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霊感0!  作者: えんぴつ堂
たぶん、よくあること
8/25

たぶん、よくあること ②

 俺は、自分の分のスポーツドリンクを一気に飲み干した。



 ダン!


 

 「ごっそさん!」


 空のペットボトルを、ちゃぶ台に放置し俺は素早く立ち上がる。


 「おい! 何処行くんだよ!?」

 

 「はぁ? 決まってんだろ? 教室で授業を受けるのよぉ~学生の本分ですよぉ?」


 「ちょっとま_____!」


 豚が、腕に触れるより早くその前足は弾かれた。


 「自分のケツくらい自分で拭く…だから俺に構うな!」


 呆然とする豚に背を向け、俺は部屋のドアノブに手をかける。


 「何で…何で、お前はそんなに強いんだ?」


 搾り出すような擦れた声が、俺に問う。


 「両親も離婚して、寮に住めなくなって部活もクビになって三年培った物は全て無くなって…進学すら出来なくなって…周り連中に笑われてもそれでも学校に通って……今度は殺人犯なんて言われて平気なのかよ!?」


 言われたくない事を、こうも具体的に述べられるといっそ清清しい。


 この豚のデリカシーは、見事に駆逐済みのようだ!


 「だったら何だ? コレは俺の問題でお前は関係ないだろ?」


 俺は振り返り、何故か涙目の豚に元気はつらつな笑顔を向けた。


 「アイスノンと飲み物ありがとな」


 俺は、ドアから外に出る。


 「玉城!!」


 ガキッ!


 閉まりかけたドアから豚が顔を覗かせた。


 「俺! たった今らだけど、お前を信じる! 誰が何と言おうがお前は人なんか殺してない!」


 決死の表情で豚が、俺に宣言する。


 ……別にお前に言われなくても、俺は人なんか殺してませんが?


 息巻く豚に一抹の不安を覚える。


 あ…もしかして、なんか面倒な事になった?


 「…大丈夫だ、お前には俺や比嘉もついてる!」


 豚の汗ばんだ額がテラリと光る。


 あ~そーふ~んっと気の無い返事をして、俺はその場を小走りに後にした。



 あははは………微塵もだいじょばねぇよ!


 ヤバイ…メンドイどうしよ…w


 取り合えず、教室へ戻ろうと先を急いでいると、なにやら人の話し声が聞こえ俺は柱の影に身を潜めた。


 別に何もして居ないのだから、隠れる必要は無いのだがこれ以上面倒は困る。


 ソレは、まるで言い争うような…いや、どちらかと言えば泣き喚くようなそんな声だった。


 俺は、隠れていた柱から顔を出す。


 どうやら、この階ではないようだ…もっと下…地下の方かもしれない。


 因みに、豚の部屋のあるこの階は地上から数ええて4階でその悲壮とも取れる声は此処より遥か下から響いていた。


 無視すれば良かった。


 ホント、そう思うよ。


 久しぶりの古巣に戻って、テンションが上がってたのかも知れない。


 止めとけば良いのに、好奇心に負けた俺は階段を降り声のする方を探る。


 昼間なのに薄暗い地下は、いつでも蛍光灯が廊下を照らしているが天井に設置された蛍光灯のうち2本か切れかけパチパチを不規則に点滅する…何だまだ交換しないのかよ…1年は何してんだ?


 「止めてくれ!!!」


 聞き覚えのある男の声に俺は、足を止め階段と廊下を仕切る壁に背中をつく!


 「ひぃひぃぃぃ!! 何で! …動けなくしたはずだ!!!」


 情けない声をあげ、地面に這いつくばる人物はまるで何かに怯えるように無様に後ずさる。


 銀山先生?


