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ハーフリングは方南町でシェアする~ラムネと伸介、時々アメ~

「わかるよ」


 理解を示すことがお近づきの第一歩だ。なお、わかる、とは言っているが心の中ですべては同意していない。あくまでも、理解しただけだ。


「だろう!?」


「ああ、よくわかるよ。兄貴、かっこいいじゃん。亡くなって残念だな」


 これは本音である。上がしっかりしていたら下にかかる期待は必然的に薄くなる。好き勝手しやすくなるものだ。亡くならなければこいつもここまで拗れたりしなかったろう。人一人がいなくなる、というのはそういうことだ。ばあちゃんにとっての爺さん、俺にとっての――のように。


「……ああ、でもまだ迷宮のどこかで生きてるかもしれないだろ? 早く一人前になって俺が助けてやらねーとさ。でもうちの馬鹿両親はわかってねーんだよ」


「とはいえ、ご両親も心配なんじゃないか? 長男が行方知れずでお前も、ってなったら気が気じゃないのさ」


「……んなこと考えてねえよ。今回だってアメばかり……」


「まあ確かにアメちゃんはよくできてるな。お前よりも」


「んなっ……!」


 ドン、と机が叩かれる。


「ざっけんな! あいつは何でもかんでも依怙贔屓されて……」


自分がこき下ろしていた妹を急に持ち上げられ喧嘩を売られたような気分になったのだろう。ラムネは瞬間湯沸かし器のごとくすぐに沸騰した。


「もういい! じゃあな!」


「まあ待てよ。別にいいじゃねえかって話だよ。誰が自分より優秀か、なんて」


「あ?」


「まあ座れ、落ちこぼれ同士気が合うだろうと思ったんだが」


「んだよ、落ちこぼれって……」


「落ちこぼれだろ、お前も、俺も」


「――一緒にすんな……っておっさん……やっぱ落ちこぼれてんのか?」


「それこそうるせえ、ってやつだな。ま、俺はもうそういうので怒る気はないが。だって、事実だからな。事実を認めないで幻想に生きても空しいだけだ」


「あんま身の上話するのも好きじゃないが、自慢できることより自虐の方が多い人生だったと思うぞ? 俺はな『あと一歩で賞』の男だからな」


「あと一歩で賞?」


「そう、どうしても肝心なところでサボっていつも足元掬われるんだよ。もうちょっとやってりゃ結果も変わったかもしれないってところでちょっとだけ手を抜いて転落する――大体そんなもんだ」


「よく、わかんねえ」


「例えばそうだな、武術大会みたいなもんがあったとする、万年俺は予選突破のボーダーギリギリ、みたいなところで弾かれてるって思えよ」


「ああ、弱いのか」


「はっきり言うなぁ。ま、その通りだ。でも実力はそこそこで大会上位常連に普通に勝ったりもするわけだ、当たりが悪かったり、むらっけがあったりで結果が出ない、でも運が悪いわけじゃない。それこそ俺の鍛錬不足がそこに出てるわけだ」


 俺は若いころゲーム大会でよくあるシルバーコレクターだった。本当に、一位になれない自分にびっくりするぐらい、勝負弱かったのだ。


「それから俺は物書きになりたくてな、それで賞を獲ったんだが――本当はもう一つ上の賞に推される可能性もあったんだが――取り損ねたらしい」


「らしいってなんだよ」


「人伝だからだよ。俺を推してた先生が審査会を欠席したんだと。でもまあ、これも俺の作品にもっと力があったら他の先生にも認められたってことだろ。力不足だわ」


 ラムネは怪訝そうな表情で俺の話を聞いている。


「んでよ。俺は今までいくつか本を出せたんだが――売れねえんだ」


「つまんねえから?」


「おい、はっきり言いやがって……まあ、つまらねえか面白いかはお前が読んで判断しろよ。俺は自分が書いた物語は嫌いじゃない。いや、そもそも好きだから書いてるんだから、売れなくても辞めねえよ。でもまあ、売れないのはやっぱ実力だ。っていうか実力ってことにしとかねえと、やってけねえ」


「――どういう意味だよ」


「実力で売れてないなら納得できるんだよ。宣伝不足とか流通とか流行りとか――売れない言い訳なんて沢山出来るけど、そっちが真実だったとして、俺はまったく『救われない』」


 ――救われない、を思い切り強調して俺はラムネの顔を真正面から見つめる。


「やるべきことやって、それでも無理ならそれが実力だ。それが現時点の俺だ。他人のせいにしたりなんかしねえよ」


 ――そう思い込めねえと、狂っちまうかもしれない。その言葉だけは俺は呑み込んだ。

 前途ある若者に言うことじゃないし、それこそ、愚痴だ。


「アメはやるべきことをやってる。お前は逃げてる。どっちが上かなんて一目瞭然だ。だからお前は俺と同じだろ。売れなくてこんなところで真昼間の良い時間から暇つぶししてる、俺と」


 正確に言えば単なる有給消化だったのだが、まあその暇を作品創造に当ててないのだから似たようなものだと思う。

ラムネは黙り込んだまま俯いて動かない。

 正直、こいつが今俺の話をどう受け止めたなんてわからない。良い話だったのか、いい大人のくっさい説教だったのか、単なる形を変えた愚痴なのか、それでも俺は俺の言うべきことを伝えたつもりだった。『俺と同じでいいのか?』と。


