エルフ夫妻は腹黒い? ~ 高円寺・にょろにょろなカフェその2 ~
「お待たせしました~」
紐を引いて注文してから暫くして若い女性の店員が注文したケーキと飲み物を運んできた。
「おお、実物は更に美味しそうですねえ」
もう面倒くさくて注文は上から順に頼んだ。出てくるまでに割と時間が掛かったのはオーダーを受けてからケーキを作っているからだ。つまり、作り置きではない、出来立てである。皆、どれを取ったかと言うと……。
「レイは結局、ふわふわシフォンか」
「ふもふもいひいれふ」
レイはもう既にシフォンに手を付けていた。
「ちょいとくれ、俺のかぼちゃ君ちのモンブランわけるから」
「ほうぞ(どうぞ)」
俺は一口分のシフォンケーキを取り分けて貰う。
見た目から、卵の色味を強く感じる。
「あんぐ」
瞬間、卵の味を強く感じる。
シフォンケーキはベーキングパウダーを一切使っていない。卵の力のみで、ふわふわに焼き上げているのだ。しっとり、ふんわり、優しく俺の舌の上でケーキがとろける。ああ、しあわせ……。
「おいひぃ……」
「……え?」
レイがもう俺のかぼちゃ君ちのモンブランに手を付けていた。いや、シェアするとはいったが、まだ俺が食べてない……。
しかし、こういうことで女性に文句を言うのはよくない。シェアすると言ったのだから、あまり細かいことで場を乱すのは得策ではない。俺も早速手を伸ばすことにする。
「あまぁ……」
かぼちゃの優しく濃厚な味わいが口の中に広がり、さらにその中から冷やされた甘い林檎が現れる。それを上品な甘さのクリームが包み込む、素晴らしい三重奏を口内で奏で続ける。
「しあ、わ、せ」
そう、ケーキは幸せの文化だ、と思う。これを食べて喧嘩するような人たちはいない――。
「どうしてそっちを取るの!?」
いた。目の前で、剣呑な雰囲気を醸し出し、喧嘩しているカップルが。
「え? いや、美味しそうじゃないですか?」
ドリスコルが手に取っているのは表面が白いクリームで覆われ、可愛らしい顔が描かれている小さなカップだ。
そしてもう一つ、モンブラン皿はレイラさんの手に握られている。
「どうしてそっちを最初に取るの!?」
「え、いや、食べたいなら交換すれば……」
流石のドリスコルも戸惑っていた。多分、何に怒っているかわからないからだ。
「そうじゃなくて……どうして……最初に……そっちなのよ……」
最後の方は消え入りそうな声だった。俺はしょぼくれているレイラさんの姿を見て、つい先日の自分と、ミリアルのことを思い出した。俺がしてしまった失敗で、落ち込ませて店を飛び出させてしまった一件のことを。
「おい、ドリスコル」
俺は対面に座るドリスコルの首根っこをひっつかみこちら側に寄せた。
「ほえ? 何でしょう?」
「……何か身に覚えは?」
「へ? いや、普通にしてましたよね?」
確かに俺の目から見ても変なところはなかった。だが、女性の地雷はどこに埋まっているかわからないのだ。
俺は考えを巡らす。どうして彼女はモンブランを先にとって欲しかったのだろう?
「――なあ、ドリスコル」
俺は近づきたくもない奴の顔に近づき、囁く。
「まさかとは思うが――」
俺はドリスコルにあることを訊ねた。結果は――。
「馬鹿かお前は」
「ほえ!?」
思わずどやしつけてしまった。
しかし、それが事実だとして――彼女は一つ、勘違いをしている。それを正しつつ、機嫌を直して楽しく食事に戻ってもらおう。
「いやあ、流石ドリスコル、お目が高い」
急に褒められたドリスコルは怪訝そうな顔をして俺のほうを見つめる。
「お前が手に取った『贅沢生チョコ焼き』は俺も大好きなんだわ。見た目も面白いよな。生チョコって書いてあるのに、何でか白いまま出てくるんだから。とりあえずほら」
そう言って俺はドリスコルに食べて見ろと促す。
「はあ……? まあ食べますけど」
そうして白い塊にスプーンを突っ込ませるドリスコルだったが――。
「え?」
白い『生クリーム』を突き抜けた先にある硬い感触に一瞬奴のスプーンが止まる。そして力を入れて持ち上げると、中から焼かれた黒いチョコが顔を出した。
「おお……」
「……え?」
ドリスコルと、その光景を見ていたレイラさんが同時に声を上げた。
「そう、それ生チョコの上にクリームをたっぷり乗っけてデコってあるんだよね。苦みと甘みのある濃厚な味わいのベルギーチョコにその白い生クリームをたっぷり乗せて食うんだ。もう、絶品だぞ?」
俺の勧めを聞いてか聞かずか、奴はもうスプーンを自らの口へと運んでいた。
「うっひゃう!」
あの張り付いたような笑顔のドリスコルが、まるで少年のような顔になっていた。
「レイラも、食べましょうよ。これは美味しい」
一口食べたドリスコルはもうひとさじそれを掬い、彼女の口の前へ差し出す。
「あ、ああ……」
そう言ってレイラさんが赤い唇を動かし、スプーンの上からそれを消し去る。
「――あ」
恍惚の表情でレイラさんは固まる。白い生クリームが彼女の口元に僅かに残る。
「美味しいでしょう?」
俺が訊ねると、二人は同時に頷いた。
「生チョコのしっとりした感触、焼きが入っているからこその固さ、それによって甘みが凝縮されて、それを生クリームが優しく包む。まるで――お二人みたいですね」
その言葉にレイラさんの顔に赤みが射したのを俺は見逃さなかった。
白い生クリームはエルフ、黒いチョコは、ダークエルフに喩えたのだ。
「貴方の素敵な旦那様はちゃんと、貴方を選んでいますよ? こんなピッタリなスイーツを手に取ってるんですから」
俺はレイラさんにそう言うと、彼女は目を丸く見開き、気まずそうにそっぽを向いた。
「あの……話が見えないのですが?」
レイが俺に小声で訊ねてきた。
「……レイラさん、嫉妬してたんだよ」
小声で返す俺に、彼女は首を傾げる。
「レイ、お前のデザインと服装、ドリスコルの二番目の妻とほぼ一緒なんだよ。だからずっと、レイラさんがそれを気にしてたんだ」
「え、そうだったんですか?」
「そういうこと。で、ちょっと黒っぽいものが混じっているモンブランじゃなくて、見た目白いデザートを手に取ったもんだから、拗らせちゃったんだよ」
気づけばどうということもないことだが、彼女にとっては大問題だったろう。しかし、レイの身体作成時に元妻そっくりに作らせたドリスコルも相当無神経である。
「――レイラ、私は貴方を愛してますよ」
「――ダーリン」
ドリスコルはレイラさんの手をしっかりと握りしめた。
「種が違うことで色々不安にさせることも、生活が安定しないことも多々あります。それでも、私は貴方を大事に思い、ずっと一緒に居たいと願っています。この、生チョコのように」
レイラさんの瞳から一筋の雫が零れ落ちる。
「――うん。一緒に、頑張ろう」
エルフとダークエルフ。俺の想像でしかないが、結ばれてはならない二種族の間にはもっと大変なしがらみがあるのだろう。それでも――こうして一緒の食卓を楽しく囲めるこの一瞬を大事にして貰いたい、そう、俺は願った。
寝かしつけからようやく帰還しなんとか書き上げました。ああ、甘い物食べたい。
そろそろ新宿ダンジョンに手を付けなければ……。