 無様に廊下を這うその人は、銀山透かなやまとおる…柔道部の顧問補佐。


 100人はゆうに超える部員数を誇る柔道部において、レギュラーではない俺のような三下の練習を主に担当している。


 まだ、35才と若く加減を知らない振る舞いは正に鬼悪魔…その、しごきたるやもはや人間に施す物ではない。


 「来るな! くるなぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 そんな、銀山先生が今までに見たことも無い情けない表情で泣き喚く。


 一体______。


  ゴリッ!


  何かがめり込んだような鈍い音がして、断末魔の叫びが廊下に広がる!


 「~~~~~おっ~~~~おっおっ~~~~!!!」


 股間を押さえのたうつ男の真っ赤な血が、勢い良く吹き出てあっと言う間に広がる! 


 「やめろぉ…やめて……」


 まるで、亀のようにちじこまっていたはずの足が誰も居ない空間に不自然に突き出される。


 ベキン!


 足が、可笑しな方向に曲がる。 


 悲鳴。


 ソレから、逃れようと這う男の方片方の足も有り得ない方向に曲がる。


 悲鳴。


 すると突然、尻の辺りから血しぶきが上がった。



 ビチャッ!


 階段と廊下を隔てる壁から、顔半分を覗かせる形で見ていた頬に血が跳ねる。


 悲鳴。


 視えない何かに、銀山先生が解体されていく。


 遂に、悲鳴は聞こえなくなった。


 ガッチリとした重量級の肉体が、物言わぬ塊へと姿を変え見開かれた目が絶命寸前に俺を捕らえ白く濁る。


 ペタリ。

  ペタリ。

 ペタリ。


 真っ赤な手形が、灰色のコンクリートの地面についた。


 右左右左…ソレは、肉隗を解体するのに飽きたのか薄暗い廊下の奥へと去っていく。


 「はっ……はっ…はっ……」


 俺は、自分がろくに呼吸していない事に気が付いた。


 酸欠の脳みそが、意識を朦朧とさせる…何がどうなっているのか分からない……分かりたくもない。


 只、事実なのは銀山先生が____目の前で生きたまま解体さ______


 「___っ」


 酸欠でふらつき、ガクンと膝が崩れ____ジャリ。


 あ。


 靴が、地面を摺った。


 ペタペタと立ち去ろうとした赤い手形が、動きを止める。


 俺は、全力で階段を駆け上がったつもりだった!


 が、酸欠の所為なのかパニックを起こしている所為なのか足が上手く階段に掛からない!


 足を踏み外し、もろに額をぶつけまるで赤ん坊のように四つん這いで階段を登る_____ガッシ!


 俺は、動きを止めた。


 左足首に違和感。


 痛いほどにソレは肉に食い込む。



 「嫌だっ…はなせっつ…」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、まるで幼稚園児のように嗚咽を漏らす。



 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ…。


 その『手』は、脹脛・尻・背中の順で俺の体を強く踏む。


 ペタ。


 階段でうつぶせになり身動き出来ない俺の眼前に、明らかに何かが降り立った。


 その瞬間、何処からか香水の匂いが漂う。


 「チガウ」


 耳元で、しゃがれた声がそう呟いた。






 

**************




 「____________そんな戯言を信じろというのか? 君は?」


 相変わらず明るい取調室で、俺の言った事をノートパソコンに打ち込みながら青沼王将あおぬまおうしょう刑事は蛇のような無機質な目で画面越しにこちらを見た。


 「…自分でも言ってておかしいと思います」


 目の前の少年は、血の気の失せた表情で坦々と言葉を発する。


 「じゃあ、正直に話そうか?」


 俺は、聴取用のノートパソコンに表示された使い勝手の悪い一●郎の入力画面を全選択し今までの聴取内容を『Delete』した。


 あんな物は使えない。


 まるで、何処かの屑小説のようだ…全く今時のゆとり世代は虚偽を通す頭も無いらしい。


 「動機は?」


 「俺じゃありません」


 「確かに、君一人であんな事は出来ないだろう…『今回は』君じゃないとして他に『協力者』が居るんだろ?」


 少年は押し黙る。


 今回の遺体の損傷は、凄まじい物だった。


 臍から下をとても鋭利とは言えない物でズタズタに引きちぎられ両足はほぼ原型をと止めず、陰部も同じく無理やり引っ張られるようにもぎ取られていた…それも、生きてる間に。


