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霊感0!  作者: えんぴつ堂
まぁまぁ、よくあること
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まあまあ、よくあること ②


 「はあ!?ふざけんな!!」


 余りに唐突な事に、俺は声を荒げた。


 「…まさか、視えないなんて…ほんと使えない…」


 もはや、俺の事など殆んど無視しミンタマ姉さんは赤いスマホを自分のスーツの胸ポケットにしまう。


 「それ、返せよ!! 叔父さんのだ!」 


 ミンタマ姉さんは、抗議する俺をちらりと見ただけで何も答えない。


 「いい加減に_____!!!」



 ミンタマ姉さんの背後から射していた太陽の光が一瞬遮ぎられ、突如ガクンと体が揺れ背後から伸びた太い腕がボブカットの黒髪を鷲掴みしてその体を引きずる!


 「!!!!」


 俺は、すぐさま手を伸ばしたが反対方向から伸びた腕に足と腕を掴まれた!


 「はなせっ!!」


 互いに反対側に引きずられる!


 イラナン シーグン ムチョンドー ナーチュル ワラベー ミミ グスグス………。



 耳元で、男達は何やら詠う。


 そして、腕を掴んでいた少し若い男が持っていた鉈を俺のこめかみにヒタリと当てる。


 背筋が凍った。



 結果なんて一つしかない。



 スッっと鉈が、こめかみをスライドし耳へ到達する!


 背後から羽交い絞めにされるように腕を校則されていた俺は、反射的に体を自他にずらし辛うじて動く右手で鉈男の肘を押す!



 ブップッツ。


 少し鉈が耳に食い込むが、同時に頭を鉈男の腕から抜きそのまま勢いをつけ肘を鉈男の顔の真ん中に沈めた。


 メチャと言う音と肘が塗れたような感触。


 多分、鉈男の鼻が潰れたのだろう。


 「ぶっしっつぶぶぶしゅっっっつtっつうつ!・¥・!???」


 鉈男は、顔面を押さえ俺から離れる。


 俺は、すかさず右足にへばりついた男の髪を掴む。


 ブリーチを失敗したまだら色の髪の男の顔が一瞬だけ揺らぐが、俺は容赦なくそのブリーチ男の顔面に膝を入れた!



 「………!!!!」


 ブリーチ男は、声すら上げずその場でのたうち回る。


 俺は、そんな男達には構わずミンタマ姉さんを追いオブジェから這い出す…外の眩しさに少し目がくらんだがそれは直ぐ目留まった。


 此方に背を向けた状態の恰幅の良い作業着姿の鎌男に、抵抗するも羽交い絞めにされるミンタマ姉さん。


 それは、俺が加速しようと地面を蹴ったのとほぼ同時だった。



 「______え____」


 鎌男の右手が、水平に動く。


 と、ふとましい鎌男の背中にから抵抗が見て取れた筈の手がだらりと力をなくしたように動きを止めた。


 鎌男が、体を離すとガクッとミンタマ姉さんは膝をつく。


 膝をついたミンタマ姉さんに、無常にも大きく振りかぶった鎌が振り下ろされる。


 俺は、思わず目を閉じた!



 ガッツッガッツ!


 異様な音に、恐る恐る目を開ける。


 俺の視界に飛び込んできたのは、倒れる女を鎌でメッタ刺しにする男の姿。


 「あ…うあ…」


 口のかながカラカラに渇き、もはや言葉が出ない。


 ありえねぇ…なんで…?


 さっきまで、横にいて喋っていたはずの人間が目の前でメッタ刺しにされていると言うのに俺の足はまるで地面に根が張ったように動かない…。


 何で?


 助けなきゃいけないのに!


 体が震え、いつの間にか呼吸が乱れる。


 何年も柔道なんてものに時間を割き、選手としては結果が振るわないまでも腕力や体力などは恐らく此処にいる誰よりも強いであろう筈なのに…。


 俺は、徐々に後ずさる。


 2・3歩も下がらない内に、カクンと膝の力が抜け俺はその場に尻餅をついた。


 膝が笑う。


 力が入らない…!


