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吸血姫は新宿で吸い尽くす~来訪~

 肉が食いたい。

 ゴロリ、とした肉が。


 じゃじゃ丸、ピッコロ、ゴロリ。三人目のポロリをゴロリと間違えて呼ぶくらいには肉が食いたい。

 それはそうとして異世界民泊業はそれなりに順調だった。

 あのエルフ娘――ミリアルが特殊なだけで他のお客はおとなしいものだった。あのじゃじゃ馬の反省からか俺は手製のおすすめスポットを記したパンフを部屋に常備することにした。これで幡ヶ谷で食べたいものがあった場合何の問題もないだろう。今は幡ヶ谷だけだが、手が空いたら不動通り、笹塚、中野新橋あたりも併記したいが、如何せん今は繁忙期でその余裕がなかった。


 しかし――そう、台風というのは突然発生するものだ、ということを俺は思い知ることになる。それは――。


「ハハハハハハハハ! おいでませ異世界、地球の民よ!」

 

 やたら陽気な漆黒のマントで全身を覆った頬骨の浮いたおっさんが裏口の木戸から現れた。今は夜――というか夜を指定してわざわざやって来てこの風貌、もうあの種族しかおるまい。


「えーと、吸血鬼さんですか?」


「いかにも! 吸血大公リカルデントとは我のことである!」


 まさかの魔族である。今まではエルフ、人族ばかりだったのだ。

 あっちの世界は世界観がどうなっているか詳しく聞いたわけじゃないが、一応魔物は敵対勢力だという話だったような……。


「ああ、安心召されよ。吾輩、最近帝国と和解したゆえ、中立の立場である。ここに訪れたのはその和解の条件に『異世界旅行をしたい』というのを盛り込んだからである! 魔族側にはそういうコネクションがないゆえな」


 なるほど。うちの民泊は宝くじの副賞みたいな扱いなのね。

 でも勝手にそんな国家間の危なそうな話の副賞にされても困るんだが……。


「ま、旅行というてもこれは立派な研修である! 人族ばかりが異世界の文化を取り入れては魔族は今後百年遅れをとってしまうであろう! これはゆゆしき問題である、と考える」


「はぁ」


「と、言うわけで、時間も押しておる! さらばじゃ!」


 そういうが早いか歯磨き粉みたいな名前の吸血鬼は颯爽と中庭から闇夜へと消えていった。


「……ったくどこへいったのやら」


 できればトラブルは避けて欲しいんだが。今のところ異世界民がこっちの人間を害したりしたということはなかった。ただ今回は魔族である。本当に、大丈夫だろうか?


「色街よ」


「へぇ、いろ……」


 突然の返答に俺はびっくりして振り返った。そこには漆黒のゴスロリドレスに身を包み、白い髪に白い顔、青い瞳の少女が立っている。


「あ、あの、どちら様で?」


「娘よ」


「はぁ……娘?」


「そう、娘。エリザベート=リカルデント。父についてきた」


 陶磁のように白い、つるっとした手を俺に差し出し彼女は握手を求めてきたので俺はそれに応じる。


「ど、どうも……」


「これがこちらの挨拶だと聞いた。合ってる?」


「え、ええ……」


 礼儀正しい子だなあと思った瞬間――。


 バキッ メキョ


「え?」


 俺の手が砕け、肩が思い切り上に外れた。


「ぐ……ええええええええええええええええ!?」


 いってええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!??????


