昭和の匂いは死の香り その4
藤間栄太郎。藤間伸介の祖父であり、彼が民泊を経営している幡ヶ谷の屋敷の元所有者である。彼の公式の死は病死、ということになっているのだが――。
「――懐かしゅう、ぞんじます」
そう言って藤間玲子――彼に育てられた猫はその魂を別の器に移した後も主人の膝に寄り添った。
「一目見て分かったよ――玲子。器を変えたんじゃな」
そう言って男――藤間伸介の身体を乗っ取っている藤間栄太郎は彼女の頭をなでる。
「――あの、どうしてここに? それにこれは、伸介様の……」
「ああ、ちょっと借りておる。――目的は、旅行じゃ。他に理由があるのかね?」
「――嘘、ですね」
すぐに彼女は元主人の嘘を見抜き指摘する。
「はは、やはり君には隠し事は出来ないのう」
「何年付き合ったと思うのですか」
怒った風を装いながらも彼女の唇は僅かに緩む。
「――なに簡単なことじゃよ」
「私にも、お手伝いできるような?」
――ああ、君にしかできないことじゃ。
その日、藤間玲子は藤間家から忽然と姿を消したのだった。
◆
「――起きて、伸介」
「はっ!?」
俺が目覚めると、目の前にはミリアルの顔がある。俺は彼女の膝枕で起きたのだ。
「ミ、ミリアル!? お、俺は……」
「大丈夫、寝ていて? 帰ってきたら先に帰ったはずのレイもいないし、伸介は床に倒れているし……」
「あ、あのな……ちょっと、色々あって……」
「聞かせて」
俺は今日起きた出来事をミリアルに伝える。
訳も分からず霊体に乗っ取られ、その後そいつの望むイメージを持つ店を教え、そこからの記憶がないことを。
「――多分、レイスよね。憑依系のモンスターの中では上位の」
「そうなのか、じゃあそいつに乗っ取られて俺は――」
「でも、変ね」
「変?」
「ええ、今の伸介の魔力なら普通の憑依なら弾けるはず、なのにまるで、同じ水が馴染むようにあっさりと乗っ取られている。そうなると考えられるのは――」
「考えられるのは?」
「レイスではなくもっと上位のモンスター、それこそ最高位のリッチのような。もう一つは『親族』である、か」
「親族!?」
「ええ、親族の霊は『馴染む』のよ。魂の質が、器が共鳴するから。アンデッドが親族を唆し、自分と同じものに変えるなんてよくある話よ」
「――まじかよ。でも、そんな親族、いるのか?」
想像がつかない。俺の親族がレイス――異世界のモンスターに変貌している、なんて。
「――ドリスコルに聞いてみる」
わからないことは人に訊ねるしかない。その道のエキスパートに。俺が電話を掛けようとスマホを手に取ると、何と先に電話が鳴った。相手は――今まさに掛けようと思っていた人物だった。
「ドリスコルか!? なあ、こっちは大変で――」
『申し訳ございません』
いきなり謝罪され、俺は戸惑う。
「何だよ藪から棒に――」
『今日、伸介さんの身体を乗っ取ったのはお祖父様――藤間栄太郎さんです』
「はあ!?」
『そして、藤間玲子さんを連れて、消息を絶ってしまいました』
「ええええええええ!? て、てか何でレイが……そもそも祖父ちゃんがどうしてレイスに?」
『私からしてもイレギュラーな話でして……恐らくなのですが、レイさんの持つ能力を当てにして連れて行った、と思われます。そしてその、栄太郎さんがアンデッドになった経緯なのですが……その、栄太郎氏は異世界側で亡くなったからです。こちらをご旅行中に』
「――え」
『あの方はちょくちょくこちらとそちらを行き来していました。慣れたものでしたが、死の王に偶然出逢ってしまい、私が駆け付けた時にはもう――抜け殻の身体だけが……』
「――なんちゅう……」
思わず祖父の境遇に絶句する。ばあちゃんは俺にじいちゃんの詳細をしゃべったことはない。どういう人物で、どういう風に亡くなったかなんてことも。ただ『あんたは似ている』と言っていたことぐらいだ。そのじいさんが、異世界で亡くなっていたとは……。
「なあ、危険はないのか?」
『――分かりません。こちらからの旅行リストに紛れ込んでそちらに侵入しています。何か相応の目的があってやったことだと思いますが……』
こっちは結果として、ミリアルに手出しはされなかったが、もう一人の大事な同居人を失っている。
「――伸介、これ」
そう言うとミリアルが俺に一通の手紙を渡してきた。
「これは?」
「レイからよ。そこの――冷蔵庫に貼ってあったわ」
そこに書かれている文字は間違いなくレイのそれだった。俺は急いで文字を読む。
――伸介様、ミリアル様、先立つ不孝をお赦し下さい。なお、探さないで下さると助かります。すべてが終わったら帰りますので、お待ちください。
「――なんじゃこりゃ」
まず、文章が色々おかしい。先立つ不孝ってなんだよ、死ぬのか? しかも死んでるのに戻ると言っている。意味が分からない。
「――わからない、けど」
そう言ってミリアルが俺の瞳を見つめる。
「きっと、大丈夫じゃないかしら。ああみえて、レイは約束は守るわ」
ミリアルの目を見つめていると、『そうなんじゃないか』という納得感が湧いてくる。きっと、大丈夫、だと。
「――わかった。信用して待つ、とするか」
「ええ、絶対式には出るって言ったんだから来るわよ。もう、場所も時期も決めたし」
「そうそう――場所も……へっ?」
「二人で見つけたのよ~いい神社よ? 神前式っていうの? あれ、もう即決」
「ちょ、ま、ミリアルさん? それ僕たちの式……何でその、レイと二人で決めちゃうかな~」
「え? だって伸介も絶対気に入ると思ったもの。善は急げ、でしょ? 休みにもう一度見に行きましょ!」
ちょっと待てやこら。俺の一世一代の出来事をすんなりと決めて――。
その文句を言うべき片割れが、今はいない。やるだけやって、とんずらこかれた気分である。
「――くっそ、絶対文句言ってやる」
言ってやる、から。
「早く、戻れよ。レイ」
俺は何処にいるかもわからない大事な存在に声を掛けた。
大震災に見舞われた方、無事に過ごされることを祈っております。私の親族は無事でしたが、今後が大変でしょう。一刻も早く復旧することを願うばかりです。