 逃げなきゃ…逃げないと…!!!


 そう思えば、思うほど体が自由に動かない。


 コツ!


 右手の中指になにやら硬いものを感じ、思わずそちらを見る。



 砂に少し埋もれるようにあったのは、赤いスマホ____。


 俺は、赤いスマホを握りしめた。


 そうだ…叔父さんを…博叔父さんを助けなきゃ…!




 こんな事、人として許されないだろう。


 俺は、叔父さんの赤いスマホを握り締めその場から一目散に駆け出した!


 メッタ刺しにされる、ミンタマ姉さんを残して。



 足がよろけ、スピードが乗らない…焦れば焦るほど上手く走れない!



 ガッ…ガッツ

    ガッ…ガッツ ガッ…ガッツ……。


 離れるにつれ、骨に当る鎌の音も徐々に小さくなる。


 俺は、転がるように隆起した芝の坂を下り『遊具エリア』に入り通称:タイヤ山と呼ばれる一角に身を潜めた。



 「はぁ…っはぁ…はぁ…」


 乱れた呼吸は、なかなか元に戻らない…。  


 あまりの息苦しさに、空気を求め思わず天を仰ぐ。


 …目の前で、メッタ刺しにされる女を見捨てたのだ…俺の取った行動は誰に聞いても許されるもんじゃない。



 多くの人に言われるだろう…。


 お前格闘技習ってんだろとか。


 何の為の力だとか。


 …だが、言わせて貰おう。


 『お前、やってみろ』と…。



 現代における柔道・空手・剣道…いろいろある格闘技…それら全てはルールに乗っ取って行われるスポーツなのだ…。


 真の意味で命をかけた戦いなんて、このご時勢に誰も経験なんてしないだろう…。


 そんなモノは、ちょっとした殴りあい位にしか使えないし。

  

 マジ…ガチで命を奪いに来る奴を前に、それらは余りに無力だ。


 それに…ミンタマ姉さんのあの感じ…あれはどう見てもダメな感じだった。


 俺は、大きく息を吸う。


 兎に角、今は自分が生き延びて叔父さんを助ける手立てを考えないと…。



 でも、どうやって?


 唯一、状況を理解していたであろうミンタマ姉さんはあの通り血の海に浮かぶ肉隗と化してしまったし…刃物を持った三人組は言葉が通じそうに無い。


 そもそも、ミンタマ姉さんにはあの男たち以外に何が見えていたってんだ?



 プニニィチェリー! プニニィチェリー! プニニィチェリー!



 右手に握り締めていたスマホが、唐突に鳴る!

 


 「うわっ!」


 俺は、慌てて音を止めようとスマホの画面を連打する!


 ブッ ブッブ  シュツ!


 着信が通話に変わる僅かな瞬間、画面に表示された文字を俺の動体視力は見逃さなかった。


 通話表示になって、3秒経過する。


 嘘だろ?


 いや、どう見ても…。


 俺は、恐る恐るスマホを耳に当てる。


 「もし…もし?」


 『ちょっと! 置いてくとか酷くない?』


 震える俺の声に、気の強い声が不機嫌そうに答えた。



 「は…え? 無事_______」


 『こっちの事は良いから! よく聞いて!』


 俺の問いすら煩わしいと言わんばかりに、ミンタマ姉さんが言葉を被せる。


 『良い? 博を助けたかったら、そのスマホにに入ってるあの動画と画像を消去する必要があるわ。 叩き壊すとか、そんなんじゃダメ! 必ず消去するのよ! いい?』


 「何で!?」


 『私達を襲ったあの3人が、恐ろしさから自分のスマホを叩き壊した…そしたらああなったのよ…』


 「は? あの物騒なおっさん達って…」


 『博のバイト先の仲間よ…流石に誰かに手を借りないとあんな真似出来ないから…大方、分け前をやるとでも言って唆したんでしょ?』



 叔父さぁぁぁぁぁぁぁん!!


 なんか、被害が拡大してるんですけどぉぉぉぉぉぉ!?