 見れば俺の握られた手は最早原型をとどめていない。彼女に握りつぶされ、押し上げられたのか肩が綺麗に脱臼してしまっている。


「なにしやがるううううううう……」


「――すまん。脆いのだな」


 そういうと彼女は俺の首筋に口を当てる――。


「よし、治ったぞ」


「は……」


 見れば綺麗に俺の手は元通りになっている。代わりに俺の首筋には二つの赤い点が増えていた。


「――あの、これ、平気なやつ?」


 吸血鬼に血を吸われて再生能力を得た――その代わりに俺も――みたいな想像をして背筋が凍る。


「ああ、大丈夫だ。一時的な力の付与だからな」


「ほ……」


「だが、明日は日のあるうちは出かけないほうが良い。灰になる」


「全然駄目じゃねえか!?」


 明日は一年を通して会社で一番忙しい日だ。この日の為に皆調整してことに臨むのに休むなどと言ったら後々どんな嫌味を言われるか分かったものではない。


「……はぁ、命には代えられないか」


 諦めた。人間諦めが肝心だ。仏の心を手に入れよう。俺は今からブッダである。イエスと一緒に貧乏オンボロアパート生活に戻ることにする。


「ところで、エリザベートさん……力お強いんですねえ」


「ああ、先の戦で我が最も多くの人間を殺したからな。それで中立を勝ち取ったともいえるが」


 嫌味を効かせてみたつもりが非常に物騒であっさりとした回答が返ってきただけだった。


「それと、エリザでよい。他人行儀であろう?」


「はぁ……それで、エリザさんのお父様はその――色街?」


「ああ、歌舞伎町といったか? 元々好色で鳴らした父だ。異世界の女を抱きたいそうだが、本当に困ったものだな」


「えーと、大丈夫、何ですかねえ?」


 俺にみたいに血を吸ってしまい挙句朝になったら消滅させてしまったら目も当てられないのだが。


「父は母以外の血を吸わん。浮気はしない主義だからな。ちなみに母は人間だ」


 SEXは浮気じゃないの!?


「血を吸うという行為のほうが重いな。最近は勝手に血を吸って眷属を増やしてはならんと魔王と人族の間で数量規定が出来てな。戦争兵器として優秀な我ら一族も規制の波に呑まれ生き残りに必死だ。だから掟が生まれてな。人族ならば好いている異性の血しか自由に吸ってはならない、と」


「なるほどー……って、今俺の血吸ったよね!?」


「そうだな」


「いや、そんな軽くしちゃダメでしょ!?」


 クールそうな見た目だけど、とんだビッチ娘だった!?


「吸わねばお主死んでおったろう?」


「いや、そうですけどね……」


「なに、我も人間の血を啜るのは初めてじゃ。こんな乱暴者に近寄ろうというもの好きもおらんゆえ、な」


 めっちゃ乱暴ですよね!? 初見で出会った男の腕を砕く系女子なんてそりゃこちらからお断りってもんですよ。


「……はぁ、疼くのう」


 見れば彼女の瞳が青から赤に変化している。

 危険な――予感がする。


「あ、あの~」


「ああ……これが、血の味であるか」


 あ。あかんやつだこれ。

 

 彼女の瞳は完全に蛇の――捕食者の色をしていた。堪能するかのように口元についていた俺の血の一滴を赤い舌で怪しく舐めとる。

 初めての吸血行為で完全にスイッチ入れちゃったってやつだ。

 彼女は俺ににじり寄り、俺はネズミのように部屋の隅から隅へと移動して逃れる。しかし、ついに俺は白い壁を背にして追い詰められた。


「吸い――たい」


 煌々と赤い瞳が俺を怪しく見つめる。赤い唇の隙間からチラチラと鋭い犬歯がなまめかしくのぞく。まずい。このままじゃ本当に血の一滴も残らず吸い取られてしまう――。


「あーーあの!」

 

 俺は大声で彼女に言い放つ。


「め、飯食いに行きましょう! 美味しいですよ!?」


「血――」


「血よりも旨い――いや、血も含めて、もう色々たっぷり吸えるものがありますから!」


 そこで漸く彼女の動きが止まる。


「――本当に?」


「ええ、だから、やめましょう、ね?」


「――血よりもおいしくなかったら、吸わせてくれる?」


 彼女の目は完全に座っている。嘘はつけない。


「――分かりました。だから、吸わないで下さい」


「――わかった」


 彼女は僕に伸ばした手を引っ込めた。


「でも、長くは待てない」


 そういうとその手を爪が掌に食い込むくらい強く握りしめた。その掌からは血が――滴り落ちていった。


土日は更新しないので今週はここまで。


ちなみにストックはあと更新一回分ですのでうまく書き溜めたい。

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