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新宿ダンジョンその5

 ここは――どこだ?


 男は彷徨っていた。この空間を。鉄の蛇のうねる空間から逃げ出したことを思い出す。その蛇から逃れたと思った先、しかしそこからが問題だった。俺はその場所に囚われてしまった。逃げようと思っても逃げられない。まるで鎖に絡めとられるように、この建物から出られない。


「なぜだ! 俺は……俺はここから出て一刻も早く宝を――」


 そうだ。俺は目的を思い出す。宝を見つけなければならない。『勇者』として、王の命に応えねばならない。他の者は、どうしたのだろう? ふとそう思う。俺以外の皆は何処へ消えたのだろう? 俺は周囲を改めて確認する。


「宝――ああ、宝!」


 なんだ、こんなところにあるじゃないか、大量の『宝』が。


 煌くそれに彼は手を伸ばす。しかし――それは届くことはなかった。


     ◆


「着きましたよ」


「……ここは、どこだ?」


 結構歩いた、と思う。新宿駅西口からここに来るのは実は割とめんどくさい。京王百貨店方面へと歩き、ルミネ1を目指す。途中物産展などが定期的に開催されるイベントスペースを右に、そして献血ルームを左に見ながら直進すると、飯屋などの多い区画に突入する。カフェ、寿司、うどん、カレー、ピザ、様々な店が軒を連ねる。入りたい店もあったが今回はここが目的地ではない。それらの区画を抜けると都営新宿線の改札が見えてくる。さらにルミネ1、そして新宿駅南口に続く登り階段が姿を現す。途中にあるルミネ1地下、ここの中はなかなか良い。お洒落なカフェもあるし、パン屋も品ぞろえがいい。そしてお土産コーナーが便利だ。ケーキの品ぞろえも豊富でたまに買って家に帰ることもある。だが、この中にあるお土産の中では俺は海老せんべいが好きだった。ちょっと割高だが、夜のつまみには最適だ。だが、目的地はここでもない。さらに先、俺は階段を上り切り、新宿駅南口に辿り着いた。それが目の前にあるあの建物――。


「あれが、バスタ新宿、です」


 新宿は大きくわけて3つのエリアがあった。小田急百貨店、京王百貨店、そしてヨドバシカメラ等のある西口エリア。

 伊勢丹、丸井、各種映画館、歌舞伎町などの歓楽街が近い東口エリア。

 そして最後が東急ハンズ、高島屋、そしてこの新しいランドマークとして一気に有名になったバスタ新宿を抱える南口エリアである。


「あれが――そう、なのか?」


「まず間違いないですね」


『――連なる蛇の上に冠する馬の王。その王の元――地の宴集いし場所』


 俺は例の予言の文を思い出す。


「バスタ新宿って言うのはあの建物の上の方に高速バス――、ええと鉄の馬車みたいなもので、いろんな場所、この日本という国の各地に移動させているところがあるんです」


 蛇というのは電車だろう。山手線、中央線、総武線、様々な路線がこの新宿駅に入って来る。その上にバスタ新宿は立ち、その入って来る電車を眺めることが出来る。


「この中にある店、その何処かに居る可能性が高い、と思っています」


 バスタ新宿には高速バス乗り場、新宿駅新南口、そしてもう一つ『NEWoMan』という複合施設が併設されている。恐らくここに、異世界の誰かはいる。


「この施設、駅と直結していて駅の中、そして外にもいろんなお店が入っています。美味しい店も多いです。まあ、場所が場所だけに割高ですが……ちょっとじゃあ駅の中に入りましょうか」


