まぁまぁ、よくあること③
叫び声…?
ソレは凄まじい叫び声だった。
俺は、ゆっくりと目を開る。
「…っ…!」
痛い…体中が痛い…息が…苦しい。
自分が、とてつもなく狭い場所に押し込まれているのが分かる。
何処だよ…ここ…?
いや…此処って…?
「ぎゃぁあぁぁぁぁあぁぁぁああああああぁぁぁあぁぁぁ!!!」
甲高い叫び声と、物が割れる音が響く!
何か引きずるような音と、泣きじゃくる子供…子供の叫び声だ!
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
まるで、壊れた玩具のように同じ悲鳴を上げる子供の声はもはや枯れ果てていた。
バチッ!
っと、乾いた音がしようやく永久に続くと思われた悲鳴が止みすすり泣きに変わる。
俺が、体を起こそうと身じろぐと俺の顔の横で皿が割れた。
え? 皿?
この時、初めて俺は自分の状況を把握する。
え? コレ食器棚…何で??
これ…狭い場所に閉じ込められてるんじゃない!
うつ伏せに横たわる俺の体の上に、食器棚が覆いかぶさるように乗っている…いや…下敷きになってる!
ガタン!
っと音がして、悲鳴が再会された。
俺は、ようやく動かせる首を捻り食器棚に光を遮られた薄暗い場所から音のしたほうを見る。
そこに見えたのは、小さな子供の裸足。
小さな足は、ナニかに抗おうと歩みを進めようともがくがソレは叶わずズルズルと引きずられる。
その時、子供の足首…くるぶしの部分に目を奪われた!
そこに、見えたのはくるぶしを覆うほどの大きな黒子。
剣…?
見えていた足が、そのまま引きずられて行く!
「剣!!」
視野の向こうでは、直も叫び声と肉を叩く音が聞こえる!
俺は、床に両手をつけ腕立て伏せの要領で持ち上げようとしたがビクともしない!!
「なんっで…!?」
『重い』と言ってもたがか食器棚だ、その位俺に持ち上げられない訳がな____
ふと、見た自分の腕に俺は言葉を失った。
そこにあったのは、細く頼りない腕。
その腕は、薄っすら血管を浮かべ必死に地面を押す。
違う…俺の腕はこの三倍は太いはずだ!!
必死に否定しても、神経と感覚が鮮明である以上自分の腕に違いは無い…。
「いやだっ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
枯れ果てた声が、まるで断末魔のような凄まじい叫び声を上げそのままあたりが静まり返る。
「剣…おい! 剣!!!」
必死に弟の名前を呼んだが、返事など無い!
俺は、精一杯の力で床を押す。
ああ、くっそ!
せめて、膝を立てる事が出来たら!!!!
更にか細い腕に力を入れようとした途端_____ズルッ。
突如、地面を支えていた手が滑り俺はその場に突っ伏す!
少しばかり持ち上がっていた、食器棚の重みがもろに肺を圧迫した。
「ごほっ! …はぁ…っぐ…け_____」
俺は、もう一度手を着こうと床に触れた。
ヌルッ。
え……?
生暖かくねっとりとした感触を覚え、手の平を見る。
血。
どう見ても、血だ…なんで…!
手の平を凝視していた俺の耳に聞こえたのは、まるで水風船を投げつけたようなはじける音。
視線をそこへ這わせると、生気を失い虚空を見つめるソレと目が合った。
「あ…あ…?」
ひゅっと喉が鳴り、息が…出来ない…ああ、そうだった…俺…。
キィイイイイイイィイィイイィィイイィィイ!
耳鳴りがする。
「あ"…あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!」
目の奥が、どうにかなりそうな位の激しい頭痛と吐き気が襲い口らは悲鳴がもれる。
それでも、ぽっかり開いた二つの穴から俺はを逸らす事は出来ない。
視野がどんどん迫り黒く塗りつぶされる。
にいちゃん。
頭に声が響いた。
俺は、必死にソレに手を伸ばす。
「________」
だが、その手は届く事無く真っ暗な闇に包まれた。
「ごほっ!」
意思とは関係なく、ビクンと体が跳ね俺は目を覚ました。
ジャリジャリと口の中を砂が射す感覚が、ぼんやりとした意識を急速に覚醒させる。
「……っ……」
斬られた背中が、焼けるように痛い。
何が、どうなったんだ…?
俺は、砂地に横たえる自分の体を必死に起こす。
そうだ…叔父さん…さっき叔父さんの声が…。
体を起こすと、直ぐにソレは目に入った。
砂場から少し離れたところに見えたのは、いつもの逞しい背中。
着ている作業着は、所々破れ泥まみれになっているがアレは間違いなく博叔父さんだ!
