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霊感0!  作者: えんぴつ堂
アコークロー
24/25

アコークロー①

**************



 兎に角、めちゃめちゃ叱られた。


 上手く行ってんだから良いだろって言ったら、そいつは泣きながら殴り掛かって来た。


**************





 玉城圭とは、実に勇敢な少年であったようだ。


 聞けば、彼は少々独特な考えの持ち主で捻くれものであったが己の判断の元何者にも容赦なく『平等』に接するその態度は時には敵を作りながらもその本質を捕らえたと言う。


 そんな彼を慕っているのか、周りには人が絶えず彼等からは



 鬼畜


 悪魔


 神


 親友

 

 ライバル


 ロリコン


 獲物


 息子


 恋人



 など、多種多様に彼を呼びそれらは言葉の意味はさて置き全て好意的なものだ。


 そして、聞かされる数々の武勇伝。


 ある時は、殺害及び自殺した少女達の霊を天へ送り。


 又ある時は悪霊に取り殺されそうな身内とそのストーカーを助け。


 更には殺人鬼と対決コレを退け。


 時には、自殺しようと病院の屋上から飛び下りようとした少女を助けたりなど…聞かされただけでも一生に内遭遇できるかどうかなんてもはや天文学的確率の事件に遭遇しそれを解決してきたらしい。


 しかも、それらに礼を貰うでもなく鼻にもかけなかったと言うのだから…彼がどれだけ凄い人なのかが容易に想像できない。


 信じられない…世の中にそんな人間いるんだって初めて話を聞いた時には耳を疑ったよ。


 が、彼には人助けにかまけるあまり自分の事を疎かにする傾向があった様だ。


 しかし、それはきっとそれは彼が『英雄』であった証拠とも言えよう。


 そして、もっと信じられないのが…。


 「それが、本当に自分の事なのかってことだよ」


 朝のランニング中、ふと目に付いたショーウィンドウに反射した見覚えのない自分の姿に僕は溜め息をついた。


 僕には、この4・5年ほどの記憶がない。


 いや、全くないと言うのは語弊があるかも知れない…おぼろげに本当に霞かかってよく分からない程度あるかないかの頼りないものだ。


 少なくとも、思い出せる中学一年の冬までは僕はあんな人智を超えた偉業を成し遂げるとか絶対無理な何所にでもいるマンガやゲームをしている方が好きな普通のもやしっ子であった筈なのに…。


 目の前のショーウィンドウのガラスに反射するのは、どう見ても180cm以上はある筋骨隆々の体格でかめの厳つい兄ちゃんで日に焼けた肌に黒髪の短髪にいかにも何か腕に覚えがありそうな猛者だ…身に覚えがあるとしたらいつも怒ってるのか?と誤解されがちな目つきの悪いその眼光ぐらいのものだろう。


 「止めてくれよ…」


 僕にとっての自分の器は、つい先日まで声変わりすらしていない身長156cm体重53キロの華奢なモノでしかなかったのに!


 ほんと、成長期って恐い…4・5年で一体何があったの!?


 僕は、走る気力を無くしとぼとぼと家路に着いた。


 家。


 ちょっと油断すると、道に迷ってしまうほどそこは僕にとって馴染の薄い場所だ。


 ここいらでは、かなり物珍しい赤瓦を漆喰で固めた屋根に門を守るように両サイドに置かれた個性的なシーサーが恥ずかしいくらいを自己主張する南国テイストな平屋建て…浮いている…この家、確実にご近所から浮いている!


 僕は、半ばげんなりしながら家に入った。


 「ただい…」


 「ちょっと! どこ行ってたのよ!?」


 玄関で靴を脱ぐ僕を突然怒鳴りつけたのは、従姉妹の渚だ。


 「ランニング…体動かしたくなって……」

 

 「そういう時は、声かけろって言ったよね?」


 4月に小5になるこの勝気な従姉妹は、その短いベリーショートの髪を逆立てんばかりに怒りを露にする。


 「渚、いい加減もう大丈夫だよ…体は何ともないんだから」


 そういう僕に、『もう、勝手にすれば!』と吐き捨てて渚は家の奥へと引っ込んでいく。



 ……慣れないな…。


 僕にとって、渚はつい先日まで6歳のランドセル姿も初々しい少女でしかなかったのにあんなに凶暴化して…聞けば将来の夢は世界最強の格闘家と言うではないか!