 「なんかサーせん…ホント、マジで」


 『そぉーよーホント、迷惑ったら!』


 ミンタマ姉さんは、呆れたようにため息を付いた。


 なんて事だろう…博叔父さんは、俺の為に金を作ろうと自分のみならず他人にまで迷惑を!



 「俺、どうしたらいいスッか?」


 『そ…だから、圭君には責任取ってもらわなと……』 



 ミンタマ姉さんの声のトーンが落ちる。


 ゴクリ。


 と、喉が鳴った。



 『別に、難しい事じゃないから安心して?』



 その声のトーンで、話されると微塵も安心できねーんだけど?



 俺は、息を殺し詰まれたタイヤ越しに辺りの様子を伺う。


 右手に持つスマホには、〔ロックNO?〕 の文字。


 一体何処からダウンロードしたのか…このアプリはプライベート画像や動画を他人が見られないようにロックをかけることが出来る。


 それだけなら、大したことは無いが面倒な事に3回パスワードを間違えれば24時間アクセス不能になりそのデータは自動的にセンターへと送られバックアップが取られる…つまりそうなってしまえば完全消去は不可能になり…叔父さんを助ける事は出来なくなる。


 カスタマーセンターに問い合わせれば、何とか成るかも知れないがそんな時間は無い!


 「…っち…」


 詰まれたタイヤ越しに、鎌男がうろつくのが見える。


 他の二人は何処へ行ったんだ…?


 どんなに見回しても、鉈男とブリーチ男の姿は見当たらない…。


 まあ、鼻をへし折ってやったんだ…あのまま動けなくなってくれたほうが_____。



 「ん?」


 ポツ。


 っと、左手の甲に何かが触れる。


 手の甲に視線を移すと、そこにあったのは赤い雫。


 「グ…ジュ…フ……ジュ…グゥウゥ……」


 恐る恐る上を見上げると、うずたかく積まれたタイヤ山の側面に逆さまに貼り付くようにしがみ付き口に鉈を咥える鼻の拉げた男が生気の無い目で俺を見据え鉈を加えた口からは赤い涎が糸を引く。 

 「う…あ…」


 思わす後ずさった背中が、何かにぶつかった。


 背中に当るそれの、荒い息遣いが鼻が機能していない事を物語る。


 俺は、振り向きもせず反射的にそこから飛びのく!


 ガッツ!


 っと、俺のいた場所を何かが叩いた。


 振り向くと、そこにはスコップを地面に突き刺したブリーチ男…その鼻はありえない方向に折れ曲がり絶え間なく鼻血を流し続ける。


 「嘘だろ…」


 そして、積まれたタイヤから伸びる太い腕にそこからぬっと現れた鎌男の血まみれのふとましい体。


 感情の篭らない、人形のような6つの目が俺を捕らえる。




 イクタイイクタイ タチョガヤ ナァチュル ワラベェ ミミ グスグス




 男達が、歌う。


 俺は、スマホと男達を交互に見た。


 …パスワードは、最後の1回…もしコレを俺がミスれば叔父さんは助からない…!


 つーか、あのミンタマ!


 2回も失敗しやがって!



 ミンタマ姉さんの話によれば。


 何とかなると思いやってみたが2回も失敗した為、身内なら如何にか出来るだろうと前に叔父さんから聞いていた甥っ子__つまり俺にパスワードを解除させるべくスマホを届けたとの事だった。


 そして、こともあろうにミンタマ姉さんは俺にも例の力が備わっているだろうと勝手に期待したのだ!

 

 「っち…!」


 俺は、その場から全力で駆け出す!


 こんな時何だが、本当に体を鍛えていて良かったと思う!


 柔道部の中でも、脚力にだけは自信が_______!



 突如、視界がガクンとぶれる。


 地面の芝に、派手に叩きつけられてやっと後頭部を何かに殴られた事に気が付いた。



 「あ…? は…? ぺっっぺ…」


 砂交じりの芝を、口から吐き出す。


 痛む後頭部を押さえ、顔を上げるがそこには誰も居ない…。


 3人の男達は、なおも歌いながらふらふらと此方に向って歩く。


 「え…? 何で?」


 向こうに3人の姿が見えるなら、今俺は何で…いや…何に殴られたんだ!?


