ひとりぼっちのラーメン戦争~煮干しそばと濃厚ニボつけ麺~
前回お品書きを適当に書いたので修正してます。
「さて、僕はどちらから?」
「味の薄い方――つってもまあ不味いわけじゃないが、煮干しそばのほうからな」
俺は煮干しそばをラトの方へと渡す。
白い切り立ち丼にバランスよく盛られた細麺、極太メンマ、豚バラチャーシュー、そして乗せられたカイワレ。味玉はトッピングなので煮干しそばには付けなかった。その味わいはつけめんと鶏白湯に譲ったのだ。
この店、元々相模原でやっていた店の二号店としてこの町で営業を始めた。その時は濃厚なスープだったらしいが、こちらのメインのこの煮干しそばはまったく逆で透き通り、香りも穏やかで、落ち着いている。煮干しそばなどというともっと濃ゆいイメージのどろっとしたものを想像されそうだが、こちらは恐らくそういう出汁の取り方ではない。
「まず、一口飲んでみろ」
俺はレンゲでその透明なスープを一口掬い、口に運ぶ。
ラトも遅れて俺に倣う。
「――うん」
透明だが、とても強い煮干しの味が喉を滑り落ちる。見た目からは見えないが、確かにそこに、煮干しがいる。そしてその煮干しの持つエグみは一切ない。ただ煮干しの旨味を優しく抽出したような、ほっとする、ぬくもりと安心感を与えてくれる。
「あま――うまぁ――」
ラトがそう声を上げる。
「はは、表現するならそんな感じだねぇ。塩気はある――でも、甘い、実に、不思議だ」
「よし、次は麺だ」
俺は麺を一掬いし、レンゲにいれたスープと共に口に運ぶ。
ぷちん、ちゅるん。
細麺が俺の口の中でこぎみよく弾け、麺に絡む。この麺がまた――美味い。
啜った時に香る小麦の匂いの立ち方が絶妙だ。噛んだ時の弾ける感触がまたスープと合う。ああ、早く次を――。
しかし俺が二掬い目に行く前に、ラトがしっかりと丼を確保してしまっており、手が出せなくなっていた。
「――そのメンマ、大事に食べろよ。あとチャーシューもな。味わい方が変わるから」
「しってふう(知ってる)」
極太メンマ、そして乗っているカイワレは味に飽きたと思った瞬間口に放り込むのがベストだ、食感が大きく変わり、一瞬にして口の中がリセットされる。さらにチャーシューだ。火に炙られ添えられたそれは、豚バラの脂をさっと閉じ込め、ジンわりとスープに溶け込んでいく。そしてそれを噛めば最初は歯ごたえと香ばしさが、次にトロッとした脂が口の中に溶け出す。そして――。
「と、止まら――な」
無限に、食える。
しかし、すぐにそれは終わりが来た。丼はあっという間に空になっていた。
「ふふ、美味しかった――でも、まだこれぐらいじゃ……」
「次、冷める前にどんどんいくぞ」
「ふ、ふえ!? わ、わかった」
奴の感想など聞いている暇はない。とっとと次のラーメンを食う。俺は腹が減ってるのだ。
「次はつけめんだ。このドロッとした汁に麺をつけて食う」
そう言って俺は先ほどと打って変わって太くなった麺を豪快に箸で掬い、麺に浸す。
そして雑に漬け込んだあと、それを取り出し、一気に啜った。
ずりゅるっ。
「――くぅぅぅう」
これだ。そう、これが煮干しの味だ。
ドロッとしたこのつけ汁にはさきほどのお上品さはどこにもない。力強い、煮干しの味が詰まっている。えもすればしょっぱすぎると感じるその一歩手前で見事にこのつけ汁は踏みとどまっている。つけ汁の中には刻まれた長ネギがいて、その単調になりそうな味わいをところどころで締めてくれる。ずるっの中にザク、とシャキ、が混じる感じだ。
「は、はやくぅ。僕にも……」
「……うっせえな、ほれ」
俺は太麺をぷちんと、噛み切るとつけ汁の器を渡してやる。
「うわあ……凄い。まさに、深淵に続くような、どろっとした、僕の分体みたいな色だねえ」
その表現はやめろ。飯が不味くなるわ。
「それでは一口……」
ずるっ!