 只、今回も上半身には目立った外傷は無い。


 目の前の少年は、確かに柔道をやっていたとあって平均より遥かに高い身長に鍛え抜かれた肉体の持ち主ではあるが殺されまいと抵抗する柔道経験豊富な『先生』を刃物などを一切使わず生きたまま『解体』するというのは現実的では無い。


 只、この少年『玉城圭』には少なくとも動機たりえる事情が無い訳ではない…しかし…ソレ如しで人を2人も殺すだろうか?


 が、殺された銀山かなやま真輪士まわしの両名に共通しているのは柔道部の顧問であったという事とつい最近の出来事として家庭事情を抱えた生徒を理不尽に退部させたと言う事実。

 そして、その当事者は目の前に座っており今回の遺体の第一発見者兼第一容疑者だ。


 「どうした? 何か言う事は無いのか?」


 「______っ」


 玉城少年が、何事か口を開こうとした時だった。


 バタンと勢い良く取調室の扉が開く…っち、面倒なヤツが来た。


 「王将さん!! どうして先に始めちゃうんですかぁぁぁぁ!!」


 ビデオカメラに三脚を担いで現れたのは、俺の相棒…とは甚だしい押し付けられたお荷物女_____赤又楓あかまたかえで…キャリアだか何だか知らないが本当に邪魔なヤツだ!


 ちっ!


 コイツに感ずかれる前にさっさと『落として』おきたかたんだがな…。



 「聴取する時は、録画録音! 男女二人でと_______」


 「五月蝿い黙れ!」


 キーキー五月蝿い女め、自分が避けられている事も分からんのか?


 ほら見ろ、被疑者が呆れた顔をしているじゃないか…聴取は舐められないのが鉄則だと言うのに…コレだからお勉強ばかりのキャリアは!


 こんなのが数年後には俺のような所轄を顎で使うと思うと寒気がする!


 赤又は、俺に怒鳴られたのが気に入らないのかぶつくさ文句を言いながらビデオカメラを三脚に取り付ける。


 「今時、ビデオカメラだなんて使うんですね」


 玉城少年が、珍しいそうに三脚のビデオカメラを見る。


 「そぉだよ! デジタルだと安易に改ざん出来るからね!」

 

 赤又は、はきはきと答える。

 

 またコイツは、答えなくても良い事を・・・被疑者と安易に会話するな!馬鹿が!


 「カメラ設置終わりました!」


 赤又が、能天気な声発しながら敬礼してみせる。


 使えないキャリア女と幽霊がどうたらと電波発言を繰り返す被疑者。


 『ウザイ』とは、きっとこう言う時に使うのだろうか?


 「それじゃ…続きと行こうか玉城君?」


 俺はノートパソコンのキーに軽く手を添える。


 「黙秘します」

 「何だと…?」


 出来る限り優しく喋るよう心がけていたのに、つい地声が出てしまう。


 「黙秘します」


 玉城少年は、分かりやすく声を少し大きくしもう一度言った。


 「…いいだろう、さっきの供述が使われても良いわけだな?」


 コレは脅しだ。


 さっきの聴取のデータは、全て削除してしまったが玉城少年からはソレは見えなかっただろう…あんな逃避した発言は精神状態を疑われ自分の首を絞めるだけだからな…俺は星を挙げる為なら例え未成年相手でも手段は選ばない。


 「なんの事です? 聴取は今始まったばかりなんでしょう?」


 そこには、先ほどまでの伏目がちの顔面蒼白少年など居い。


 居るのは、自身に満ち溢れ臆する事無く真っ直ぐ視線を返し薄ら笑みさえ浮かべる別人だ!


