エルフ娘、幡ヶ谷で踊る~帰宅~
気が付けば隣にはぐちゃぐちゃになった顔のエルフと空っぽの器があった。しかも別盛りしてあったはずのチャーシューがない。俺が見ていないうちに食ったのか?
俺は足腰が怪しい彼女の肩を抱いて店を出た。少し歩いた場所にある広場に行って彼女をベンチに座らせる。
「お気に召したようで、良かったです」
「う――うん。あ、ありがとう……おいしかったあ……」
素直な、朴訥な返事が返ってきた。なんか田植え後の田舎娘みたいでちょっとかわいい。
「はっ……ううん! いや、あの、まあまあ! いや、美味しかったけど! あの豚小屋は汚いし! お風呂は狭いし!」
急に我に返ったように悪口を並べ立ててくるが説得力は皆無である。
「本当、この辺りは色々美味しい店が多いんですよ。いらっしゃる機会がありましたら、ご案内致しましょうか?」
彼女は夕刻には帰る予定だ。もう少しいろんな店を案内したいが時間的な限界はあるだろう。しかし俺の誘いに彼女は頷くでもなく、ただ俺をじっと睨み返してきた。
「――来れないわよ」
「え?」
「順番待ち――結構いるのよ。私はおじ様に無理言ってねじ込んでもらったの」
「おじ様?」
「会ったでしょう? ドリスコル叔父様」
身内かよ! てかその話しぶりだと面接もしてないな!?
「それに豚小屋なのは変わらないし、もう一回泊まりたいとかあんまり思わないかな」
「――はは」
ちっ、生意気なのは変わらず、か。
「いやあ、お気に召さなかったようで残念です。では、こちらもいらないでしょうね……」
俺は残念そうに肩をすくめ持っていた手提げを隠す仕草をする。
「――なによ、それ」
「いえ、いらなそうなので、やめておこうかと。こちら、お土産のつもりだったのですが……」
「そうね、得体のしれないものを貰っても――」
「昨日のお団子が入っております。みたらし団子というのですが、10本ほど――」
彼女は無言で俺の手の中からそれを奪い取った。あまりの素早さに逆に俺がびっくりした。
「貰ってあげます」
「は? いや、あの――」
「用意されたものを受け取るのは森部の礼儀です。姫たる私がそのような義を欠いては沽券に関わります。仕方ないですが、受け取って差し上げます。ああ、もう本当に仕方ない」
素直じゃねえなあ。まあ、じゃじゃ馬の間抜け顔も見れたからよしとするか。
「――ミリアル」
「え?」
「ミリアル=グラノラ=アリアーテ。グラノラ氏族長が長女の名において、感謝の意を表します。ありがとう」
彼女はそういうと包みの取っ手を両手で持ち顔の前にあげ、顔を赤らめながらそう言った。
彼女が異世界への門である裏口の木戸から帰っていったあと、入れ替わるようにしてドリスコルがやってきた。俺は奴を居間に座らせる。
「いやあ、お疲れさまでした!」
「色々特別請求があるから覚悟しろ?」
俺は彼女が壊した備品やら、お土産代やらの請求書の紙を奴の鼻頭に突き付ける。
「いやあ、お土産は個人的な贈り物でしょう?」
「お前、色々契約違反してるだろうが! 面接通してないだろあの娘」
「あはは~ばれちゃいました?」
「開き直ってんじゃねえ」
「いやあお父様にねじ込まれてしまいましてねえ。あれ、じゃじゃ馬でしょう? お父様も娘馬鹿な方で、本来は別の方が来る予定だったんですが氏族を上げて抗議されちゃうとちょっと……」
この親にして――なパターンか。
「次はもう少しまともなのにしてくれ」
「はい! お手を煩わせてしまい申し訳ございません!」
ドリスコルの笑顔は嘘くさい。謝っている今も表情が一切変わらない。こいつ絶対顔お面だろ。
「まったく、ミリアルみたいなのは一人で十分だわ……」
「え?」
「ん? ミリアルみたいなのは……って何か変なこと言ったか?」
「――いいえ。そうですか、はい」
何だ? 何かちょっとだけドリスコルの顔に思わせぶりな表情が一垣間見えた気がしたが――。
「気になるな、言えよ」
「――はぁ。ええ、まあ、いいですけれども、知らない方がいいこともあるので」
「んだよ、悪いことか?」
「そうでもないんですが――うーん、まあ、いいか」
腕組みをして考え事をするような動作をした後ドリスコルは俺の目を見て少し真剣そうな口ぶりで語りだした。
「エルフの女性というのはですね。高貴な者ほど名を伝えないものなのですよ。名、そのものに言霊が宿る――というような感じで」
「ふうん」
「言霊には力があり、加護があります。藤間様を災いから遠ざけることも叶うでしょう」
何だ、そんな意味合いがあったのか。初対面で名乗らなかったのはちゃんと意味があったのだ。いや、単にあれはあいつの素のような気がするけど。
と、いうことは結構デレてたのかあの娘。ラーメン奢った甲斐があったというものだ。
「ただし――えーと、それが異性だとちょっと――その色々問題もあって、未婚女性が名を伝える行為というのはそれそのものが『お手付き』状態なのです」
「お手付き――っていうと……」
「はい、お婿さん候補、というか、まあそこまでの意味合いではないでしょうけど、あのじゃじゃ馬も単に感謝の意を伝えただけだとは思いますが、そういう言霊の加護が藤間様に乗っている――と思われます」
「つまり?」
嫌な――予感がする。
「他の女性が近付くと、藤間様に災いが降りかかるかも……」
「ざっけんな!」
呪いじゃねえかそれ!
「俺のお土産に対する返礼が呪いとかふざけてんのか! 返せ、俺のみたらし!」
「次、こちらにご案内することがあれば、解いて頂けるように善処致します」
「すぐに呼べ! いますぐ連れ帰せ!」
「いやあ――三か月後くらいまで予約が――」
すまん、ばあちゃん。俺の婚期はまだまだ先のようだ。
ちなみに幡ヶ谷はここ最近民泊ブームか外国人の民泊団が大量に歩いてます。
つまりこの小説は彼らが訳して読むべき代物です(何
幡ヶ谷はまだ紹介したりないので新宿~中野坂上~など一巡したらそのうちその2をやるかも。
次は新宿 食い物は揚げ物です。