母、襲来 その3
元カノとこの店に来た際、似たようなことをこの母はしでかして、当時の彼女の不評を思い切り買った。気に入らない味だったようで、さんざんいびったのだ。いや、基本的にこの店の味はすべて美味い。美味いが――まあ好みはある。
店のメニュー表を俺は見る。
トマトソース・ホワイトソース・玉子クリーム・ガーリック・ジェノヴェーゼ・ミートソース・和風・タラコ、ウニ・明太子、納豆、ソースだけでこれだけの種類がある。さらにスペシャルメニューと項目が分かれ、そこから更に入れる具材で細分化されているのだ。ここから最適解を選べというのも無理がある。元々合わせる気が無かったのではないかと俺は睨んでいる。
「ついでに、レイちゃん?」
母はレイにも声を掛けた。てか、ちゃん呼びしているが母より年上、もしくは同年代だと思うのだが、言っても分かってもらえないだろうから黙っておく。
「レイちゃんも参加しましょ。ついでに全員でシェアすれば4つも味が楽しめるし、ね?」
「レイを参加させる意味あるのか?」
「いやねえ――わかるでしょ?」
あ、こいつミリアルとレイも比べる気だ。俺がミリアルから鞍替えすることはあり得ないが、そんなことはお構いなしなのだろう。本当に、昔から傍若無人だ。この母のチェックが元で俺は歴代彼女と結構別れていたのだ。だから最近はもう俺の方から会おうとはせず、距離を取っていたのだが――。
「いいわ、レイ、やりましょう」
ミリアルさんが燃えてる!?
闘志満々、やる気満々なのは彼女との長いような短いような付き合いでももう分かっている。真っ向から――受けたつ気かよ。
「そう、ならよかったわ~。さ、選びましょ!」
「おい。てかヒントなしかよ?」
「ないわよ? 欲しいの?」
そりゃいるだろう? 何の手がかりもなく、他人の好みなんてわかるわけがないだろう? しかも……。
「ミリアルはこの店も初めてだぞ? それに、知らない食材だって……」
「って、言ってるけど?」
「いりませんわ、お義母さま」
「ミリアルさん!?」
ミリアルは堂々とそう宣言する。
「大丈夫よ。ここにある食材――たいていもう調べたことはあるし、貴方とデートする前に、ね」
「あらやだ、お熱いことね~。それじゃ、注文しましょうか?」
「ええ、ですが、誰が何を、とわかると興ざめでしょう? 紙に書いて、伸介さんが店員さんに渡す、ということでどうでしょうか?」
「アッラララララー、イイ考えねえ。採用!」
スパルタの突撃訓練の掛け声にしか聞こえない台詞で彼女はミリアルの考えを肯定した。店員さんには悪いが、それでいくことになり俺は緊張したまま注文を通す。本当に、大丈夫なのだろうか?
注文して席に戻ると、母とミリアルは表面上、にこやかに会話している。話題は至極どうでもいいことばかりだ。しかし、その水面下では何かこう――煮えたぎるマグマのようなものを感じざるを得ない。
「お待たせいたしました」
白い制服の店員のおばさんが皿を運んでくる。順序は茹であがった順だろう。出来上がり、もっとも美味いものから順に次々とやって来るのだ。まず、やってきたのは――。
「アラ~いい香り~」
スタンダードオブスタンダード、パスタの基本、ペペロンチーノだ。
具材も極力シンプルに、粗みじんのガーリックとオリーブオイルだけの、至極シンプルなパスタだ。
「でも、寂しくないかしらね、このパスタ?」
「シェアするならこれぐらいから始めても大丈夫ですよ、お義母様」
そういうとまるで使ったことのあるかのように、ミリアルは置かれたトングを使って綺麗にそれを4つの小皿に取り分ける。取り分けられた時から、もうふわっとした小麦の香りと、そして香しいオイルの香りが胃を刺激する。俺は思う。ああ――これこそがパスタの王様だと。基本だからこそ、隠し立てが出来ない。本質の問われる味なのだ。
「ま、腹ごなしにはちょうどいいかしらね」
そう言って母はクルッと器用にフォークで麺を巻き取る。