 コンコン。


 取調室のドアが叩かれ、赤又が応対する。


 「任意でこれ以上は取り調べ出来ないでしょ?」


 玉城少年は、そう言いながら席を立った。


**************




 「お…王将さん…」


 取調室の扉の方で女刑事が、情けない声をだした。


 「どうした…」


 答えが分かっている筈なのに、青沼刑事は珍しく眉間に皺を寄せながら苛立った声を発した。


 「俺、帰っていいんですよね?」


 笑顔で訊いた俺に女刑事は、しどろもどろになりながら上司の顔を伺う。


 「まだ、聴取は_____」

 「さっき答えたの使っていいですよ」


 俺は、間髪入れず引き止めようとした青沼刑事の出鼻を挫く。


 使えるモンなら使えば良いさ…使えるならね。


 蛇の目が、眼鏡越しに鋭く俺を刺す。


 「良い眼鏡ですね、パソコンの時だけかけているんですか? さぞ良く見えるんでしょうね?」


 唐突な質問に、青沼刑事は眉を顰める。


 「ホント、良い眼鏡ですよ~なにせ俺にも良く見えましたから」 


 青沼刑事の目が僅かに見開く。


 やっと、俺が眼鏡に反射したパソコン画面を見ていた事に気がつたのだろう…そんな事で警察は市民の平和を守れるのだろうか?


 「もう、良いですか?」


 俺が、そう言うと蛇は微かに口元を引き上げた。


 「ああ、良いともお疲れさん…次会う時は玉城君の事もっと良く知りたいなぁ」


 蛇の舌が名残り惜しそうに言葉を紡ぐ。


 

 「ご遠慮したいですね」


 俺は、蛇を一瞥し女刑事の後に続いて取調室を出て重苦しい少年課を突っ切る


 そう言えば、俺の迎えは誰なんだろう?


 この前と違って慌しく連行された為、連絡する暇など無かったんだけど?


 女刑事が無言でドアを開け俺は足早に廊下に出る。


 背後でドアの閉まる音がして、俺はようやく息を吐き視線を上げた。


 「なっ……!」


 ドアのまん前、座り子心地の悪そうなパイプ椅子に座るソレに俺は言葉を失っう。

 

 黒のパンツスーツに黒髪のボブカット、端整な顔立ちに似つかわしくない大きな黒い瞳_____そして、片耳だけのヘッドフォン。


 「圭君」


 俺の姿を捉えたソイツは、心底嬉しそうに顔を上気させ表情をほころばせた。 




 カラン カラン…。


 喫茶店の扉が開くたび、間の抜けた鈴音が静かな空間に響く。


 「圭君、何頼む?」


 2人掛け用のレトロな木目調の丸テーブルを挟んで、向かい合うストーカー女は赤い革張りのメニューと俺をその大きな目で交互に見る。


 「水」


 俺は、無機質に答えた。


 ここは、さっきまでいた県警本部のまん前にひっそりと佇むレトロな喫茶店だ。


 確か、店の名前は…『ノクターン』だったと思う…間違ってなければ…英語2の俺に達筆な筆記体で書かれたメニューや看板は正直勘弁してほしい。


 「遠慮しなくていいのよ? お昼まだでしょ?」


 心配そうに此方を見るストーカー女を俺は、青沼刑事に習って何の感情も載らない瞳で見つめた。


 視線が絡むと、見る見るうちにストーカー女の顔が上気する!


 …何故そこで顔を赤らめる!!

 

 警察署に保護者面で現れたこの女に、半ば強引にこの喫茶店に連れ込まれ今に至る…力ずくで逃げる事は簡単だが警察署から出るには『保護者』がどうしても必要だったし『身内では無い』と騒げば何かと面倒な事になると出口までついて来ることを許したのが間違いだった。


 出口の所で、俺に腕を絡めストーカーは呟く。


 『ついて来ないと大声出すわよ』


 と。


 殺人容疑のかかる大柄な格闘技経験者と気が強そうだが華奢な女性。


 どちらが不利かは、火を見るより明らかだ!


