銀座の夜の郷愁 後編
ひゅい。
――音が、吹き抜けた。
ベンッ。
耳に響き残る、弾くような音。
ドンッ――。
心の奥に刺さるような――太鼓の音。
そして、何と表現したらいいのかわからない――指先を激しく動かし、音色を紡ぐもう一人の音が全体を調律する。
それが――いっぺんに、時には一つ、時には重なり、時にはまた離れそして――。
「あ――」
四人の調べが一体となり、私の身体に音色を響かせる。聞いたこともないリズム。聞いたこともない音階。それでも――私はすぐにそれに魅了された。
「終わったよ、一曲目」
「あ――うん」
気が付けばもう最初の曲は終わっていた。そしてそのタイミングでご飯が運ばれてきた。
「つまみながら聞こう。それが一番美味いから」
そう言うと彼はフライドポテトに横についてた皿に盛られた何かをちょんとつけて口に頬る。
「うん、美味いね」
呆けていた私も彼に倣いポテトを手に取りそれにつける。皿は二つあり、片方には白いクリームが、もう一つには赤い欠片の散った透明なジャムのようなものが入っている。私はまず赤い方につけてみた。
「――辛っ?!」
「そりゃそうだ、チリソース、つまり唐辛子だし」
しょっぱいフライドポテトの味に辛味が混じり、喉が水分を欲する。そこでワインを一口飲むと――。
「あら? 合うわね……」
酒がそのすべてを洗い流し、旨味だけを口内に残してくれる。なるほど、確かにこのつまみは、酒がないと成立しない。しかも気が付けば――。
「あらあら? クリームもいけるわ」
サワークリーム、といったか。その爽やかな甘みが塩気とあいまり口の中をまったりとさせる。そこをやはり、酒で洗い流す。
「――自重しなくちゃ、これ、無限に食べれるわよ?」
「だろう? しかも、こんな良いBGMつきだし」
もう曲は二曲目に入っている。独特のリズムと音色が耳に心地よい。耳で味わい、口元でも味わい――あらやだ……酒に酔ったのかしら……何かふわふわと、とても気持ちよくて――。
「幸せ――かも」
そう言って笑った私を見た彼は顔を真っ赤にして横を向いてしまった。お酒が回ったのか、それとも……。
「ミュ……ミュージックチャージって言って1000円料金上乗せで聞けるんだ。いいだろ、これ?」
「うん、気に入ったわ」
彼は何かをごまかすようにランプ肉のステーキを突っついている。
「美味しいけど、食べるか?」
「ううん、今は聴いてたい」
私は何も食べず、ただ音色に耳を傾ける。そう、音色は私たちの世界とは違う。違うけれど――。
「ど、どうした?」
「ごめんなさい……何でも、ないわ」
涙が零れ落ちていく。それがまるで、自然であるかのように。
「――思い出しただけ、故郷の――母のこと」
それだけ彼に伝えたら、彼はもうそれ以上私に声を掛けなかった。ただ、優しく私の手を握りしめてくれた。
私たちはそれから一言も発しないまま、曲を最後まで聞き続けた。
◆
「素晴らしかったです」
最後の曲を終え私は演者にそう伝え店を出た。
彼らは一つずつ、終演後各テーブルを回って話しかけてくれるのだ。
私がこの和楽器の音色に見たのは『故郷』だった。どこか懐かしく、心の中に響くそれはいつまでも耳に残っている。
「――また、来たいわ」
自然とそんな言葉が口から零れた。
「――それがいいよ。定期的やっているから、スケジュールを調べて来店するといい。趣味を持つのもいいんじゃないかな」
「――うん。そうするわ」
心の中は澄み切っていた。故郷を懐かしむ思いは調べが優しく洗い流してくれた。またここへ来れば、きっとその思いが再燃しても、問題はないだろう。
「ねえ、このBGM、結婚式の後の披露宴で使いましょう?」
「そう言うと思って、色々ゾンアマで注文しといたよ。和楽器CD」
「ありがとう、ねえ――」
どうして、今日ここに誘ってくれたの?
「ん?」
「……ううん、何でもない」
訊ねなくても、答えを聞かなくても、もうどうでもよかった。私の夫になる人は、こういう人なのだ。
「帰りましょ、家へ」
私は彼と手をつなぐ。音の――調べの様に。
短いですがエピソード完結。
料理は場所柄やはり少し高いですが、音楽を聴くと決してそんな気にはなりません。むしろデートに使って積極的に利用したほうがいいでしょう。少し離れた席でうっとりとした顔で聞いていたスペイン娘さんが幸せそうでありました。
と、いうわけで「和楽器でアニソン」よろしくお願いいたします。




