2話『クラスメイトと私。それと約束』
休日が明け、月曜日になった。
私は、登校し、教室にたどり着くと一度深呼吸をしてから席に着いた。そして、神経を全て耳に集中させる。誰かが遊びに行く予定をたてていたらそれに乗っかろうと思ったからである。
「あ、この前言ってたところにする?」
「そうしよ~、あそこだと安いし」
「おい! 見ろよ、あのお店ゴールデンウィーク期間限定のサービスあるってよ」
「それお得じゃん! そっちにしといた方がよさげ」
色々な会話が耳に入ってきているが、なかなか声をかけることはできない。というより、頑張れば声をかけることはできるはずのだが、みんなが行こうとしているのは、遊園地、カラオケ、水族館、エトセトラエトセトラ……。実を言うと、どれもあまり行ったことがない。遊びに行くことになるのはいいが、もし、自分の経験不足から、他の子に迷惑をかけてしまうのではないかと思うと、とても申し訳なくなって声をかけることがなかなかできなかった。
「他に誰か来る人とかいないかな~?」
そんなこんなで迷っていると、とある女の子がそうつぶやいた。どこへ行くのかはわからないが、この機会を逃すわけにはいかない。聞くだけ聞いてみよう。
私は立ち上がって、その女子に近づこうとした。
「おはよ~」
「ん? あ、おはよー。そう言えばあんたってゴールデンウィーク暇?」
「ん、暇だよ~」
……のだが、後から教室にやってきた別の子に会話を持って行かれてしまったようだ。それから後も、何度か同じようなことを繰り返し、やっぱり無理だと感じた私は自分の席へと戻った。落ち着け、私。まだそこまで慌てる必要性はないはずだ。
「磯崎さん?」
「は、はいっ!?」
自分に、言い聞かせている間にいきなり苗字を呼ばれてしまって、思わず変な声を上げてしまう。声のした方を見ると、私のことを呼んでくれていた女の子が立っていた。
「……磯崎さん、ごめんね。いきなりでびっくりしちゃったかな?」
「う、うぅん。全然。何か用?」
「えっとね……」
「うん」
「今日、磯崎さん日直だから学級日誌……先生のところに取りに行かないといけないよ?」
てっきり、向こうの側から遊びに誘ってきてくれたのかと勘違いしてしまった私はとてつもない恥ずかしさに襲われていた。さらには、私が素っ頓狂な声で「え?」と言ってしまったせいで、その女の子と私の間で変な空気ができてしまった。完全に失敗だ。
「はぁ……うまくいかないな……」
小葵さんと指切りで約束したあの時は、根拠もなく絶対にうまくいきそうだと思った。だが、やはり実際のところ、自分から遊びに行こうと誘うのはなかなか勇気がいるみたいだ。正直なところ、私には自分から誘うという行動はとてもハードルが高いようにも思える。こういう時、自分より周りがおかしいのだという考えが少しでも頭によぎった私は、相当ひねくれていると言われても文句は言えないだろう。
「これか」
学級日誌を職員室内にある担任の先生の机の上で見つけた私は、それを手に取り職員室から出た。
職員室から出ると、1人の生徒が私の目の前を通った。
「あれ? 確か、うちのクラスの磯崎瑞穂……さんだよね?」
「うん」
「よかった~。私のことわかる?」
「え、えっと……」
どうしよう。思い出したいが、思い出せない。確か、彼女が新聞部所属で、入学して一週間が経った頃に、色々な生徒にインタビュー的なことをしていたということしか思い出せない。
「確か……新聞部の」
「そう! それだけ覚えていてくれただけでも嬉しいよ~。改めて、私は、一条美咲。よろしくね。せっかく、ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に教室に戻らない?」
「う、うん」
それから2人で、職員室から教室へと戻るまでの間、一緒に歩くことになった。一条さんは私より少し前を歩いていた。歩く度に、綺麗にセットされた栗色のショートカットヘアがふわふわと、柔らかそうな動きをしていた。
「一条さん……私のこと、よくわかったね……。私、一条さんとあんまり喋ったことないし、私自身、クラスでも目立ってるわけでもないのに」
「いやいや、何言ってるの。磯崎さん、クラスでは、美少女として目立ってるよ。特に男子たちからは」
「……」
「でも、だからと言って、女子たちから嫉妬の目で見られているわけでもないよ。むしろ、話してみたいと思っている人がたくさん……私もその1人なんだけどね。今日はまさか職員室の前で会えるとは思ってなかったし、いい機会が巡ってきたよ~」
さすがは、新聞部。と言ったところなのだろうか。気づくと、一条さんのペースに乗せられている。気づけば私も積極的に話を振っていた。
「ところで、何で一条さんは職員室の前を?」
「新聞部の顧問の先生のところに用事があって。結構、うちの新聞部、報告とかでめんどくさ……忙しいんだ~。でもでも、中学校時代から培ってきた私のジャーナリスト魂はなかなか折れないのです。えっへん」
私の前でちょっとだけ威張るポーズを大げさにとって見せる一条さん。私よりも背がかなり低いため、そのポーズには威厳も何も感じないが、一条さんが新聞部の活動をかなり気に入っているというのはよくわかった。
でも、やはり、背が小さいのが相まってとても可愛らしく見えるそのポーズに私はつい、微笑んでしまった。
「……あ、今、失礼なこと考えてたでしょ」
「え? あ、ご、ごめん……」
「冗談に決まってるでしょ――って、言ってるうちにもう教室だね。磯崎さんありがと。また話してくれると嬉しいな」
一条さんが教室の中に先に入ろうとしたのを、私は袖を持って止めていた。言うなら今しかない。そう、強く感じたからだ。
「ど、どうしたの?」
「あの……私、まだ……みんなと慣れてないから、ゴールデンウィークに遊べる人がいなくて……いきなりで、本当に悪いんだけど……一条さんと遊びたい……」
「……」
「……」
沈黙が続いたので耐え切れなくなりそうだった。「これはダメだ。明らかに失敗したもうおしまいせっかく友達ができたと思ったのにまたこうやって自分から雰囲気壊して台無しにして私のバカバカ――」と延々と自分を責める言葉を自分の中でまるで呪文を唱えるかのようにずっと繰り返していた。
「……いーよ!」
「えっ……」
「だから、どっか行こ。まさか、磯崎さんの方から誘ってくれるなんて思ってなかったから感激!」
「……」
「あ、あれ? どうかした?」
「い、いや。約束……できたんだなって……」
「……磯崎さん今すごく顔にやけてるよ。そのまま教室の中入ると多分みんなから変な目で見られるだろうし、私が誤魔化しといてあげるから落ち着くまでトイレでも行ってきたら? それと今度から『美咲』でいいからね。私もその代わり、『瑞穂ちゃん』って呼ばせてもらうから」
「う、うん。そうさせてもらう……」
その場から少し逃げるようにして立ち去った私はトイレに入って、とりあえず、小葵さんに報告せねばとスマホを取り出そうとした……が、入ってなかった。おそらく、カバンの中に入れたままだろう。
「……こんなに早く報告したら小葵さん、びっくりするだろうなぁ……」