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霊感0!  作者: えんぴつ堂
すべての優しいifを殺して
23/25

すべての優しいifを殺して⑤

 「いいえ、お陰様で処置を早く行なって頂けたので勿論傷なんて残らないと病院でも…只」


 「ただ?」


 「怪我の原因の疑いと姉さんの思い人が貴方だと知った父さんが、貴方を殺すと…あ、ちなみに父は元キックボクサーです」


 「はぁ!?」

 

 なにこのデンジャーな親子!


 狂犬の親父は魔犬なのか!?


 「ああ、大丈夫ですよ父さんなら姉さんが一撃で…まぁその後泣いて縋られて已む無く学校を休む事にしたのですが」


 あいつ、泣きつかれ無かったら登校する積もりだったんだ…。


 「あ、僕は此処で。 姉さんは式の前日には登校できると思います」


 校門を潜り、少し歩いた所で比嘉弟はそういい残すと中等部の方へと歩き去っていった。


 「はぁ…なんか朝から疲れたな…」


 まだ少し時間に余裕のある中、俺はいつもの見慣れた校舎を少しペースを落として歩く。


 そういや俺、柔道部の寮に住んでた癖に学校の中をこんなに歩いたの部活やめてからなんだよな…。

 まぁ、寮が体育館の裏なんてところにあったから徒歩30秒で教室だったし練習練習で寮と体育館地下の武道場との行き来だけだったしこっち側なんて興味無かったからな…。


 空に雲がかかり、冷たい風が俺を通り抜ける。


 信じられないな…。


 俺の中で煮え切らない思いが渦巻く。


 本来なら、こんなの理解しろと言うのが度台無理な話だ。


 コレだけ、事実を突きつけられても俺の中のどの記憶もそこへは結びつかない。



 大好きな俺の母さん。


 大好きな俺の弟。


 大好きな博叔父さん。


 大好きな武叔父さん。


 大好きな従姉妹達。


 大好きな爺ちゃんと婆ちゃん。



 ……………………死ぬほど嫌いな糞親父。



 『圭の望んだ優しいifのセカイ』


  何でだよ!


 みんなみんなお前が望んだんじゃねぇのかよ!


 「____き、玉城!」


 「あ"あ"?」


 出席を取っていた担任のMハゲが、突如自分を殺さんばかりの殺気をこめた眼光で睨み付けたクラス1の問題児を前にヒュッっと息を呑んだ。


 何故そんな目で睨まれるのかMハゲには身に覚えがない…ただ、ただ何度呼んでも返答が無かったから多少大き声で呼んだだけ。


 周りの生徒達も、そんな問題児の行動にざわめく。


 正直、Mハゲはこの生徒の事が二番目に苦手だった。


 教員生活30年、その何処にもこの生徒のように行動の全く読めない者もめずらしい。

 と言うより、Mハゲは普通科の生徒とは違う比較的教師と言うものに対して従順な性質をもつ体育科の生徒とばかり接して来た為このような特殊な境遇を持ち尚且つ教師を敬うという事しないこの問題児をどのように扱ってよいのかついぞ卒業を間近に控えた今日と言う日を迎えても一向に分からなかったのだ。


 しかも困った事に、この問題児の世話を一手に引き受けていた有能な女生徒はこれまた謎の襲撃に見舞われ本日欠席所か親御さんの申し出により卒業式前日まで休むというのだから溜まったもんじゃない!


 その女生徒__比嘉霧香をこのような目に遭わせたのはこの問題児ことこの玉城圭だと生徒の間ではもっぱらの噂だ。


 だからMハゲは祈ってた。


 どうかこの7日間、なんの問題も起きません様にと____が、その願いは普段の行いの悪い所為か却下されたようだ。


 「あ____はい、元気です」


 もう何かされるんじゃないかと脅えてきったMハゲを一瞥すると、以外にことは荒立たず玉城圭はそっけなく返答しなおし視線を窓の外へ向ける。


 ほっ、助かった!


 「それじゃ、次______」


 ダン!


 胸を撫で下ろしたのもつかの間、玉城圭のすわる窓際とは反対側の机が激しく叩かれ一人の男子生徒が立ち上がった!


 「てめぇ! 何だよその態度は!!」


 坊主頭の群れの中、窓際の俺の席とは反対の壁側からひときは青々とした頭を振り乱しならがら立ち上がったそいつは鋭い眼光で睨みつけてきた。


 「止めろ金城! 玉城は___昨日の事もあって参ってんだ」


 直ぐ傍の席の豚が、余計な事を金城に言う。


 金城は、鋭い眼光を俺から逸らさず怒鳴り散らす!


 「仲嶺! 昨日お前がこの教室に入ったときコイツが比嘉の傍にいたんだよな!? じゃ、比嘉やったのはコイツじゃねぇか?」


 「落ち着け金城、やったのは玉城じゃねぇ…それに今はそんな事いってる時じゃ____」


 「ああ、コイツんち火事で焼け出されたんだって? それって本当にただの火事か?」


 金城の顔が歪んだ笑みを浮かべる。


 「玉城、お前柔道部クビになってむしゃくしゃしてんじゃねーの? だから、ワザと注目集めるために殺人事件の容疑者になってみたり比嘉をあんな目にあわせたり家だってホントはてめぇで火_____」


 

 ガタタタタタッ!


 「止めろ玉城!!」


 俺の左手が金城の眼前で止まる…いや正確には豚が渾身の力で俺を抱きすくめる形でねじ伏せたのだ!