 僕の知ってる渚は将来の夢はお嫁さんとか言ってたのに!?


 時の流れって恐い…!

 

 シャワーで汗をながして、朝食を食べる為居間を訪れる。


 居間に置かれた食卓テーブルには既に、祖父に祖母、伯父の武さんに博さんそれにさっき機嫌を悪くしてしまった渚とその妹の風が座っていて台所の方ではお母さんが忙しそうに朝食準備をしているのが伺える。


 「圭! ちょっと運ぶの手伝ってちょうだい!」


 お母さんにそう言われて、僕は無言で手伝いに回った。


 この家は、正確には母方の祖父母のものでそこに離婚したお母さんが僕と弟を連れ出戻ってきたのを加えると既に同居していた伯父さんたちと合わせて9人の大所帯となる。


 僕ら家族は、ここに住んでもう一年近く経つらしいけど僕にとってはつい数日前に住み始めた馴染のない場所だ。


 米やらおかずなんかをお母さんと運び終えて席に着く。


 よし、コレで『家族』揃っての朝食__とはならなかった。


 団欒の食卓に穴一つ。


 「もう、剣ったらまた部屋で食べるつもりかしから?」


 お母さんが、じろりと僕を見る。


 「あんた達、いつになったら仲直りするの? お兄ちゃんなんだから、いい加減アンタが謝んなさいよ」


 そういうと、出勤時間が迫っていたお母さんは自分の食事は軽めに済ませ各自食器は水に漬ける指示しさっさと食卓をたって行った。


 謝れといわれても…。


 どうやら、僕と弟の剣は喧嘩をしていたらしい。


 『らしい』と言うのは、内容も原因も喧嘩をしていた事実すら大変残念な事に記憶がすっ飛んだばっかりになんで口を利いてもらえないのか僕にはさっぱりで謝ろうにも何について謝れば良いのか分からないまま数日をこんな感じでぐだぐだ送ってしまっているんだけど…。


 僕は、自分の食事を食べ終えると剣の分を台所から取ってきた盆の上に乗せた。


 「はぁ…」


 もはや溜め息しか出ない。


 「なんねー? けーいー?」


 そんな僕に既に食事を終え、お茶を啜っていた白髪の老婆が優しそうな笑みを浮かべる。


 「お婆ちゃん…僕どうしたらいいかな?」


 他の家族が食事を終え早々に立ち去ってしまったので、居間には僕とお婆ちゃんしかいない。


 お婆ちゃんは笑みを浮かべたまま首を傾げる。


 …お婆ちゃんは、行き成りこんな風に中途半端に記憶を失った孫をどう思っているのだろう?


首を傾げ沈黙していたお婆ちゃんが、口を開く。


 「婆ちゃんはね、前も今もけーいーが決めた事なら思うとおりにしたらいいとおもうわけ」


 お婆ちゃんは、笑顔を浮かべたまま僕の事をジッとみて続ける。


 「けーいーは剣とどうしたいねー?」


  皺のよった優しげな黒い目が、にっこり笑った。


 「僕は…僕は、剣と前みたいに兄弟仲良く______」



 ____ギシッ____



 あれ? 『前』って___いつの事?



 ギシッ___



 なんだか、目の奥が軋む…?



 「けーいー?」


 「あ、ああ…うん……僕、剣に朝ごはんもって行くね!」


 僕は、急に軋んだ目の奥の痛みを振り払うように軽く頭を振り朝ごはんを乗せた盆を持って逃げるように居間を出た。




 僕がこの俗にいう『記憶喪失』と言っても過言ではない悲劇に見舞われたのは四日前の事。


 その日は、僕の通う高校の卒業式だった。


 此処からは殆ど、人からの伝い聞いた話なので少々要領を得ない所があるが仕方ない。


 その日、僕は友人の家から学校へ登校したらしい…何故そんな事になっていたのかは良く分からないが兎に角そうやって高校生活最後を締めくくる式典に参加すべく体育館へ向う所まではなんら問題はなかったと彼女は言う。

 そうして後は、体育館へ入場するだけとなった所で待機していた列からトイレに行くといって急に外れた僕はその10時間後…もう何年も使われていない廃屋で腹部にカッターナイフを突き刺した状態で発見された。


