~異世界民を俺の行きつけの店に案内するだけの話~
ファミ通文庫で2冊だけ出しているペーペー作家の中野です。
息抜きに異世界からやってきた異種族たちを私の地元の店でグルメ歓待するだけの話を投稿します。
リアルに実在する店をぼかして書いてるので美味そうだと思ったら検索でもして食べに行くといいでしょう。
ばあちゃんが死んだ。
大往生だったのだがその事後処理は大変だった。遺産相続だ。
親戚も多いし、末孫の俺自体は何も期待していなかったのだが、彼女は俺に遺産を残してくれていた。
「って、何じゃこりゃ」
来てびっくり、見てびっくり。東京の一等地にある土地付き邸宅である。しかし……。
「ぼっろ……」
今にも朽ち果てようかという武家屋敷のようなその平屋の建物が俺を迎え入れる。朽ちた門扉から中に入る。玄関までは石畳を歩く。そこそこ広い庭もあり、売り払えばそれなりの値段になるだろう。
「売ろ」
即決である。隣に帯同している禿げ頭の弁護士にそう告げると……。
「駄目です」
にべもない返答。
「いや、売ろうよ。相当な金額になるでしょ?」
「いえ、伸介様がこの物件を相続される条件が『売らないこと』なのです」
「はぁ?」
これだけの土地家屋を遊ばせておいて、売っちゃダメとな?
「売っちゃ駄目とか……大体ばあちゃんはもう亡くなってるし問題ない……」
そこまで言い掛けて、祖母の言葉を思い出した。
――あんたは、亡くなった爺さんによく似てる。
家に入るときの表札には祖母の名前、藤間ふじ子と祖父の名、栄太郎の名があった。
「栄太郎様がご健在だった頃にお二人で住まわれていたそうです。亡くなってからは誰もお住みにならず残されていたようですが……。他の者に任せたらきっとこの建物は無くなるから、あんたに託す、だそうです」
弁護士はそう言うと懐から出した遺言状を俺に手渡した。
「あ~、そういう……はぁ」
ばあちゃんらしいな、とも思う。ばあちゃんと俺は茶飲み友達で、小さな頃からよく縁側で彼女の手製のおはぎを食べながら歓談していた。それは俺が高校を出るまで続き、大学生活とバイトで足が遠のくまで結構な頻度で繰り返された。ばあちゃんは人見知りでぶっきらぼうで、一見すると怖い偏屈婆のようだが中身はシャイだ。人に頼られるとつい支援してしまうようなお人よしでもある。
そんな彼女は当然のように色々たかられた。主に親族に。
祖父は相当な財を成したが、下はすべてそれを食いつぶすだけのごくつぶしばかりだった。祖母が一時期入院した際に彼女の世話を甲斐甲斐しくしていたおばちゃん家族は彼女がマンション購入資金を提供した翌日からぱったりと現れなくなった。孫まで総動員して見舞い、信用させて金をせしめた後は用済みとばかりで、彼女は俺が病室を訪れた時に悔しそうに外を眺めて『彼女、こないわね』とだけ呟いた。他にも似たようなことを彼女は沢山された。それでも彼女はそれを繰り返した。いつか誰か寄り添ってくれると信じて。
「あんた、何もいらんと?」
祖母を見舞った際に俺はそう訊ねられた。
「いらんよ。てか見舞われる人間が貰うもんだろ? ほら、三好屋のプリン、好きだったろ?」
「……食えん言うとるじゃろが病院食以外」
「じゃあ貰う」
「……あんたには、貰ろうてばかりじゃ。ほんまに欲しいものないか?」
「おはぎまた作ってくれや。はよ元気になってな。それより俺になんかして欲しいこと言ってみ。出来る限りやってあげるからさ」
「わしはあんたに家族を作って欲しいわ。孫が見たい。はよう職を安定させて嫁を貰っておくれ」
「……善処します」
俺は売れない小説家兼会社員をしている自分の現状を顧みて情けない気持ちになった。全く売れない小説と中小企業の事務員(しかも男所帯)で嫁が望める環境とは思えない。
「まあええ。役に立つかわからんけど『あれ』はあんたにやる」
「え? 何か言った?」
「……わしが死んだらわかるわ」
「縁起でもねえ」
そのやり取りの数日後、祖母は亡くなった。
彼女から金をせしめた親族は皆葬儀で泣きはらし、俺は無表情のまま彼女を見送った。彼女のことを本当にどれだけの人間が理解していたかはわからない。だから俺は泣けないし、泣かなかった。きっと、そんな思いで逝きたいとは思ってない。俺は青い空に昇る白い煙を眺めながらそう思った。
「……まあいいや。貰っとく。売らなきゃいいわけね」
「はい。それではお手続きに入ります。因みにこれが……」
そう言われて弁護士に渡された資料を見て俺は苦々しい気持ちになった。
「固定資産税たっけえ……」
そりゃこんだけ広い土地だ。高くないわけがない。
「ばあちゃん。やっぱ売っちゃダメ?」
空に向かって呟くが、返事は聞かずともわかっていた。そういう、女性だった。
というわけで続きます。
最初は幡ヶ谷編で、既に完成してます。
多分一週間以内にその分は投稿予定です。
続きをどうするかは仕事の都合次第です。