 「殺す…!」

 「落ち着け玉城! ここでこんな奴に手だして卒業できなくなったらどうする? コイツは比嘉に惚れられてるお前が妬ましいだけだ!」


 このやり取りに、教室中が騒然とする。


 尻餅を付いた金城が、へら付いた顔で俺を見上げる…ムカつく…糞が…!


 豚に締め上げられているうちに、一瞬にして沸点まで達した俺の脳ミソから熱が引いていくが激しい憤りが胸焼けを起こしそうだ!

 

 「5時間目」


 豚が俺の耳元で鳴く。


 「5時間目は体育だ…お前、実技の単位はそれで取れ」


 ああ…なるほど…。


 どうやら、豚は俺のスケジュールを完全に把握しているらしい。


 「道着は貸してやる、好きなだけ暴れろ」



 そうさせて貰おうかな?


 その日の体育の授業は、学校側には授業中の事故として簡易報告されただけで公式記録には残らなかったがその後景を目の当たりにしたMハゲの日誌によるとまるで戦場の後のようだったと記され本当にあった怖い話として後の生徒たちに語り継がれたそうだ。







 夕日が照らす帰り道。



 俺は、鈍くうずく腹を押さえふらふらになりながら家路に付こうとしてはたと気付く。


 あ、方角間違えた…っと。


 習慣は…と言うか昨日までコレが正しい道だったのだ間違えても誰も笑わないだろう…多分。


 俺は少し歩いた道から踵をかえす。


 もう、俺がこの方角で帰る事はもうない。


 帰るべき家ももう焼け落ちて、待っている筈の家族も大半が『帰ってしまった』そして、ほって置けば全ては元に戻ってしまう。


 きっと、この痛みも今日のムカつく事も今まであった俺の全てなんて『圭』に掛かればあっという間に正されてしまうのだろか?


 後、6日。


 あまり時間は無い。


 浩二がチビ共を難癖理由つけて家に閉じ込めるのだってそうそう長くは無理だろう。


 だから、早いところカタをつけなくてはならない。


 だれもいない夕焼けてらす坂道。


 誰も、誰もいないのに感じる視線。


 すすり鳴いて、手を伸ばして『どうして?』と喘ぐ。


 うずく腹を押さえ、振り向かず歩いた。


 まだ、まだ呑まれるにはいかない…もう少し、もう少しだけ……。


 「おかえり」


 倒れこんだ玄関で、浩二が灰色のスウェットのまま出迎えた。


 「た…だいま」


 息も絶え絶えな俺を、浩二の冷たい視線が見下ろす。


 「君さ、馬鹿なの? 何やってんの? リア充? リア充めざしてんの?」


 どうやら浩二は、今日の俺の活躍をご存知のようだ。


 我ながら、どこぞの安っぽい青春バトルマンガのようだと10人抜きした辺りで思ったけど…まぁ悪くなかった。


 死にそうに疲れたけど、気分はすこぶるいい。


 玄関にうつ伏せに倒れる俺を、浩二が酔っ払いを介抱するみたいにごろんと仰向けにして学ランのボタンを手際よく外しYシャツをたくし上げた。


 「ふうん…早いな」


 浩二は、昨日刺した傷跡をそっと撫で眉を顰める。


 内臓に達し血を吐くほどの刺し傷は、朝には飯が食えるほどに回復しじくじく痛みはすれど体育の時間にはあれほどの大立ち回りに堪え見る限りでは少し深めの切り傷程度に完治しつつある。


 「今晩もやるから」


 浩二が冷たい声で言った。



 午前二時。


 チチチチチチッ…。


 昨日より一回り大きな工作用カッターの刃が、スタンドの明かりに照らされて鈍く光る。


 「君の傷の直りが早いのは圭兄の影響だよ…今までも身に覚えなかった?」


 浩二が、むき出しの刃を眺めながら俺に聞く。


 「ああ、そう言えばマイスイートに腹を抉られ喉を切られてちょっと食べられた時も頭を殺人鬼に散々頭を殴られた時も早かった気がする…」


 「え!? そんな事になってたの? 何それバイオレンスすぎない!?」


 うん、振り返っても俺って吐くか刺されるかが圧倒的に多い気がする。


 その度に、傷については医者も驚く速さで治っていたけど…?


 「なんでだろ…浅い傷より深い__より重症の傷の方が治りが早いんだ」


 マイスイートに抉られた腹と喉は殆ど一瞬にして治ったみたいなものだったのに、その時すっ転んでガラスに刺した脹脛は早い方ではあったが治るのに少し掛かったし殺人鬼に殴られた頭よりチカの母親に打ち込まれた薬物のほうが抜け切るのに時間が掛かった。


 「身体的な傷や痛みは、圭兄にとってトラウマなのさ…その傷が深ければ深い程必死に治そうとする」


 浩二が、ベッドに仰向けに転がった俺を苦しげに見つめる。


 「ごめん、今はこのくらいしか圭兄を『遅らせる』方法がないんだ…絶対、絶対他の方法見つけるから…! 我慢して…!」


 こんなの異常だ。


 が、火事のあった日確かに背後まで迫っていた奴の気配は何処か遠いものに感じる。


 少しでも、奴からチビ共を守れるなら…。


 「やれ」


 浩二は、今にも泣きそうな顔をして俺の眼を左手で覆う。


 うわっ、どうしようマジで恐い。


 息遣いで浩二が、カッターを振りかぶったのが分かった。



 ___来る!


 俺は来る痛みに備え覚悟をきめ______バタン!