「――俺は」


 その時だった。俺のスマホから着信音が流れた。俺はズボンの左ポケットからそれを取り出し相手を見ると――。


「もしもし? 何か――」


 俺の表情をラムネが不審そうにのぞき込んでくる。


「――おい、行くぞ」


「っ!? 何だよおっさんいきなり……」


「アメが倒れた。行くぞ」


 電話の主はドリスコルだ。俺のスマホは奴とホットラインが繋がる魔術の――みたいな構造ではない。単にあいつもこっちの世界でスマホを使っているだけである。出先でアメが倒れドリスコルに緊急の知らせが入り迎えに行ったあと、今どうやら屋敷に寝かせているらしい。

 俺とラムネは急いで幡ヶ谷へと戻った。


「あの……ごめん、なさい」


「気にしないで寝ててくれ。チビ達の世話は俺がしておくから」


 おそらくばあちゃん夫婦の寝室だったろう六畳ぐらいの個室にラムネは布団が敷かれ寝かせてあった。俺はポカリやらゼリーやらを買い込み、彼女の枕元に並べておいた。


「食べれるものを食べてくれ。食えないなら食えないでもいい」


「――ごほっ……すみ、ません」


「良いって、謝んなくても、旅にトラブルは付きものだろう?」


 本来はすぐに彼女だけでも帰還させようかと思ったのだが体力のないまま転移門を通すのは危険が伴うらしい。それにまだ修学旅行の日程も残っている。だからこうして彼女はここで休ませることになった。


「でも……私がいないとあの子達は……」


 熱にうなされながらも彼女は責任感からかそう口にする。


「……ま、病人が気にすることじゃない。ゆっくり寝てな」


「でも――」


「大丈夫だって、ガキ共は俺の知り合いがちゃんと案内してっから」


「そう――なのですか?」


「ああ、多分な。ドリスコルも『気づかなくて申し訳ない』って言ってガキ共にお菓子差し入れてたぞ? 大喜びだったわ。だから、安心して――」


 その言葉の途中で彼女は申し訳なさそうに瞳を閉じ――そのまま気絶するように寝入った。きっと緊張の糸が切れたのだろう。俺はそっと部屋を出て灯りを消した。


※※※※


「――あ」


 目覚めるとあたりは暗い。どうやら寝てしまった――らしい。

 のどが渇く。水を――と思い手を伸ばすと。


「ほら、飲めよ」


「え――」


 目の前に異世界の透明な水筒を突き付ける、見知った顔があった。


「ラム――ネ?」


「ほら、飲めって」


「う、うん――」


 そう言われ透明な水筒を受け取るが、開け方がよくわからない。まごついていると――。


「ほらよ、飲めよ」


 ラムネが優しく蓋を廻して開けてくれる。


「あ、ありがとう――」


「ああ、それとな、チビ達はもう飯食って寝てっから、安心しろ」


「え?」


「全部俺がやっておいた。チビ達を公園に案内して遊ばせて、飯も用意して食わせた。――どうよ?」


「え、うん、ありがとう……」


 正直驚いたラムネがお兄ちゃんみたいなことをしてくれるなんていつ以来だろう? と。

 きっとラムネは私が出来なかったことを誇って来るだろう。だから私は素直にそれを感謝して――と思っていた。しかし、ラムネは俯き、頭を掻き出して……。


「……アメ、おめえすげえよ」


「――」


 私を、褒めた。


「……正直言って、全然上手くできなかった。チビ共は勝手に動くし、一回も言うとおりになんてしてくれねえ」


 ラムネは、涙ぐんでいた。


「でも……さ」


 ほら、と言って襖を開けると隣の部屋で皆が雑魚寝していた。


「飯はちゃんと食ってくれたよ。そんで、みんなアメが心配だから近くで寝てえって」


 皆幸せそうな寝顔で寝息を立てている。傍には何か箱のような物が握られているような……。


「ああ、それピザっていう食いもんだよ。それが箱に入ってて、持ち帰れるからそれをこいつらに食わせたんだ。皆、それだけはすげー喜んで食ってくれた」


 ――何の役にも立たなかったのに、これだけはさ。


 そう言ってから大粒の涙がラムネの瞳から零れ落ちた。


「……ごめん」


「ラムネ……いいよ、別に」


「ちげえよ……おまえの分、残ってねえってこと。ピザすげー美味かったから、ガキ共全部食っちまったし」


「……ふふ、どうせ、食べられないよ?」


「でもよ! すげー美味かったんだよ! 食ったらきっと元気になるかもしれねえって!」


 ラムネが私のことを心配してくれている、それだけで十分、幸せだった。


「お、おい! 大丈夫か? どっか苦しいのか?」


 胸を押さえて俯いてしまった私にラムネはずっと声を掛け続ける。私は暫く、顔が上げられなかった。だって、見せられるような顔も、出せる声も、何もなかったのだ。

次でエピソードラストの予定です。今回飯がないつなぎ回なので飯を期待されていたらすいません。

次しっかり描きます。

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