逆襲しそこねてるミリアル~新宿御苑のビストロ 前菜~
いい加減タイトル普通に間違えてる気がして、つい。
書いててほんまポンコツやでこの娘。
「はぅぅ……」
貝の旨味――それがすべてスープに溶け込んでいる。それが喉を違和感なく滑り落ち、ぬくもりと共に香気を口内に広げる。
そうか、だから、温かいのだ、と彼女は理解する。温かいほうが香りは広がる。だから冷製の野菜スープは口の中で苦みがあってもその風味は抑えられ違和感なく喉を滑り落ちたのだ。
こちらは逆だ。貝の風味と旨味が口の中で広がり、喉の奥へと消える。優しい甘みが口内にいつまでも残り続け、彼女は幸せの笑みを浮かべた。しかし、その幸せは長く続かなかった。
「さあ、前菜を頂きましょうか」
そう言うと伸介は器用にパテを一口サイズに切り分ける。4種類の肉のペーストは少し沈んだピンク色をしてそこに存在感を放っている。小ぶりな見た目とは裏腹に、しっかりとした実力を内包したその色を彼は舌に乗せる。
「ふぅ――」
しっとりてしていて、ねっとりとしていて、苦いようで、しょっぱいようで、旨くて、深い――。
丁寧な仕事だと伸介は改めて感心する。丁寧に処理し、丁寧に混ぜ、丁寧に寝かす。事前に準備された匠の仕事である。
「ふぇ……」
同じように一口、もう一種のテリーヌを食べた彼女もそれは分かった。ねっとりとして風味の強い魚が何かクリーム状のものと合わさり口の中で解け、溶ける。彼女は食材の詳細までは理解できてないが、これがその特性を限界まで引き上げた代物であることはすぐに察した。兎も角、お互いがお互いを生かし切っている。すべての味が、掛け合わされたものなのだと。
「あの、パンを追加で」
そう言って伸介は追加のパンを2つ貰う。そして一つを彼女に差し出した。
「乗せて、食べて下さい」
瞬間、彼女は察する。それが、最も正しく、最も美味しい食べ方である、と。
すぐに彼女はそれを一口大に切り分け、パンに乗せる。そして、震える手で口に運ぶと――。
かり……もにゅぅ……ザクッ――。
初めにパンの固さが、次に柔らかいパテが、最後にまたパンの齧り取られた心地よい音が口で遊んだ。サーモンのねっとりとしたしょぱさをクリーミーなアボカドとチーズがまろやかに包み込みカリッとしたパンと共に口で様々なハーモニーを奏でる。
――美味しすぎる。
いや、厳密にいうなら、素材だけなら昨日の店の方が上だろう。味にそん色はないと思うのだが、彼女はそれ以上にいま何かに深く感銘を受けていた。
「あの、そんなに気に入ったのならこちらも食べますか?」
既に空になった彼女の皿を見て彼は自身の皿に一欠け残ったパテを差し出す。
「え、い、いや……」
「あ、やっぱりもう箸をつけた食事はお嫌ですか。それなら別に……」
「ちょ、頂戴! せ、せっかくだから、試して差し上げます!」
彼女ははしたないと思うよりも食欲が先に出てしまった。それだけ――前菜としての完成度が高かった、とも言える。
彼女が初めて味わう肉パテの味に身悶えしていると、伸介は目を細める。
「よかった。幸せそうで」
「――え?」
「あ、いやすいません。あまりに美味しそうに食べているので、つい」
そう言ってから彼は癖になっているのか再び頭を掻く。
「昔、この店を見つけたのは偶然で――しかも予約してなかったのに偶然空いてて入れたんです」
聞いてもいないことを彼は話し始める。いつもなら世間話など聞き流す彼女だが、伸介の話にはなぜか耳を傾けてしまう。
「その時は僕の大事な人と一緒に中で初めて食べてあまりにもクオリティが高いからびっくりしたんです。すげー、またこようって俺が言って、彼女は頷いて……それで、貴方が同じように美味しそうに笑うから、つい」
――大事な人、という単語が彼女の心を瞬間かき乱した。『彼女』、しかも女だ。どんな関係だったのだろうか? と心がざわついて先ほどまでの幸福の味を忘れてしまう。
「……そ、その方は?」
「え? ああ、一緒に来た?」
「ええ……」
彼は困ったような顔をしてどう言うべきか思案しているようだった。その様子を見てさらに彼女の心はざわつき出す。
「――もう、いませんから」
ぽつり、と彼は寂しそうに呟いた。
もういない。つまりもう、別れた恋人――なのだろうか? それと今の私を重ね合わせて――?
「――失礼ね」
つい、冷たい声がでた。彼女は自分が一番だと信じて疑わない。他人と比べられることなんてついぞ無かったのだ。その自尊心を傷つけられて、不満の声が漏れた。
「私は私です。比べられたり重ね合わされるのは、不快です」
その彼女の言葉に彼はもっと寂しそうな顔をした。もしかしたら、泣くのではないか――一瞬彼女はそう錯覚する。しかし、彼は申し訳なさそうに彼女に素直に頭を下げた。
「すいません。それは――祖母、なんです」
「――え?」
「今年亡くなった、祖母なんです、一緒に来たのは。二人で御苑散策していたらいきなりの雨で入れる店もよくわからなくて迷ってここに辿り着いて――」
淡々と、だが彼の『祖母』という単語には確かな温かみの言霊を彼女は感じ取る。
「その時祖母が言ったんです。『じい様と来たかった』って。『あんたはその時一番大事な人にここを紹介なさい。愛の告白するにしろ恩返しするならここに誘って間違いなかろう』って」
彼女は彼の告白に聞き入っていた。
「あ! べ、別に愛の告白とかではなく、その、昨日お礼という意味ですが……その、はい」
「……わかって、ます」
そう、わかっている。彼女は心の底に芽吹いたそれに気付いてしまった。
――彼は私を、本気でもてなしたかったのね。
自分のように、打ち負かそうとなどしていない。単に自分の中の一番を紹介しようとしただけなのだ、と。それなのに――私は――。
「素敵な、おばあ様、でしたか?」
「はい。とても」
彼の迷いない一言が、今度こそ彼女の心を深く抉った。
「私――」
「お待たせしました」
彼女が何か言い掛けたのとメインが運ばれてきたのは。ほぼ同時だった。
次メイン。書いてたら本気で腹が減ってきた。あとタイトルなんですがちょっと変更しようか悩み中。
異世界民泊グルメ旅 とかのがわかりやすい気がして。どう思いますかね皆さん?
案があったらどうぞお気軽にお書きください。