 「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 甲高い叫びと共にドサッと、勢い良く俺の上に何かが飛び込む!


 「はっ? けっ剣!?」


 剣は、俺の腹にぎゅっとしがみ付いて浩二を睨みつける!


 「ゆるさないぞ…!」


 部屋に飛び込んできた剣に圧倒された浩二は、思わず一歩後ろに下がった。


 「剣っ…っと、コレは___」


 「兄ちゃんになにすんだ! 浩二兄ちゃんの馬鹿!!」


 しがみ付くその小さな体は、震えることも脅える事も無く大事な者を守ろうと眼光を鋭く相手を威嚇する。


 そこには、いつもの泣き虫小僧の姿は無い。


 そんな小さな従弟に、なんとか取り繕おうとする浩二だったが剣の気迫に圧倒されたのか言葉を詰まらせるばかりだ。

 

 この状況を剣にどう説明すればいいのか正直俺にも分からない…が、なんとか理解させないと…たとえ嫌われたとしても。


 「剣」


 俺は、腹に引っ付いたままの弟の肩を抱く。


 「よく聞け、浩二は悪くないんだ…こうしないと兄ちゃんお前等に何するかわかんねぇんだ」


 「え…?」


 さっぱり分からないと言う顔で剣は、俺を見上げた。


 「……家を焼いたのも、母さんや叔父さん達や爺ちゃん婆ちゃんが帰ってこないのも……みんな俺がやったんだ」


 兄が放った言葉に、くりっとした愛嬌のある眼がさらに見開かれる。



 「圭兄…っ!」


 

 視界の端で、浩二が首を振る。


 やっぱりな、俺の推測は大方正解だろう。


 恐らく『圭』にはこのセカイで肉体は無く、その役割を果たすのが俺なんだ。


 だから、比嘉を呼び出せた。


 あの時、比嘉が一瞬見せた恐怖と安堵ずっと引っかかってた…火事だって金城の言うとおり俺がその場に居なくたって幾らでも方法はあるんだろうし大人たちに何かするのだって『俺』であれば誰も警戒なんかしない。


 「おっ…落ち着けよ圭兄! 火事は兎も角、ばーちゃん達が消えたとき圭兄さ学校だったじゃん!」


 しどろもどろになりながら、優しい従弟が無駄な足掻きをする。


 「そんなの、『俺』ならどうとでも出来るんじゃねーの? それに消えたのがなにも学校にいた時間帯とは限らない」


 それに、『圭』が他に肉体を持ち得るなら心優しいお前がわざわざ俺の腹をブッ刺したりしないだろ?


 俺はベッドから体を起こし、ぎゅうぎゅうしがみ付く剣の腕を引っぺがしてマットの上に座らせる。


 「に…ちゃ?」


 「剣、浩二の言う事よく聞くんだぞ」


 俺と同じ黒くて固い髪をくしゃりと撫でてベッドから立つと、呆然としていた剣の顔が気が付いたように驚愕に染まる。


 「や、やだ…やだ! 兄ちゃん、置いてかないで! オレも、オレも行く!」


 剣が烈火のごとく泣き叫び、立ち上がった俺の太ももの辺りにしがみ付く。



 「放せっ」


 「やーだー!! オレも行くっんだっ!」


 俺は、すっかりきかん坊モードになった剣を無理やり太ももからひっぺがしてベッドに投げつけた!



 「剣!!」


 固めのベッドに後頭部を強かぶつけた剣に、浩二が駆け寄るが剣は差し伸べられた手を振り切ってめげずにまたしがみ付く。


 「いい加減にしろ!」


 怒鳴った俺に一瞬身を硬くした剣だったが、しがみ付いた手を緩めようとはしない。


 「やだ! 絶対放すもんか!!」


 しがみ付くスウェットのズボンをぐちゃぐちゃに濡らしながら、もはや絶叫に近い声を上げる可愛い可愛い俺の弟。



 「放さないと殺すぞ」


 「ヒクッ…にちゃヒッオレにそんな事しな_____ア"ッ!?」


 めり込む無骨な指。

 細いくて頼りない首は、片手で容易に絞める事が出来た。



 「ア…アッハッ…にっ___」


 泣いて赤かった顔が、少し強めに絞めあげると赤黒く染まりようやくしがみ付いていた腕の力が抜けだらと垂れる。


 「けっ、圭兄!!!」


 俺は、すっかり大人しくなった剣をベッドの上で言葉を失っていた浩二の方に投げてよこす。



 「ゴホゴホゴホッ!!! ウゲェェェ…!」


 落ちる寸前まで呼吸を封じられていた剣は、激しく咳き込み浩二のスウェットの上に晩飯のきんぴらゴボウをぶちまける。


 「圭兄! 幾らなんでもやりすぎだ!」


 嘔吐する剣の背中を擦る浩二が怒鳴るが、俺はもうそれには目もくれず背を向け部屋をでた。


 部屋を出て行く俺に、剣が言葉にならない声で何か叫んだが直にドアを閉め階段を駆け下りる。


 早くここから離れないと、今度こそ本当に剣や渚と風…浩二だって殺しかねない…!


 駆け下りたリビングで、市指定のゴミ袋に制服とスマホの充電器に浩一叔父さんに買ってもらった下着を詰めてぶかぶかのスウェットに靴を履いたいでたちで浩二の家を飛び出す。


 「くそっ!」


 剣の首を絞めた感触が手の平にまとわり付い、て堪えていた涙が頬を伝った。


 「ごめん…ごめん…」


 雲一つない漆黒の空に浮かぶ月が、歪みながら駆ける俺を嘲笑う。



 『なかないでもう少しだから』



 背後で奴の声がする。


 「ふざけんな!」


 そう思うのに…!