良かった! 無事______
此方に背中を向ける博叔父さんは、右手をゆっくりと上に上げる。
女は、だらりと力なく腕を揺らしうな垂れ口からはブクブクと泡を吹きパクパクと小刻みに口を動かす。
腕を完全に上に掲げると、叔父さんの太い指がソレの重みで白く細い首に更に歪に食い込む。
「なっ…はっ…!?」
目の前で起こってることが、理解できない。
俺の気配に気が付いたのか、叔父さんが此方のほうを振り返る。
叔父さん…?
血のように真っ赤に変色した目が、砂場にへたり込む俺を捕らえた。
グルルルル……。
っと、まるで獣のように喉を鳴らし女のほうに向き直ると叔父さんは首に食い込ませた指に更に力を込める。
不味い!
俺は、ふらつく体を何とか建て直し砂場から駆け叔父さんの背中目掛けて体当たりした!
体格の大きい男子高校生の全力の体当たりを受けて、叔父さんは大きく跳ね飛ばされ当然あの女も解放される。
俺は、跳ね飛ばされ地面に転んだ叔父さんの上に素早くマウントを取り何が起こったか全く分からないと言った顔を無言で殴りつけた!
「……けーいー…?」
まるで、獣のように血走った目が徐々に和らぐ。
「けーいー!!」
ガッツ!
叔父さんが急に起こした為、頭同士がぶつかり二人ともその場で悶絶する。
「~~~~!!!!」
悶絶する俺の肩を、叔父さんが掴んだ。
「けーいー!! 何見た! 何が見えた!!」
掴まれた肩に痛い程に叔父さんの指が食い込み、俺を見据える目は何処か怯えたように揺れた。
俺の脳裏に、瞬時に映像がリピートする。
子供の叫び声。
背中に圧し掛かる食器棚。
冷たい床。
細い腕。
血。
そして_______。
耳鳴りがして、吐き気が込み上げる。
「見えた…って何が?」
俺は、精一杯の笑顔を浮かべる。
何故そうしたか自分にも分からない…只そうしなければならないそんな気がした。
「…良かった…」
叔父さんの顔が、今にも泣き出しそうに歪む。
今まで一体何処にいたのか、顔は傷だらけで首には何かに引っかかれてたようなみみずばれに血が滲みよく見れば作業着の肩口は破れそこからも血が滴る。
「俺のことより、博叔父さんこそ大丈夫か!? てか、なにコレどゆこと?」
俺の問いかけに、叔父さんが照れくさそうに頭をかく。
「…金になるかと思って…」
うん、予想どうりの答えを有難う!
「叔父さん…自分が何したか分かってんの? なんか、バイト先の人たち呪われてるみたいだし! つか! なんなの? ミミチリボウジ? 執拗に耳とか狙ってくるんですけど!? 高く売れるからって、そんなモンの写メ取るとか何かんがえてんだ!! 刃物持って襲ってくる3人の男にストーカー女とか怖すぎだろ!」
一気にまくし立てる俺に、叔父さんは『いやぁ~』っと顔を赤らめ頭をかく。
「褒めてネェよ!? そんな事されて俺が喜ぶと思ったのか!!」
叔父さんの顔が、引きつる。
「けーいー…・怒ってるのか?」
どうやらやっと、思いが伝わったらしい。
「当たり前だ! …叔父さん、死ぬかも知れなかったんだぞ!!」
俺は、思わず作業着の襟を掴む。
「ほんとに______ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
俺は、勢い良く叔父さんを突き飛ばした!
ブンッ!
っと、空を切る音を発し俺の鼻ギリギリを鋭いものが通過する!
「ぶくぶく…グジュ…」
そこには、赤黒く変色した鼻から赤い泡を噴くミンタマ姉さんが錆びた刀を構える。
もし、少しでも突き飛ばすのが遅れていたら叔父さんの首が飛んでいただろう。
ミンタマ姉さんは、赤い泡を弾けさせながら振りぬいた刀の切先を俺に向け一気に穿つ!
「うお!?」
俺は、叔父さんの上から飛びのき尻餅をつきながら後ろに避けた!
そのまま、情けなく尻を引きずり距離を________ドン。
背中が何かに当り、行くてを阻む。
…コレは、無機質とは違う肉の感触…。
恐る恐る、振り向く。
視界に入ったのは、作業ズボンの二本のふとましい足。
イラナン シーグン ムッチョンドォ……。
生気の無い目が、ギュルギュルと眼窩の中をめまぐるしく回転し意思の疎通を否定している。
「あ~先ほどはどうも~」
軽口に答える様に、振袖のように二の腕での脂肪を揺らし鎌男は鎌を振り降ろした!
