藤間伸介の嫁取紀行~いざミリアルの元へ~
俺は気配を絶ちエルフの里を闊歩する。
「うーむ。ザ・ファンタジーって感じ?」
日本でいうなら白川郷が最もイメージに近いと思う。出来ればキャンプででもこれたらなと思うが、高望みというより、今は現実逃避だな。
白川郷と大きく違うのは里の中央に樹齢を数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいの大樹が生えていて、それが太陽の塔のようなシンボルとして全体を見渡しているくらいだ。
俺が入れられていた牢はミリアルの屋敷からは若干離れた川近くの掘っ立て小屋みたいな場所の中にあった。外に出て見ればその豊かな緑と降り注ぐ太陽の光で一瞬目が眩んだ。
「さっさと見つけないとあかんな。えーと、あの大樹を目指せばいいはず……だよな?」
ドリスコルからの情報通りならあの根元近くにミリアルの屋敷があるはずだ。
とりあえず、俺は不可視の領域を解く。魔力を無駄に消費してはいかん。次にやることは――。
「レイはどこに連れていかれたかな……」
同じ牢にはいなかった。と、言うか大人しく捕まったのかよく覚えていない。ごちゃごちゃと押し込まれて捕まった時にレイの姿(というかミリアルに変装していた)があっただろうか?
「――まあ流石に捕まったんだろう。一緒に連れて帰らないとな」
俺は真っすぐ、屋敷を目指す。そろそろ、と言うところで――。
「うわあ……」
随分と沢山のエルフがそこかしこに集結し始めている。ああ、そういや結婚式やるっていってたな、これ、参列者か?
「となると、ああ、だからあんまり大っぴらに捜索しないんだな?」
俺が逃げたという情報はとっくに回っているはずだ。なのに大捜索に動いている様子はない。つまり、カミルの親族もこの近くに来ているため、大立ち回りなど出来ないのだ。
「逆に言えばチャンスか」
よし、とっとと俺のやるべきことをやってしまおう。
俺はもう一度不可視の領域を発動させると、ミリアルの屋敷に忍び込んだ。
まずはミリアルを見つけないといけない。そして――そのうえで。
ミリアルの捕まっている場所は奥の離れだと聞いた。俺はそちらへ向かう。屋敷の中はもうそれは広かった。漆のようなものが塗られた床板も張られていて、金持ち感がある。ここだけ武家屋敷かな? みたいな気持ちになる。
「――さあ、ミリアル様、お支度を」
「――願い下げよ」
お?
奥の間の簾の前まで来た時に、そんな会話と懐かしい声が聞こえてきた。
「そうは言いましても、もうお覚悟をお決めください」
「はぁ、お父様を呼んで。今ならまだ謝れば許してもらえるわよ、相手にも」
「今更破談にしても許して頂けませんよ、もうすでに一回お嬢様の我儘で台無しにしかけたというのに。それをカミル様のとりなしでこの運びになったのですから」
「――じゃあカミルを呼んで。私から話すから」
「それも無理です。カミル様はこちらに戻ってすぐに清めの儀式の為にアレルの泉に連れていかれましたから」
「何よそれ? というかそれ、別に式の途中でもいいやつじゃない。つまり、式が終わるまで誰にも口出しなんてさせないってことでしょう?」
「――お幸せをお祈りしております」
恭しい態度を崩していない従者だが、ミリアルに決定権はないということを言外に滲ませ過ぎている。当人たちのあずかり知らぬところで物事を決めてしまい、もう覆せないという空気をこれでもかとまき散らしている。あー嫌だ嫌だ。
「――消えて、暫く一人になりたいわ」
「では、簾の向こうで控えております」
「もっと遠くへい――……いいわもう。勝手になさい」
ミリアルが引いたのには訳がある、もっと色々愚痴をぶつけてもよかったのだろうが、それはもういらないと気が付いたのだ。なぜなら俺が、簾を不自然に動かして合図を送ったからだ。従者が部屋から出て、俺のいた位置へ。代わりに俺は部屋に入っていく。
俺はゆっくりと、ミリアルの傍に近づいていく。煌く金色の長い髪。陶磁のような白い肌。俺はふわりと、後ろから彼女を抱きしめ、そして不可視の領域を一部を彼女に被せる。具体的にいうと、口と手のあたりだ。これで彼女と会話しても誰かに聞かれたりはしない。
「お迎えに上がりましたよ。レディ?」
「遅いわよ、鈍足の子豚さん」
「ぶひひ」
こうして俺はようやく――恋人の元へたどり着いたのである。
◆
一瞬の甘いひと時とぬくもりを俺は堪能する。
彼女も俺の手に自分の手を重ね、愛おしそうに摩って来る。
