は少なからずある。ここは、多分そうだ。俺は期待で胸を高鳴らせつつ階段を昇った。

休み明け更新お待たせしており申し訳ございません。そして新作、まったく書き溜めてられないとかいう。同時並行で3本も書いてるからいけないんだ。俺には民泊しかないんや!


とりあえずバチュラ―編頑張ります。


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