 どうして、どうして俺はお前の声を聞くだけでこんなにも安心してしまうんだろう?







 

 朝が来なければ良いなんて『俺』は、考えた事なんてなかった。





 「起きろ玉城!」


 ドカッと、乱暴に足蹴にされて俺はようやく目を開ける。


 「部活辞めたからって弛んでんぞ?」


 俺を足蹴にした豚が既に学ランに身を包み呆れた顔で見下ろし、溜め息をついてた。


 「…何時だ?」


 「8時半くらい…だな、起きれないならスマホのアラームもっとでかくしろ!」


 豚は、そう言うと冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し俺に投げて寄こす。


 「…いらね」


 「飲め! お前がこの四日、ろくに食ってるとこ見てねーんだよ!」


 飲まないなら頭からぶっ掛ける!と、脅された為俺は渋々野菜ジュースをすする。


 まじぃ…青臭い…。


 俺は、あの日行く当ても無く夜の路上を彷徨っているところを早朝の自主練をしていた豚に拾われ…と言うか殆ど誘拐に近い形で寮の部屋に連れて来られた。


 出てくという俺を『出てくなら比嘉に言いつけるぞ』と脅されこの四日程をこの豚の部屋から学校へ通う羽目になっている。


 豚たち三年生は既に部活を引退していて、点呼や朝錬と言った物への参加は強制では無くなっている為出入りさえ気お付ければ俺一人くらいこっそり泊まったからってそうそうバレないと言うわけだ。


 何とか飲み干した野菜ジュースの空を見張っていた豚にわたし背中を鳴らす。


 「随分、片付いたな」


 豚の部屋は、この前来た時より更にものが減って今は布団とノートパソコンと冷蔵庫くらいしかめぼしい物は無い。


 「ああ、卒業式が終わったらすぐ向こうに行かないといけないからな」


 豚は家具のすっかり減った部屋をしみじみと眺めた。



 「もう明日か…単位、間に合って良かったな」


 「ああ、何とかな」


 俺は、あの後も比嘉の用意したスケジュールをこなし予備日を残して全ての単位を取得する事に成功していた。


 まぁ、肝心の就職については手付かずと言う重大な問題は山積しているが取り合えず卒業は出来そうだ。


 「玉城」


 しみじみ部屋を見ていた豚が、俺に視線を移す。


 「なんだ?」


 「俺、やっぱお前には敵わないわ!」


  はぁ?


 思わず眉間に皺を寄せた俺に、豚が慌てて補足する。


 「いやっ! なんつーかほら、お前ってやっぱすげーよ! はっきり言ってもし俺がお前の立場ならきっと補習なんて出来なくて卒業とか絶対無理だったと思うんだ!」


 この期に及んで、この脳内花畑な正義の味方の助手は…。


 まぁ、普段なら無視する所だが4宿4飯の礼をこめてはなしを聞いてやろうじゃないか。


 「…そんなの状況が違うだけでお前だって____」


 「いや、無理だね」


 俺の回答をねじ伏せ豚は続ける。


 「俺は、今までこの学校の柔道部じゃ自分より強い奴なんかいなくて特待もこの部屋も誰かが用意していてくれてさ、ソレが当たり前過ぎて自分にそのくらいの価値があるのが当然だって思ってた…もちろん人一倍練習したしその結果だって自信もあったんだぜ?」


 豚は、そういいながらおれの正面に胡坐をかいた。


 「けど…つい最近、怪我したんだ」


 「怪我?」


 「椎間板ヘルニア」


 「それ…」


 椎間板ヘルニアとは、背骨をつなぐクッションの役割をしている椎間板が飛び出す場所により、神経根の圧迫して首や肩、腕に痛みやしびれが出たりまた、足のもつれ、歩行障害が出ることもある…本来は年寄りの病気だが柔道においてはもはや職業病といっても過言ではない。


 「…治療はしてない」


 「馬鹿か!? 酷くなったらそれこそ柔道やってる場合じゃなくなるだろが!!」


 「ああ、馬鹿だよ…恐かったんだ___全部失うのが」


 競争率の高い世界で、怪我や病気は時には回復した所で機会を逃し選手生命を絶つことだってあり得る。


 豚のようにトップをひた走るものにとってそれは死ぬほど…いや、思いつめるなら死んだ方がましだと考える事があっても不思議じゃない。


 「俺、大学いったら直ぐ治療に専念するわ…推薦枠なのに…きっとこの学校の名前に傷をつける事になるし治った所で試合に出られる保障なんて何処にも無い…けどお前をみてたら失っても又掴めば良いって思えたんだ…だから」


 「掴めよ…お前なら出来る」


 俺は、豚の前から立ち上がり洗面所へ向った。


 つい口をついて出た、正直な言葉に顔が赤面しているのがわかる…。


 こんなの現実的な話じゃない『お前なら出来る』なんて無責任な言葉だ…それでも、この時ばかりは掴んで欲しいと素直にそう思えたんだ。


 いつまでも顔を洗っている俺に、仲嶺が『先に行くからカギ掛けとけ』と言って先に部屋を出て行く。


 立ち去る足音を確認して俺は、ようやく顔上げて鏡を見た。


 久しぶりに見た自分の顔は、前より色白になって少し顔色が悪い。


 なるほど、野菜ジュースの一つも飲ませようと思うわけだ…。


 「ありがとな、仲嶺」


 お陰で、目が覚めたよ。


 俺達も、片を付けなきゃな…そうだろ『圭』。


 その日は、本当に慌しい一日だった。


 明日の卒業式のために、在校生らが急ピッチで本館中央の大体育館を卒業式使用に装飾し外へと続く花道を作るのに一ヶ月も前に用意したプランターって…あれ俺と比嘉が植えたやつじゃね?


