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ショートショート集

古書店の恋【ショートショート】

作者: 忠臣


 素敵な女性に出逢った。


 彼女の姿を視界にとらえた瞬間、呼吸をすることさえ忘れていた。


 少し幼い感じだけれど整った顔立ち。


 オレンジがかった明るめの長い髪が後ろで一つにまとめられていて、きれいな白い肌の女性だった。


 彼女の表情、ちょっとした仕草、行動の一つ一つが僕の心を激しく刺激する。


 僕は一目で恋に落ちた。


 とにかく素敵な女性だった。


 他の男が僕と同じ感情を抱くかはわからないけれど、僕の中では彼女のすべてが、キャッチャーの手をしびれさせるような速球ど真ん中のストライクだった。



 彼女と出逢ったのは、街中にある小綺麗な古書店だった。


 僕は別に目当ての本があったわけでもなく、その店に入ったのはただの偶然だった。


 けれどそこで彼女に出逢った。


 僕はそんなことにも運命のようなものを感じて、勝手に一人で胸を高鳴らせた。


 もちろん彼女はそんな僕の気持ちに気付くはずもなく、自分の身長よりも高い棚を見上げて本を探していた。


 僕は深呼吸を一つし、彼女の横に並ぶかたちで同じように本の棚を見上げた。とは言っても、意識は右隣りに居る彼女に百パーセント向けられている。


 ドキドキした。


 彼女と向き合っているわけでもないし、僕の気持ちが彼女に悟られてしまうわけでもない。


 それどころか彼女の方は僕のことなどまるっきり気にしていない様子で、棚に並ぶ本の背表紙に視線をすべらせている。


 それでも彼女が横にいるだけで胸の辺りがざわざわと騒ぎだし、まるで全力疾走でもした後のように僕の心臓は激しく脈打った。


 口を閉じて軽く鼻から息を吸い込むと、なんとも言えない、いい香りがした。


 勇気を出して右を向けば、彼女のきれいな横顔がすぐそばにあった。


 胸がきゅんとした。


 ため息が出そうなほどかわいかった。


 ずっと眺めていたかった。


 いつ彼女が振り向いて僕の視線に気づいてしまうか、そして、もしそうなったとき、彼女は僕にどんな反応をするのか、怖さと、彼女に自分を意識してもらえるかも知れないという、ほんの少しの期待感で緊張し、無意識に握りしめた拳の中は汗だくになっていた。


 そんな僕の緊張になどまったく気づかずに、彼女は相変わらず棚を見上げている。


 僕は思いきって彼女に話しかけてみようかとも思ったが、勇気が持てなかった。


 平気で女の子に声をかけることができる他の男が羨ましく思えた。できることならその能力を一時的にレンタルさせてもらいたかった。


 許されるのならば、彼女を横でずっと見ていたかったが、流石にそういうわけにもいかない。


 まわりから見れば僕の行動はあきらかに挙動不審だろう。自分でもそう思う。


 僕は冷静になって、嫌だったけれど一旦彼女の側から離れることにした。


 何気ない素振りでその場を移動し、店内をぐるりと一周してまた戻って来ればいい。


 そう思って僕が動きだした瞬間、ふと彼女が僕の方に振り向いた。


 その顔はとても素敵な笑顔を形作っていた。


 僕の心臓がドキッと一回、大きく鳴った。


 今までまったく僕の方を見ようともしなかった彼女が、僕に微笑みかけている。


 この笑顔は何を意味しているのだろう。


 もしかして彼女も僕を気にしてくれていたのだろうか。


 そんな考えが頭を巡ったが、すでに移動を開始していた僕は、そこで急停止するわけにもいかず、彼女の笑顔の残像を頭に焼き付けつつ歩みを進めた。



 彼女から僕の姿が見えなくなる位置まで、僕は振り向かなかった。


 頭の中は驚きと嬉しさで軽くパニック状態になっていたし、何よりも早く店内を一周して彼女の側へ戻りたかった。


 冷静に考えれば、これでは何の為に彼女の側を離れたのか分からないが、その時の僕の頭の中には彼女の笑顔しか映っておらず、冷静な思考をしろという方が無理な話だった。


 ――しかし、僕が店内を回って戻って来ると、そこに彼女の姿は無かった。


 僕は慌てて彼女を探した。


 店の中を何周も回って確認したが、彼女は居なかった。


 きっと僕が離れた少しの間に帰ってしまったのだろう。


 けれど、僕に見せてくれたあの笑顔は何だったのだろうか……。


 普通に考えれば意味などなく、ただ単に機嫌がよかっただけなのかも知れない。


 けれど、僕はどうしてもあの笑顔が頭から離れなかった。


 僕の勝手な希望と想像なのかも知れないが、あの笑顔はまるで、彼女が僕の気持ちに気付き、それを受け入れてくれたような優しい笑顔に思えた。


 なぜそう思ったのかうまく説明はできないが、あえて言うなら心がそう感じたのだ。


 僕は、一瞬でも彼女から離れてしまったことを後悔し、がっくりと肩を落とした。


 そうして、ため息をつきながら力ない足取りで店内を歩き、先ほどまで彼女が立っていた場所まで来ると、一冊の本が開いて落ちていた。


 僕はその本を拾い、開かれていたページの最初の数行に、なんとなく視線を落とした。




『ありがとう。ちょっと恥ずかしかったけれど、気持ち、とっても嬉しかったよ。もし生まれ変わったら、今度は同じ世界に生まれるといいな……』




 その本の表紙を見ると、彼女にそっくりな女の子が描かれていた。









 了



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