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仁義なきミリアル ~盛り合わせの醍醐味と女の涙~

 白い大きめの皿の上に黄色く、卵を塗って焼かれた黄金焼きのチキン、そして小ぶりな鉢のような皿に盛られた赤いスープに浸かったミートボール、そして付け合わせのサラダとパスタが乗せてある。ライスも横に置かれた。


「はい、牛肉のスタミナ焼きも」


 レイの注文したスタミナ焼きも出てきた。鉄板の上に焼かれた牛肉がじゅわ、と音を立て美味しそうな匂いをこちらに寄こす。こちらは小さめに切られた下味をつけた牛肉が同じくカットされた玉ねぎと共に焼かれ、ソースが既に掛けられた状態で出てくる。付け合わせはニンジンのグラッセと、同じく細麺のパスタだ。

 付け合わせのパスタはどちらも同じくシンプルなもので、メインの邪魔をしない程度に仄かに味をつけた程度の、多少素に近い。しかし、素に近いからこそ仕事をするのだと思う。なぜなら、味を吸うからだ。


「さ、食べましょうか」


 悩むこともあるが、飯が来たら忘れるべきだ。飯を食う時に余計なことを考えると大抵味がぼやける。美味いものを食う時ほど、何も考えずに臨みたい。

 俺はまずチキンの黄金焼きに手を伸ばす。フォークとナイフを使い、食べやすい大きさに切り分ける。

 黄金焼きの表面は程よく焼けており、本当に黄金のようだ。切った断面からは鶏モモ肉の美味しそうな白から脂が僅かに零れる。一口、食べる。


 表面の卵から一瞬感じる、ふに、という食感、そしてそれを噛み切るとそれに包まれた鶏肉の味が口内に広がる。優しい――味だ。


 卵と鶏、二つの相性はいつも最高だ。それはそうだ、同じものを掛け合わせて産まれた調和が不味いわけがない。

 俺はサラダを食べて一瞬口の中をリセットして、すぐに次のミートボールに向かう。

 小皿に盛られたトマトの赤の中に沈む茶色い物体をスプーンで俺は取り出す。

 俺はそれをそのまま一口で頬張る。


 じゅる……もにゅ……もしゃ、ごくん。


 最初にトマトの酸味のある汁気、そして甘み、それに合わさってひき肉の食感と肉そのものの旨味が融合する。ああ、これだ。町場の古くからある洋食店、その味だ。

 決して材料は高くないだろう。それを丁寧に処理し、下味をつけ、じっくりと煮込み、この滋味あふれる味を出すのだ。

 俺は間髪入れずにパスタを掻き込む。

 ミートボールとトマトのスープの味を吸い、パスタはそれと共に喉を滑り落ちる。味が塩コショウだけに近いからこそできる芸当だ。ある意味、これは完成されている。


「どうですか?」


「……美味しいです」


 エリアルさんも頬を綻ばせている。よかった、心配は杞憂だったか?


「どちらも楽しめます。味に変化がありますし……」


「それはよかった。良いですよね、盛り合わせって俺も好きです。何しろ、『二つの味が楽しめる』んですからね!」


「……え、ええ」


「二つの味を楽しめるとか贅沢ですよね! 一つが気に入らなくてももう一つあるし……いや、二つとも美味しくて両方楽しめるんですから最高ですよね!」


 ……あれ? なぜだかわからないが、彼女の顔が見る見るうちにまた曇っていく。何か、俺変なこといっただろうか?


「あの、ご主人様」


「ん? なんだ、レイ?」


「こちらの玉ねぎだけ、食べて頂いても宜しいでしょうか?」


「ああ、悪い。そういえば入ってたな。食べれそうか?」


「はい、肉は柔らかく、とても美味しいです」


 そう言って俺は牛とソースの旨味をたっぷり吸った玉ねぎを自分のごはん皿に乗せる。

しょうゆ色に浸かった玉ねぎは白米を茶色に汚していく。俺は玉ねぎを、周りの汚れた白米と共に一気に口に入れる。


しゃき――じゅわ――もにゅぅ……


食感を残した玉ねぎからじんわりと甘く、僅かにほろ苦い汁が零れその味の濃厚さと相まって白米の旨さが際立つ。俺は玉ねぎの味から元の牛肉の味を想像する。牛肉のスタミナ焼きは決して肉の質が良いわけではない。しかし、柔らかくなるよう下処理され、漬け込まれた肉はしっかりとした味わいを伴い俺の舌を満足させ続けている。


「良いお店ですね、ご主人様」


 肉を一欠け口に入れ咀嚼し終えた彼女はそう言ってほほ笑む。見れば廻りも家族連れや昼時の会社員仲間が楽しそうに会食している。

 そう、地域密着型の洋食店の魅力は、まさにこのアットホーム感だろう。


「……伸介さんは、本当にレイさんと仲がお宜しいのですね」


「え? ああ、まあ、そうですねえ。家族みたいなものですし」


 メイドとして雇っているとはいえ、祖父の代からの付き合いになる。ほとんど家族みたいなものだろう。


「……それなら、そちらの料理を頼めばよかったではございません?」


 明らかにとげのある言い方を彼女はした。ああ、意地汚くレイから玉ねぎを貰って食べたのが少し行儀が悪かったのかもしれない。


「あ、失礼しました。でも、俺、やっぱり『盛り合わせ』も大好きですから」


 改めて俺は彼女に盛り合わせの良さを伝えようと試みる。


「牛肉のスタミナ焼きは確かに美味しいですけど、一つの味じゃ飽きることもあります。そんな時はやっぱり盛り合わせです。美味しいものを二つ並べて『食べ比べる』。お互いの違いを楽しんで味わう、それが最高に美味い――」


「馬鹿になさらないで!」


 店内の時が――一瞬止まった。彼女が、叫んで、そして――泣いていた、からである。

普通に修羅場。ただし伸介とレイに自覚はありません。ああ、可哀そうに。(書いてるの自分だけど)


新宿地下の話を書き溜めてますけどまだ冒頭で本編に辿り着けず。出来れば夏休みに入る前に出したいところです。

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