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仁義なきミリアル ~その女、危険につき~

「――久しぶりね! 豚小屋の……じゃない……えっと、あれ?」


 喜び勇んで異世界の扉から出てきたエルフプリンセスミリアルは、出迎えにいるはずの男ではない誰かを見て固まった。


「――ご到着、お疲れ様です。どうぞ、こちらへ」


「……あの、どなたかしら?」


 黒服ロングスカートのオカッパのスラッとした美人が丁寧に頭を下げる。


「この屋敷の管理を任されております。藤間玲子、と申します。以後、お見知りおきを」


 藤間玲子、という名を聞いてミリアルは戸惑う。同じ苗字であるということは、彼の親戚筋であることは間違いない。


「レイ、とお呼びくださって構いません。何かありましたら、何なりとお申し付け下さい」


「え、ええ……わかったわ」


 今日彼女がここに来た用事は彼――藤間伸介に会うことだったのだが、いきなり目の前に現れたのは全く見知らぬ女性である。


 ――ちゃんと、打ち明けよう。


 彼女は相応の覚悟を持って異界の扉を開いた。

 前回訪れた際、彼女は自らを『エリアル』という偽りの姿で過ごし、伸介と交流を深めた。しかし、彼女は正体を告げる前に帰ることになってしまったのだ。そして彼女の元婚約者のカイルの話によれば、伸介は『エリアル』に懸想しているらしい。

 ミリアルは――伸介が好きである。本人にそう訊ねれば当然――。


「ば、馬鹿な事言ってるんじゃないわ!」


 と答えるだろう。そしてすぐに。


「で、でも、付き合って欲しいって言うなら……考えて上げなくもないわ」


 と、顔を赤らめてそっぽを向いて答える程度にはポンコツなツンデレである。彼女はそう、素直ではないのだ。

 彼女の目的はまず、正体を明かし、次に『伸介から告白して貰う』ことである。


 ――私から告白なんて、そんなこと出来るわけないでしょう? 男から言うのが筋よ、さあ、お言いなさい!


 彼女のやっすいプライドがその思いに拍車を掛け、彼女は暴走気味にここへ来た。脳内お花畑である彼女が思い描くのはは、正体を明かした彼女に彼が涙ながらに告白し、見事ゴールインという白馬の王子様エンドである。

 しかし、現実は甘くない。思い通りに事が運ぶなんて、少女漫画でもありはしない。そう、だってそもそも主人公である藤間伸介は――。


「あの、藤間、その藤間伸介……さんは?」


「あ、ああ『主人』のことでございますか?」


「――」


 主人、その言葉に彼女は自らの足元が瓦解していく感覚を味わう。『え、何? 主人て、何? しかも同じ苗字って、え、もしかして、え? え? まさか、伸介――この女と……』


「主人は気分が優れずお休みになられております。お会いなされたいのでしたら、また日を改めて頂けたらと存じます」


「……そ、そう。残念……だわ」


 彼女は内心、穏やかではない。『え、何? 浮気!? 私のことを想っておきながらこんな――う、結構美人かもしれないけど、結婚、してるの? ふ、ふざけないでよ! ……ああ、もう、どうすれば……』頭の中がごっちゃごちゃになって足元が覚束ない。


「――大丈夫ですか? お身体が優れないようですが」


「だ、大丈夫よ! ……あ、あの、少しだけ、お話いいかしら?」


「……私にですか? ええ、どうぞ」


「伸……いえ、ご主人とはどこで知り合ったのかしら?」


「このお屋敷です」


「へ、へぇ……どう行った経緯で?」


 彼女は少し考えるように俯き、その口を開く。


「……前の主人を亡くし、困っていた私を拾っていただきました」


「そ、そうなの!? ふ、ふうん……」


 ――未亡人なの!? 


 彼女はつい値踏みするように藤間玲子をじろじろと眺めてしまう。


 な、なによ。私は清い体で待ってて上げてるっていうのに、どうして元人妻なのよ!? もしかして……大人の魅力ってやつで篭絡されたとでもいうの? く、悔しい――。


「……あの」


 一人地団駄を踏むミリアルを不思議そうな顔で彼女は見ている。


「ご主人様にお話がおありなのでしょうか?」


「え!? いや、べ、別に……」


「ああ、失礼致しました。興味がありそうな口ぶりでしたので……それならば、ご一緒に自宅にご案内差し上げてもと思いまして」


「え。で、でも体調不良なんでしょう?」


「いえ、精神的なものですから。お知り合いなのでしたら、会話なされるほうが主人も気がまぎれるかもと思いまして。ご迷惑ならお止めしますが」


「行く! あ、いや……行ってもいいかなって……思わなくもないかな~でもそこまで言われたら仕方ないかしら。おほほ……行くわ」


 ミリアルは女の顔になっていた。彼女の頭の中にあった思いはただ一つ。


 ――(私という女がいながら浮気して)ぶん殴ってやる! 


 これだけである。ちなみに、彼とはまだ付き合ってもいないのだが、恋とは盲目である。

 

     ◆


「ううう……えっぐ……ひっぐ……」


 俺は一人、自宅の布団の上で漫画を読みながらずっと泣いていた。話の内容が泣けるから、というのもあるが、それ以上のショックでまともな感情で本が読めてはいなかった。


「帰って来いよ……」


 主人公の父親がライバル関係で袂を分かった相手にそう語り掛けるシーンを声を出して読む。それを受けてライバルは彼と決別を宣言して二人は最後までお互い分かり合えないまま関係を終えてしまう。


「帰ってきてええええ……!」


 俺はもう号泣したまま絶叫した。身体の水分が全部吸われてもいい程度に手元に置いたタオルは自らの涙で濡れている。


「ご主人様、大丈夫ですか!?」


「はえ!?」


 俺の絶叫から数秒のラグで玄関扉が開かれた。ぼやける視界で見えたのは見慣れた黒い服の輪郭――。


「もう大丈夫です。私が戻りましたから……」


 そう言って彼女は俺の元へと駆け寄り、俺の頭を優しく抱きしめる。


「何があったか知りませんが、泣かなくてもよいのです。ああ……」


「……ああ、平気だよ、レイ。……うん、もう大丈夫だから」


 俺は彼女の手を握り返し、そう言う。


「いえ、朝からご主人様は変です。ずっと落ち込み、その内容も話してくれません。これでは、お仕えする身としては辛いのです。出来れば……お話頂けると嬉しい限りです」


「――ああ、うん。そうだね……」


 何から話すべきか――などと考えていたら、物凄い殺気を俺は感じた。新宿で遊んでいた時に何回か経験した、やべえやつだ。しかし、もう『現役』じゃない俺は反応が一瞬遅れた。やばい――られる。


「仲がお宜しいことで」


 その殺気は俺の脳裏に首をエアカッターで刎ねられたようなイメージだけを残し霧散する。そこには怖いほど美しい、笑顔の『エリアルさん』がいた。

今週のチャンピオンの鮫島、最後の十五日。最高に面白かったです(泣

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