 出口に立つ制服を着た警察官が、美人な女と腕を組む男子高校生に舌打ちをした。


 

 コトン。


 目の前に料理の乗ったプレートが置かれ、俺は回想から引き戻される。


 「あの____頼んで無いですけ…」


 俺は、シンプルな白い陶器のプレートに盛られた料理に言葉を失った。


 ひじきの佃煮・厚焼き玉子・ミートボールのトマト煮込み・卵ふりかけの掛かったおにぎり。


 俺が顔を見上げると、運んで来たと思われる初老のマスターが白髭をにっこり微笑ませ会釈し立ち去った。


 「コレなら食べられるでしょ? 圭君の好物ばかりだもの」


 女は、いつの間にか運ばれた紅茶をすすりながら目を細める。


 胃がギュルリと鳴ったが、コレは空腹の所為ではないのは明らかだった。


 「今日は、私の手作りじゃないけど…ここのマスターは元フランス料理シェフで日本料理に造詣が深いから_____」


 「おい」


 「そうそれに! 今日お婆様は寄り合いで遅くなるしお爺様は老人会の囲碁大会、お母様は同窓会にいらっしゃるし博は新しい仕事の面接が3件は入ってて武さんはお子さん二人と剣君を連れて離婚された奥様とお食事だから…今のうちにお夕食済ませておいたほうが良いと思うわよ…圭君?」


 完全に『無』になった俺を、心配そうに上目使いで見上げるこの_______。


 「この! 腐れストーカーミンタマゲールーがぁぁぁ! 今直ぐ捕まれ! コイツです! お回りさぁぁぁぁぁぁん!」


 キモイ! キモイ! キモイ! キモイ!


 生きた人間の解体ショーの後は、恐怖のストーカーによる個人情報暴露大会か!


 なにコレ?


 厄日なの? 一生分の大殺界が雪崩れ込んできたの?


 恐怖とか、不運を通り越してわらけてくらぁ!


 コトン。


 プレートの隣にティーカッップが置かれる。


 「カモミールティーで御座います…落ち着かれますよ」


 髭の紳士は立ち去る。


 俺は、紳士の入れたカモミールティーを一気に喉に流し込む…何と絶妙な温度! こうなる事を予測して淹れたと思われるソレは口や喉を焼く事無くすっと体に染込んでいく。


 「圭君?」


 俺は、口につけていたカップをゆっくりとテーブルに置き目の前のストーカを見る。


 「俺の家族を監視するなんて良い度胸してるな…ミンタマゲールー?」


 「愛する圭君のピンチだもの…なぁんだってするわよん?」

 

 ストーカーミンタマ姉さんは、顔を赤らめながら照れくさそうにもじもじする。


 「褒めてねぇ…! 今直ぐこの場でアンタをメッタ刺しにしてやりてぇよ変態クソ女!」


 「圭君になら、脳ミソぐちゃぐちゃにされても良い…」


 ミンタマ姉さんは、恍惚とした表情を浮べ目にはうっすら涙を浮かべる。


 何故だ? 同じ日本語を操っている筈なのに全く意思疎通が出来ない…。


 今の俺の発言の何処に、そんな表情を浮かべる要素があったというんだ!?



 …あ、なんかもう良いや…腹が減った…頭が上手く回らない。


 俺は、プレートに盛られた好物を箸で突き刺し口に運ぶ。


 「…美味い」


 自分でも驚く速さで一気に完食してしまった…どうやら俺は相当空腹だったらしい…。


 「ふふふ…」


 そんな俺を、うっとりとした目で見るストーカー女…さてどうしたもんか?


