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ハーフリングは方南町でシェアする~ラムネ~

彼は踵を返し坂を駆け上がろうとするが――。


 ぎゅるるるるるるるる。


 ひと際大きな腹の音を聞かれたくもない男に聞かれてしまう。


「なあ、座らないか?」


「はあ? 何言ってんだてめえ」


「いやいや、ちょっと手伝って欲しいだけだよ。頼みすぎちゃってさ」


 そういう彼の手元には木の勺のようなものに盛られた大量の平べったい物体が並べられている。


「……何だそれ?」


「場所柄的には君の世界にもありそうだけどねえ。ピザ、って言うんだ。パン生地――まあ小麦粉から作ったものを引き延ばして具をのせて窯で焼く――そんだけの代物だよ」


「い、いらねえよ!」


「そうか、ならしょうがない」


 そういうと彼は平らな円形から一枚切り離した欠片を手に取り口に運ぶ。口に運ぶ際赤いトマトソース……ラムネにはその正体は分からないが――はだらしなく彼の口元に滴り落ち、汚していく。


「うん、うめえわマルゲリータ」


「マ、マルゲ?」


「トマトソースとチーズとフレッシュバジル、オリーブオイルたっぷりのシンプルなピザだよ。俺は最初に食うのはこれからって決めてるんだ」


 そういうと彼はもう一切れを口にほうばった。


「んで、次はチーズにすっかな」


 今度は彼は真っ白な物体が溶けたようなものが沢山のったピザに手を伸ばす。

 ゴーダ、モッツアレラ、マスカルポーネ、グラナ――各種チーズをちりばめた、まさにチーズ尽くしの逸品だった。


「――うん、いいね」


 白い物体を生地ごと齧り取り、咀嚼してそれだけを言う。

 美味いということはその表情の変化でラムネにはすぐわかった。

 最初に目を細め匂いを楽しみ、次に口に含み瞳を閉じてチーズの種類の違いによる変化を味わい、それを一緒に口内で溶かしきったら一気に咀嚼する。その過程に男の顔は面白いように変化した。眉を顰め怒っているかのように見えたと思ったら次の瞬間には口元をゆがめまるで悪魔のように嗤い、天使に答えるがごとく甘いため息をついた。


「――なあ、食わんの?」


「――は!?」


 見れば彼は自分がだらしなくよだれを垂らしてそれを眺めていたことに気が付く。


「ば――」


「だからさ、余りそうなんだ。『手伝ってくれ、頼むよ』」

 

 男はあくまでも下手にでた。まるで彼の自尊心に気が付いているかのように。


「――仕方ねえな」


 彼はそう言って男の隣に座った。そして一瞬躊躇ったように手をピザの手前で泳がす――が。


「いらねえならもう一枚食べようかな」


「ばッ……食うよ!」


 ついピザを手に取ってしまう。

 そしてそれをバッと口に入れる。


「ふむ――ぅ、ほう、ごれでいいんだろぅ……」


 頬張ったまま口答えをしようとしたラムネは口の中で蕩けるチーズの海を前にあっさり沈没した。そのまま暫く固まり、次の瞬間にはもう次のピザを手に取っている。


「それはツナマヨポテトだな。ツナとコーン、間違いない相性の二つにポテト、オニオンブレンドチーズ、マヨネーズがばっちりと味付けしてる」


 子供舌には旨かろうよ。彼の自尊心を意識してか彼はその言葉は言わなかった。彼も自分が子供舌であると思っている部分があるから、お互い様だとも。

 しっとりしたツナにコーンのプチプチが弾けて混ざり、たっぷりのマヨとポテトがどっしりとした土台になり味を受け止める。だらしなくなりそうな味をアクセントにあるブラックペッパーが最後に引き締める。