 立ち上がろうとした俺の背中に、鋭い痛みが走る!


 「うあぁぁ!!」


 背中が、斬られ肉が裂けたのを感じ俺は悲鳴を上げた!




 イラナン カタナン ムチョンド ヘイヨー ヘイヨー ベル ベル ベル



 男達の声が、どんどん近づいてくる。


 俺は、身を捩りまるで赤ん坊のように両手両膝を地面に付けたままその場から逃げようと這いずったが___。


 側面から腹に、強い衝撃が走り俺体はその場で少し跳ね上がった。


 あまりの事に、息が出来ない!


 冗談じゃねぇ……!!!


 視えないとか…反則じゃねーかよ…!



 俺は、苦痛に耐えスマホの液晶を凝視する。



 パスワード…コレさえ分かれば!



 くっそ!


 考えろ!


 叔父さんなら何をパスワードにする?


 好きな物、大事にしている物、自分の誕生日、電話番号、ゴロ合わせの数字…考え出したらキリが無い!!


 やっぱり、パチンコか?


 それ関連か?


 俺は、のろのろと立ちあがる。


 何処から来るか分からない攻撃。


 迫り来る、凶器を持った男達。


 1回しかチャンスの無いパスワード。



 『八方塞がり』


 とは、正にこの事を言うのだろう。


 俺は、どうしたら良いか分からず少しづつ後ずさる。



 ズルッ。


 「げっ!?」


 じりじりと後退していた右足が、滑り俺は咄嗟に後頭部を庇う。


 ガクンと真後ろに体勢が崩れ、まるでスローモーションのように倒れる俺の顔面を何かが通過したのが分かった。


 思い切り、後方に倒れた俺はそのまま下に向って滑り落ちる!


 これ…滑り台!?


 俺が足を取られたのは、この公園の名物で幅15m高さ10mのコンクリート製の滑り台で最初の5mはほぼ垂直と言う一体ナニを求めているのか良く分からない危険極まり無い代物だ!


 かなり加速した状態で、滑り台の真下に設置された砂場に頭から突っ込む!


 「い…てぇ…」


 俺は、自分が落ちてきた先を凝視する。


 白いコンクリートの表面には、俺の背中から流れている血がまるでバージンロードならぬ血まみれロードの様に見事な線を描く。



 背中が、焼けるように痛い…多分…砂入ったな……。



 「くっそ…!」


 俺は、手に握ったスマホを指でタッチする。


 ロック番号? と表示された場所に触れた。


 シュ!


 っと音がしたと同時に、キーボードが浮かぶ。


 俺は、777と数字を打った所で指を止めた……。


 違う、コレじゃない!


 叔父さんは、確かにパチンコが三度の飯より好きだけど金持ちに売るための大事な動画と画像を保管するのにそんなちょっと頭を捻れば誰にでも分かるようなそんな単純な数字をパスワードにするだろうか?


 いや、無い…。


 少なくとも、俺はそんな数字になんかしない…。


 それに、パスワードの数字は4桁。


 777じゃ足りない。



 ピ________ッ!



 突然、スマホから発された音にビクッと体が震える。



 「嘘だろ……」


 音と同時に画面に表示されたのは、



 〔充電して下さい〕


 の文字と、レッドゾーンに入った充電残量を示すアイコン…。


 何で!?


 40分も充電していれば、普通に使ったって…!


 俺は、スマホを凝視する。



 …このアプリ、もしかしてかなり電池喰う!?


 まさか…いや、その位しか考えられない!


 レッドゾーンに入ったアイコンは、まるで3分間しか闘えない宇宙ヒーロのエネルギーゲージのように点滅する!



 不味い! 不味い! 不味い!


 これじゃ、持っても後数分…もしかしたら、このアプリ起動させている以上もっと短くなる可能性が高い!