 二杯目のカモミールティーをカップに注ぐコポコポという音が、俺たち以外に客の居ない喫茶店を包み込む。


 「じゃ、俺は_____」


 「無駄よ」


 席を立とうとした俺を、大きな瞳がぎょろり捕える。



 「この手の事で警察なんて当てにならない、一人で何とかしようったって無駄」


 真っ赤な口紅の塗られた唇が微笑しながら、絶望を付きつける。

 

 「…例え事実を突き止めても誰もそれを信じない、圭君が一人ぼっちなのは変わらないわ」


 「…は? 俺が『一人ぼっち』……?」


 テーブルに置かれた俺の左手を、ミンタマ姉さんの柔らかい二つの掌が優しく包み込む。


 「圭君はいつも孤独。 なんでもそつなくこなすし、いつも明るく見えるけど誰にも心なんて開かない。 家族ですら、圭君の本質なんて気づいてない…でも、もう私がいるから大丈夫! だから、もっと_________」


 「言いたいことはそれだけか?」


  グサッ!


 ミンタマ姉さんの大きな瞳が、更に大きく見開かれた!


 俺の顔を捕えていた視線が、下にずれ箸の深々と突き刺さった自分の両手に注がれる。


 「あ…あ…?」


 事態を理解し、震えだした掌。


 俺は、容赦なく箸を回転させた。


 グチャリと嫌な音がして、溢れ出した血が血の池を広げる。


 「何様のつもりだ? お前に俺の何が分かるって?」


 箸が回転するたび、ぐちゃぐちゃと肉が歪にうね遂には血がテーブルから床に落ちた。


 「答えろよ」


 激痛の為か、視線をテーブルに伏せ声を押し殺し体を震わせる女。


 その掌に更に深く箸を突きたてる!



 「……!!!」


 カラン カラン カラン


 喫茶店の扉が開き、男女5人ずれの客が楽しげに会話しながら入ってきた。


 ぬぷっ。


 俺は、箸を乱暴に引く抜く。


 そして、血の付いた手で財布から千円と取り出し血だまりに放り投げ喫茶店を後にした。



**************




 マスターが、血にまみれたテーブルを手早く拭く。


 「どうぞ、お使い下さい」


 この大量の血にも臆する事無く、ゆったりと落ち着いた口調でマスターは私にハンドタオルを手渡した。


 「ありがとう」


 マスターは、コーヒーの注文が入り足早にその場を立ち去っていった。


 私が、真っ白なタオルを掌を合わせるように握るとじわじわと赤く染まり始める。


 「うふふふふふふふ…」


 堪えていたのに、遂に顔がにやけてしまう。


 私を突き刺した時の、圭君の冷酷な氷のような瞳を思い出すたび背筋に甘い痺れを覚える…。 


 圭君 圭君 圭君 圭君 圭君 圭君 圭君 圭君 圭君 圭君_______。



 嗚呼…あの瞳に見つめられるなら内臓だって捧げられるのに…。


 ふと、視線を落とすと血を綺麗にふき取られた筈のテーブルに一滴の赤…良く見ればソレは小さな窪みに血が残った物だと分かる。


 私はそっと人差し指で血をすくう。


 丁度、その窪みのあたりで私は圭君に箸で手を刺された。


 力任せに突き立てられたソレは、両手の掌を貫通しテーブルまで達した…その時、私の掌の真下にあったのは愛しい人の冷たい手。

 