俺は、寸前の所で転がりながらソレを避ける!
ガツッ!
「いっ!!!」
鎌を回避したかと思えば、顔面すれすれの地面を鉈が突き刺す。
折れた片腕を、ぶらつかせた鉈男が無機質に俺を見つめ更に切りかかろうと鉈を振りかぶる!
冗談じゃねぇ!!!
俺は、素早く立ち_______ガッシ。
その場から、逃げ出そうと立ち上がった俺はその場に派手に転ぶ!
「なっ!! 放せ!!」
ソレは、俺の左足首に深く食い込むブリーチ男の指!
やばやばやば!!! 囲まれた! マジヤバイ!!!
容赦なく入れられる蹴りをものともせず、ブリーチ男は足を伝い俺によじ登る!
キモイ!!
「うわぁぁぁ!!! お、叔父さん!! たすけ…」
俺は、言葉を失った。
そこにいるのは、叔父さんだ…間違い無い…。
ただし、地面に四つん這いになりまるで獣のように鋭い眼光と唸り声をあげ口元を真っ赤に染める…まるで…いや…そこにいるのは正しく_____
『獣』
グルルル…!
俺は、自分に迫る危険を忘れ『獣』を見つめる。
獣の足元には、血の池に身を委ね小刻みに痙攣する哀れな女。
ビシャ!
獣は、肉隗のようなものを地面に吐き出し口元から血を滴らせ血走った赤い瞳で俺を捕らえる。
嘘だろ?
叔父さんが…人を________!
突如、地を這うような咆哮と共に獣が地面を蹴る!
ガッ!
と、鈍い音がして俺に圧し掛かっていたブリーチ男が宙を舞う。
「え…?」
続けざまに、鎌男のふとましい体が地面に沈んだかと思うと鉈男の細い体がくの字に曲がる!
疾い!
もはや、人間の動きじゃねぇ!!!
グルルルルルルルルル…!
獣は、地面に横たえる鎌男に近づき四足歩行を止め二本の足で立ち上がる。
そして、容赦なくその頭部に足を振り下ろした。
ゴリッ!
っと、鈍い音がしてふとましい体がビクンと跳ねる。
それだけでは飽き足らず、更に足を構えた獣を俺は背後から羽交い絞めにした!
「止めろ! 殺す気か!!!!」
「なんでぇ? けーいーにさぁーこんな事するのにか?」
赤い瞳が、まるで小さな子供のような問いをする。
「いやいやいや、駄目でしょ!? 巻き込んだの叔父さんでしょ? 殺すとか理不尽すぎ!!!!」
すると、獣は『あ、そうだった』っと言うとガクンとうな垂れソレと同時に体の力が抜け意識をうしなう!
「お、叔父さん!?」
俺は、気を失った叔父さんの頬をバシバシと強めに叩く。
「…けーいー……?」
叔父さんが、薄らっと目を開ける。
「良かった! 元に戻んないのかと思った…」
ほっとしたのも束の間、意識を取り戻した叔父さんがナニやらそわそわし始めた。
「何どうしたの!?」
「不味い…今なん時か? けーいー!」
叔父さんに訊かれ、ジャージのポケットから今にも事切れそうなスマホをとり出し画面を叩くといつも通りの待ちうけ画面が…?????
俺は自分の目を疑った!
17:53
シンプルな、青い光の交差するグラフィック画面に浮かぶデジタルな数字が示したのはおよそ信じられないものだった。
え…何で!?
おかしい、少なくとも俺が此処についたのは早朝の筈だ!
チラリとスマホを確認した叔父さんは、俺の腕から離れ足元に倒れる鎌男の方へ屈み手から鎌を奪う。
そして、おもむろに鎌男の耳をつまんだ。
あ。
ザクッ。
鎌男の側頭部から、『耳』が刈り取られる。
え? は?
鎌男は、耳を刈り取られたと言うのに身じろぎ一つしない。
叔父さんは、まるで大きな魚でもさばくように手際よく頭を反すともう片方の耳も同じようにこめかみに刃をあて一気に刈った。
「は…っ…なっ???」
口の中がカラカラに乾き、言葉が出ない。
少しの間、自分の手の中にある刈り取った耳を眺めていた叔父さんだったがソレを鎌男の手に握らせ今度は直ぐ近くに倒れるブリーチ男に近づく。
「待っ_______」
チリン。
不意に鈴の音が聞こえ、俺はようやくソレに気がついた。
視界に入ったのは、黒い人影。
赤黒い肌に髪の毛一つ無い坊主頭、酷くぼろぼろの袈裟のようなものを身に纏う。
そして、それは一人だけじゃない!