 とか、まあまあそれなりに賑わって_____。


 「グスン…おっくんせんぱぁい(神様)…もう、もう一緒の学び舎に侍る事が出来ないなんて…そんな、そんなぁ~」


 「わーもーやめてー、誤解されるからマジで止めようなホント」


 まだ、松葉杖が痛々しい体格の大きな信徒は崇め奉る神との別れを惜しみ前日にも関らずバタバタと人通りの多い往来で号泣しながら土下座状態でひれ伏しそれはクラスメイトに連行されるまで続いた。


 全く、前日でコレなら明日はどうなる事やら!


 俺は、引きずられていく仲村渠を見送りながら半ばげんなりした気持ちになった。


 「それにしても……」


 今日は、登校したものの義務ではなかったのでHRは無く卒業式の予行演習も既に昨日終えていたため卒業生はちらほらとしかいない。


 あくまでメインは明日の為、多くは気の合う仲間と気ままに構内を散策し思い出にふけ大学進学の準備に当てるか俺のように習得し単位を計算した書類を確認しに来たかのどれかでしかないだろう。


 「来ないのかな…」


 俺は、まだ比嘉に会えてなかった。


 まぁ、今日は登校の義務はないから比嘉の傷が良くなっていたとして来る必要は無いわけだけど…出来るもんなら今日中に会えたらと思ったんだけどな…。


 書類の確認が終わった俺は、閑散とした教室を見渡す。


 今日は殆どのクラスメイトが、大学準備や寮の引き払い等で登校していない。


 仲嶺は、本館の事務に必要書類を貰いに行ってるだけで今日はそのまま自宅に戻り家族ですごしてから明日の式には参加するらしい。


 だから、今晩俺は一人で仲嶺の部屋で過ごす事になる。

 

 ブブブ。


 不意に、胸ポケットにしまったスマホが短く震える。


 メールだ…送り主は浩二。


 『剣が部屋から出てこない。 帰ってきて』


 そう打たれていたが、俺は返信はせずそのまま画面を消した。


 片をつけるまで剣には会えない、それでなくとも会わせる顔が無い。




 もう少しだ…もう少しで片がつく。



 それは漠然とした予感でしかないが、もう近くに感じる『圭』の気配がそれを物語っている。


 とても暖かな、抱きしめられたらそのまま眠ってしまいそうなそんな安堵感。


 それが、付かず離れず俺の周りを探るようにうねる。


 一体なにを躊躇っているのか?


 『圭』はその実体がつかめないまでも決して俺に触れず、何かを待っているようなタイミングでも計っているようなそんな____ガラッ。


 不意に、教室のサッシが引かれ息を弾ませた比嘉が駆け込んできた。


 「はぁ…はぁ…良かった、まだいた…!」


 比嘉は、その額に大きめの絆創膏を貼ってはいたがそれ以外は万人を虜にする美しい弾けるような笑みを浮かべ俺のところへ近づく。


 「単位! 全部取れたって先生に聞いて…良かったコレで一緒に卒業できるね…!」


 「…おい、何で泣くんだよ…」

 

 「だって!」


 俺は、突然泣き出した正義の味方にどう接してよいか分からずおろおろしてしまう。

 

 「取り合えず泣き止め、俺お前に______」



 ガタン。



 「「あ」」



 ふいな物音に顔を上げると、開けっ放しの出入り口から進入したと思われる狂犬が今にも牙を剥きそうな殺気を纏立ち尽くす。


 きっとこの狂犬の目には、卒業前日の誰も居ない教室なんて言う狙い済ましたようなシチュエーションを利用し俺が最愛の姉に言い寄り更には泣かせたようにしか見えてないだろう…きっとそうだ目が血走ってる!


 「きっ切斗!? えっとね…あ~逃げて圭!」


 姉は弟の性質を正しく理解しているらい。

 俺は、一目散に窓から飛び出す!