 「うふふふふ…圭君ったら自分も痛かったでしょうね…」



 冷酷で残忍で鬼畜な私の愛しい王子様。


 たとえ、この世界がアナタを必要としなくても私が必要としてあげる。


 だから、泣かないで。


 指先に乗った赤い滴にそっと口付けると、血なまぐさい鉄の味が舌をくすぐる 


 「うふふふ…」


 私は、圭君の分のカモミールティーを一口飲む。


 すっかりぬるくなっていたにも関らず、香り良い…今度はもっとゆっくりお茶出来たらいいんだけど…。


 私は、席を立ち激痛で覚束ない手元でマスターにお金を支払い外に出た。


 やっぱりだけど、圭君の姿は何処にも無い。


 愛しい圭君の為、今は出来る事は何でもしよう…そんな事を考えながら私は圭君と全く同じ帰宅コースを彼と全く同じ速度で歩き始めた。 


**************




 ああ…うん、そう来たか…。



 いつものように家で飯食って、何も変わらない通学路を歩いて普段どうりに校門潜って教室に…入れないってのはね。


 ぴったり閉じたアルミサッシ。


 すりガラスの向うで蠢くクラスメイトのざわつく影。


 コンコン。


 すりガラスを叩くと、ざわめきが一時的に止みカサカサと散るように影が散る。


 ははは、これじゃまるで絵本に出てくる狼だ。

 

 「はぁ~」


 俺は、教室を目の前に盛大にため息を付いた。


 ああ、ムカつく。


 今度は少し強めにガラスを叩く、簡単な造りの頼りないサッシは今にも外れそうな勢いで派手な音を立てた。


 数少ない女子の悲鳴に近い声を男子たちの低い呻くような声が飲み込む。


 ははは、このガラスを叩き壊したらもっと面白い物がみれるか?


 俺は、少し体を引き右の拳を振り上げ_______



 「止めろ、玉城!」


 右肩にじっとりと汗ばんだ前足が乗せられる。


 ふうん…やっとその柱の影から出て来る気になったんだ…。


 「冗談だよ」

 「とても冗談には見えなかったぞ?」


 豚こと仲嶺一は、その太い手で俺の肩をきつく掴んだ。


 「昨日の今日だ、みんなを許してやれよ」


 豚が、人語を喋る。


 実に不快だ。

 

 確かに、あんな状態で警察に連行されれば十中八九コイツが犯人だっと思われても仕方無いだろうが…。


 銀山先生の残酷人体解体ショーを目の当たりにし、自身も九死に一生を得た形になった俺は放心状態になりしばらく現場となった寮の地下階段からから逃げ出す事さえ出来なかった…そこへやって来たのは、教科書を忘れ自室に取りに戻ったいたいけな一年生。


 速攻で通報されました。


 押しかけた警察官に二人がかりで抱えられ連行され、寮から引きずり出され近くにいたクラスメイトや他の学年の生徒に体育館の横に停められたパトカーに押し込まれる姿を見られ警察署へ_______疑われても…いや、そうだと判断されても仕方が無いのだろう。


 何があったかは光の速さで広まっただろうし、尾びれも尻びれもついているだろうさ!


 「俺は、何もしてない」


 「分かってる、信じてるよ」


 嘘つき、手の平は正直だぜ?


 全く、嘘の下手な奴だ。


 豚はこのクソ寒いと言うのに、ハゲ頭のてっぺんから首筋まで大粒の汗を浮かべ『信じている』とほざいた口は引きつった笑みを浮かべる。


 「何だ? お前、教室に入りたいんじゃないのか?」


 肩を掴んだまま、沈黙する豚に意地悪な質問をしてみる。


 俺がこうして教室の入り口に陣取っている以上、豚は教室に入れるはずも無いだろうが…。


 「違う…俺は____」

 「お前ら! そこで何をしている!!」


 豚が何事か喋りかけた時、体育館から恰幅の良いジャージのズボンに白いTシャツ右手には竹刀を持ち小脇に出席簿を抱えたMハゲが大股で此方に向って歩いて来た。


 「仲村先生…」


 豚が、我等が三年体育科担任の名前をご丁寧に呟く。


 Mハゲは俺の姿を捉えると、眉間に皺を寄せた。


 「玉城、何故学校に登校している? 今朝、犯人が捕まるまで自宅待機だと連絡があった筈だ!」


 自宅待機? 連絡? 何の事だ?