 発見したのは、彼女___比嘉霧香。


 記憶のあった僕と学校で最後に会話をしたのも彼女だ。


 彼女が僕を見つける事が出来たのは、僕が送ったという一通のメール。


 そこには特に場所が明記されていた訳ではなかったそうだが彼女を『正義の味方』を本気にさせるには十分だったらしい…。


 医師の話によれば、僕が助かったのは本当に奇跡的で…もし、彼女が___霧香がみつけてくれなかったら僕はこうやって生きている事はなかっただろう。


 霧香のお陰で一命を取り留めた僕だったが、その代り記憶を失い何故あんな所で腹にカッターナイフなんて刺していたのか怒り狂った男の刑事さんに問いただされても答えることは出来なかった。



 自殺しようとしたのだろう…それが警察の出した見解だったそうだ。


 信じられない。


 玉城圭を知る人々は、口々にそう言ったが中にはありえるというものもいた。


 それは、彼の置かれた状況だ。


 卒業間際に、家庭の事情とは言え部活動をクビになり大学への進学も断念せざる終えないばかりか通う高校は進学校で就職に対するサポート体制は見無。


 玉城圭を取り巻く環境は、当事者の僕の目から見てもあまり良いものには見えなかった。


 けれど、いろいろな人から彼の話を聞く限り本人である僕が言うのも何だけどきっと『僕』はそんなことはしない…きっと他に理由があるはずだ!


 そして、その日以来僕と全く顔を合わせようとしない僕の可愛い弟。


 もしかしたら剣は、僕が死のうとしたと思ってそんなに怒っているのかもしれない…!


 僕の足は、普段お母さんと僕と剣で使っている部屋の前で止まる。


 ここのところ、引き篭もりに近い形で剣に占領されてお母さんと僕は居間で寝る嵌めになっている…その件も含めていざ話をつけようじゃないか!


 ガンガンガン!


 「剣! 僕だ、此処をあけろ! 朝ごはん持って来た…話を…話をしよう!」


 叩く手を止めドアに耳を当てるが、部屋はしんと静まりかえり返事はない。



 ガンガンガンガンガンガンガン!


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!


 どんなに叩いても、それでもドアは開かない…あ___段々ムカついてきた…。



 「…ほっといてよ」



 更にドアを叩こうとした時、その向こうからくぐもった掠れた声がした。


 実に4日ぶりの剣の声だ…でもどうしたんだろう?

 そんなに掠れて泣いているのか?


 「剣! どうしたの? 何処か痛いの? 此処を開けてよ!」


 「…係ないだろ…」


 「え?」


 「お前になんかに関係ないだろ! オレの事はほっとけよ!」


 絶叫に近い弟の言葉に、僕の頭は真っ白になる!


 何ソレ…お前って…関係ないって…僕に言ったの?


 わんわん耳鳴りがして、危うく片手に持っていた盆を落としそうになる。



 「お前なんかどっか行っちゃえ! オレの______」

 

 

 バキン!


 無意識に突き出した足が、部屋のドアを蹴破る。



 「てめぇ…今なんつった?」



 僕の口から、僕じゃない誰かが口を利いた。






 蹴破られたドア。




 薄暗い部屋にへたり込む涙目の剣。



 「あ れ ?」


 ふっと、突然カメラが切り替わるみたいな感覚に襲われ僕は辺りを見回した。


 すると、そんな僕の仕草に一瞬何か期待した表情だった剣の顔が曇りすぐさま視線を床に落とし唇をかみしめる。


 「あっ…ごめん! こんな事するつもりじゃ…」


 「…」


 どうしよう! 僕、何やってんの!?


 ぼたぼたと音がして、下を向いていた剣の目から大粒の涙が床に落ちる。


 「けっ、剣!?」


 僕は持っていた盆を、直ぐ傍にあったお母さんの化粧台の上においてへたり込んだままの剣に駆け寄る。



 「ごっごめん! ごめんね!」



 ぼろぼろ涙を流す剣をどうして良いか分からず、取り合えず涙を拭こうと手をのば_____パシィン!