 「圭! また明日ね!」


 窓から顔出した比嘉が走り去る俺の背中に手を振った。



**************




 俺は、窓から射す明ける空から降る日の光を浴びながら真っ白な天井を眺める。


 pipipipipipi


 枕元で震えるスマホのアラーム。


 ああ、そう言えばセットしてたなアラーム。


 すっかり正常に戻った体内時計の力によりキッカリ5時に目覚めていた俺は、むくりと横たえていた体を起す。


 「おはよ」


 誰もいない、家具もない部屋で俺は誰かに向って当然のように言った。




 ざわめく校内。



 在校生は、一部の係りを除いて体育館の前で式の開始を待ち卒業生は一旦教室で待機する。


 「全員立て移動する」


 珍しくネクタイを締め正装に身を包んだMハゲが、窮屈そうに身を揺すりなから俺たちを誘導する。


 まぁ、予行演習済みの手順だ誰も戸惑う事無く行動…あ、比嘉も女子どもについて行ってるから大丈夫か…。


 体育館に移動する校舎内のスロープで一度列が止まり前から順に、なにやら籠のようなものが回される。


 「在校生がこの日の為に育てた欄のコサージュだ全員胸に着けるように!」


 Mハゲの声が飛ぶ。



 それに習い、籠からコサージュを取って後ろに回す。


 紫色の小ぶりな欄のあしらわれた小さなコサージュ…生の花でつくるとか、簡単につぶれそうだな。


 俺は、つぶさないよう注意しながら左胸に着けようとして手を止めた。


 胸ポケットのなかのスマホが、着信を知らせる緑のライトを点滅させている。



 着信:コウジ



 一瞬躊躇したが、コサージュをつけると言う行為に卒業への興奮を露にざわめく同級生達を見ていまなら大丈夫だろうと俺は電話に出た。



 「どうした?」


 『ごめん、油断した! 剣が剣が何処にも居ないんだ!』


 今にも泣き出しそうな浩二の声に、一瞬頭が真っ白になる!



 「最後に見たのは?」


 『昨日の晩、渚ちゃんがトイレで…それからは誰も ップ』



 俺は、スマホの通話を切り列から外れる!


 「圭!」


 突如、体育館とは反対に駆け出した俺の腕を比嘉が掴んだ!


 「どこ行くのよ、始まっちゃう!」


 「…便所」


 そういうと、『ああ』っと比嘉は手を緩め俺が手に持ったままのコサージュを指差す。


 「手に持ったままじゃ失くすよ」


 そう言って手を出してきたので、てっきり預かるのかと思い渡すとコサージュを受け取った手がそのまま俺の胸にそれを留める。



 「これで失くさないでしょ?早く戻ってね時間無いんだから!」


 そう言った、比嘉の顔は何故か赤い。


 「ああ、じゃ」


 そんな比嘉を横目で流し、ざわめくスロープの人混みを掻き分けながら駆け遂に校舎を出る。


 まだ疎らだったが、卒業生の出待を始めていた在校生たちが勢い良く飛び出してきた俺を不思議そうに見るがそんなの構ってられない!


 出てきた校舎など振り返らず、俺は校門へ続く花道を全力で駆け抜け校外へ飛び出し浩二の家に向う!


 学校から徒歩10分も無い浩二の家は、この脚を持ってすれば7分と掛からずに辿りつき俺は着くなりすぐさまインターホンを連打する。



 「俺だ! 開けろ浩二!!」


 思わすバンバン叩いた玄関のドアが、ガチャっと隙間を開けた瞬間俺は手をつっ込んでそのままで引く!



 「わっ!?」

 「きゃっ!?」


 勢い良く引かれたドアに引きずられた従姉妹二人が、つんのめって転ぶ。



 「渚! 風!?」


 「ったぁ~!」

 「圭…おにいちゃっ」


 重なるように倒れた二人が、俺を見るなり揃って涙を浮かべる。


 「どうしよう…剣が剣が…」


 普段気が強く人前でなど決して泣かない渚が、嗚咽をもらす。


 「どうした! 何ががあった!?」


 「昨日、夜、様子が変だったっ…けど、アンタと喧嘩したって聞いてたからそれでだろうって…あたしがもっと気おつけてれば…!」


 渚が、玄関の石畳にへたり込んだまま遂には声を上げて泣き喚く。


 「風、剣は何か言って無かったか?」


 「う…ん、剣お兄ちゃんね…ずっとお部屋にこもってずっとずっと『いえにかえらなきゃ』とか『まもる』とかそんな事言ってた」


 風は気丈にも、涙を堪え一生懸命に言葉をつむぐ。


 「家に帰るって…」


 「お家燃えちゃったのに…変だよ」


 遂に風の眼からもぼろぼろ涙が零れ、大声で泣く姉に抱きつき二人で泣きじゃくる。


 「浩二は、居ないのか?」


 嗚咽を上げ肩を震わせる姉妹は、首を横に振る。


 俺は、スマホから浩二に電話をかけるが圏外を知らせるアナウンスが流れるだけだった。


 くそっ!


 話を聞く限り多分、剣は自分から家を出た可能性が高い…帰る?


 一体何処に?


 ジリッ!


 「…っ!」


 急に左目の奥の芯がまるで砂でも噛んだように鈍く軋んだ感覚に襲われた俺は、思わず手で押さえ込む!




 "さぁ、帰ろう僕らの家に___剣が先に待てる"





 「け…圭おにい…ちゃん?」


 抱きあって泣く姉妹が、脅えたように俺を見上げる。


 「…鍵かけて、浩二が帰って来るまで家からでるな」


 背を向けた俺の学ランの裾を、風の手が掴む。


 「かえってくるよね…? お兄ちゃん達ちゃんと帰ってくる…よね?」


 俺は無言で走りだす。


 少し引かれた裾は、風の手から滑りあっという間にすすり泣く声は遠ざかった。





 俺は走る。


 何処へ向えば良いのか、どの道を行けばいいのか…知ってる。


 そうだ、知ってる。




 当たり前じゃないか、『僕』は帰るんだ!


 僕は、つものバスに飛び乗っていつもの様に家路を急ぐ。


 僕が座席に座っていると、知らないオバサン達が『あの高校は今日卒業式なのね』と話していた…そうだったもう始まっちゃなぁ…でも急がなきゃ!


 剣が待ってる!


 いつものバス停で下りて、いつもの道を僕は全力で走る。


 僕が、小学二年のときに引っ越したあの赤い屋根の一戸建て___ああ、なにも変わってない…もう少し、もう少しで全部、全部_______。


 "全部なかった事にするのか?"