 「仰る事が良く分かりませんが?」


 俺の事務的な受け答えにMハゲは持っていた竹刀で壁を叩いた。


 威嚇のつもりなのだろう。


 この教師ときたら、考えるよりも先に手が動く。


 昔ながらの先生ってやつのつもりなんだろうが今時竹刀なんぞ振り回して熱血キャラを地でいかれると正直どん引きなんだけど? …まあ、体育科の生徒…特に格闘技系の生徒はその気になればMハゲ如し一捻りですから竹刀でも振り回して居ないと落ちつかないのかしら?


 でも、まずは俺の問いに日本語でお答え願いたい。


 「今朝、家を出るまで家族はそんな電話があったなんて一言も言ってませんでしたけど?」



 俺の問いにMハゲ眉間に血管が浮かぶ。


 「連絡したと言ったら連絡したんだ! ふざけてるのか!!」  


 Mハゲは、バシバシ竹刀で壁を叩きながらヒステリックに叫ぶ…っち!

 切れたいのはこっちだ!

 Mハゲ肥満体暴力教師が! べ●ータ様に謝れ! そして死ね!!!


 「仲村先生」

 

 俺の背後で気配を消していた豚が、不意にMハゲに話しかけた。


 「何だ! 仲嶺、お前はさっさと教室に____」


 「玉城は、疑われているような事はしてませんし教室で授業を受ける権利があります」


 豚は、真っ直ぐMハゲを見据えた。


 思いもよらない豚の発言にMハゲは、驚いたように目を見開く。


 「な…なんだと?」


 「俺、何か変な事言いました?」


 驚くMハゲに豚は、更に言葉を続ける。


 「もしかして、仲村先生は玉城を疑っているんですか?」


 「な…」


 図星だな、疑ってますと顔に書いてある。


 「違いますよね? 自分の生徒を警察の状況証拠だけで疑ったりしませんよね?」


 豚が畳み込む。


 「い…いや…う、疑う訳ないだろう自分の生徒だそ!」


 Mハゲは、しどろもどろになりながら壁に叩きつけた竹刀を力なく滑らせる。


 「行こう、玉城」


 豚が、俺の腕を引く。


 「お…おい! お前ら何処に行く!!」


 「は? 一時間目は体育ですから俺、玉城を比嘉の所に連れて行くんですけど?」


 それが何か? という顔をする豚にMハゲは言葉を詰まらせる。


 「おお…そうか…たっ頼んだぞ仲嶺!」


 ほっとした表情を浮かべMハゲは、あっさり開いたサッシの扉にそそくさと消える。

 

 へぇ…。


 俺は、腕を引く豚の背中をまじまじと見つめた。


 「以外に口が回るじゃねぇか…つか、マジ何処行くの?」


 まさか、ホントに比嘉の所じゃねぇよな?


 俺の腕を引き豚は、速足で歩き続ける。


 豚は無言のまま、みすぼらしいコンクリむき出しの体育科の教室のある建物から離れ荘厳華麗な本館の廊下をずんずん歩く…授業が既に始まっている為か特進科やその他の学科の生徒ともすれ違う事は無い。


 それにしても、いい加減腕を放してくれないだろうか? 手汗が学ランの上から染込んで気持ち悪いんだよ!


 「おい、一体何処まで行くんだ? いい加減…」


 本館の東側の突き当たりにさしかかった所で、豚はようやく足を止めた。 


 「視聴覚室?」


 廊下の突き当たりにある、重厚そうな開き戸の上に小さく突き出すプラスチック製の表記は埃を被っている。 


 豚はそこを3回ノックした。


 がちゃ。


 っと、内側からガギが開けられる音を確認すると豚は扉を押し開ける。


 「遅かったじゃない」


 綺麗なソプラノが、不機嫌そうに俺達を迎えた。 


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