俺達も同じく、それを口に運ぶと――。
ふわ――。
小麦が――口の中でオイルのドレスを纏い、踊る。エキストラバージンオイルを惜しげもなく投入し、それが粗みじんに砕かれたガーリックと合わさり香ばしさの極致へと誘う。
麺が美味い。小麦とはこれほどの旨味を持っているのかと、まざまざと見せつけられる。細麺だが、その味わいはしっかりと、口内に息づいている。香ばしさの三重奏。素晴らしい味わいだった。
ちゅるん――。
一気に食べきり、その味の残り香を歯に挟まったガーリックを舌で取り除きながら堪能する。
「っっっっっっっっ……かぁ~、美味い!」
「はしたない子ねえ。もっとゆっくり食べなさいな」
そう言った母の小皿にはもう麺一本、欠片すら残っていない。他人のことを差し置いていく。これがいつもの母スタイルである。
「ミリアルちゃん、美味しい?」
「ええ、とっても」
とても優雅に、ミリアルは余裕をもってそう答えた。ラーメン喰ってボロ泣きしていたころと比べたらとんでもない成長である。
「お待たせしました!」
食べ終わってすぐに二皿目が運ばれてきた。クリーミーな香りが鼻腔を擽る。この優しい香りは――。
「サーモンのカルボナーラです」
続く店員の言葉が俺の鼻腔に入った匂いから導いた品が正解だと告げる。
「これも美味しそうねえ。ほら、頂きましょ?」
そう言って新しい小分け用の皿を貰おうと手を上げようとしたが――。
「はい、どうぞ」
どこから出したのか、もう新しい皿がミリアルの手元にある。
「アッラ~気が利くわね~」
「いいえ、当然のことですので」
涼しい顔でミリアルは皿をサーブし、これまた準備したと思われる新しいトングでパスタを分けていく。やだ……かっこいい。
はい、と彼女に分けて貰ったパスタからは玉子の濃厚な香りが湯気と共に立ち昇る。
――もぐ。もにゅ……。
一口食べると優しい小麦と玉子の味が混然一体となって舌に絡みつく。そこに、しっかりと割って入るのが、サーモンだ。
味の濃い者同士がどれも譲らず、小麦と玉子の甘み、サーモンの塩気、そしてそのしっかりとした旨味がすべて合わさり味の調和を取る。そして――そのあふれ出る要素を引き締めるのがブラックペッパーだ。下手をしたら散漫になりそうな味わいを見事につないでいる。
ふと見ると、レイが手を止めている俺の手元の皿をジッ……と見つめている。
「……食べたい?」
レイは壊れたフラワーロックのように首を縦に振り続ける。見れば彼女の皿はとっくに空だ。てか、これ頼んだのお前か。
「……後一口食べたらな」
俺は食べかけの皿をさっと彼女に渡す。その様子を見ていた母が……。
「アッラ~! 仲がいいのね~」
今日何回目かのイスラム教の祈りが発動する。
「そんなんじゃねえよ。こいつは……」
単にネコ科よろしく魚が好みなだけだ。しかし母は生暖かい目線を俺とレイに向けてニヤニヤしている。正直うざい。
「ミリアルちゃんも頑張らないと~」
「――何をですか?」
またしても涼しい顔でミリアルは答える。二人の間に青白い火花が走るのが見えた……気がした。
「ほら~とられちゃう~みたいな~」
ふ、っと鼻で笑うような仕草で、ミリアルは母に答える。
「元々、彼は私の物、というわけではありませんよ?」
「あら? 聞き分けのいい子を演じるのかしら?」
「いいえ。元々彼は人望があるのです。だから、都度周りを大事にしているだけです」
不意に持ち上げられてこそばゆい感覚を覚える。いやーそれほどのことでも……。
「単に断れない性格なだけよ。昔から、ええかっこしいなのよこの子」
「それでもですよ。そういうところも、好きなのですから」
青白かった火花は炎となり、もう二人の背後で片や虎に、片や竜へと変化する。俺の腹は膨れているはずなのに胃がキリキリし始めたのだった。
個人的な見解を言うのなら男は女性の喧嘩に口をだすべきではありません。120%ぐらい後悔するでしょう(体験者談)