 ヘイヨー ヘイヨー ヘイヨー ヘイ 


 ミミチリボウジヌ ミミ グス グス  ナァチュル ワラベー ハナ グス グス  



 滑り台の上に、男達が並ぶ。



 「おい…やめ…!」


 男達は、体を揺らし歌いながらまるで階段を下りるように足を踏み出した。



 たかが5mとは言え、ほぼ90度の垂直。



 グシャ!

 


 男達は、折り重なるようにして出すぎたスピードを殺す為に作られたなだらかな角度のつき始めた縁に叩き付けられ、そのままゴロゴロと滑り台を転げ落ちズザッっと音を立て、男達は砂場に滑り込んだ!


 受身など、彼らに取れるはずも無い。 


 男達は、なおも歌いながらよろよろと立ち上がる。


 が、ブリーチ男の右足は明後日のほうを向き、鉈男の右肩は鉈を握った状態で糸の切れた操り人形のようにプラプラとゆれ、鎌男に至ってはパックリと割れた額から止め処なく血が流れる。


 酷いもんだ。


 俺は、そんな男達を尻目にある人に電話をかける。


 『なに?』


 「おい、今直ぐアンタの名前を教えろ!」


 俺は通話を切り、得た情報を打ち込む。



 頼む!


 合っててくれ…! 



 シュッ!



 ロックがあっさりと解除された。


 解除されたフォルダーの中には、更に幾つかのフォルダーがあるようでそれらが画面に表示される。



 俺は、表示されたフォルダー全てを選択し削除のアイコンを連打する!



 〔本当に削除しますか?〕



 の表示に、〔YES〕を連打した!



 〔削除されると、データは失われますバックアップは…〕



 くどい!!!!!



 〔削除開始………10%……30%……〕



 っち…早く消えろ…電池が持たない……!


 俺は、スマホとのろのろと迫ってくる男達を交互に見る。



 バイト先の皆さん、スンマせん…もう少し…!



 〔80%…90%…100%    データは完全に削除されました〕




 自動的にアプリが終了する。




 よし! これで_____




 スマホから視線を上げた俺が見たのは、鎌を振り上げるバーコードハゲの姿。



 咄嗟に避けた俺の右肩に、痛みが走った。



 「なん___でっ…?」



 俺は、鎌男と距離を取る。



 間違いなくデータは消えた、ロックが掛かっていたのもそのファルだけだった筈だ間違い無い…なのに何でこいつ等!



 まさか…いや…でも…!


 俺は、自分の脳裏に浮かんだ可能性を否定しようとするも鎌が振り下ろされる。


 が、出血が激しいのかその勢いは無く俺は難なくそれをかわす。



 プニニィチェリー! プニニィチェリー! プニニィチェリー!



 俺は、スマホを耳に当てる。



 『博は助かったわ、お疲れさん』



 スマホの向うで、気の強い声が嬉しそうにほころぶ。


 「アンタ…俺を…俺達を助ける気無いんだな…」


 『え? 何で圭君を助けなきゃいけないの?』


 まるで、俺の質問が間違っているかのようにミンタマ姉さんは答える。


 「そうか…始からコレが目的だったのか?」


 『何言ってるの? 始に言ったじゃない?』



 そうだ、確かにミンタマ姉さんは言っていた。



 『博を助ける』


 と。




 「…最低だな」


 『何を言われても構わない…博さえ無事なら』


 はっきりとした良く通る声は、罪悪感など微塵も感じられない…この女は叔父さんを救う為ならどんな犠牲も厭わないのだろう。


 『圭君に、博と同じ力が無いと知ったときは役に立たないと思ったけど…まさか此処までやるとはねぇ驚いたわ~』


 「…」


 『君達家族が、あの家に越して来てから博は毎日君達の話ばかりしてた…最近じゃ君の話ばかりよ! 圭君…毎日毎日毎日毎日毎日!!!!! 許さない…博は私の事だけ考えてれば良いのに!!!!』


 女は、ヒステリックに叫ぶ。


 先ほどから、俺の脳裏に浮かんでいた仮説が確信に変わった!



 「もしかして…あんた…」



 『そうよ、私が博に【みみちりぼうじ】の事を教えたの』



 スマホの向こうから、背筋が底冷えするような声で女は答える。



 【みみちりぼうじ】……?