見渡すと、何人のもの黒い影が俺たちをぐるりと囲む!
……ユサンディマチカイ…ジョウナカイ…ミミチリボウジ ヌ タッチョンドォ イクタイクタイ タッチョガヤァ ナアチュルワラベェ…
影は口々に歌い、円を徐々に狭める。
「うわ……!!!」
俺は、金縛りに遭ったようにその場から一歩も動くことが出来にない。
円は、さらに狭まり遂に眼前にソレが迫る!
やめろ! 来んな!!!
俺の眼前まで来たそれは、俯いていた顔を上げニタリと笑った。
駄目だ!
殺られる!
俺は目を硬く瞑った。
体を恐ろしく冷たいものが通り抜ける感覚が襲う。
が、それ以上は何も________ポン。
「うひょぁ!!!」
突然、肩に置かれた感触に情けない声が漏れた。
「大丈夫かぁ~けーいー?」
背後から、いついも通りの間の抜けた声がする。
俺は、背筋に冷たいものを感じながらも勇気を振り絞って声の主を振り返った。
そこには、大好きな博叔父さんがいつも通りの人懐こい笑顔を浮かべる。
ただし、肩に置かれた手は赤く汚れ口元から血が滴っていたけれど。
「おじ…な、で…?」
俺は、言葉を失いまるで金魚のように口をパクパク動かすのが精一杯だ!
「なにか~? もう、大丈夫!叔父さんが何とかしたから!」
怯える俺の頭を、汚れていないほうの手が撫でる。
何とかって何が!?
全然たいじょばねーだろ!?
心の中で突っ込んでみるが、叔父さんには伝わらない。
ふと、叔父さんの背後に黒い影を捉え俺はそちらを凝視する。
浅黒い肌にボロボロの袈裟に身を包んだそれは、横たえる鎌男に近づきしゃがむと手に握られたモノを奪う。
他の影も、倒れる男達の手から何かを奪い懐にしまう。
「こんなしないと、命まで取られるからや~」
叔父さんが、何処かすまなそうに頭をかく。
ソレを懐に入れ、満足したようにニタニタ笑みを浮かべた幾人ものソレは歩みを進める。
その様に、ほんの少し前のミンタマ姉さんの解説が頭を過ぎる。
ミミチリボウジ。
勝負に負け、差し出した耳の傷から破傷風にかかりお門違いな恨みを持って死んだクソ坊主。
夥しい数のクソ坊主は、徐々に円を狭めある場所を中心に囲む。
「叔父さん…」
「知らんよ」
叔父さんは、いつもどうりの笑みを浮かべる。
初めて見た…目が笑ってない……怒ってる、マジ切れだ。
「はぁ…」
俺は、ため息を付いた。
そっと、叔父さんの手から鎌を取る。
叔父さんにその気が無い以上、俺がやるしか無い。
「勘弁してくれよ…ったく!」
俺は、そこに群がる無数のクソ坊主の群れに鎌を片手につ込んだ!
*****************
ピッ…ピッ…ピッ…。
微かに聞こえる規則正しい電子音に、私は薄く目を開けた。
見知らぬ天井。
腕には、無数の点滴。
ここは、何処?
部屋を照らすオレンジ色の光が、今が夕方なのを知らせる。
「…!!!!」
体を起こそうと少し力を入れたが、体中に激痛が走り断念した。
「おっと、動かないほうが良いぜ?」
聞き覚えのある声に、私は視線を動かす。
オレンジの光が漏れるブラインドに、もたれ掛かるように人が立っている。
逆光で、シルエットしか見えないけどアレはひろ______
「違ぇーよ」
シルエットは、淡い期待を一蹴し此方へ歩みを進める。
「……! ……!!」
「こらこら、鼻が使い物にならないから喉から管通してんだ喋れねーよ」
真っ黒な黒髪の短髪に、緑色のジャージを着崩しいかにも運動部と言った感じの少し日に焼けた高校生くらいの少年がベッドに横たえる私を見下す。
「あんた、よく生きてたなぁ~人間かよ?」
身じろぎ一つ出来ない私に、少年が問う。
「……」
「あ、答えられねーか…はは」
…笑った顔が博に瓜二つだ。
突然、少年の顔が歪んで見えた。
少年が、慌てて近くにあったティッシュを私の顔に当てる。
「うお! 泣くな! 仕方なかったんだよ! 死ぬよりましだろ!? 最近じゃESどーたらとかip何とかってヤツで再生可能なんだって看護婦が言ってたからさぁ!!」
…再生? 看護婦? 何の話だろう?