「ん、んんッ……」
濃厚なつけ汁がラトの口からはみ出る。
「いやあ……これは、同じ材料を使っているのかい?」
「ああ、煮干しの部分は変わらんな。驚くだろう?」
「……凄いねぇ。全く真逆だ。どうしてこうなるんだろう……」
そう言って興味深そうにラトは箸でつけ汁をかき回す。おい、俺も食うんだからちったあマナー考えろよ。
「おや、これは……」
つけ汁の中から奴は煮卵を見つけたようだ。
「煮卵だ、そういやお前あっちの店ではまだ食ってなかったな」
俺は奴の手から器を取り上げて、煮卵をレンゲで掬いだす。そして箸で綺麗に二つに割った。とたん、半熟だった中身がとろりと一欠けレンゲに流れ落ちる。
「そら、食ってみろ」
俺はそのままそれを奴の口に押し込んだ。
「ほむ、ほむうううううううううう!?」
トロリ、濃厚な汁が奴の口内を今頃流れ落ちているだろう。このタイミングで――。
「ほれ、麺と、汁!」
俺は自箸で一掬いし、軽くつけ汁につけた麺を奴の口に放り込む。
「ほにょふにゃあふにゅううう……!?」
濃厚な甘じょっぱい卵のトロリに、ドロッとした濃厚な煮干しのつけ汁が絡み、さらに麺がそれに混ぜ合わされ――。
「おまけだ!」
俺はトッピングで付けた国産海苔4枚のうちの一枚も奴の口に入れてしまう。
「ほわあああああああああああああああああああああああああああああ~~」
すべての濃さをそのパリッとした海苔は受け止める。そして口内で海苔の風味と煮干しの風味が溶けて融合し、喉を抜けていくのだ。
「あ――はぁあ……」
すべてを飲み下したラトの顔は、今までにないレベルで弛緩していた。
隙をみて、俺は俺の文のつけ麺と海苔と、卵を一緒に食べる。
――かぁ……! うめえ!
「ア……ぁ」
やったか!? と思った瞬間、奴の顔つきが元の飄々としたものに戻る。
「いやあ、美味しいねえ。でも、まだまだ……」
「ふん、じゃあ次を食うか」
俺たちは最後に残った丼、鶏白湯の前に向き直った。
白く濁った色をしたスープの入った切り立ち丼。ここからは一切の煮干し風味がない。これは国産鶏を煮出したものがベースになっている。豚骨ラーメンのようだが、匂いはきつくない。むしろ女性にはこちらのほうが喜ばれる味かもしれない。それだけさっぱりとしていて、なおかつ旨味が濃い。スープの中のトッピングも煮干しそばとは全く違うものが入っている。その一つが、玉ねぎだ。
「まず普通に汁を飲んでくれ」
「ふむ、旨いね。鶏の出汁がよく効いている。でも、このぐらいの旨味なら想定の範囲内だよ?」
「ああ、次にその玉ねぎのみじん切りを一緒に食べて見ろ」
「ふむ? ……ふみょあああああ!?」
「うまかろ?」
鶏の出汁にみじん切りにした玉ねぎのシャクシャク感が合わさり汁が混じる。微妙な玉ねぎの辛味が鶏の出汁を全く殺さずに融合していく。
「それで麺を食え。無限に食えるぞ」
「いわ、れ、なく……ずるっ……ともっ……ずりゅりゅ!」
そう、促す前にもう奴は箸を麺に向けていた。
さて、このラーメンの本領はこれからだ。
鶏白湯、入りきりませんでしたー!
といわけで次回シリーズ完結。