 『大昔に、この辺一体を納めていた殿様が力の強い隣国から使わされた僧侶にたいそう手を焼いていてね…と言うのもこの僧侶。 僧侶と言う立場にありながら酒に女に博打…果ては気に食わないと村人でさえ切り殺すようなろくでもない人物だったらしくてね…困りはてた殿様は自分の息子にこう命じたの

 【僧と囲碁にて命を懸け勝負をせよ!】

 ってね。

 結果は拙戦の末、息子の勝ち…でも息子は命までは取れないとしてその両耳を差し出せば許す事にした僧侶の耳をそぎ落としたんだけど…結局、僧侶は死んだわ』


 「何で! 耳を差し出したんなら生きてるだろ!?」


 『破傷風よ、切り落とした耳から破傷風になって僧侶は死んだ…それから日が落ちる頃になると鉈やら鎌やらもった坊主が子供の…男の子の耳を削いで回るようになった』


 はぁ!?


 何だよそれ!


 只の八つ当たり…てか!


 そいつ自業自得じゃねーかよ!!



 『まあ…殿様が供養の為の塚をつくったけど、それでも行動範囲を狭めるのが限界で毎年"祭り"と称して儀式を行っているのよね』


 この女…その祭りに叔父さんを…?


 「なんでそんな事した! 叔父さんを危険に曝すような真似を!!」


 『ふ…ふふ…何故って? 気付かせたかったから…自分のやっている事がどれだけ愚かな事か…役目を忘れ私をないがしろにして君みたいな子供の為に全てを投げ出すなんて…』



 一体なんの話をしているんだ…?


 『ううん…でも、もういいの…博はやっぱり私の事を考えていてくれたって分かったから!』


 此れまでとは打って変って、うっとりと甘い声を発するミンタマ姉さんに別の意味で寒気がする!


 「ふうん…叔父さんに思われて今幸せ?」


 『ええ、とっても』


 「へえ…じゃぁついでに俺やバイト先の皆さんの助かり方くらい教えてくれてもいいんじゃね?」


 『……』


 俺の言葉に女は押し黙った。


 「助けてくれないなら、せめてその位教えてくれても良いだろ?」


 『はぁ? そんなの知るわけないじゃない?』 


 女は、まるでそれが当然のように素っ頓狂な声を上げる。


 「…は?」


 『 "は?" じゃないわよ! 圭君には死んでもらうんだから助ける訳ないし、助かる方法なんてあっても教えるわけ無いでしょ?』


 やだも~うふふ★的なノリでさらりと怖いこと言ってんじゃネェよ!!!


 何? マジで? 俺死ぬの? てゆーか、それ本人に言う!?


 『大丈夫よ、少し時間掛かるかもだけど…お家の人も一人づつ送るからね…直ぐに寂しくなくなるから安心して?』


 底冷えするような女の声。


 あ”?


 今、この女なんつった?


 「俺の『家族』を殺すのか…?」


 『ええ、博の枷になるモノは全て』


 女は、至極当然のように答える。


 『ああ、圭君なにか言い残す事ない? お家の人にお会いしたら伝えてあげるわよ?』


 まあ、殺すついでだけど…と、女は付け加えた。


 「ふざけんな…冗談じゃねぇ……家族に指一本触れてみろ…俺がお前を殺してやる!」


 俺の言葉に女が笑う。



 『君に何が出来るの?』


 いつの間にか、目の前に迫っていた鎌男に俺は蹴りを入れる。



 「そうだな…いい事教えてやるよ」


 『いいこと…?』


 「ああ、俺に何でパスワードが解けたと思う?」


 『何でって・・・それは博がわたしを___』

 「違うね!」


 俺は女の言葉を遮った。


 「頭使えよ~? 解んないかなぁ? 少なくとも叔父さんは、あの画像と動画は高値で売れると思ってたんだぜ? それがもし、誰かに奪われても取引き出来ないようにあのアプリを使ってロックをかけた…この意味分かる?」


 『何が言いたいのよ…?』


 俺の意図する事が、本気で分からないと言う様に女は疑問の声を上げる。


 ははは…本当にお目出度い奴だな!