「つか、さぁ…あんたの場合は自業自得だろ?」
その言葉に、混濁してた記憶が一気に甦る。
「… … ……」
そうだ…私は少年を…圭君を殺そうとして失敗し博に殺されかかったんだ…。
止め処なく涙があふれてとまらない。
「っち…泣きてぇのはこっちだ!」
圭君は、悪態をつきながら大量のティッシュを私の顔に乗せため息を付きながら顔に乗せたティッシュを何度か取り替える。
この子は、一体何を考えているんだろう?
仮にも自分を殺そうとした相手に_______?
訝しげにな私の表情に気が付いたのか、圭君がにっこりと微笑むと手に持っていたティッシュを突如私の口にねじ込んだ!
「!!!???」
「コレ、なーんだ★」
博そっくりの人懐こい笑顔のまま、圭君はベッドに横たわる私に馬乗りになるとティッシュをねじ込んだ口を手で押さえつける!
「…!! …!!!」
「違う! 違う! コレ、コレ!」
圭君は、もう片方の手に握ったホースのような物を私に突きつけた!
その手に握られていたのは、チクワ程の太さの白い半透明ビニールホースのような物…一体________?
圭君は、笑顔を浮かべたまま掌で器用にホースをくの字に曲げるとそのまま強く『握った』。
「…? !!!???!!!!」
私は、声の出せない喉を振るわせた!
息!
息が出来ない!?
もがき苦しみ、口を押さえつける腕をありったけの力でガリガリと引っかく!
そんな私を、圭君は微笑んだまま見つめている。
「______!___ ___ _…! …!!」
やがて意識が遠ざかり、腕に力が入らなくなる…。
あ…私…死ぬんだ……。
ひゅっ!
死を覚悟した瞬間、肺に空気が送り込まれた!
「ゴホッ!!…ゴホッゴッホ!! ヒューヒュー…!!」
その勢いで、口に詰め込まれたティシュが 飛び散る!
「うげっ! 汚ねぇ~」
圭君が、私の涎にまみれた手をさも汚いとばかりにシーツにこすりつける。
「…! う"グ …!?」
「これは警告だ、今後俺の家族に近づいてみろその程じゃ済まないぞ」
射殺すような眼光が向けられ背筋が震える、私は顔中の穴と言う穴から体液を垂れ流しコクコクとうなずく。
その様子を見た圭君は、馬乗りから私を解放するとベッドから降りた。
あ。
此方に背を向けた圭君の背中は、バックり裂け緑のジャージを赤黒く染める。
「あ…そーだった!」
立ち去ろうとした圭君が、ジャージのポケットをさぐる。
「なんか、二つも要らなかったみたいなんだよね~」
そう言うと、振り返った圭君は私の手にソレを握らせた。
ぐちゃ…。
透明なジップロックついた掌どほどの袋には、何やら赤黒い血で満たされている。
あ…うそ…?
私は、ようやく理解した。
何故、生きているか…どうやって『ミミチリボウジ』から逃れられたかのか!
ようやっと、動かせる震える右手で頭の側面に触れる。
分厚く大きなガーゼの下には、殆んどの人類にあるべきパーツが感じられなかった。
「……! ……!!」
無い…私の耳が無い!!
ピピピピ!!!
心拍数が、異常に跳ね上がり警告音が響く!
「ヒュッヒュッ…!!!」
肺が痙攣し、呼吸が侭ならない!!
ナ、ナ…スコール…!!
「コレのこと?」
圭君は、ナースコールのコードを持ちクルクルと弄ぶ。
私は、圭君のジャージの裾を掴み懇願する!
「どうしょっかな~…なんてね!」
カチッ。
圭君は、持っていたナースコールのスイッチを押す。
ホッとしたのも束の間、圭君の手が私の側頭部から顎のラインをそっと撫でた。
更に、心拍数が跳ね上がる。
その時、バタンと扉が開き慌しく看護婦さんが駆け込む!
「君! 何で此処にいるの!? 『ICU=集中治療室』には医師・看護士以外立ち入りは______」
「めんご! めんご! すぐ消えるからさ~」
看護婦の抗議に、顔に触れていた手が離れ代わりに黒い瞳が私を捉える。
「叔父さんは止めとけ。 ありゃ、どう見ても脈無しだ! あんた綺麗なほうなんだからストーカーとか止めて次ぎ探せよ…絶対良い人見つかるって!」
去り際に、そう言い放つと圭君は足早に病室を出て行いく。
良い人…。
去り行く赤黒い背中に、何故か胸が熱くなった。