 伸ばした手が、弾かれる。



 「け___」


 「に"ぃちゃ…なんで、なんでオレを置いてった! オレ怒ってんだ! ゆるさねぇんだ! ばかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 剣はそのまま大声を上げて泣きじゃくる。


 それは、僕に向けられた言葉のはずなに___まるで実感がなくて、それなのにこんなに苦しい。



 「剣、剣…僕……僕」



 言葉が出てこない。


 「あいや~なんね~?」


 騒ぎを聞きつけたお婆ちゃんが、背後でのんびりとした声を上げる。


 「なんね~剣~なちぶさーだね~」


 すたすたと部屋に入ったお婆ちゃんは、わんわん泣いてる剣を抱きしめてとんとん背中を叩く。


 「おっ…お婆ちゃん__ぼ」


 「けーいー、外で霧香ちゃんがまってるよー今日は学校にいくんでしょ~? ここはお婆ちゃんに任せていってきなさい」


 お婆ちゃんに言われて、僕はやっと思い出した。


 そうだった、今日は受け取れなかった卒業証書と就職活動用の卒業証明書を学校に貰いに行くんだった…!


 「だいじょうぶよー行ってきなさい」


 躊躇う僕にお婆ちゃんはニコニコ笑いながら、剣の背中を擦る。


 そうだ、就職活動の為にも卒業証書と証明書は必要だ…!


 僕は、泣き続ける弟を横目に後ろ髪引かれる思いで壁に掛かっていた学ランを手にとって部屋を後にした。





 「お待たせ、霧香!」


 僕は急いで玄関を飛び出し、門の外で待つ霧香に声をかけた。


 「何かあったの?」


 慌てて学ランを着た為着衣に乱れのある僕を、輝きのある黒い目が怪訝そうに見る。


 「うん…ちょっとね、それよりごめんね! わざわざ…僕の家、学校から離れているのに迎えに来て貰ってるのに…」


 謝る僕に、霧香は首を振る。


 「いいの、圭一人じゃ学校の道分からないでしょ?」


 『気にしないで、好きでやってるの』と、付け加え霧香はまるで太陽のように笑った。


 …そうなのだ、僕は学校への道を知らない。


 当たり前だ、高校へなんて『僕』は通った事がない…通っていたのはあくまで『玉城圭』だこの僕じゃない___。



 「どうしたの? いくわよ?」


 「あ、うん」


 僕は、前を歩くセーラー服に揺れる黒い濡れたように艶のある髪の後について行った。



 バスを二本乗り継いで、ようやく僕らは学校に辿り着いた。


 「ふぅ…やっと着いた…」


 少し疲れたと息をつく霧香を尻目に僕は、『学校』を見上げた。


 荘厳可憐な近代的建造、広い運動場に手入れの行き届いた構内…高校へ通った事のない僕にでも分かる___此処はお金持ちの学校だ!


 「僕、こんな所に通ってたんだ…」


 まるで他人事のように言った僕を、霧香が少し悲しそうな顔で見る。


 「え? なに? どうしたの?」


 「ううん! 何でもない、行こう! 証明書は事務室、卒業証書は先生が預かってるから!」


 

 霧香が、強引に僕の手を引く。


 あ、僕女の子と手繋いだの初めてかもって思ったけど何だかザワッて感じがして痒いのは気のせいだろうか?


 初めての高校での手続きは、ごくごく簡単なものだった。


 本館って所の1階にある事務室で卒業証明書を発行してもらって、それから僕等の担任だって言うジャージ姿の太った男の先生から筒に入った卒業証書を受け取ってそれでお終い。


 「なんだか呆気なかったなぁ…」


 僕がそう呟くと、購買って所で買ったこの学校名物の尚甲サンドっていうのを食べていた霧香がゴクンと喉を鳴らした。






 キーンコーン

    

    カーンコーン


 キーンコーン

    

    カーンコーン



 少し遠くで昼休みを知らせる鐘が鳴る。



 「それにしても此処本当に誰も来ないね」



 僕は、辺りを見回した。


 ここは、もう何年も使われていない温室。


 かつてはハーブや希少な植物を栽培していたらしい…。


 外観もヨーロッパ調の本格的なものできっとかつてはさぞ美しかったのだろうが、今となっては手入れする者もおらず伸び放題の草木がガラスを突き破り白を基調としていた外壁は良く分からないつる草が這い茶色く変色し建物自体も歪んでいる。


 手続き自体はごく簡単なものだったけど、在校生と時間をずらす為少し遅く家を出たのがあだになって全部終わるのに昼休みに差し掛かってしまった。


 一応卒業生が校内をうろつくのも何なので、人気のないこの温室でやり過ごそうと霧香に誘われたんだけど…外観が外観だっただけにちょっと入るの恐かったなぁ。


 僕等は、一部手入れのされていた一角に置かれた机の上に購買で買ったパンと飲みものを並べ昼食を取る。


 そこは、丁度教室位の広さで中央には子供用プールくらいの噴水と地面には何故か砕けたシャンデリアが無残に落ちていてその欠片が窓から入る日差しを乱反射して辺りを照らす。