 「良いか! 耳の穴拡張してよく聞け! 叔父さんはお前の事なんかこれっぽっちも思っちゃいねーよ! それどころか! 死ぬほど嫌いだろーぜ!」


 俺の言葉に、スマホの向うからヒュッっと息を呑む音が聞こえた。


 『…なっ!』


 「大体さぁ~パスワードってのは、誰かから大事なものを守る鍵みたいなものなんだからさぁ~誰にでも予想出来る物なんて意味無いのお分かり? え? 解んない? つまりぬぇ~? 誰にも見られたくないものを、『敵』から守る最後の『ぼーえーらいん』なんですよぉ~理解できまちゅか~~?」


 そんな大事なデータを守るのに、自分の好きなモノ・大事に思うモノ・生年月日…その他諸々。


 誰かに予想できるものなんて、美女がマッパでハプニングバー…げふんげふんw


 おっと、こんな時まで俺の煩悩が!!


 まあ、もし俺ならって考えた時。


 一瞬にして脳裏に浮かんだのが、虫唾の走るあの美しい笑顔。


 もし、俺が同じ状況であれば迷う事無くそれにまつわる数字なりにするだろな…こうして置けば、少なくとも時間は稼げる筈だ…そうだろ?


 まさか、パスワードが『世界で一番嫌いな女』にまつわるモノだなんて誰も直ぐには気が付かないだろうから。


 『…ナニを言ってるかわかんないダケド?』


 女は、よほどショックが大きいのか日本語が崩壊を始めたらしい。


 「叔父さんは、お前の事なんか愛していないって事だよぉ~勘違い乙!!」


 スマホの向うで、呼吸が乱れるのが分かった。



 『うそ…そんなの…アリエナイ…』


 まるで、来日したての外人みたいに日本語が片言ですよ~お姉さんw


 「てーかさぁ~何で自分が、叔父さんに愛されてるとか自意識過剰な妄想に耽れる訳?お姉さんアレ?もしかしてストーカーとかなの? 怖! マジ怖い!!」


 『嘘よ! 博が私を嫌いな筈ない!! 私に嘘を聞かせるな!!』


 女は、まるで子供のような叫び声をあげる。


 はは、もう一押しだな~w


 「おやおやおや~w ずいぶん気弱だね~ww 実は自覚あったんじゃね?」


 『……っつ!』


 「叔父さんって、パチンコばっかやってるし仕事も長続きしないけど他人の悪口とか言ってるの見たこと無いんだよね~w だから俺すぐ分かっちゃったのよ~ホント、同情するわw メッタ刺しになってまで救おうとした男に嫌われてんだから…なぁ? ミンタマゲールー」


 スマホの向うで、今まで聞こえていた荒い呼吸が止まる。


 チリン…。


 何処からとも無く、鈴の音が聞こえ俺はスマホを耳から放し通話を終了した。

 

 すると、キィィィィンと耳鳴りがして俺は思わず耳を押さえる。


 「…ぁっ…くっ……!」


  余りに、激しい耳鳴りが続き俺は砂場に膝を着いた!



  アサニユウウキ スル ワラベー ミミチリボウジヌ ミミグスグス


 耳鳴りに混じって背後から聞こえる、あの歌に俺は苦痛に耐えながらも顔を上げソレを見る。


 そこには、黒いパンツスーツに黒い髪をボブカットにした女が佇んでいた。


 俯いている為、表情が分からないが…中から着ている白かった筈のカッターシャツは真っ赤に染まっている事からやはりかなりの重症なのが見て取れた。


 女は、歌いながらふらふらと俺の方に向って歩いてくる。 


 手には、何故か錆付いた刀が握られていた。


 俺は側面から気配を感じふと見上げると、そこにはスコップを持ったブリーチ男が狙いを定めている。


 「っち!」


 ガスッ!


 俺は、間一髪転がってソレを回避する!


 スコップは、さっき俺のいた場所に深々と突き立てられていた。


 危なっ!!