「――ねえ、どうするのこれから?」
「逃げる――しかないよな」
彼女は深いため息を吐く。
「仕方ないわね。聞く耳を持たないんじゃ。私だって、その、一応話したのよ、あなたのこと」
「え、そうなの!?」
「そうよ。どうしても結婚が嫌だから、好きな人の元に行きたいって説得したの。そしたら、こうよ」
そう言って彼女は自分の両手と両足を見せる。
「風霊の枷、これがある限り勝手に屋敷から逃げ出せないってわけ。実の娘にもこの仕打ちよ」
「ふざけてるな」
「本当にね。だから逃げるって言ってもそう簡単じゃ……」
そう言うと俺は彼女の枷に手を当てる。そして借りている魔力を込めると――。
「解けたぞ」
「え?」
彼女の魔法による枷は消え失せていた。
「ちょ、す、すごくない? どうしたのこれ?」
「んー出来る男は違うのだよ。修行の成果、とでもいいますか」
単にエリザさんの力を間借りしてるだけ、虎の威を借りる狐――いや、豚である。
「というわけで、もう逃げ出せますね」
「そうね、じゃ、行きましょうか」
「……そうだね。行こうか――」
ここで、俺は彼女に耳打ちした。ドリスコルに、事前に言われていたことを。
彼女は瞳を大きく見開き、逡巡したように、瞳を廻す。しかし、すぐにその瞳には力が宿った。そう――いつでも抗う、彼女の燃えるような瞳に。
「じゃあ、プランAは破棄だな」
何も言わずとも、俺とミリアルは同じ結末を見ていた。さあ、ぶちかましてやろうじゃないの。
◆
「ミリアル様はどこだ!?」「探せ!」「くそっあの人族の男か!?」
屋敷は騒然となっている。ミリアルが忽然と姿を消したからだ。そして、当のミリアルはどこにいったかというと……。
「さて、まずは腹ごしらえだ」
「本当に、変わらないわねこういうところは」
二人は小高い丘の――エルフの里を一望できる場所で、呑気に弁当を広げていた。
「お手製、とはいかんかったけどね。ああ、保存に関しては大丈夫。保存用の異界収納魔法で運んだから、出し入れ自由だし」
「便利ね。で、これは何?」
「レイとカミルの分も買ったんだけどな、まあ二人で食べよう。これは弁当って言って、食べ物を箱詰めして運んで、食べたい場所で食べるためのもの、だよ」
「へえ、初めて見るわね。こっちだと保存食しかないから」
彼女は繁々とそれを興味深そうに眺める。
プラスチックの上蓋が被せられたそれは、はち切れんばかりに膨れ、食ってくれと言わんばかりに自己主張をしている。
「結構おいしい、地元の弁当屋だよ。名前は群馬っていう県の昔の名前を屋号にしてるんだけど――まあ説明してもわからんか」
上州、そう、似たような名前の釣具店が一般には有名だろう。
「真田幸村っていう武将――まあこっちでいう騎士か。そいつが敵の大将の陣深くに切り込んで英雄的なことをしたとか、そういうので有名かな?」
「ふうん――随分と勇ましいのね」
「まあそのぐらい有名に、というかリスペクトしてつけたのかもしれんな。真田十勇士っていうのは幸村に付き従う有能な武将たちだけど、この弁当に入っている料理の数々は――どれをとってもそれぐらい、すごいって感じるし」
この弁当屋は幕の内弁当を頼むと、5種類までの料理を選んで中に入れることが出来る。料理はショーケースに並び、どれも美味そうにこちらを見つめている。正直、何を入れるのか非常に迷う。どれも家庭の味が感じられ、懐かしく、優しい味わいである。そう、一言でいうなら、おふくろの味だ。
「適当にチョイスしたから、好きな奴を選んでくれ。ちなみに全部のり弁にしたからそこは勘弁してくれ」
ご飯は必ずつく。のり、ごま、ふりかけ、から選べるが、俺は海苔一択だと思っている。ちなみにメニューにはハンバーグ弁当とか焼き肉弁当とかもあるが、誰も頼んでいるのを見たことがない。みな、盛り合わせか幕の内で、詰め込む弁当の種類によって値段を変えるだけである。幕の内は5種類も入れてワンコイン程度。滅茶苦茶リーズナブルである。そのためか、買い出しの会社員を昼時に多く見かけるものだ。
「じゃあ私はこれ」
「じゃ、俺はこれにしよう」
二人は弁当を選び、付いていた割りばしを割った。
「では、いただきます」
二人は久しぶりの――そう、本当に久しぶりの同じ食卓についた。その口元は、食べる前から綻んでいた。
幸せご飯タイムは次回へ。
コミケ明けに帰省するので更新は帰宅後です。週半ばぐらいの更新をお待ちください。




