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吸血姫は新宿で吸い尽くす~帰宅~

「勿論だ――それと、カツのお代わりを一つ、頼みたい」


 見ればもうカツがない。キャベツも綺麗に平らげられている。

 もう彼女は俺を見ていない。空になった器をただじっと見つめている。


「すいませんが、カツを追加で、あとキャベツも別盛りを下さい」


 回転重視の店だ。あまり我々だけの注文で――というのはマナー違反だろう。彼女は一つ、と言ったのだから一つだけだ。もう一度食べたければ入りなおすといいだろう。

 別盛りのキャベツもこの店ではよく出るメニューだ。というか沢山肉を食うならキャベツも必然的に大量に欲しくなるものだ。


「――なあ、これは何だ?」


 彼女は俺に赤い細かい物体の入っている小さな器を持って訊ねる。

 最初から横にちょこんと置かれていたのだが、敢えて説明しなかった代物だ。


「それは細かく刻んだ福神漬けだね。味の変化――箸休め、みたいなもんだけど。俺は一緒に食べるのが好きだよ」


 そういうと俺はそれを一口箸で掬い口に放り込む。

 甘じょっばい味にぷちぷちとした食感。単体じゃあ好きじゃない人間もいるかもしれないが――これはとんかつと飯の間に入れれば――。


 ――ザクリ――プチ――モニュ。


 甘いとんかつと飯の間にさらに甘じょっぱい塩気がアクセントで忍び込む。それは細かく砕かれているからこそ味の邪魔をせず、食感を更に楽しませ、味を引き立たせる。

 それを見せている間に彼女の追加とんかつがやってきた。彼女は俺に倣い、猛然と食べ始めた。


「――!!!」


 彼女の瞳がより赤く――福神漬けのように煌き始める。

 俺はもう大体食べ終えているから今は彼女の様子を眺める余裕がある。彼女はそう――俺の血を求めた時のように、艶めかしく、貪るように、カツを、トン汁を、飯を、そして福神漬けを交互に飲み込んでいく。


「――かはぁ――」


 彼女の鋭い犬歯にべっとりと茶色いソースがこびりついているのが見える。それを彼女の赤い舌が舐めとり、次々と目の前の肉を片付けていく。

 俺も負けじと最後のトン汁と飯をお代わりし、それに続く。

 お互いの熱量が高まっていくのが分かる。そう、肉を食うことは――SEXに近い。

 お互いが貪り、喰らい、飲み下す。肉欲を満たそうと目の前のものにただ集中する。気持ちよくなろうと全力を尽くす。そこに言葉は要らない。ただ、食うのだ。


「――はぁ」


 お互いが同じタイミングで皿を空にし、茶を啜る。


「――ご馳走様」


 彼女の瞳は赤く濡れ、どこかトロンとしたままだった。そのまま俺は彼女の手を引き共に外に出た。

 

「――美味だった」


「お粗末様でした」


「――ああ、でもまだ」


 彼女は赤い瞳を俺に向け怪しく微笑んだ。

 

「――食べ足りぬ」


 俺は一歩、後ろに引く。


「――だが、約束は守らねばな」


「それなら、この後もう一軒のほうにご案内しますよ。ステーキ何ですが、少し並ぶのです。でも今なら待てますよね?」


「ふふ、それは楽しみじゃ――」


「お楽しみのところすみませんがね」


 その時裏路地に聞き覚えのある声が鳴り響いた。


「ドリスコル!?」


 シルクハットのエルフがいつの間にかそこに立っていた。


「何でここに?」


「何でも何も、仕事ですよ、仕事」


「仕事?」


「ええ、理由は分かってらっしゃいますよね?」


 そう言ってドリスコルはエリザに向き合う。


「――別にいいではないか。予定にない同行者ぐらい」


「いやいいわけないので。お帰り下さいませお嬢様。異世界旅行は父上のリカルデント大公だけの契約なんですから」


「え!?」


 まさか、この娘勝手についてきてたの!?