 僕が、キラキラ光るシャンデリアを眺めていると黙ってサンドウィッチを食べていた霧香がその手を止めて口を開いた。


 「ねぇ、圭…本当に何も覚えてないの?」


 それは、とても悲しいそうな今にも泣き出しそうなそんな顔。


 「ごめんね」


 僕は、コレまでどれだけの人にこの言葉を言っただろう?


 記憶が消えてから、沢山の人が僕に…いや…『玉城圭』にその言葉をかけただろう?


 その時その人たちが僕を通して見ようとする彼は何も答えてくれない。


 僕が、彼ならどんなに…いや彼は僕のはずなのに…


 


 ___言わなきゃ___れ__比嘉に___




 突然振って沸いたような思いが、喉元まで込上げる!


 あ、言わなきゃ!


 僕は、サンドウィッチを握ったままの霧香の手を掴む!



 「え!?」


 「聞いて、霧香___ぼ」



 「おやおやおや~やーっと見つけたよ君たち~」


 ガサリと草を掻き分けて能天気に乱入してきたのは、白衣に身を包んだ口元の髭もふそやかな科学教師だった。






 「モリグチャ…ゴクゴク……いやぁ来てるって聞いてね~ガリッ探してたんだよぉ~あえて良かったモギュゴクッ比嘉君、玉城君!」


 科学教師は、僕と霧香が使っていた机の上に自分の昼食のパンやらおにぎり何かを広げて食べながら喋るもんだから色々口から飛び散って汚い。


 「先生! 空気読んでください! さっきのは出てくる所じゃありません!」


 霧香が、何故かとても不機嫌そうに科学教師を睨みつける。


 「うい?」


 獲物を射殺しそうな眼光も、科学教師には効果はないようだ。


 きょとんとした顔で自分を見詰める僕に科学教師は、口の中のモノを牛乳で流し込んでからまじまじと見詰め返した。


 「いやいやいや~聞いていたけど、君、本当に覚えてないんだね~いや~実に興味深い…!!」


 「先生! 圭のこと実験動物見るみたいな目で見ないで下さい!」


 霧香に怒られても、科学教師はまるでおもちゃを見つけた子供みたいにキラキラした視線を止めてくれない。


 「はぁ…先生。 あたし達を探してたって一体何の様なんですか?」


 「おお、そうだった、そうだった!」


 窘められた教師は、持って来たパンなんかが入っていた紙袋をごそごそしたかと思うとゴミだらけになった机の上に何かをコトンと置いた。


 「な…何コレ?」


 霧香が、置かれたソレを不思議そうに見る。


 「これぞ、玉城君との熱き思い出! さぁ記憶を呼び覚ますんだ!!」


 科学教師は、自信満々にドヤ顔を決めてそれを指差す。


 「熱き思い出って…」


 それは、水の張ったプリンカップに水耕栽培された何かの種子。


 「どうだね? 感じないかコスモを!」


 「葉っぱがとっても艶やかで元気そうです」


 僕は取り合えず率直な意見を述べる。


 「う~ん、だめかね…」


 何の変化も無い僕に、科学教師は方を落とす。


 「先生、コレなんの芽なんですか?」


 霧香が、怪訝そうに教師に問う。


 「ああ、そうか君はあの時一緒に居なかったね…コレはアボカドの種子さ、玉城君の化学と生物の単位取得にこの種子の接ぎ木をしてもらったんだ」


 「接ぎ木?」


 「ああ、芽が二つ出てしまった種子から一本間引いて根の強い固体を台座にして接ぎ木してもらった…いや彼凄いよ200株中180株成功だ見てごらんこの節! 綺麗に一体化している!」


 科学教師は、熱っぽく少し膨れた茎の部分を指差す。


 「ああ、実に素晴らしい手際だった…」


 「はぁ…」


 霧香は、深々と溜め息をつく。


 そんな事で記憶が戻るものなら苦労しません! そんな思いがにじみ出ている。


 遠くで昼休み終了のチャイムが聞こえて、霧香は僕に声をかけようと科学教師から視線をそらす。


 「圭、今日は取り合えず帰りましょ…今後の事は____え」


 霧香が振り向いたときには、そこに僕の姿は無く汚れ放題の机の上に書類の入った茶封筒と卒業証書の入った筒が転がっているだけだった。




 





 「はぁ…はぁ…はぁ……うぁ!?」

 


 全力で走っていた僕は、派手に転んで電柱に激突した!