 頭の中で声がして、僕は玄関のドアの前で立ち止まる。


 何を言ってるんだろう?



 "剣をどうするつもりだ!"



 その声はとても怒っていて、怒鳴り声が頭の中でガンガン響く…もう、頭の中って耳を塞げないんだからやめてよね!


 僕は、声を無視してドアをあけて中に入る。


 「剣~ただいま」


 呼んでみたけど返事が無い…またゲームでもしてるのかな?

 

 あんまりやりすぎるとお母さんに怒られるのに!


 「けーんー!」


 僕は、靴のまま廊下を歩きリビングのドアに手をかけてガチャっと開け_____


 「…え?」


 目の前に広がっていたのは、赤。


 赤い赤い血の海。


 そして、その赤の中に在るのは僕の…僕の弟。


 まだ昼であるはずなのに、夕日ような紅い色に照らされる血の海と倒れた食器棚。


 そして、さっきまで立っていた筈の僕は血の海にへたり込み腕の中に冷たいモノを抱えて________。




 「あ"あ"…う"そ"だぁ…」



 掠れた声が漏れ、僕は腕の中のモノを見る。


 強張った冷たい体、虚空を見つめる濁った瞳、頭部から流れる血が蒼白の肌を伝いポタポタと床に落ち波紋を広げた。


 傍目からも生きていないと分かる『ソレ』は、幼い僕の弟。


 僕は、呼吸の仕方を忘れパクパクと口を動かす。


 何で!?


 どうして!?


 "思い出したか?"


 頭で響く奴の声は、唸る。



 "コレがリアルだ、ここから仕切り直しだぜ?"



 何言ってるの…ふざけんな!



 "足掻いても無駄だどうせ_________"



 うるせぇ!!


 認めない!俺は絶対にこんなの_____



 「っ…! うっ!?」


 突如込上げる痛烈な吐き気!


 何かが、俺の中から迫り上がって這い出ようとする!


 俺は、抱いていたソレを放り出して両手で口を押さえる。


 駄目だ!


 吐くな、吐いたら戻れなくなる!

 

 手放したくないんだ!


 もう離れたくない!



 どんなに懇願しても、それは腹の中で暴れ喉を通って外へ漏れ出す。


 このままじゃ駄目のか?

 どうしてもか?


 こんなにも、こんなにも アイシテル のに____!






 全てを吐き出して息を着く。



 両手を床に手を着き目蓋を閉じていた俺は、眼を開け床に広がる赤を見た。


 血じゃない…?

 

 放り投げたソレを見た…良く見たらあれは剣にしては小さすぎる。


 あいつ…が?

 

 脳裏で黒縁眼鏡が笑う。


 俺は、ゆっくり顔を上げた。


 広がる赤の上に立つのは、少し輪郭がぼやけて見えるが年の頃は俺と同じくらいの少年。

素足にGパン、上着は白いYシャツを身につけ、少し伸びた硬そうな黒髪に色白の肌を青く染め不安気な表情で俺を見詰めるその顔は痩せてはいるが見飽きるほどに見てきた俺の顔だ。


 ああ、やっと『捕まえた』。


 「よぉ…なんだ、背ばっか伸びてひょろひょろじゃねーか?」


 俺の顔ががニヤケると、『圭』は少し身を震わせた。


 

 ギシッ…。


 床が軋む。 


 随分朽ちたもんだ、だれも住まず四年も経てばこんなもんか。


 一歩、また一歩、俺は歩を進める。


 『やめて! 来ないで…君は僕には勝てない』


 空間に溶けるような何処か遠いぼやけた涙声が、鼓膜をくすぐり一瞬意識が飛びかけた。


 「…そうかよ」


 胸が締め付けられるような感情が込上げる…コレは俺の?


 それともお前のか?


 あっという間に距離を詰めた俺は、圭の腕を掴んだ!


 「細ぇな…」


 薄手のYシャツ越しに掴んだ腕は、筋肉が薄いのか硬く骨ばっている。


 そして、悲しいくらい冷たい。



 覚えている。


 寒くて、腹が減って、痛くて痛くて堪らなかった。


 お母さんも誰も誰も助けてくれなくて、自分ですらも助かろうとしなかった…いや、自分が助かるべきでは無いと思ってた。



 コレは、罰なんだと。


 そして、弟を死なせた。



 ぶくぶく歪む世界、『僕』は躊躇わず_______



 『このままだとセカイは壊れてしまう…正さなきゃ僕が、僕が始めてしまったコトだから』



 ガリガリの指が俺の頬を伝う雫を拭いた。



 「なんであの時、俺を切り離した? 俺はずっとずっと_____一緒がよかった」



 引き裂かれた枝、俺の半身。



 家族に囲まれて要る筈なのに、常に俺の中にあった孤独。


 やっと、やっと捕まえたのに!


 「させねぇ…もう戻れなくても、こんな勝手にゃ付き合ってらんねぇんだよ!」


 俺は圭の腕を掴んだまま、その顔面に全力の拳を叩き込む____が。



 手ごたえがまるで無い。



 そして、ガクンと赤い床に膝を着いたのは俺のほうだった。


 『if…僕が選ばなかった、もう選べない『もしも』…君に行き着く事はもう出来ない_____僕は君を選ばない』


 圭が、冷たい瞳で床に蹲る俺を見下す。


 『僕は、僕の我が侭で剣をこの世界に繋ぎとめた…その所為で、全てが歪んでしまった…もうこちら側の根が腐り始めてる此処だってもう危ない___だから』


 「だから、剣を殺すっての? 何でだ…剣は俺の…俺たちの弟だろうが!!」


 圭が、怒鳴った俺に背を向けて歩き去ろうとする。


 ああ、クソッ!


