4話『小葵さんと私。それとイメチェン』
先ほどの一件の後、私は一度自分の部屋へと戻り、小葵さんに言われた通り、出かける時の私服へと着替えた。鏡を確認しておかしなところがないか見てみる。するとどうだろうか、小葵さんに悪い意味で襲われてしまったせいか髪が見事に乱れてしまっていた。
「はぁ……まったく、小葵さん、冗談きついよ……」
普段、私は髪型にこれと言ったこだわりはなく、ただストレートになるようにしているだけだが、そんな私ですら少し髪型を直した方がいいと思ったくらいにはひどい。
「……直してから行こ」
そして、鏡の前で格闘すること数分、何とか見苦しくはない程度にまで髪型を戻すことができた。一度、立ち上がり、直した髪を少し手で触れておかしくないか確認をする。うん、おかしくないはずだ。
私は、そのまま部屋を出て小葵さんの部屋を再び訪れた
「小葵さん、戻りましたよー」
「あ、瑞穂ちゃんおかえり~。……ほうほう。瑞穂ちゃんは私服でも可愛いね~」
「あんまりジロジロ見ないでください……。っていうか、さっき散々いつもの格好じゃだめとか言ってたのは誰ですか……」
「さ、さぁ……誰だろうね」
「……」
「そんなことは置いといて、さ、座って座って」
「はぁ……」
相変わらず私は小葵さんの醸し出す独特な雰囲気には逆らえない。逆らえないと言うよりは違和感なく受け入れてしまうという方が正しいだろう。ひょっとすると小葵さんは実は妖精か何かの種族の生まれで癒やし(?)の魔力というかオーラというか、とにかくそんなファンタジーにありそうな設定の持ち主であるのではないかと考えたりもした。さすがに本人に言うと、笑われそうなので絶対に口に出したりはしないのだが。
用意された椅子に私が座ると、小葵さんはるんるんとした表情を浮かべながら私の髪の毛を優しく触ってきた。
「……うん。本当に綺麗な髪の毛だよね」
「そこは……ありがとうございます」
「せっかく長めの髪の毛なのにいじったりはしないの?」
「そうですね。冒険しすぎると、変に気合入ってると思われてバカにされたりしませんか?」
「そんなことないよ~。私が高校生の時ですら色々髪型変えてたよ~。今はこれで落ち着いてるけどね」
「へぇ……。その時の写真とかは?」
「何で見せないといけないの! 瑞穂ちゃんのえっち!」
「逆にこっちがそこまで責められる理由がわからないんですけど……って何勝手にポニテにしてくれちゃってるんですか?!」
会話をしている間も、髪の毛を触られている感覚はあったが、夢中になりすぎてどこまでされているのかは気づくことができなかった。そのためか、今、こうして小葵さんの魔の手によってポニーテールにされた私がここにいる。
小葵さんに「鏡で一回見てみなよ」と言われたので、ゆっくりと自分の姿を確認したが、やはり違和感を覚える。これだけで自分が自分じゃないように思えるのに、これ以上の髪の毛に変化に私はついていけるのだろうか。
「……」
「別に私は変じゃないと思うけどな~。ツインテールとかやってみる?」
「や、やりませんよ……」
「ま、やらないと言われても私が触りたいからちょっと変えてみたくなっちゃうんだけどね~」
「あ、も、もう……今日だけですからね……」
どれだけ今いじられても明日には、またストレートに戻るのだから今日くらいはいいだろうと思った私は仕方なく小葵さんの好きにさせてみることにしたのであった。
「ツインテールも似合うじゃん!」
「これ、ちょっとキツくないですか……」
「三つ編みとメガネ! 委員長っぽい!」
「完全に偏見ですよねそれ……メガネどこから用意したんですか」
「おさげも似合うし、これなら楽だから瑞穂ちゃんもやりやすいでしょ?」
「う~ん……それでもやっぱりストレートの方が……」
「サイドテールは似合わないね」
「何で急に辛辣な言い方になるんですか。ちょっと、ヘコみますよそれ」
髪型イメチェン計画が始まってから結構な時間が経った。そもそも帰ってきてからまだ晩ごはんも食べておらず、お風呂にも入っていない。そろそろ、明日の準備もしなければまずい時間帯にはなってきている。
「小葵さん……私そろそろ……時間が」
「あっ! ごめん……夢中になってて」
「いや、いいんですけど……まだゴールデンウィークまでは時間ありますし、また後日なら……」
「そうなの? もしかして、ちょっと楽しかった?」
悔しいがその通りである。自分じゃない自分の様々なパターンをいくつか見ることができただけでもよかったと言うべきなのだろう。いつしか……またいつしかこの経験が役に立つときが来るのかもしれない。
「そう……ですね。楽しかったです。ありがとうございました」
「おしゃれについて相談したかったらいつでも聞いてね~」
「は、はい……またお願いするかもしれません」
とりあえず、小葵さんにお礼をしてから自分の部屋へと戻った。
「……ふぅ、疲れたぁ……」
部屋に戻り、一度ベッドに身を委ねてみた。ボフッという音のあとに程よい心地よさが訪れてきて、油断をすると寝てしまいそうであった。さすがに、それはよろしくないので、立ち上がりお風呂を入れる準備をしようと風呂場へと向かう。
「……」
その行き着くまでの間にはもちろん、鏡がある。
「……ちょ、ちょっとだけ、あとちょっとだけ」
結局、その後、自分で髪の毛をいじりはじめて余計な時間を消費してしまった。