 スコップを、砂地に突き立てたブリーチ男はその場に崩れるように倒れこむ。


 あ~あ~…足の骨折れてるのに無理するから!


 俺は、滑り台を背に視線を女へ移す。


 女は、ふらつきながらも着実に俺の方へと歩みを進める。



 はは…まさか、此処まで上手く行くなんて…。


 俺に、霊感なんて無い。


 そんな俺に『霊』が見えるとしたら、ソレは霊自身が姿を現したいと思った時だろう…。


 目蓋の奥で、亜麻色のおさげ髪の少女が微笑んだ気がした。


 マイスイート。


 ソレが、殺意であれ憎悪であれ…もう一度お前に会いたいなぁ…。



 イラナン ジーグン ムッチョガヤァ ヤナ ワラバァ ヤ マブイ カチワリ



 迫る女の口は、男達とは違う歌を紡ぐ。


 殺気。


 あ…俺、殺気とか分かるようになっちゃったんだ…w


 女は錆びた刀を真っ直ぐ俺に向ける。


 そこにあるのは、俺に対する憎悪。



 さあ、どうする?



 勢いで此処まで来たがはっきり言ってこっから先はノープラン!


 満身創痍のバイト先の方々は、そこら辺に転がしとくとして問題は元気一杯ミンタマ姉さんだ…果たしてって!!!


 一瞬にして、眼前に女が迫る!



 「嘘だろ!!」


 まだ、10mは間合いがあった筈だ!?


 俺は、振り上げられた刀から逃れようとしたが俺の右足首を、鎌男の太い腕が掴む!


 「なっ!!」


 駄目だ!


 間に合わねぇ!!!



 無常にも刀が振り下ろされる。



 ガッツ!


 「はっ…元柔道部なめんな…っ」


 俺は、刀を振り下ろす女の手首をいち早く右手で掴み一気に自分のほうへ引き付け左肘を顔面にめり込ませた!


 メチッ!


 と、嫌な音がして女は後方へと弾き飛ばされカクカクと、まるで糸の切れた人形のように砂地に倒れた。


 俺は、女がすっかり動かなくなったのを見て足にしがみ付いた鎌男を蹴り上げ足首を解放する。


 …まさか殴れるとは思わなかった…。


 人間なのか?


 俺は、ゆっくりと倒れる女に近づく。

 

 まあ、これで死んでたとしても正当防衛を主張してやる!



 俺は、恐る恐る倒れる女を覗く。


 肘が入った反動で、横を向いた顔を乱れた黒髪が覆う。


 俺は、つま先で軽く頭を小突き顔を正面に向けた。



 ……こりゃ酷い。


 肘が直撃したと思われる鼻は、黒く鬱血し通常の3倍近く膨れ先ほどまでの形を留めてはいないし…首筋は赤黒く白かったカッターシャツを真っ赤に染める。


 女は、ピクリとも動かない。


 まいったな…『家族を殺す』などと公言した奴を殺したところで良心の呵責なんてありはしなが、いかんせこの国の法律は殺人を禁止している。


 でも、この場合正当防衛は成立すると思うんだが?


 俺は、物言わぬ女の横にしゃがみ首の傷を見る。


 致命傷…首の傷って事にならないかなぁ…。


 躊躇しながらも、手を伸ばし血で首に張り付いた襟に手をかけ______



 ゴクリ。


 っと、女の喉が微かに動く。


 え…?


 俺は、手の動きを止め目線を動かす。





 首…顎…唇…鼻………そして_______…。




  「見んな!!! けーいー!!!!!」



 ガシャンとナニか倒れる音とチリンという音。



 お…じ…さ…っ……?



 俺は、それから目を逸らす事が出来なかった。


 ぽっかり開いた真っ黒な二つの穴。


 激しい耳鳴りと鼻からヌルリとした感触がして、ジャージの裾で拭うと鉄の臭いがした。


 「けーいー!!!」


 ザクザクと砂を蹴りながら、近づく声が何故か認識できなくなる。


 俺の意識は、そこで途切れた。



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