 「ううう…」


 額が切れ、血が滴ったけどそんなの構わず走り続け一軒の家に辿り着き息が切れて呼吸すら侭ならない状態で僕はその家のインターホンを連打する!


 「あ"っけろっ…!」


 そう叫ぶと、カシャっと音がしてその家にの玄関の戸が開いたのが分かり僕は躊躇無く飛び込む!


 「ゲホッ! はぁはぁ…! 何処だいるんだろ!!」


 僕は、息も絶え絶えに玄関の廊下を通ってリビングへ入る。



 「やぁ、もう来る頃だと思ったよ____圭兄」



 昼にも関らずカーテンを閉め切った薄暗いリビングの中央に此方に向けて置かれたソファーに座る人影が、いつもと変わらない声で笑う。


 「…なっ…! 浩二…? 浩二なのか…?」


 僕はソファに座るそれが、従弟の浩二だとは直ぐには気付けなかった!


 無理も無い。


 ズタズタの制服に身を包んだ浩二は、あちこち流血していて顔色が悪い…それだけなら何処かで交通事故にでもあったのか? と聞くことが出来たろうがそれ所ではない。


 モゾ…。


 はだけた学校指定のYシャツから覗く、血に染まったTシャツの引き裂かれた場所から見えるまだ筋肉の薄い腹部の皮下を幾重にもまるで根を張る様な何かが蠢き脈うちながら全身へと広がりそれは、浩二の顔半分までを皮下から覆う。


 「ああ、これぇ?」


 浩二が、右手で破けたTシャツをまくって見せた。


 そこには、気のせいでなく『根』のようなものが皮下をドクンドクンとさせながら明らかに脈打つ!


 「あ~実はペナっちゃってさぁ~」


 浩二はまるでテストの点が悪かったときのような罰の悪い顔で、ガリガリと頭をかく。


 「は? ペナ…? なんだって?」


 「ペナルティだよ…え~と、なんてゆーか…」

 

 ふっと、浩二から笑みが消え表情を無くす。



 「干渉し過ぎたんだ」



 そう言った浩二の頬をグネグネと、『根』が咎めるようにうねった。




 浩二の体を這い回りながら侵食する『根』。


 何…?

 何でっ?


 

 ____ギシッ____

_______ギシッ_______



 目の奥が軋む。



 あれ? 僕は、何で浩二の家に来たんだろう?


 此処にくれば『どうにかなる』なんて何でそう思った?


 あれ? 何をどうしなきゃならないんだっけ?



    軋んで、


 軋んで、


 


 ひび割れて、少しずつ芯から洩れてたドロドロがバクッっと割れて噴出した!




 目の前が赤く染まる。


      ぶくぶく歪んで崩れるセカイ。



 床に広がる赤い池。



 ぶくぶくと折り重なって溶けていく沈むお父さんとお母さん。




 『傍観者』



 浩二は、あの時僕にそう言った。



 『見ている事しか出来なくてごめん、なにも出来なくてごめんな』


 浩二は追い詰められた子供みたいに泣いて泣いて___弟を抱きしめて座り込んでる『はんぶんこ』になった僕を只見てた。

 


 「浩二がそうなったのは…僕の所為? 僕が、あんな事したから…!」


 「あ~違う違う! えーと、あっちの圭兄にも言ったけどさっ俺の『傍観者』はどうしても必要な個人的理由で望んでそうなったんだ、だから圭兄達の件には関係ないよ…まぁ、このグネグネは今回俺かなりつっ込んじゃったからルールー違反でって…もしかして圭兄、結構戻ってるよね? あ~やっぱ無理だって言ったじゃんよぉ~」


 あーもう!っと、浩二はグネグネ根の蠢く手で額を覆いながら天井を仰いだ。


 『あっち』と言う言葉に、脇腹が急に熱を持ちズキンと痛む。

 

 真っ赤に染まる視界に浮かぶ、僕と同じ目が、僕と同じ顔が血を吐きながらにやっと笑う。

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