「むぐ……んごおおおおおおお!?」


「お、すまん。辛いのは苦手か? やっぱガキにはつらいか」


 伸介は彼にオレンジジュースを差し出し、彼は一気にそれを煽る。


「び、びっくりしただけだ!」


「それはンドゥーヤって言ってな、辛いペースト状のソーセージが乗ってるんだ。辛いが、慣れれば病みつきだ」


 そう言って彼は一枚それを口に放り込む。

 辛味と乗っているチーズが絡み合い、散らしてあるピーマンの苦みがアクセントになりお互いを繋いでいく。見ればラムネもそれにもう一度手を伸ばしている。


「――なんだ、食えるじゃないか」


「あ、当たり前だ! 俺はあいつらの中で一番年上だぞ!」


 この時ラムネの中では舌で革命が起き始めていた。辛味にはびっくりしたが、その刺激が脳髄に初めて届き、痛いとは感じたが、もう一度――それを味わってみたいという気持ちとその後の、辛味が去った後の旨味を欲していた。


「はう――う……ん」


 彼は痛みに耐えながらもその後にくる快楽に身をよじる。


「辛いのを食べた後ならこっちのがいいかもな」


 そう言って彼は自分の持っていたジンジャーエールをラムネに差し出す。

 他人の飲んだものにさして抵抗がないのかラムネはそれを受け取り一気に飲み干す――と。


「!!!!!」


 口の中で泡が弾け、彼は驚くが数舜後にはそれは辛味を押し流し、爽やかな後味を口内に残した。


「な? 洗い流すなら発泡してるほうがいい。大人ならビールがあるけど、お前らはこれだろう」


「お待たせしました~」


 その時背後からもう一枚のピザが運ばれてきた。


「あーのんびりしてたから『デザート用のピザ』が来ちゃったか」


「デザート……用?」


 どう考えてもこのピザという食べ物はメインディッシュではないのか? とラムネは思うが運ばれてきた代物を見て、その甘い香りにその考えが間違っていたことを一瞬で悟った。


「ハチ――蜜?」


「おお、正解だ」


 ゴルゴンゾーラチーズをメインに、ブレンドチーズとクリームソースを加え、それに大量のハチミツを掛けてある――甘い、ピザがそこにあった。

 アオカビを重ね、独特な刺激臭のあるゴルゴンゾーラチーズ。クリーミーでミルクの甘みが残るそれに、ハチミツの甘みが合わさり、癖の強い香りを蕩けるミルク臭とハチミツが包み甘みが口内を優しく滑り落ちていく。それは――。


「――――――う――――はぁ……」


 ラムネをあっさりと天上へと誘った。


※※※※※



「やっぱうまいな。まあ俺は肉っぽいピザの方が好きだけど」


 ――ただ、子供には効くよな。


 虚空を見つめ、惚けるハーフリングを見てそう思う。生意気なガキも食い気には勝てないものだ。目の前の悪ガキ――いや悪ガキだったものは最早ただの成長期の子供である。よく食べ、よく飲み、そして――。


「なあおっさん。俺はな――」


 口も軽くなるってもんだ。

 俺は聞いてもいないこいつの身の上話を聞かされていた。

 やれ兄が死んだ話だの、出来の良い妹がうざったいだの、だ。

 ビールを飲んでいるわけでもない。ジンジャーエールで酔っ払いのようにぐだぐだとくだらない話を続けている。話を続けているうちにこいつに言うべき言葉をいくつか脳内に書き出しては消していく。こういうタイプはアドバイスの言葉を間違えると厄介だ。失敗は出来ない。俺にはこの後ちゃんとアメちゃんの元にこいつを送り届けるという使命があるのだから。彼女に笑顔と安心をお届けし、健やかに過ごしてもらい立派な俺の子を――違う、俺はロリコンではない。

 さて、本番はここからだ。


方南町はあまりなじみがない方もいらっしゃるかなと思いますが普門館が近いので吹奏楽関係の人にはなじみがあったかもしれません。

ともかくピザ編です。ちなみに二軒目も書きます。というわけで続く。


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