ポチ、異世界へ行く
ポチのご主人であるアカリさんは、お日様の匂いのする人だった。
まだポチが目もまともに開けない頃、どこかもわからない場所で
何故かもわからないまま独りぼっちで鳴いていたポチを拾い上げてくれた人。
寒さと不安で震えていたポチを抱きしめてくれた時の
あの暖かい匂いとぬくもりは、今でもポチの一番大切な思い出だった。
自分の壊滅的なネーミングセンスのせいでポチが周囲から笑われぬよう
あえてポチと名付けてくれた、不器用で、大雑把で、そしてとても優しい人だった。
そんなアカリさんが、ある日突然いなくなってしまった。
見捨てられたのかもしれない、とはポチは思わなかった。
というよりもむしろ、あのアカリさんの事だから
どこか変な所にふらふら迷い込んだまま帰れなくなった可能性のほうが高かったので
ポチは自分の事よりも、アカリさんへの心配で頭がいっぱいだった。
…結局数日ほど待ってみたがアカリさんは戻らず、ポチはアカリさんを探す事に決めた。
アカリさんが必ず鍵をかけ忘れるベランダの窓を開け、そこから表の道路へと飛び降り
わずかに残ったアカリさんの匂いを辿っていく。
散歩でいつも通る商店街を抜け、両側に見知らぬ家々が立ち並ぶ坂を上り
その頂上にある神社の鳥居をくぐり、境内のすみに佇んでいた黒い扉を開けて…
その扉の先には、ドラゴンがいた。
ほう・・・これはまた珍しい訪問者じゃの
神々が座すと言い伝えられる山々のそのさらに上、
空に浮かぶ巨石の上に、そのドラゴンの住む宮殿がある
見上げる程の巨大な体を横たえたドラゴン
その目の前でちょこんとおすわりをしているポチ
周囲は暗くて良く見えないが、暗がりの中、両脇で仄かに燃える
篝火によって、ぼんやりとその巨体が浮かび上がってくる。
燃えるような赤銅の鱗で覆われた、ポチが100匹並んでも囲めなさそうな巨体
呼吸に合わせてちろちろと口元から漏れ出す炎の光に合わせて
その大きな顔が映し出され、また暗がりへと消えていく
ドラゴンがゆっくりとその顔を降ろし、ポチをじっと見つめる
ポチはアカリさんから教わったご挨拶をする
わふん
うむ、礼儀はわきまえておるようじゃの。
わしはこの天を住処とし、天を統べる全ての龍の王をしておる。
いと小さき者ポチよ、おぬしの訪いを歓迎しよう。
さて、それでおぬしはなにゆえここに来たのじゃ
わん、わんっ!
ほほう、なるほど。いなくなった主人を探して、の
なるほど見上げた忠義じゃ。
うんうんと満足そうに頷くドラゴン。その風圧で吹き飛びそうになるが
ポチはその四つの肉球でぐっと踏ん張って我慢する。
よし、その良き心がけへの手向けとして
わしの加護を授けてやろうではないか
ポチのフカフカした真っ白な全身が、ぼんやりと輝いていく
うむ…これでおぬしには我が力の一部が加護として与えられた
おぬしの門出への、わしからのはなむけじゃよ。
さ、行くがよい。勇敢なるちいさき忠義者よ。
おぬしの望みがかなうよう、わしも願っておるよ。
わふっ
加護とういのがどういうものかはポチには良くわからなかったが、
応援してくれドラゴンへ感謝のご挨拶をし、ポチは駆け出していく。
目の前に現れた光の渦の中へと…