「母上が父のことを心配してたのだ。だから私も」


「はいはい、理由はどうあれ契約違反はまずいんですよ。契約魔術で縛ってあるものなので、そんなことすると困るのはリカルデント大公ですし。今頃きっと――」


 その時何か歌舞伎町の方で光の柱が立ったのが見えた。


「あーだから言わんこっちゃない」


「――大丈夫なのか?」


「ああ、ちょっと爆発するだけですよ?」

「大丈夫じゃないよなそれ!?」


 人死にが出たらまずいだろうに。


「大丈夫ですよ。リカルデント大公だけが消滅したように見えたはずです。そしてそれは――」


 空から何か粉のようなものが降ってきた。これは――灰か?

 その灰はドリスコルの持つガラス瓶に自然と入り集まっていく。


「はい。お父様とご一緒にお帰り下さい」


 その瓶は封をされ娘の手に渡された。


「仕方ないな」


「――というか、元々それが目的でしょう?」


「まあ、そうだが」


 そう言って瓶を懐に忍ばせた彼女は俺に向き直る。


「世話になった。また今度――私だけでお邪魔しよう」


「は、はい」


「次は――」


 彼女は俺の傍に近寄り――。


「もう一度、吸わせてくれ」


 その言葉と共に忽然と闇夜に消えた。


「なあ、さっきのあれ――」


 彼女が消えた後、俺はドリスコルに質問した。


「ああ、彼女の目的ですね。あれはそう、母親の差し金です。『浮気防止』の」


「ああ、やっぱそうか」


 彼女が契約違反を犯せばそれによって父のリカルデント大公は灰になる。そしてそれを持って早めに帰る、そういう算段だったのだろう。


「やっぱり人族のお嫁さんですからね。夫が他の女性を抱くのは嫌でしょう」


「ま、そらそうだよな」


「ところで――先ほど『もう一度吸わせて』と聞こえたのですが。もしかして、血を吸われましたか?」


 今度はドリスコルが俺に質問してきた。


「――なんかまずいのか?」


 前のミリアルの件が頭をよぎる。また何か変な呪いにでも掛けられたらたまらないのだが。


「いえ――まあ、直接は――ない、かなあ?」


「はっきり言え。もう覚悟は大体できてる」


「そういう悟った顔は本当におじい様似ですねえ。安心できます」


 ドリスコル、お前絶対爺さんにも無理難題押し付けて困らせてただろ?


「あのですねえ。吸血鬼の女性はその――というかリカルデント一族だけが特殊なのですが」


「うん」


「体液を取り込むことで、記憶や、能力を受け継げるのですが」


 ああ、確かにそんなことして器用に箸使ってたな。


「それが生む子にも――その要素が残る場合があります」


「う――はあ?」


「つまり、彼女が子をなすときに多少貴方の顔に似るかもしれません」


「――ほ、ほう。でも遺伝的には関係ない――んだろ?」


「まあそれはそうですけど、あの一族は純潔であればあるほど強い子が産まれると信じられているのです。つまり、混じり気を嫌います。仮に別の人と子を成した場合、貴方の顔に似てたりしたらそれはそれで、異世界間問題に発展――いや、まあ、はい」


 俺とドリスコルは無言で見つめ合い、お互いが勝手に合意した。


 ――なかったことにしよう。俺たちが黙っていたら誰も気付かない、と。


いや、待てよ。


 リカルデント大公は俺の顔をその時に――覚えているだろうか?

 かわいい孫の顔が、異世界で一度見た男に似ているなどと――。

 恐ろしい想像をして俺の顔は引きつる。

 

「まあでも、そこまで悪そうな人には見えなかったし、な」


「ああ、一つだけ言っておきますね。あの方ここにいらっしゃるときに大分力を弱めさせて頂きましたが、平時だとその――一万の大軍を全員血祭りに上げ全滅させた『殲血大公』と呼ばれたお方ですのでお気を付けを」


 今日から俺は暫く吸血鬼の出る映画は見ない。そう心に誓った。


2話目これにて。気に入っていただけたらブクマして頂けると更新の励みになります。


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