 体が言う事聞かない…!



 去ろうとする白い背中に手を伸ばすが、それは届くはずは無い。


 力なく床に落ちた手に固いものが触る、夕日の紅に照らされてテラテラ滑る様に光るソレはまるでそうする事が当然のようにあらかじめ用意されてみたいに…そして、俺も当然のように握る。


 「何が我が侭だ…」


 圭が立ち止まる。


 「お前はいつだてそうだ…! あんな理不尽な目にあっても我慢して堪えてそれすら気が付かない…なんでそうなんだ? 親父にそういわれたからか?」




 "生きてる価値が無い" 


              "お前の所為でこんな目にあっている" 



   "返せ! 人生を返せ"



 自分の夢が叶わなかったのを、子供の所為にして飲んだくれながら吐き出すように叩きつける親父。


 明らかに八つ当たりであるのは明白で、全然自分が悪くないのにも関らず甘んじてそれを受ける『自分』。


 __笑える。


 まるで悲劇の主人公気取りだ、チカに偉そうなこと言えない。



 『やめろ…』



 圭の顔が苦痛に歪む。



 「我が侭? いいじゃねーか…取り返せる力があって、それを使って何が悪い?世界が歪む? 壊れる? それがどうした?」


 俺は、蹲っていた体を起こし床にひざを立てる。


 「泣いて喚いて抗って何が悪い? お前にそれが出来ないら、俺が代わりにやってやる!」


 既に、リビングのドアに手をかけていた圭が俺の手の中に在るソレに気が付き弾かれたように此方に向かって駆け出す!



 俺は、圭が駆け出すと同時に手に持つそれを自分の腹に突き立てた。


 『っぁ!!?』



 駆け出していた圭が、床に派手に倒れまるで芋虫のように身を縮めその顔は驚愕と苦痛に歪む。


 俺の腹には、15cm程刃をむき出しにしたカッターナイフが根元までグッサリと突き刺さりボタボタとその血を床に垂れ流す。



 『あ…あ、気が付いて…』


 「っ…俺は、お前に何も危害を加える事は出来ないけど…『俺』に何かあれば伝わるくらいには『ホンモノ』だからっ…っ!」



 それは、浩二が実証していた事。

 


 俺は、喘ぐ圭の下へ這って行く。


 「圭…」


 圭は腹押さえ、苦悶の表情を浮かべるが俺のように出血している訳ではないらしい…。


 「悪いが、剣は殺させない…消えなきゃいけないのは______」


 苦痛に喘いでた圭が、突如俺の胸に掴み掛かった!


 ぐしゃりと、胸に着けていた欄のコサージュが圭の手の中で潰れる。



 『…やめろ、if! 自分が何をしようとしているか』


   

 ズキン。


 「…っ!」

 『あ"!?』


 カッターのぐっさり刺さった腹から、尋常でない痛みが襲い俺たちは顔を顰める。


 「…っ! 駄目だね…俺もう決めたん______ゴホッ!」


 俺に掴みかかっていた圭の白いYシャツに、赤い雫が飛ぶ。


 『if…!』


 圭も苦しそうに顔を歪め、既に青かった顔はもはや蒼白に近い。



 カタン。


 俺は、ごく僅かな物音に視線を上げいつの間にか開いていたリビングのドアを見る。



 ドアの向こう。


 薄暗い廊下に見える人影。



 浩二…?


 人影は、その腕に俺の可愛い弟を抱いている。


 少しぐずったように顔を背けた所を見るに、どうやら怪我などはしておらず眠っているだけのようだ。


 夕日が照らす朽ちたフローリングに広がる赤。


 都合よく用意された俺の腹に刺さるカッターナイフ。


 目の前で苦痛に喘ぐ圭。


 全てが、『誰かさん』によって用意周到にセッティングされた型に嵌ってるみたいで気に入らない。


 だが、その『誰かさん』にはコレは予想が出来ただろうか?



 ズブッ!


 俺は、腹に刺さっていたカッターナイフを強引に引き抜いた!



 『うあぁぁ…!』


 圭が掴んでいた胸ぐらから手を離し、あるはずの無い自分の腹の傷を抑えこむ。


 俺の腹の傷口からとめどなく零れる血が、新たに赤い池をつくりショックを起したように痙攣する圭の白いYシャツを真っ赤に染めいていく。


 さて、こんなもんだろうか?


 ぼやけ始めた意識の中で、俺は殆ど倒れこむ形で圭の上に覆いかぶさる。


 本当は、抱き上げようかとも思ったがもうそんな力残ってない。



 圭は…既に気を失っているな…ったく、体力ねぇなぁ~お前はもっと食って体動かせ!


 俺は、自分よりはるかに細くて脆い体を抱きしめる。


 目の前が、血の赤と夕日の紅に染まって燃える様だ。


 ふと、目を閉じようとした瞬間に真っ赤な視界の中で圭の手の中に鮮やかな紫を捕らえる。


 あれは胸にあった欄。


 握りつぶされ拉げた肉厚な花皮が、圭の白くてガリガリの指に纏わり付く。




 ああ、俺の卒業式終わっちゃっ_______グン。




 紫を塗り潰すくらい真っ赤になった時、誰かが俺の手を強引に引いた。


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