 入場券を買って俺たち二人は駅中に入る。


「うわあ……」


 キヨノさんは目を白黒させ駅構内を眺める。


「びっくりしましたか?」


「……うむ。来る途中も思ったことだが、兎に角人が多い。そして何より、その人を受け入れきるその店の多さと言ったら……本当に、この中から見つかるのか?」


 その心配は当然のものだろう。7Fまであるバスタ新宿、その多数ある店舗の中から目当てを見つけるのは骨が折れるだろう。一軒一軒当たっていっても日が暮れてしまう。


「……何をしているんだ?」


「え、買い物ですが?」


 俺は駅中に入ってすぐ、難解な店名の店に並んだ。


「ここに……いるのか?」


「ああ、ええと……まあその可能性は無きにしも非ず?」


 ぶっちゃけて言おう。多分、ここじゃない。しかし俺は食いたかったのだ、ここの『スコーン』が。


 この店、デュラララ……だかキラメキララだかよくわからん名前のペストリーショップはイングリッシュスコーンで世界的に有名な店である。この店、駅中にあるせいで美味いわりに混んでない――と俺は勝手に思っている。正直俺はあまりスコーンというものが好きではない。イギリスにあまり美味い食い物はない、と思ってもいる。それでもここのスコーン、美味しいのだ。


「はい、これどうぞ」


 そう言って俺は早速購入したアールグレイを彼女に渡す。通常見かけるスコーンより大ぶりで、拳の半分ほどの大きさはあるだろうか。


「そこのコンビニで買ったやつで申し訳ないですけど、はい紅茶も」


「あ、ああ……ありがとう。しかしだな、こんなもの食べている間は……」


「腹ごしらえは、大事ですよ?」


 俺は彼女の肩に右手を置く。


「これから長丁場になるのです。食べねば、やっていけません」


「そ……そうか?」


「そうです! さあ!」


 さらにぶっちゃけよう。たまにしか駅中からの買い物なんてしないのだ。食える時に食うのだ。美味しい物を。


「では、失礼して……」


 俺は一口、スコーンを齧る。

 一口齧るとしっとりとした生地のほんのりとした甘みが口に広がる。俺がこのスコーンを好きなのは、このしっとりさ加減が好きだからだ。パサつきがあるほうが好きという意見も理解はできる。紅茶に合わせた時に粉っぽい方が口の中に広がるからだ。しかし、それは単品で食べた時に俺は美味しくないと思っている。この大ぶりのスコーン、しっとりとした舌ざわり、それに主張し過ぎない甘さ――これがいいのだ。それにこれを合わせれば、立派な茶会の始まりである。


「これもどうぞ」


 俺はついでに購入したこれ――クロテッドクリームを出す。


「味に物足りないと感じたら使ってください」


 これはイギリスの伝統的乳製品である。バターよりは脂肪が少なく、生クリームよりは多い、中間的な存在である。その中途半端とも思えるクリームは、非常にスコーンに合うのだ。


「――うぁ」


 一口それを付けて齧った彼女の口から声が漏れる。

 滑らかなクリームがしっとりした生地に乗り、それがホロリと崩れ、一緒に口に運ばれる。そして若干べとついた口内を紅茶で一気に洗い流す。そこまでが一連の動作、そう、俺も同じようにそれを食べると――。


「はぁぁぁ……甘ぁ……い」


 彼女はうっとりとした瞳で虚空を見つめた。


「でしょう? 単体では足りないものを補い合う――というより高め合うんです。そう、僕らのように」


「――私たちの、ように?」



「そうです。これから協力し合って探すのですから、このスコーンを食べて英気を養いたかったわけです。願掛け、みたいなものですね」


 はい、嘘である。食べたかっただけですごめんなさい。

 しかし彼女は俺の瞳を見つめ、何か決意を新たにしたようだった。


「ああ……必ず、見つけ出そう! このスコーンとやらに誓って!」

この外伝終わらないことには色々進まないことに気付いたので割と集中的にやるかもしれず。私新宿歴30年ちかくありますがこの場所は本当に新しいです。まだまだ開発途上の場所で知らない店も多いですから皆さんも色々探索するととても楽しいでしょう。次あたりでバスタ編は終わりで別エリアに行きます。

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